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グラスウルフ

 エアリス一行がココラ村を出発して一時間ほどが経過した。現在、エアリス達は東の森へ向かう道中の草原で先程の簡単な自己紹介で伝えられなかった自身の情報やこれまでの冒険者としての経験を語り合いながら歩いていた。ラフィットは自身の狙撃の腕前や武勇伝を悠々と自慢げに語り、ルーベルとバモンはこれまで受けた依頼の中で最も大きかった仕事や危険だった仕事をエアリスに語っていた。そして語り続けるうちに話はチーム結成までの経緯についての話題となり、ルーベルが語り始めた。


「私とラフィットは元々、別の冒険者チームに所属していたんです」


「それじゃあルーベルさんとラフィットさんはこのチームを結成する前からの知り合いだったんですね」


「はい。その後に独立して当時ソロの冒険者だったバモンと出会い、このチームを結成しました」


 その話を聞いていたラフィットは空を見上げながら当時の事を思い出しながら感慨に耽ていた。


「結成当時は大変だったよな〜。前にいたチームはかなりの大所帯だったけど、それがいきなり三人だけになって一気に環境がガラリと変わっちまったしな」


「あぁ……だが今となっては良い経験だったと思わないか?」


「ハハッ違いねぇ」


 ルーベルの言葉にラフィットは笑いながら答えた。するとラフィットは何かを思い出したように小声で「あ、そう言えば」と呟くとエアリスの方を向く。


「エアリスちゃんってさ、あの名門のヴァーリアス魔法学院を卒業したんだろ? 何でまた冒険者なんかに?」


 ラフィットの言葉にルーベルとバモンも興味を示したのか、二人もエアリスの方を向く。ヴァーリアス魔法学院とはグランドアイランド内に数ある魔法学校の中でも上位に位置する名門校であり、卒業生の多くは国の役人などの高職に就く場合が殆どであった。それ故に何故エアリスは冒険者と言う職を選んだのか疑問に思うのは当然であった。


「私ですか? 私は……」


「!? 静かに!」


 エアリスが口を開けたところでラフィットがそれを制し、周囲を見渡す。その顔は先程までの浮かれていたラフィットとはまるで別人であり野生の獣のような鋭い瞳であった。その様子を見ていたルーベルとバモンも只ならぬ事態が起きていると察知し、それぞれ背中と腰に携えているロングソードとバスターソードの柄に手を掛け、エアリスを囲むように陣形を組み、周囲に注意の目を向ける。


「ラフィット。敵襲か?」


「分からねぇ……が、かなりの数の足音がこっちに向かって来てる」


 ルーベルの問いにラフィットはそう言うと弓に矢を掛けて引き絞り、数メートル先の丘の頂上に矢尻を向ける。


 すると丘の向こう側から小型の黒い影が飛び出したかと思うとそのままの勢いでこちらに飛び掛かる。だが矢を構えていたラフィットはすぐさま的を合わせると矢を放った。


 放たれた矢は黒い影の頭部に命中し、そのまま地面に転がり落ちる。そして動かなくなった事を確認するとエアリス達はその黒い影に近付いて行く。


「こいつは……」


 バモンはその生き物が何なのかを確認する為に屈んで観察する。そこに倒れていたのは黒い毛並みに覆われた狼だった。だが通常の狼とは少し違い、爪や牙が大きく発達しており獲物を仕留める事に特化してた。そしてその姿を見て一瞬で確信したのかバモンは狼の名を口にする。


「こいつはグラスウルフだな」


「グラスウルフ?」


 聞きなれない名称にエアリスが反応するとバモンは「うむ」と頷いた。


「主に草原を縄張りとする小型のモンスターですよ。獰猛な性格で常に群れで行動しています」


「やっぱり人も襲うんですか?」


「もちろんです。旅人や行商人、時には家畜が襲われたと言う被害も出ていますからね」


 ルーベルが説明するグラスウルフは常に群れで行動し、意思の疎通が取れた見事な連携で獲物を仕留める小型のモンスターである。しかし個々の力は決して強くはなく落ち着いて対処すれば撃退できるような存在である為、ギルドからはあまり危険視はされていないのが現状であった。


「お話の最中で悪いがどうやらお仲間が来たみたいだぜ」


 ラフィットの言葉で三人は先ほどの丘の頂上に再び視線を向ける。するとそこには数十体のグラスウルフがグルルと牙を鳴らしながら鋭い眼でこちらを見据えており、ルーベルは腰に携えるロングソードを抜くと先頭に立って指示を出す。


