衝突
話は遡る事、1ヶ月前……。
「俺〜の拳は岩をも砕く〜♪ 悪党に拳骨ノックアウト〜♪」
それはロゼがフィルスから不死の力を授かった運命の夜と同じ日の昼下がり。ブレイドはとある目的を果たす為に旅をしていた。
見渡す限り新緑の大地が続く草原のど真ん中で陽気に鼻歌を歌いながら快晴の空の下を歩くブレイドであったが突然、空腹を知らせる様に腹がグゥ〜と音を立てた。
「ヤベェ……流石に腹が減った……」
ブレイドはそう呟くと腹部を押さえる。実のところブレイドは既に飲まず食わずの状態で三日間も過ごしており、空腹を紛らわせる為に鼻歌を歌っていたのだが、やはり空腹には勝てずにいた。
「飯〜……なんでもいいから食いモンはねぇのか〜」
そう言いながら生気を失った亡霊の様に彷徨い歩くブレイドであったが、ふと気が付くといつの間にか木々が生い茂る森林の中に迷い込んでしまっていた。
「あれ……何処だここ? いつの間に森の中に入っちまったんだ……? まぁいっか。森なら食いモンの一つや二つぐらいあるだろ」
周辺をぐるりと見渡したブレイドは再び歩き始めた。様々な植物や動物が群生している森林ならば食料を確保できると考えたのか、その足取りは先程よりも軽やかであった。
「俺〜の頭は岩より硬い〜♪ 割れるもんならやってみな〜♪ ……あッ!!」
再び鼻歌を歌いながら歩くブレイドであったが、ある物が視界に入った瞬間、鼻歌を止めて歓喜の笑みを浮かべる。その視線の先にあったのは……。
「リンゴだぁぁぁぁぁッ!!」
そこにあったのは真っ赤に熟した果実が成るリンゴの木であった。ブレイドは猛ダッシュで木に駆け寄ると一番近いリンゴを摘み取る。リンゴの甘く芳醇な香りによってブレイドの食欲は一気に再頂点にまで高められた。
「いっただっきま〜すッ!!」
ブレイドにとっては3日振りの食事。キラキラと目を輝かせながら豪快に齧り付こうとしたその瞬間……。
「ケタケタケタケタケタケタケタケタッ!!」
突然、リンゴの表面がパッカリと開いたかと思えば不気味な歯がギラリと並び、ケタケタと聞くに堪えない程の甲高い笑い声を周辺に響かせる。
「……ケタケタアップルじゃねぇかッ!!!」
ブレイドはそうツッコむとそのリンゴを遠くにある草叢の方へと全力で投げつけた。ケタケタアップルとはリンゴと非常によく似た形をした果実である。しかしその味はと言うと酸味や苦味、渋みが混じったとても食べられた物ではない。主に森林などの植物が群生する土地に生息しており、他の生物が捕食しようと口を近付けるとケタケタと笑い出すという奇妙な特性を持った不思議な果実である。
放り投げられたケタケタアップルの笑い声は次第に遠くなり、やがて聞こえなくなった。そして森林に再び静寂が訪れる。ようやくあり付けた食事だと思った矢先のこの仕打ちにブレイドはがっくりと肩を落として落胆した。
「ちくしょぉ〜!! 飯ぃ〜……ん?」
だがその時、森林の奥から笑い声の様なものが聞こえてくる。それは先程のケタケタアップルの声ではなく複数人の人間の声であった。こんな場所に複数の人間が居るなんて珍しい。そう思ったブレイドは声のする方へ歩みを進める。そして生い茂る草木を除けて辿り着いた先で広がっていた光景を見た瞬間、ブレイドは息を呑んだ。
そこには武装した複数人の男女が何かを取り囲んでいた。その取り囲んでいる中心に目を向けるとそこには傷だらけのマザー・グリズリーが地面に横たわっており、身体中の至る所から出血してゼェゼェと荒い呼吸をしている。周囲にいる者達はそんな状態のマザー・グリズリーを縄で拘束しており、その内の一人の男が手に持ったロングソードを振り翳し今にもトドメを刺そうとしていた。
「おいッ!! お前ら何してんだよッ!!?」
「あ? なんだお前?」
ブレイドが声を荒げるとそれに反応した男がロングソードを止め、他の者達と同時に振り向くと威嚇する様な冷たい眼差しを向けた。
「何処の誰だか知らねぇが、邪魔しないでくれるか。俺たちは仕事の途中なんだよ」
「仕事って……ソイツを殺そうとしてるだけじゃねぇかよ!!」
ブレイドは怒りを露わにしてそう叫ぶが、ハンターの男は「フン」と鼻を鳴らし、周囲にいるハンター達もクスクスとブレイドを小馬鹿にする様に嘲笑う。
「そうさ。害獣駆除が俺たちハンターの仕事だからな。人間に危害を及ぼすモンスターを駆除して何が悪い?」
「危害? ソイツはマザー・グリズリーだぞ! 普段は温厚で人なんか滅多に襲わない! だから離してやれよ!!」
「人を滅多に襲わない? 何を戯言を……現にコイツは俺たちを見るなり急に襲い掛かってきたんだぞ。それにコイツに襲われて怪我をした奴は何人もいる。これのどこが温厚なんだ?」
