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斬鉄

 マグラベート帝国にはこんな逸話がある。帝国の首都である帝都から西の方角の果てにある砂漠地帯には目に入るもの全てに襲い掛かる恐ろしいモンスターが潜んでいると。狙った獲物は絶対に逃さず何処までも追い掛けて必ず捕食するという強い執念と、相手が自分より巨体であっても臆することなく喰らい付いて行く凶暴性。その二つを兼ね備えたそのモンスターを帝国の人々はこう呼んだ。『砂漠の悪魔』と。


 そして現在。地面の中から地響きと共に現れ、ロゼとエアリスの前に立ちはだかるこのモンスターこそが砂漠の悪魔と呼称され、尚且つ危険度2に指定されるデザート・バジリスクであるのだ。その姿を見たロゼは刀を抜き、エアリスを庇う様に自身の背後に置くと剣先をデザート・バジリスクに向けて構えの姿勢を取る。


「デザート・バジリスクって……あのモンスターを知ってるんですか!?」


「まあね……それにしてもどんなモンスターが潜んでいようが必ず死闘になるとは予想してたけど……まさかコイツが此処にいるなんてな……」


 本来ならば一生を砂漠で暮らす筈のデザート・バジリスクがどう言う訳か砂漠とはかけ離れた環境であるハイ・ウォール山脈に住処を移している。誰もその様な事態を予想できる筈がなかった。それと同時にロゼは今の自分の実力で果たして奴に勝てるのかと不安になる。ブルームーンタイガーとの死闘以来、ロゼは不死身の体に慣れようと危険度の高いモンスターと連戦を重ねてきた。結果としてロゼの力は遥かに上昇し、危険度1のモンスターなら一人でもなんらく倒せる程の実力になったのだが、果たして危険度2のモンスターに対して自分の実力がどこまで通用するのかロゼには分からなかったのだ。


「アンタは後ろの岩陰に隠れてな。奴の相手はアタシがする」


「わ、分かりました……どうか気を付けて!!」


 エアリスはそう言うと背後にある岩陰へと足早に移動し、その姿を見届けたロゼは再びデザート・バジリスクと対面する。一方のデザート・バジリスクは興味を示すようにロゼの姿をじっと見つめており、ギラリと並ぶ牙の隙間から長い舌を見せると口周りでペロリと回す。どうやらロゼとエアリスの事を自身の住処へ迷い込んで来た餌だと思い込んでいる様であった。


「アタシを喰うつもりかい? やれるもんならやってみな!!」


 ロゼは地面を蹴って走りだすと右前脚に向かって刀を振り下ろす。だがその刃は皮膚を覆う赤い鱗に弾かれ、周囲に甲高い金属音が鳴り響いた。


「なッ!? 硬てぇッ!?」


 あまりの硬度に驚きながらもすかさず柄の持ち方を変えて様々な角度から斬撃を叩き込む。だがどの斬撃も鱗に傷一つ付ける事が出来ず、最後の一振りを振り終えたロゼは後方へバックステップで下がった。


「まずいな……鱗が硬すぎて刃が通らねぇ……」


 ロゼは刀から伝わる衝撃でビリビリと痺れた手を抑えつつ内心、驚愕すると同時に焦りが生じていた。まさか鱗の硬度がここまでとは想定していなかったのだ。すると何もせず見ていたデザート・バジリスクはロゼの攻撃が止んだ事を確認し、自身の尻尾を振り上げるとロゼの頭上へ目掛けてそれを振り下ろす。


「チィッ!!」


 だが尻尾がぶつかる瞬間、ロゼは左方向に身を投げ出してそれを避ける。しかしそれを追う様にしなやかに揺れ動く尻尾が今度は連続で襲い掛かってきた為、ロゼはすぐさま体勢を立て直すと尻尾を避けつつ時折、刀で受け流した。だがその猛攻によってジリジリと後ろに追い詰められている事に気付いていないロゼはいつの間にか岩壁が背中に付く位置にまで追い込まれていた。


