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WORLD OVER 〜最果ての到達者〜  作者: 紡星


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とある少女の旅立ち

 帝暦1145年


 世界サンディガルドの中心に位置する巨大な大陸『グランドアイランド』


 その大陸に存在する六つの国のうちの一つ、ソフィア共和国。自然豊かなこの国は人間だけでなくエルフ、獣人族、リザードマン、ドワーフなど様々な種族が共生している多種族国家である。


 ここはそのソフィア共和国の首都から数百キロ離れた草原。空は雲ひとつ無い快晴で遠方には天までそびえるほどの山々が連なり周辺にはそよ風で一同になびく草木、そして時折姿を見せる野生動物達や静かに流れる小川など、長く街や都市で暮らしている者なら感嘆の声を漏らす程、人の手が一切加えられていない見事なまでの大自然がそこに広がっていた。


 そんな草原に一台の馬車がゆっくりと歩行していた。その馬車には二人の人間が乗車しており、一人は馬を操る御者で口髭を蓄えた老人。そしてもう一人は馬車の荷台に座り書物を熱心に読み込む少女だった。


「そうか……だからあの時、失敗したんだ。だとしたらここは……あぁやっぱり……!」


 書物を読みながら何やらブツブツと呟く少女。気になった老人はふと顔を荷台の方に向け、少女の姿を凝視する。


 十代後半であろう少女はまだ幼さが何処となく抜けきれておらず。綺麗に整えられた青髪のショートヘア。エメラルドグリーンの瞳。青と白を基調とした魔装束を身に付け、首には錨の形をしたペンダントを下げている。そして頭には魔法使いの証である紺色の帽子を被っていた。


 その姿を見た老人はもしやと思い、少女の読んでいる書物に視線を移す。


 するとそこには『日常で使える魔法』と書かれており、老人はある事を確信し思い切って少女に声を掛ける。


「お嬢ちゃん、君はもしかして魔術師かい?」


 それまでの道中で特に会話もなく、突然の質問だったにも関わらず少女は魔術書をパタンと閉じると照れる様な笑顔を老人に見せた。


「はい。まぁ私はまだまだ駆け出しの魔術師ですけどね」


 少女は元気よく答えると「アハハ」と笑いながら照れる様に右手を後頭部に回す。


 一方、それを聞いた老人はやはりかと思い、目の前に居る魔術師の少女を見つめながらどこか懐かしさを感じていた。


「そうかい。それにしても魔術師に会うのは何十年振りかのぉ……ここら辺は首都から離れておるから魔術師に出会う事なんて滅多に無いんじゃよ」


「へぇ、そうなんですか?」


 少女は老人の言葉を意外に感じたが実際、彼の言っている事は正しかった。魔術師の多くは国家に仕える者が殆どである為、国の首都やその周辺の都に住むのが一般的であり、この様な田舎へ赴く事は滅多にない話であった。


「うむ……ところでお嬢ちゃん。儂に一つ何でもいいから魔法を見せてくれんか? 久々に魔法がどんなものか見たくなってしまっての」


「いいですよ、お安い御用です」


 老人の頼みに少女は元気よく答えるとその場で立ち上がる。そして肩に掛けていたバッグから15センチ程の木でできた少々歪な形の杖を取り出すと老人に向かって構えた。


 杖を向けられた老人は一瞬、不安げな表情を浮かべるが少女の無垢な笑顔を見て直ぐに落ち着きを取り戻した。


ヒール(癒しよ)!」


 少女が呪文を唱えると杖の先から緑色の光が放たれ、それが老人の体を包み込む。老人は驚いて自分の体を見渡した際、ある変化に気付いた。長時間、馬車を操っていた事で蓄積された疲労や肩や腰の痛みがみるみると解消されてゆき、老人は驚いた表情で両肩を回してみたり、腰を伸ばしたりと魔法の効果を実感する。


「こりゃ凄い……! 体の疲れが吹っ飛んだ! ありがとうよお嬢ちゃん!」


「いえいえ! どう致しまして!」


 少女はにこやかに微笑むと杖をバッグへしまう。その時ふと少女は馬車の前方に視線を向けると何かを見付けたかの様にその先を見つめ、それに気付いた老人も後ろを振り返った。


