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喧嘩するほど仲が良い……?

 先程の騒がしい状況から打って変わり、山林の中は静寂に包まれていた。樹々の間に張られていた蜘蛛の巣から引き摺り下ろされた大鬼蜘蛛は明らかに怒りを露わにし、口元の鋭い牙をガチガチと鳴らしていた。その一方で遂に大鬼蜘蛛と真正面から対峙したロゼとブレイドの二人は次にどう動くべきかを模索している様子であった。


(さぁてどうするか……あの糸をなんとかしない限りアイツに近付くことすら出来ないぞ……)


 大鬼蜘蛛と戦う上で一番の問題は間違いなく大鬼蜘蛛から噴き出される糸であろう。アレに纏わられたが最後、動きを止められるか先程のロゼの様に好き放題に振り回されるしかない。そうならない為にも慎重かつ的確な作戦を立てた上でブレイドと連携する必要があった。


「よしブレイド、アンタは奴の注意を引いてくれ。その間にアタシは……「よし!! 行くぜぇぇぇッ!!」っておいッ!! 話ぐらい聞けっての馬鹿ッ!!」


 だがその思惑もいきなり無に帰した。立案した作戦を伝えようとした矢先ブレイドが先攻して大鬼蜘蛛に突撃してしまったのだ。咄嗟に呼び止めようとするが既に遅く、先走ったブレイドに対して悪態を突きながら後を追ってロゼも刀を抜くと走り出した。


 先陣をきるブレイドに対して大鬼蜘蛛は腹部を体の前に起こすと狙いを定めながら玉状の糸を連射する。しかし(ブレイド)が常に俊敏に動き、尚且つ小さ過ぎる故か糸は全て外れてしまう。それを好機と見たブレイドは地面を蹴ると前方に向かって一気に跳躍し、右脚の関節を外した。


「百獣拳ッ……蛇鞭打(スネーク・ブレット)!!」


 そのまま蛇の様に荒ぶる右脚を大鬼蜘蛛の頭部に叩き付けようとするが次の瞬間、大鬼蜘蛛は空中へ向かって垂直に大きく跳躍しブレイドの攻撃を躱すと樹木の側面に張り付いた。


「ッ!!……逃すかッ!!」


 攻撃を躱わされたブレイドは逃すまいと脚の関節を瞬時に戻し、大鬼蜘蛛を追おうと地面を蹴り上げるが何故かその場から動く事が出来なかった。足元に違和感を感じたブレイドは真下に視線を移すとそこには蜘蛛の糸がいつの間にか靴の裏に張り付いており、地面に足をつけた瞬間から大鬼蜘蛛の仕掛けた罠に掛かってしまっていたのだ。


「しまった……動けねぇッ!!」


 何とか抜け出す事が出来ないかとその場で足を動かすが、その隙を大鬼蜘蛛は見逃さなかった。動きの止まった(ブレイド)に向かって先程と同様に玉状の糸を連射しブレイドを完全に無力化させようとする。


「させるかッ!」


 しかし遅れてやってきたロゼがブレイドの前に立つと糸を全て斬り裂いた。斬り裂かれた糸は勢いを失い、その場でバラバラとほつれると風の流れに乗ってゆらゆらと何処かへ飛んで行く。そして糸を斬り終えたロゼが背後を振り返るとブレイドは両手で脚を掴み、力を振り絞って靴の裏に付いた糸を引き千切ろうとしていた。


