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灰色熊殴撃

 まず最初に動いたのは大鬼蜘蛛であった。斬られずに残っていた六本脚の全てを全力で稼働させると三人に向かって周囲に砂埃を巻き上げながら猪突猛進する。その際に「キシャァァァァッ!!」と先程よりも甲高く不快感を与える金属音の様な咆哮を上げると四本の牙をまるで刃を研ぐ様にガチガチと鳴らした。


 一方のロゼはタイミングを合わせる様かの如く大鬼蜘蛛に向かって一直線に走り出し、持っていた刀の刃を威嚇する様にギラつかせる。そして互いの刀と牙が届き合う範囲にまで近付くと、まず最初に攻撃を仕掛けたのは大鬼蜘蛛であった。


 大口を開けて勢いよく噛み付こうとするが、ロゼは刀でその四本の牙を受け止めた。牙とは思えないほど鋭く硬度があるそれ()に刃が触れた途端、まるで剣同士が触れ合う様に火花が散る。


「ッ!! 流石に正面からじゃキツイか……!!」


 体格の差を直に感じとったロゼは流石に分が悪いと考え、牙を受け流すとバックステップを踏んで大鬼蜘蛛から距離を取ろうとする。しかしそれを逃すまいと大鬼蜘蛛は後を追いかけて何度も口部を開閉させるとロゼに噛み付こうとする。


 口部が開閉する度に四本の牙が擦れ合って鋭い金属音が周囲に鳴り響く。ロゼはアレに挟まれたが最後、人間の身体程度なら紙を割くかの如く簡単に切断されるだろうと直感で理解していた。


(おっかねぇけど、今の所は避けさえすればどうって事ないな……)


 噛み付きの攻撃を連続で躱しながらロゼはそう考えていた。そして今、再び噛み付こうとしてくる大鬼蜘蛛を躱そうとした瞬間、これまでに無い予想外の事が起こった。突然、大鬼蜘蛛の口内から透明の液体が吹き出されるとそれがロゼに降り掛かったのだ。


「げッ……!?」


 体を逸らし間一髪で液体を躱したロゼであったが自身の右肩に違和感を覚え、そこに視線を移す。すると其処には躱しきれずに羽織に付着していた液体が煙を上げて布を溶かし始めていたのだ。


「うわッ!! ちょッ! 待ッ! マジかよッ!!?」


 ロゼは慌てて羽織を脱ぎ捨てると遠くへ投げ捨てる。すると羽織は熱せられたバターの様にみるみる内に溶けて消滅してしまった。その一部始終を見ていたロゼはサーっと血の気が引いていた。まさか強固な糸や鋭い牙に加えて溶解液まで有しているとはそこまで考えが追い付いていなかったのだ。


「おいおい……溶解液を出すなんて聞いてないぞッ!!」


 視線を羽織があった場所から大鬼蜘蛛に戻すロゼだったが、その視線を移していた一瞬の隙を大鬼蜘蛛は見逃してはくれなかった。視線を戻した瞬間、大鬼蜘蛛の牙が自身のすぐ目の前まで迫っていたのだ。


「しまった……ッ!!」


 慌てて刀を構えようとするが間に合わず、四本の牙がロゼの身体に突き刺さろうとしたその時、突如としてロゼの周囲に青白い水の膜の様な物が覆い被さると牙を全て弾いてしまった。


ウォータープロテクト(水の加護)


 するとロゼの背後から聞き馴染んだ声が聞こえ、振り向くと其処には杖を構えたエアリスが立っていた。


「サンキュー!! エアリス!!」


 その姿を見たロゼは笑顔を送るとエアリスも笑顔を返した。だがその間にも大鬼蜘蛛は魔法で作られた防護壁に噛み付きや脚を打ち付けるなどの攻撃を仕掛け続けていた。エアリスは杖の先端を大鬼蜘蛛の頭部に向けると「ホワイト・アウト(白煙幕)」の魔法を唱える。すると杖の先端に出現した白色の魔法陣から真っ白な球体が放たれ、それが大鬼蜘蛛の目の前にまで来た瞬間、球体が破裂し周囲に白煙が立ち込める。


 突然視界を奪われた事に慌てる様子の大鬼蜘蛛であったが、八つの目を同時に動かして周囲を見回し、見失った二人を全力で捜索する。すると少し離れた位置にロゼかエアリスのどちらかと思わしき人影を見つけ、地面を蹴り上げた大鬼蜘蛛は跳躍して一気に近付くと脚を使ってその人影を取り押さえた。


 そして四本の牙を大きく広げると人影に容赦無く噛み付いた。人の肌の様な柔らかな感触を牙越しに感じ取った大鬼蜘蛛は勝利を誇るかの如く高らかに噛み付いた物を天に掲げた。だが実際は勝利など得てはいなかった。煙の中から現れたのは二人のどちらでも無く、人の形をしたスライム状の物体であったのだ。


「残念でした。スライム・ウォール(柔壁)のダミーです!」


 そして煙がようやく晴れると全く別の場所で一部始終を見ていたエアリスが作戦成功と喜にながら笑顔でそう呟く。というのも煙幕を出したあの瞬間、ロゼにサッと近付いたエアリスはいち早く作戦の今回の概要を伝えていたのであった。結果として作戦は成功し、大きな隙を作る事に成功した。そして一方のロゼは隙を見て樹木を蹴り上げると大鬼蜘蛛の上空へ飛翔し、刀を両手で握り締めると天高く振り上げていた。


「一刀流ッ……斬鉄!!」


 ぞのまま刀を振り下ろし、刃が大鬼蜘蛛の背面から下腹部までを一気に斬り裂いた。濃い緑色の体液を撒き散らしながら大鬼蜘蛛は断末魔の悲鳴を上げるとその場で最後の抵抗をするかの如く大暴れをする。


「ブレイドッ!! 決めちまいなッ!!」


「待ってたぜ……こっちはいつでも準備OKだッ!!」


 次の一撃で確実に仕留められると確信したロゼは遠くの場所にいるブレイドにそう呼び掛けた。するとブレイドは待っていましたと言わんばかりに地面を踏み締めて全速力で走り出すと右腕にグッと力を込める。すると血管がブワッと浮き上がったと思えば筋肉が一気に膨れ上がって右腕全体が肥大化する。元の体格と比べても間違い無くアンバランスであった。


 そんな奇妙なブレイドの変化を不思議そうに見つめていた二人を横目に、ブレイドは地面を蹴り上げて大きく飛翔すると大鬼蜘蛛の頭部へ狙いを定め肥大化した右腕を大きく振りかぶる。その姿はまるで獲物を仕留める寸前の巨大な熊の様にも見えた。


「百獣拳ッ……灰色熊殴撃(グリズリー・ブロー)ッ!!!」


 その一撃によって周辺に鈍い轟音が響き渡り、それと同時に衝撃波が巻き起こる。頭部へと叩き込まれた大鬼蜘蛛は地面に打ち付けられると甲殻に大きな亀裂が入りその隙間から体液が吹き出す。更には八つある目のうち半分が飛び出して眼球が地面に転がり落ちた。そして最後に力を振り絞って上体を起こそうとするが半ばで力尽きたのか再び地面に倒れ込み、そのまま動かなくなった。


「しゃあッ!! 俺達の勝ちだぁぁぁぁッ!!!」


 地面に着地したブレイドは動かなくなった大鬼蜘蛛の姿を確認すると、両腕を空へ突き上げて高らかに勝利を宣言する。その声は山林全体に響き渡り、ブレイドの勝利を祝福するかの様に山林内には爽やかで心地よい風が吹いた。

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