戻って来れた理由(2)
「ーーーはぁッ!!? 違うッ!!?」
審判の間の何も無い空間にロゼの発した大声が響き渡り、目の前にいたフィルスはその声量に思わず耳を手で塞いだ。
エアリスと草原で別れた後、再びこの審判の間へとやって来たロゼはハイ・ウォール山脈にてデザート・バジリスクとの激闘の末にようやく手に入れた宝石をフィルスに差し出した。これで宝石探しの旅が終わる。そう思って肩の荷を下ろすロゼであった。しかし宝石を見るや否やフィルスの口から出た言葉はまさかの「これ違うわよ」の一言であり、それに驚いたロゼが思わず大声を出してしまい、今に至る。
「もうッ!! こんな近くで大声出さないでよッ!? そうよ。もう一度言うけどコレは貴方の魂じゃないわ」
フィルスは宝石を指差しながらハッキリとそう断言した。この宝石はロゼの魂では無い。その事実をロゼは受け入れたくはなかったが、女神であるフィルスが違うと言うのならば本当に違うという事であり受け入れざるを得なかった。
しかしその事実をいきなり突きつけられて直ぐに納得できる筈もなく、ロゼは握り締めている宝石を指差して必死に訴えかけた。
「じゃあコレは何なんだよッ!? アタシともう一人の仲間で必死こいて取ってきたんだぞ!! まさかただの奇麗な石ころだなんて言うんじゃないよなッ!?」
「……ちょっと貸してみて」
「あぁ、ほらよ」
ロゼは不貞腐れながら宝石を差し出し、フィルスはそれを指で摘むとジッと目を凝らして見つめる。するとフィルスはもう片方の手から純白の魔法陣を出現させるとそれを宝石に翳し、暫くすると「あぁ〜」と何かを理解した様な声を漏らした。
「これは胃石ね。まぁ宝石である事には間違い無いけど」
「胃石? 胃石ってあの動物の腹の中に入ってるやつか?」
「ええ。その胃石よ」
胃石とは脊椎動物や爬虫類、甲殻類などが胃の中で食べた物をすりつぶして消化を助ける為の石である。ワニなどの爬虫類は胃の中で消化を助ける他、重りなどの役割を果たす為にわざと石を食べると言う行動を取るのだ。デザート・バジリスクも分類的には爬虫類の特性が強く、石を食べるという習性があっても何らおかしくは無い。だが何故、宝石がデザート・バジリスクの体内で胃石としての役割を果たしていたのかがロゼは理解出来なかった。
「何でそんな宝石なんかが腹の中に? あ……そういやぁ砂漠を横断してた商人の荷車がデザート・バジリスクに襲われるって事件が過去に何回かあったって聞いた事がある様な……」
「もしかしたらその時に飲み込んでしまった物なのかも知れないわね」
「マジかよ……それってつまり振り出しに戻るって事じゃねぇかぁぁぁぁぁッ!!」
宝石探しの旅が振り出しに戻ってしまったという事実を受け入れた瞬間、急に全身の力が抜けてしまい、ロゼは大きく溜息を吐くとその場で大の字に横たわってしまう。そしてやる気が完全に失せた死んだ魚の様な目で天井か空かも分からない何処までも無限に続いているかの様な真っ白な上空を見つめていた。
「あ〜もう嫌だ……なんか萎えたわ。そもそもあんなに広い世界で宝石一個を見つけろって言うのが無茶なんだよな。って言うか手掛かりの一つでも無いのかよ……」
「あるわよ、手掛かり」
「あるのかよッ!?」
ロゼがこれまで溜め込んでいた愚痴を溢す中、さらっと放ったフィルスの言葉にロゼは驚いて勢いよく体を起こす。まさか手掛かりがあるとは思っていなかったのだ。
「えぇ、貴方が下界で探してる間に私も仕事の合間に何か手掛かりになる様な物が無いか調べてたの。そしたら見つけたのよ、ちょうど手掛かりになりそうな事実をね」
「そいつはありがてぇ!! で、その手掛かりってのは何なんだ?」
「これよ」
するとフィルスは何処からともなく筒状のゴミ箱を取り出した。それは普段、フィルスが仕事をしているデスクの真横に置いてあるのと同じ物であり、ロゼの魂が落ちたゴミ箱であった。
「このゴミ箱の先が下界に通じてるって話は前にしたわよね?」
「あぁ、聞いた」とロゼは胡座かいて腕を組みながら静かに頷く。
「実はあの瞬間下界に通じるまでの空間で時間軸に大きなズレが発生している事が分かったのよ。その差、おおよそ100年ってところね」
「100年だって?」
「そうよ。もっと簡単に説明すると私が落とした貴方の魂は今から100年前の下界に落ちたって事」
ゴミ箱の中は下界へと通じる異空間が存在しており、その空間内では審判の間と下界を通過する間で時間軸に大きな差が発生していたと言うのだ。するとそれを聞いたロゼはある疑問を抱く。
「ちょっと待てよ。それのどこが手掛かりになるんだ? 100年前に落ちた宝石なんか如何やって探せばいいんだよ?」
100年前の世界。すなわちそこはグランド・ウォーが開戦した頃の時代であり、大陸全土が戦争で熾烈を極めていた混沌の時代なのだ。そんな時代に落ちた小さな宝石を探すなど至難の業どころではなく不可能に近い。何故その事実が手掛かりとなるのかがロゼには理解出来なかった。するとフィルスは呆れた様な表情を見せる。
「馬鹿ね。いい? 魂の宝石は見る者全てを魅了する輝きを放つの。それがもし100年前に何処かの権力者が手に入れたとしたら、下界の何処かに必ずその伝承が残っている筈よ。それを探しなさい」
「なるほど……言われてみれば確かに手掛かりにはなりそうだ……よしッ! 取り敢えず次の目的が決まったな」
その説明を聞いたロゼは納得した様子で頷くと、その場で立ち上がる。
「それじゃアタシはそろそろ行くよ。元の世界に戻してくれ」
「いいわよ。それじゃ……」
フィルスは右手の中指と親指を掛けて指を鳴らそうとする。するとその動作を見て何かを思い出したかの様にハッとしたロゼは両手を前に突き出すと「ちょっと待てッ!!」とフィルスを止めた。
突然の事に驚いたフィルスも「え、何?」と困惑する。
「いやさ、この前の戻し方なんだけどよ……アレ心臓に悪いんだ。だから別の方法で戻してくれないか?」
「別に良いわよ……って言いたい所なんだけど」
前回の戻り方が如何しても嫌なロゼはそう頼んだ。しかしフィルスは申し訳なさそうな表情になるとそのまま指をパチンと鳴らす。するとロゼの足元に以前と同じ様に巨大な穴が開いたと思えば、再び吸い込まれる様に暗闇の中へと真っ逆さまに落ちていった。
「だから何でだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!?」
「ごめーん!! そもそも下界へはこの帰り方しかないの〜!!」
穴の中を覗き込んだフィルスは既に虚空の中へと姿が見えなくなったロゼに向かってそう叫んだ。すると大穴の奥底から僅かながら「クソがぁぁぁぁぁ」とロゼの声がフィルスの耳に届いた。