「おぉ、どうやら着いたみたいじゃ。あれがココラ村じゃ」


 馬車が進む方向の先には少女の目的地であるココラ村と呼ばれる小さな村があった。木造の大小様々な家々が立ち並んでおり、少し離れた場所には小麦を栽培している畑や牛や羊などの家畜を放牧する牧場も確認する事が出来る。


 そして馬車はその村の入り口で止まると少女は荷台からピョンと飛び降りる。そして老人の元へ駆け寄ると腰のポーチから10枚の硬貨を取り出し、笑顔を浮かべながらそれを老人に差し出す。


「ここまで送って頂いてありがとうございました。これお約束の1000マグラです」


 マグラとはグランドアイランド内の全ての国で使用出来る共通通貨で金、銀、銅、鉄の四つのランクに分かれておりランクが一つ上がるとその価値は10倍となる。つまり鉄製の硬貨一枚で1マグラ、銅製の硬貨一枚が10マグラとなる。


 そして全ての硬貨の表裏に横を向いた女神の顔が刻印されている。少女は数十キロ離れた街で偶然通りかかったこの老人に1000マグラを払う代わりにココラ村へ送り届けてもらう約束をしていたのだ。


 人を一人送り届けて1000マグラと言うのは決して悪い金額ではない。むしろかなり良い報酬だと言える。だが老人は10枚ある銀貨のうち5枚しか受け取らず、それを見た少女は不思議がるが、その一方で老人は優しく微笑んだ。


「お代は500マグラで充分じゃよ。残り半分は疲れを取って貰ったお礼じゃ」


「え! 良いんですか?」


「あぁ構わんよ……えぇっと、そういえばお嬢ちゃんの名前を聞いてなかったの」


 老人の言葉に少女は若干の驚きと申し訳なさを感じながら、掌の上にある500マグラをポーチにしまう。そして老人の目を見て笑顔で自分の名前を口にする。


「私はエアリス。エアリス・ハーメルンです」


「エアリスか……良い名前じゃな。また機会があればどこかで会えるといいのう。それじゃ気を付けてのエアリス」


 老人はエアリスに軽く手を振ると元来た道を引き返して行き、エアリスはその姿が見えなくなるまで手を振り続けた。そして馬車の姿が見えなくなるとココラ村の門を潜り村の中へと歩み出した。


 ココラ村は木造の家々が立ち並んでおり屋根の上にある煙突からは白い煙が立ち込めている。そして家屋の裏からは斧で薪を割る音が周辺に響き渡っており、村の住人もちらほらと確認する事が出来た。


「さてとギルドは何処かな?」


 エアリスは自分の目的地であるギルドを探す為、ポーチから一枚の紙を取り出して村の奥へ歩み出した。


 ギルドとは冒険者やハンター達の拠点とも言える場所であり、市民や農民や商人、そしてある時は貴族や国からの依頼を承る紹介所である。


 ギルドを拠点としているのは主に未開の地や古代遺跡の発見、調査や研究を目的とした冒険者。モンスターの討伐、撃退を目的とするハンターである。


 しかしギルドはただ依頼を請け負うだけの場所ではなく様々な情報が行き交う情報の宝庫でもある。その為、欲しい情報だけを求める一般人やお尋ね者の懸賞首を探す賞金稼ぎが出入りすることも多々あるのだ。


 しかし何故、魔術士であるエアリスがギルドを探しているのか。その答えは彼女のポーチから取り出した紙に書かれていた。


『第3級冒険者:エアリス・ハーメルン』


 そう、エアリスは世にも珍しい魔術士の冒険者であった。ハンターや冒険者は魔法を使えない者が大半を占める。その為、魔法アイテムや自然に生えている魔草などを使用して簡略な魔法を使う者が多い。だがエアリスの様に魔術士が国家に仕えず冒険者になるというのはごく稀な事であった。


「う~ん……こっちかな?」


 歩き続けるエアリスの掌の上にはギルドカードが置かれており、不思議な事に指を触れてもいないにも関わらず、ギルドカードはまるで生きているかのように勝手に動き、ある一定の方向を指していた。


 何故なら冒険者やハンターを問わず全てのギルドカードには持ち主の現在地から最も近いギルドを示す特殊な魔法が掛けられている。これにより冒険者やハンターは何処に居ようが必ずギルドに帰って来る事が出来るのだ。だが逆に言えばギルドカードを無くしたり、持っているのにも関わらず帰って来ない者には何か良からぬ事があったのだと言えるだろう。


