エアリスの覚悟
暫く沈黙が続き、エアリスは次第にその場の空気が重たくなるのを感じていた。するとロゼは「はぁ」と溜息を吐き、刀を鞘に収めと再び自身の傍にそっと置いた。
「それ分かってて言ってるのか? あの山に潜んでるのは間違いなくディアボロ・スコーピオンと同等かそれ以上の力を持つモンスターだ。こんな事あまり言いたくないけどよ……ディアボロ・スコーピオンを前にして何も出来なかったアンタに一体何が出来るって言うんだ?」
その言葉と現実がエアリスに重くのし掛かる。ロゼの発する一言一言が紛れも無い事実であり、例えこのままロゼに付いて行って戦闘になったとしても足手纏いになる事は間違いなかった。するとエアリスは少しの間、口籠るが意を決して自分の中にある感情を口にする。
「……確かに私は何も出来ませんでした。きっとロゼさんに付いて行ってもきっと足手纏いになります……でも私は知りたいんですッ!! どうしてルーベルさん達が死ななきゃいけなかったのか!! あの山に一体何がいるのか!! それに……ロゼさんがちゃんと魂を取り戻せるのかも私は見届けたいッ!! だからお願いしますッ!! どうか私も一緒に行かせて下さいッ!!」
「……(さっきの会話といい、どんだけお人好しなんだよコイツ……そういえば、アタシが最初に助けた時も動けない仲間を庇って逃げようとしなかったな……魔術師なのに剣を構えてたし)」
エアリスは深く頭を下げている。一方のロゼはその言葉に対して沈黙で答えるとエアリスをじっと見つめていた。話の最中でもエアリスの目は真剣そのものであり、どれだけ過酷な道のりであろうとも本気で付いてくるという強い覚悟があるとロゼは感じていた。そして何より驚いたのは同行を希望する理由の一つにロゼの事が含まれているという事であった。つい数時間前に出会ったばかりで、まだお互いの事を殆ど知らないロゼに対してここまで心配してくれるとはロゼ自身も予想していなかった。
「……それがアンタの強さって事か。まるでアイツみたいじゃないか」
ロゼは聞こえるか聞こえないか程の小声でそう呟く。『超が付くほどのお人好し』それがエアリスの長所であり同時に強さであるのだとロゼはすぐに理解した。それと同時に記憶の中のとある人物がエアリスと重なり、フッと笑みを溢す。
「よし分かった。連れて行ってやる」
「本当ですかッ!?」
エアリスは勢いよくパッと顔を上げた。するとロゼは人差し指を立てると一つだけ注意喚起をする。
「だけど一つだけ条件がある! 最低限、自分の身は自分で守る事!! いいな?」
「はいッ!」
「よし、なら今日は早く休みな。見張りはアタシがやっといてやるよ」
ロゼはそう言うと刀を再び手に取る。すると昨晩と同じ様な状況にデジャブを感じたエアリスは念の為にある事を尋ねた。
「あの……交代はどうしましょう?」
「必要ねぇよ。この体、あまり睡眠が必要ないんだ。それにアンタ疲れてるだろ? 今日はその……色々あっただろうし……」
「……はい、分かりました。それじゃあ、おやすみなさい!」
その言葉にエアリスは一瞬、暗い顔になるがすぐに明るい顔を見せた。だがロゼはその表情に違和感を感じる。何故ならロゼから見たその笑顔は何処か無理やり作られた物の様に感じられるのだ。
「あぁ、おやすみ」
しかし、余計な言及はせず、ロゼは同じく笑顔でそれを返した。
ーー○ーー
エアリスが眠りに着いて数十分が経過した頃、ロゼは周囲を見渡しながら絶えず警戒を続けていた。ハイ・ウォール山脈からディアボロ・スコーピオンが降りてきた今、もしかすると他にも危険度の高いモンスターが同様にこの近くにまで来ているかも知れない。そう考えると決して油断は出来ない状況であった。だがその時、ふと眠っているエアリスに視線を向けたロゼはある異変に気が付いた。
「うぅ……ルーベルさん……ラフィットさん……バモンさん……。行かないでッ……私を独りにしないで下さいッ……」
エアリスは悪夢を見ているのか魘されながら地面に蹲り、苦悶の表情で寝言を吐いていた。やはりどれだけ明るく振る舞っていても仲間を全員同時に失った悲しさをすぐには拭きれずにいたのだ。それが強烈なストレスとなり夢にまで影響している様であり、そんなエアリスをロゼは黙って見つめていた。その時、エアリスの閉じている瞳から一雫の涙が流れ、そのまま彼女の頬を伝う。
「……」
するとロゼはエアリスの傍らに近寄るとその涙を拭う。更に自身が羽織っていた羽織りを脱ぐとエアリスの体にそっと掛けた。
「安心しな……一人にはしねぇよ」
ロゼは微笑みながらそう呟く。するとそれまで苦しそうな表情だったエアリスの顔が少し和らいだ様子であった。