「しま……ッ!?」


「ロゼさん!! 危ないッ!!」


 ロゼは背中に壁が付いた際に僅かながら視線を背後に向けてしまう。するとその一瞬の隙を見逃さなかったデザート・バジリスクは尻尾を剣の様に突き立てるとロゼの顔面に向かってそれを伸ばした。だがエアリスの声に反応して前を見たロゼは顔に突き刺さる一歩手前でそれを避ける。的に避けられた尻尾はそのまま岩壁に突き刺さり、一瞬だが動きが止まった。すると今度はロゼがその動かなくなった一瞬の隙を見逃さず刀を振り上げると、力の限りを尽くして刃を尻尾に叩き込む。


「うぉりゃああぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 しかし渾身の力を込めたその一振りも結果として意味を為さなかった。刃が尻尾に触れたその瞬間、耳を刺す様な金属音が再び鳴り響き、尻尾は真っ二つに斬れるどころか逆に刀が弾かれてしまったのだ。そして岩壁から抜けた尻尾は大きく振りかぶると、すぐ傍にいたロゼの鳩尾部分に叩き込まれる。


「カハッ……!!」


「あぁッ!?」


 鈍い痛みが腹部に走ると同時に吹き飛ばされたロゼの体は空中で弧を描きながら地面に落下し、その様子を眺めていたエアリスも思わず悲鳴を必死に押し込めた様な喘ぎを漏らしてしまう。アレだけの質量と硬度を兼ね備える尻尾を腹部に叩き付けられて無事でいられる筈がなく、ロゼは確実に骨の何本かを骨折して内臓にもダメージを負っていた。


「ぅッ!! ……オェェッ!! はぁ……はぁ……参ったな……このままじゃ奴に傷一つ付けられねぇ……」


 ロゼは口から血が混じった唾液を吐き出すと自分が握っている刀を見つめる。ロゼの扱っている刀は間違い無く名刀の部類に入る代物であり、これまで幾度となく様々なモノをこの刀で斬ってきたが、これ程まで刃が通らなかったのは今回が初めてであった。するとその瞬間にロゼは気付く。自分はこれまでこの刀の斬れ味に頼り過ぎていたのではないのか?自身の技量がこの刀に追い付いていないのではないかと。


「鋼鉄をも斬り裂く斬撃か……」


 その時、ロゼは今の状況がかつて経験したある出来事と酷似しているという事に気が付いた。




 ーー○ーー




「いいか馬鹿弟子。目の前にある鉄塊をこれで斬ってみろ」


「でも師匠……こんな貧相な剣じゃ絶対に斬れないですよ?」


 これはロゼの頭の中に眠っていたある記憶の1ページ。とある道場にて今よりずっと幼い頃のロゼは目の前に置かれている巨大な鉄塊を前にして、傍にいる人物からなんの変哲も無いロングソードを受け取った。だがロゼはこの程度の小さな剣では目の前にある強固な鉄塊に傷の一つも付けられないと思い込み、師匠と呼ぶその人物に疑問を投げ掛ける。


「御託はいい。試しにやってみな」


「はい……えりゃッ!!」


 それでもやれと言う師匠に対して疑問を抱きながらも、ロゼは言われるがままに剣を振りかざし、鉄塊に目掛けてそれを振り下ろした。だが刃が鉄塊に触れた瞬間、道場内に甲高い金属音が鳴り響き、剣が弾かれる。そしてその反動で押し返されたロゼはバランスを崩して地面に尻餅を着いた。そしてそれと同時に握り締めていた剣も反動で手離してしまい、空中で弧を描きながら道場の床に突き刺さった。