 ギルドカードを頼りに村の中を散策していたエアリスは既に村の中心部へと移動していた。そして家屋の角を曲がった時、とある大きな建物が彼女の視界に入った。


「あ、あれだ!」


 そこにあったのは周辺の家々より二回りも大きく、外装が様々な動物の骨で装飾が施されている巨大な木造の建物だった。


 エアリスはその建物に近付いて行くと入り口らしき扉の上に『ギルド:ココラ村支部』と書かれている看板を確認する。扉の前まで近付くとエアリスは帽子や魔装束の乱れをチェックし、身嗜みを整える。そして気持ちを落ち着かせる為に軽く深呼吸をし、それらを一通り済ませるとエアリスは扉を開いた。


 扉の向こうには広く開けた空間が広がっていた。中央のカウンターには受付嬢が二、三人立っており、その両脇には二階へ上がる為の大きな幅の階段。右側の壁には様々な依頼が書かれた紙が貼られている巨大なボードが設置されている。


 また天井や四方の壁には暖かい灯を灯すオイルランプが掛けられており、カウンターの周りには多くの円卓テーブルが置かれ、肩にプロテクターを付けた軽装備の者や全身鎧フルプレートで固めた重装備の者など数多くの冒険者やハンター達が各々の会話や食事、酒を飲んで楽しんでいる。


 その内装は外見からは想像出来ないほど立派なものであり、エアリスは思わず「わぁ……」と感嘆の声を漏らしてしまう。


「おーい!! エアリスさん!!」


 ギルドの内装に見惚れていたエアリスだったが突然誰かに名前を呼ばれ、辺りを見回す。だがエアリスの名を呼んだ者はどこにもおらず、疑問に思ったエアリスは首を傾げた。


「こっちです、こっち! 上ですよ!」


 再び声が聞こえ、そこでようやくエアリスは自分が頭上から呼ばれている事に気が付いた。そして上を見上げるとそこには一人の男が笑顔で手を振っており、その顔に見覚えがあったエアリスは自然と笑顔を浮かべた。


「ルーベルさん!」


「上まで来て下さい! みんな待ってますよ!」


 ルーベルと呼ばれた男は笑顔で手招きをしている。エアリスは大きく頷くとカウンターの両脇にある階段を駆け上がる。その際、八段目で躓いてこけそうになるが何とか踏みとどまり、階段を登りきるとルーベルの元へ駆け寄った。


 ルーベルの前まで近寄ると、エアリスは彼の容姿を改めて確認する。20代の活気のある青年で、短く整った茶色の髪に澄んだ青い瞳。そこらの無骨な冒険者やハンター達と比べて比較的整った顔立ちをしている。胴体には鉄製のプレートや革製の防具を装備しており、腰には鞘に収めたロングソードを帯刀していた。


「すいません。遅くなっちゃいましたか?」


 エアリスが申し訳なさそうに尋ねる。実はこの町に来るまでに少なくとも3回は道を間違えており彼女が想定していた以上に時間が掛かってしまっていた。しかしそんなエアリスの不安とは裏腹にルーベルは笑顔で首を振る。


「いえ、我々もつい先ほど到着したところです」


 それを聞いたエアリスは安心したのかホッと肩を落とした。


「良かった。随分と待たせちゃったかと思いましたよ」


「気にする事は無いですよ。待つのは慣れてますから。それよりこちらへどうぞ」


 ルーベルはエアリスを奥の席に案内すると席には既に二人の男が座っており、何やら会話をしていた様だがエアリスの姿を見た瞬間に会話を途中で辞め、笑顔を見せる。


 二人は全く違うタイプの男で、一人はルーベルと同じく20代前半の青年で金髪の髪を後で纏め、澄んだ青い瞳を持っており、両耳には金色のピアスを付けていた。かなり整った顔立ちだが生真面目そうなルーベルとは違いどこか陽気な雰囲気を醸し出していた。胴体にはプレートなどの装甲はあまり身に付けておらず、代わりに動きやすい革製の防具を身に付けていた。


 もう一人の男は他の二人とは違い30代のガタイの良い中年の男でボサボサの黒髪に真っ黒な瞳。顔にはいくつかの古傷の後が残っており、まさに歴戦の強者といった風貌であった。胴体は傷だらけのプレートを装着している。