「それは多分、ソイツが子どもを身篭ってるからだ……マザー・グリズリーは出産間近の時期になると腹の中の子どもを守る為に獰猛な性格になっちまうんだ。だから悪気があって襲った訳じゃない!」
「なるほどね……でも関係ないな。コイツが人を襲う可能性が1%でもある限り駆除する必要がある。それに……」
男は手に持っていたロングソードを再び振り翳した。日の光が当たってギラリと輝く切先がマザー・グリズリーの首元を捉える。
「コイツの首を持って帰らねぇと報酬金が出ねぇんだよ!!」
男はそう叫ぶとロングソードを振り下ろす。だがそんな事はさせまいとブレイドは地面を蹴り上げると一気に加速して男の元へ駆け寄った。
「やめろこの野郎ッ!!」
ブレイドは男の腹部に強烈な蹴りを喰らわせて吹き飛ばすと、マザー・グリズリーの命を救う。しかし周囲にいるハンター達はその光景を目の当たりにした瞬間、「このガキッ!!」「何のつもりだッ!?」と次々に声を荒げると、それぞれの腰や背中に携えていた武器を取り出しブレイドに襲い掛かった。
だがそんなハンター達に臆する事なく、ブレイドは落ち着いた様子でハンター達を待ち構えた。まず最初にロングソードで斬り掛かってきた男の斬撃を躱すと顔面に向けて強烈な蹴りを叩き込む。そのまま地面に倒れ込む男を横目にブレイドは地面を蹴り上げて空中へ跳躍すると別のハンターの男二人の頭部を踏み付けて地面に顔面を叩きつけた。
「よっと!」
そして華麗に地面に着地するブレイドだったが、その直後、背後から矢が右肩の辺りに飛来する。どうやら弓を構えた女ハンターが着地に合わせて狙いを定めていたらしく、そのタイミングは完璧であった。
しかしそれに感付いていたブレイドはノールックで矢を掴み取ると、そのまま拳に力を込めて矢をへし折った。それを見た女ハンターはまさか掴み取られるとは思ってもみなかったのか「嘘でしょ!?」と呟き、驚愕の表情を浮かべると同時に後ずさる。そしてブレイドは矢を捨てるとあっという間に女ハンターの背後に回り込み、頸に向かって手刀を叩き込む。意識を刈り取られた女ハンターはそのまま地面に崩れ落ちた。
「ウオォォォォォッ!!」
「ん?」
その後、背後から野太い男の大声が聞こえ、ブレイドが振り向くと大柄な男のハンターが自身の体より一回りも巨大なハンマーを空高く振り上げて今にもブレイドに叩き付けようとしていた。だがブレイドは何故か逃げる素振りを一切見せずにその場に立ち尽くしていると、容赦無くその頭部に鋼鉄の塊が叩き付けられた。
ゴォンと鈍い音が周囲に響き渡り、男は勝利を確信したのかニィっと笑みを浮かべる。しかし笑みを浮かべていたのは男だけではなくブレイドも同様であった。突然ハンマーに亀裂が入るとそれが徐々に全体へと広がり、遂にはハンマーそのものが砕け散ってしまった。その異常な光景に男は目玉が飛び出してしまいそうな程に驚愕する。
本来なら粉々に砕けるのはブレイドの頭の筈だが、殴られた当の本人は全くダメージを負っている様子を見せず、拳を握り締めると男の腹部へ強烈な一撃を叩き込む。殴られた男は「グフゥッ!?」と苦悶の声を漏らしながら後方へ吹き飛ぶと樹木に衝突して地面に転がり落ちた。
ものの数秒で6名のハンター達を軽く片付けたブレイドは「ふぃ……」と息を吐く。すると最初に吹き飛ばした男のハンターが腹部を手で押さえながらヨロヨロと立ち上がると、ロングソードを地面に突き刺してふらつく体を支えながらブレイドに対して冷徹な眼差しを向ける。
「お前……自分が何をしてるのか分かっているのか……? 俺たちはギルドからの正式な依頼でこのモンスターを討伐しに来てたんだ。それを妨害する事は明らかな違法行為なんだぞッ……!」
「知るかそんな事。俺はただコイツを助けようとしただけだ」
「ふん……まぁ良い。今日の所は大人しく退いてやる。だがこのままじゃ済まさねぇ……お前の事をギルドに報告してやるからな! そうすればギルド保安庁が必ずお前を捕まえにやって来るだろうよ。そうすりゃお前は牢屋行きだ!」
ハンターの男はその様な捨て台詞を残すと復活した仲間達と共に森林の奥へと逃げるように足速に去って行った。
「何だアイツ……ギルドとか保安庁とか何訳の分かんねぇ事言ってんだ?」
その様子を眺めていたブレイドは首を傾げながらそう呟く。そして彼らの姿が見えなくなるのを確認すると地面に倒れ込んでいるマザー・グリズリーにゆっくりと歩み寄り、そっと頭部に手を添えた。
「大丈夫か?」
目を閉じていたマザー・グリズリーはそれまで受けていたのとは全く異なる優しい手付きにそっと目を開ける。するとそこには先程とはまるで様子が違う優しい表情を浮かべているブレイドの姿が映り込んだ。
これがブレイドとテディとの出会いの物語であった。