「私とバモンが先陣をきって群れに飛び込む。ラフィットは弓矢で援護をエアリスさんは魔法で後方支援をお願いします!」


「あいよ、任せな」


「分かりました!」


 ラフィットは再び弓に矢を掛け、エアリスはバッグから杖を取り出した。その姿を見たルーベルは信頼した様子で頷くとバモンと並び、剣を構える。


「行くぞバモン!」


「おうよ!」


 二人が群れに向かって走りだすと同時にグラスウルフ達も一斉に走りだした。それに合わせてラフィットは迫り来る一匹のグラスウルフの頭部に標準を合わせると矢を放つ。放たれた矢は既に走りだしているルーベルやバモンの傍を疾風の如く抜き去り、一直線に頭部へ矢尻が突き刺さる。


「キャン!」と甲高い断末魔と共に、矢で射られたグラスウルフは地面に転がるとそのまま動かなくなった。その姿を確認する間もなくラフィットは矢を掛けると次の獲物に標準を合わせ、次々と矢を放つ。


「はぁッ!」


 一方のルーベルは飛び掛かってきたグラスウルフを掻い潜るとその腹部に剣を刺し込む。そして剣を引き抜き、すぐさま別の個体の頭部に目掛けて剣を振り下ろすと頭を切り落とした。ルーベルの手には肉を断つ生々しい感触と赤黒い鮮血が降り注ぐが、そんな事は気にも止めずにすぐさま次の標的に狙いを定める。だがその時ルーベルの背後から別の個体が爪を突き立て飛び掛かった。


「ッ!!」


 しかしその爪がルーベルに届く事は無く、ラフィットが放った矢が首元に突き刺さり空中で綺麗な弧を描いて地面に倒れた。


 ルーベルはラフィットに視線を向けると笑顔で感謝の意を込めたアイコンタクトを送る。それを受け取ったラフィットもサムズアップのジェスチャーを返した。


 そんな中バモンは三匹に囲まれており、睨み合いの状態が続いていたが、未だに武器は構えておらず背中にバスターソードを携えたままだった。本来ならば武器を構えていないバモンの方が不利な状況に陥るはずだが彼には武器を構えない理由があった。バスターソードは本来大型のモンスターと対峙する為の武器であり小型のモンスターには不向きであった。ましてやグラスウルフという機動性の高いモンスター相手に鈍重な武器で無理に挑もうとすれば逆に大きな隙を与えてしまう。その事をバモンは理解していた。


 そして膠着状態は突然破られた。一体のグラスウルフがバモンに飛び掛かるがバモンはそれを掻い潜り、喉元を掴むと手に力を込める。


「フンッ!」


 ゴキッという鈍い音と共に首の骨がへし折れ、バタバタと暴れていた手足が下がりユラユラと揺れ動く。バモンはそのまま別の個体に向かって死体を全力で投げつける。それに反応しきれなかったグラスウルフは躱すことが出来ず頭部に直撃し、そのまま二頭同時に地面に倒れ込む。


「グヴァンッ!!」


 最後に残った一匹はバモンが自身に背中を向けたその一瞬の隙を見逃さず、脚に力を込め跳躍すると牙を剥く。だがその行動がを取る事がバモンの思惑通りであり空中で無防備となった瞬間に背中に携えたバスターソードに手を掛けるとタイミングを合わせて抜刀する。


「セイッ!」


 真っ直ぐ垂直に振り下ろされた刃はグラスウルフの体を縦に斬り裂き、バモンの体を通り過ぎる際には真っ二つになっていた。


「こっちは片付いたぞ。そっちは?」


 バモンがバスターソードを肩に掛け、他のメンバーに目線を送る。するとルーベルやラフィットの周辺にも同じ様に死体が転がっており、どうやら彼方も片付いた様子だった。


「今終わったところだ」


「同じく」


 あらかた倒し終え、一段落かと全員が肩を下ろしたその時、背中を刺す鋭い視線を感じたバモンは素早く振り返る。するとそこには額に傷を持ったグラスウルフがこちらを鋭い眼差しで見据えていた。


「アイツは……」


 バモンがその姿をよく観察しようと目を凝らした瞬間、グラスウルフが突然走り出し一直線にこちらへ向かって来た。


(早い!!)


 それまでの個体とは比べ物にならない程のスピードで駆けるそれはバモンとルーベルに目もくれず一直線にラフィットへ向かう。


「気を付けろラフィット! そいつは群れのボスだ! 知性も高い!」


 バモンの言葉通りこの個体は群れのリーダーであり、群れを導く長としての相応の知性を兼ね備えていた。先程の戦闘においてこの個体はルーベル達の戦いを離れた場所から観察しておりルーベルとバモンは近接攻撃型、ラフィットは遠距離攻撃型だという事を理解していた。だからこそまずラフィットを最初に仕留めるべきだと判断したのだった。


「狙いは俺かよ……!」


 ラフィットはすぐさま弓に矢を掛けると狙いを定めて引き絞る。しかし左右に不規則な動きを取り入れている為に狙いが全く定まらず、気が付けばすぐそこまで距離を詰められていた。