 ルーベルはエアリスを空いている席に座る様に促す。そして席に座ると改めて自己紹介を始めた。


「さて、エアリスさん。この度は我らが冒険者チーム『ブレイブ』に加入して下さってありがとうございます。改めて自己紹介させて頂きます。私はチームリーダーを務めているルーベルと申します」


 ルーベルは自身の紹介を終えると他のメンバー紹介に移る。まずはすぐ隣にいた金髪の青年からだった。


「こちらの金髪の彼はラフィット。チームの中では最も身体能力が高く探査能力にも優れています」


「よろしく♪」


 ラフィットはエアリスに向けてウィンクと指先を向けて軽い挨拶をする。


「そしてこちらの黒髪の彼はバモン。戦闘能力の高さも冒険者としてのキャリアもチームの中では一番で、頼りになる存在です」


「よろしく頼みます」


 バモンは姿勢良く腕を組みながら軽く頭を下げた。チームメンバーの紹介が終わりようやくエアリスの番になり勢いよく椅子から立ち上がる。


「えっと、私はエアリス・ハーメルンと申します。今日からこのチームの一員として頑張っていきますのでどうぞよろしくお願いします!」


 エアリスはこれからチームの仲間として共に行動する三人に対し誠意を込めて深く頭を下げた。そして挨拶を終えると椅子に座り、フゥと一息ついた。


「エアリスさん。何か我々に質問はありませんか?」


「いえ、事前にルーベルさんにメンバーの皆さんの話は聞いていたので充分理解してます。それよりも私に何か質問はありませんか?」


「はいッ!」


 するとエアリスのその言葉を待っていましたと言わんばかりにラフィットが勢いよく手を挙げた。それに少し驚いたエアリスだったが若干動揺しながら指名する。


「じゃ、じゃあラフィットさん。どうぞ……」


「エアリスちゃんは彼氏とかいるのかい!?」


 ラフィットがその言葉を放った瞬間、その場にいたラフィットを除く全員が時間が一瞬止まった様な感覚を味わった。見るとルーベルは片手で顔を覆いながら溜息を吐き、バモンは明らかに呆れた表情をしている。そして肝心のラフィットはエアリスの答えを目を輝かせて待っていた。


「えっと……いないです……」


「マジで!? よっしゃぁぁぁッ!!」


 エアリスの答えにラフィットは全力のガッツポーズを決めると、すかさず詰め寄り両手をガッチリと握る。


「じゃあさエアリスちゃん! 俺と付き合うってのはどう?」


「えぇ……!?」


 出会ってまだ5分も経っていないにも関わらずの突然すぎる大胆告白にエアリスは困惑する。だが対照的にラフィットはノリノリで自身について語り始めた。


「いやさ、俺って自分で言うのも何だけど別に悪い顔じゃないと思うんだよねー! それに俺、女の子には超〜〜〜優しいから!」


 エアリスはどう答えればいいか分からず、困惑しつつも若干ながら心の中で確かにと頷いた。確かに側から見ればラフィットはかなり整った顔立ちをしており、間違いなくイケメンの部類に入る程であったのだ。するとその様子を見ていたルーベルはすぐさまエアリスからラフィットを引き剥がそうと背後から抱え込むが、それから逃れようとジタバタと暴れ始め、そのまま言い争いを始めた。


「おいラフィット! エアリスさんが困ってるだろ! いい加減すぐに口説こうとするその癖をやめろ!!」


「離せルーベル! 俺の飽くなき挑戦の邪魔をするんじゃねぇ!」


「だいたい一回も成功した事ないだろ。お前はいい加減、諦める事を覚えろ!」


「うるせえ! 童貞クソ真面目!!」


「何だとこの金髪馬鹿!!」


 その様子を横から見ていたバモンは呆れきった様子で「はぁ……」と深い溜息をつくとエアリスの方を向き直り、頭を下げた。


「すまないエアリスさん。すぐに止めるので少しだけ待って頂けるか?」


「あ、はい……どうぞ〜」


「おいお前たち! いい加減にしないか!」


 バモンはパキパキと指を軽く鳴らすと二人の間に割って入った。そこからはしばらくの間は三人による喧嘩が続いたのだが、それを見ていたエアリスは嫌な顔一つせず、かつて魔法学院に在籍していた頃の自分と友人達との姿が重なり、自然と笑みを浮かべていた。

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