「痛たたた……だから言ったじゃないですか! 絶対に斬れないって!」


 ロゼは弾かれた際の反動で痺れた両手をブラブラとを振りながら目に見えていた結果に悪態をつく。すると師匠がロゼの傍まで近付くと見下ろしながら声を掛けた。


「馬鹿弟子。何でアレが斬れなかったか分かるか?」


「そんなの決まってます。あの剣が原因ですよ! もっと斬れ味のある武器じゃないとあんな鉄塊、斬れっこないです!」


 ロゼの言い分は決して間違ってはいなかった。常識で考えれば目の前の鉄塊を斬る為にはそれこそ斬れ味が高く、鉄塊以上の硬度を誇る武器でなければ斬れる筈がないのだ。しかしその解答に対し師匠は失望した様子で深い溜息を吐いた。


「はぁ……だからお前は馬鹿なんだ」


「えぇ……?」


 すると困惑するロゼを横目に師匠は床に突き刺さった剣まで近付くと、それを抜き取る。


「お前は鉄塊が斬れなかった事を剣の斬れ味の所為にしたな? だがそれは単なる言い訳に過ぎない。ただお前の技量が低いだけの話なんだよ」


「アタシの技量が低い……」


「そうだ。剣を基礎とした刃を備える武器を扱うにおいて最も大切な事は即ち『脱力』と『引く力』だ」


「脱力と引く力?」


 イマイチ理解できていない様子のロゼに対して師匠は「言葉で説明するより実際に見せた方が早いか」と呟くと、鉄塊の前に移動する。


「さっきお前はただ力任せに剣を振るった。多少斬れ味の良い武器ならそれで斬れるかも知れないが、それじゃあただ斬れ味に頼ってるだけに過ぎない。剣が持つ本来の力を引き出せていないんだよ」


 師匠は両手で剣を握ると刃をそっと鉄塊に当てる。ロゼは何故振りかぶらないのかと疑問に思いながらその姿を見つめていた。


「斬るという行動に力は必要ない。必要なのは全身をしなやかに動かすための脱力、そして剣を引く力だ。この二つを同時に行えばッ…!!!」


 次の瞬間、師匠の持つ剣は鉄塊を真っ二つに両断する。それは鋼鉄の鉄塊を斬る動きではなく、まるで熱せられて柔らかくなったバターを斬る様にしなやかな動きであった。


「嘘ぉ……」


 ロゼはゆったりとした足取りで両断された鉄塊に近付いて行く。鉄塊の断面は見事なまでに美しく、師匠の持つ剣も刃こぼれ一つしていなかった。すると目の前の光景が信じられないという表情のロゼを見た師匠は「フッ」と笑うと剣をロゼに差し出した。


「さぁて……この()が出来るようになるまで一体何年掛かるかな、馬鹿弟子?」




 ーー○ーー




(そう言えば、師匠が稽古を付けてくれた時は結局、一度も成功しなかったんだよな……)


 かつての思い出を振り返り終えたロゼは自然と微笑みを浮かべる。だがその間にもデザート・バジリスクは少しずつ距離を詰めており、既に尻尾の射程距離内に入っていた。するとロゼは震える脚で立ち上がると刀を両手で握り、そっと両目を閉じた。


「必要なのは……『脱力』と『引く力』……」


 かつての教えを思い出したロゼは深く深呼吸をすると全身の力を抜く。その様子を見ていたデザート・バジリスクはロゼが既に諦めたのだと思い込み、最後の一撃を叩き込もうと尻尾を天高く振り上げると、ロゼの頭上目掛けてそれを振り下ろす。だが尻尾が直撃する瞬間、パッと目を見開いたロゼは刀を頭上へと振るった。その動きには先程までの力強さは感じられず、ゆったりとしなやかな動きであった。しかし先程と明らかに違うのは刃が鱗に触れた瞬間、先程の様な金属音が鳴る事は無く、鱗が斬れてその下から真っ赤な鮮血が噴き出したのであった。そして鱗を斬り裂いた刀はそのまま皮膚と肉を裂き、尻尾を切断した。


『斬鉄』


 それがかつてロゼが師から最初に教わり、今日この瞬間まで完成させる事が出来なかった技の名前である。ロゼは切断した尻尾の断面と自身の刀を確認するとニッと笑みを浮かべた。


「斬鉄……完成だッ!」


ここから反撃が始まる。

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