「やべッ!?」


「ガヴッ!!」


 グラスウルフはラフィットに飛びつき地面に倒し込むと喉元に牙を剥く。ラフィットは咄嗟に手に持っていた弓をグラスウルフの口の中に突っ込みそれを噛ませると必死に抵抗する。


「待ってろ今助ける!」


 ルーベルとバモンは同時に走り出すが既に弓には亀裂が入っており今にも噛み砕かれそうだった。このままでは弓が砕かれ喉を掻き切られる。それだけは何としても避ける為にラフィットは片腕を犠牲にして噛ませる覚悟を決めた。


「ラフィットさん! そのまま動かないでください!」


 しかし後方からエアリスの声が聞こえ、見るとこちらに杖を構えて狙いを定めていた。瞬時に何をしようとしているのか理解したラフィットは力を振り絞り、グラスウルフと自身の体の距離を離した。


ファイアボール(火球)!」


 エアリスの杖の先端から赤い魔法陣が現れ、その中から砲丸サイズの火球がグラスウルフに向かって真っ直ぐ飛んで行く。火球が着弾すると同時に火が体毛を伝って全身に燃え広がった。全身の皮膚が焼ける痛みに耐えきれず咥えていた弓を離すと、その瞬間を見逃さなかったラフィットは腰に携える短剣を抜き首元に刃を刺し込む。


 全身の力が抜けるのを感じたラフィットはグラスウルフの腹部を蹴り、密着状態から抜け出すと地面に座ったまま「ふう」と息を吐いた。すると身を案じたエアリスが近くに駆け寄る。


「大丈夫ですか!? ラフィットさん!」


「あぁ助かったぜ。ありがとな!」


 ラフィットはエアリスから差し出された手を取ると立ち上がった。それとほぼ同時にこちらへ向かっていたルーベルとバモンも合流する。


「ラフィット、怪我はないか?」


「ちょっと引っ掻かれたくらいだ。どうってことねえよ」


 ルーベルの問いにラフィットは笑顔で左手の甲に出来た引っ掻き傷を見せつける。だが傷口からはそこそこの血が流れており、本人が思っている以上に傷は深かった。それを見たエアリスはハッと息を呑み杖を取り出す。


「血が流れてますよ! ちょっと見せてください!」


「え?あぁ、うん」


 エアリスはラフィットの手を取ると傷口に杖を向ける。


ヒール(癒しよ)!」


 呪文を唱えると緑色の光が左手全体を包み込むと傷口が塞がって行く。そしてあっという間に傷跡が少し目立つ程まで回復するとエアリスは腰のポーチから清潔感のある白い布を取り出し丁寧に左手に巻いてゆく。その間ラフィットはまるで女神を見るような眼差しでエアリスを見つめていた。


「傷は塞がりましたけど、無理をするとまた開いちゃいますから安静にして下さいね」


「あ、ありがとな。エアリスちゃん……」


「はい! どういたしまして!」


 屈託のない純粋な笑顔を浮かべるエアリス。それを見た瞬間ラフィットは「はうっ!?」という謎の掛け声と共に体を大きく反らせた。


(ヤッベェ……超カワイイ!!)


 突然目の前で勢いよく身を反らせた事に驚いたエアリスはどうしていいか分からず動揺するも取り敢えず「大丈夫ですか!?」と声を掛ける。だがラフィットは興奮のあまり既に遠い世界に行ってしまっている為、全く反応出来ずおり、それに対して更に心配したエアリスはあたふたしながらラフィットの体を揺さぶる。


 そしてその様子をルーベルとバモンは完全に呆れた表情で眺めていた。


「アイツ……完全に惚れたな」


「はぁ……あの状態になるのは何度目だ?」


「三度目だな。前回は受付カウンターの受付嬢の前でああなった」


「全く……しょうがない奴だな」


 ルーベルは溜息を吐きながら頭を掻く。ふと地平線の彼方を見ると既に太陽は沈み始めており、燃える滾る炎の様な色の夕焼け空が広がっていた。


「もう日も落ち始めてるし今夜はこの辺で寝泊まりして、明日森に入ろう」


「そうだな。その方がいい」


 意見に賛同してバモンは頷く。夜は獣やモンスターの行動が活発になる為、これから向かう森も強力なモンスターが居ないと言えど油断は出来ない。この判断は賢明であると言える。


「よし。それじゃあ焚火の準備をしよう……ってその前にあの馬鹿をいい加減目覚めさせないとな」


 見ると未だにラフィットは同じ状態で立ったままであり、困り果てたエアリスは助けを求める様にこちらを見つめていた。


「俺がやろう」


「頼むよ」


 バモンは指をパキパキと鳴らすとラフィットに近づいて行く。それから数秒後、草原に叫び声が響き渡った。

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