「おいッ! 今のうちに早く体勢を立て直せ!」


「んな事言われたって糸が靴の裏に引っ付いて取れねぇんだよ……ッ!!」


「靴を脱げばいいだろうがッ!!」


「……あッ! そうか」


 ロゼの一言で蜘蛛の糸から抜け出す方法に気付いたブレイドはハッとし、靴を脱ぎ捨て裸足になると再びロゼの隣に並び立つ。


「悪りぃ。助かった」


「別に気にすんな。それよりあの糸を何とかしない限り決定打になる一撃は叩き込めそうにない。奴を倒すにはアタシたちの協力が必要だ。頼むから協力してくれ」


「……わかった、どうすればいい?」


 先程の一件で漸くブレイドも一人で大鬼蜘蛛を倒す事は難しいと理解したのか、ロゼの提案に素直に従う様子であった。それを見たロゼも微笑みながら頷く。


「まず一人が奴の注意を引いてその隙にもう一人が全力で奴を叩く。作戦と呼ぶにはシンプル過ぎるかもしれねぇがこれが一番だ」


 ロゼの提案したそれは作戦と呼ぶには余りにもシンプルすぎる内容であった。しかしそれを聞いたブレイドは納得した様子で拳と掌を合わせてパチンと鳴らす。


「よっしゃ! それじゃ奴に強烈なのを喰らわせるのは……」


「そんなの決まってるさ」


「アタシがやる! ……え?」

「俺がやるぜ! ……え?」


 まさかの同時に名乗り出た事に驚いた二人は互いの顔を見合わせてしまう。そのまま1〜2秒程停止していた二人であったがロゼが「いやいや……」と薄ら笑いを浮かべながらブレイドの肩をトントンと叩く。


「どう考えたってアタシがやるしかないだろ」


「いや! 俺がやるべきだ!」


「あのな、アタシはこの刀で奴の糸を斬れるけどアンタは何にも持ってないだろ? 奴に近付こうとしてもさっきみたいにまた身動きが取れなくなるだけだ。だからアンタは囮役に回ってくれ。な?」


「嫌だ! あの野郎をぶっ飛ばすのは俺がやる! あの糸だってさっきはたまたま引っ掛かっただけで、もう二度と同じヘマはしねぇ。それに……」


「それに……? 何だよ?」


「お前、俺より弱いじゃん」


「……あ?」


 その一言でロゼの額に青筋が立ち、それと同時にその場の空気が一気に重くなる。まるで先程の口論の続きが始まったかの如くロゼは血走った目をギラつかせながらブレイドに詰め寄った。


「おい……誰がアンタより弱いって……? タマ蹴られて頭が可笑しくなったんじゃねぇのか?」


「んな訳ねぇだろ! 俺は本当の事を言ってるだけだ! さっきの戦いだってエアリスが止めなけりゃ間違いなく俺が勝ってたんだよッ!!」


「勝手に勝敗を決めてんじゃねぇッ! 言っておくけど、さっきの戦いでもアタシは全ッ然ッ本気を出しちゃいないからなッ!!」


「それは俺だって同じだッ!! 俺が本気を出してりゃ今頃お前なんか蛙みたいに地面にへばり付かせてたんだ!!」


「何だと!? やるかこのヘボ拳法家ッ!!」


「うるせぇ!! このクソ強剣士ッ!!」


「それ褒めてんだよッ!!」


 二人の言い合いは激しさを増し、それぞれの胸倉を掴み合うまでに発展してしまう。だが大鬼蜘蛛はそんな獲物の隙を見逃す筈も無く、樹木の側面から地面へ降りてくると喧嘩中の二人に向かって自身の鋭い牙をギラつかせながら猛突進する。


 15メートル以上の巨体が轟音と砂埃を巻き上げながらこちらに近付いて来ているのを二人は気付いているのか否か、大鬼蜘蛛には目もくれずに言い合いを続けていた。


 そしていよいよ目の前まで迫ってきた瞬間、大鬼蜘蛛は「キシャァァァァッ!!」と金切り声を上げて二人を威嚇する。すると次の瞬間、二人は同時に大鬼蜘蛛に視線を移し、ロゼは刀をブレイドを拳を握り締めた。そして……。


「「うるせぇぇぇぇぇッ!!!」」


 ロゼは大鬼蜘蛛の両前脚を斬り裂いて切断し、バランスが崩れた所をブレイドが下顎の部分をアッパーで殴ると大鬼蜘蛛の巨体は空中へ放り出される。そしてそれぞれの攻撃を受けた部分から緑色の体液を噴き出しながら大鬼蜘蛛は仰向けに地面へ倒れ込んだ。


「「喧嘩の邪魔すんなッ!!!」」


 偶然か否か。喧嘩の最中であったにも関わらず、二人のコンビネーションは抜群であったのは言うまでも無い。

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