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生き返る為の条件

「って言う事があって〜……あなたの魂を落としちゃいました! ごめんね♪」


 これまでの経緯を話し終えたフィルスはロゼに対して笑顔を浮かべながらあざとく謝罪した。一方のロゼはそんなフィルスに対して同じく笑顔で返すとスタスタと歩いて再び背後に回る。その様子を不思議そうに眺めていたフィルスだったが、ロゼはフィルスの腰に足を掛けると翼をがっしりと掴んだ。


「『ごめんね♪』じゃねぇだろ!!!」


 そしてようやく怒りが爆発したロゼは翼を引き千切る勢いで思いっきり引っ張る。そしてその痛みにフィルスは声にならない悲鳴を上げた。


「いぎゃあああああぁぁぁぁぁあああああ!!! やめて!! 千切れる!! 千切れちゃうからぁぁぁ!!?」


 フィルスは涙目になりながらジタバタと暴れて振り解こうとする。しかしロゼは全く離すつもりはなく、更に掴む力を強めた。


「じゃあ何か!? アンタの完全なる不注意の所為でアタシの魂をゴミ箱に落としたってのかッ!? って言うか落としたって一体何処に!?」


「げ、下界よ!! あなたがいた世界の何処かに!!」


 どうやらあのゴミ箱の中はロゼが元いたサンディガルドに通じているらしく、取り敢えず自分の魂が消滅していない事は確認できた。しかし肝心な事はまだ聞けていなかった。


「アタシの魂が無いとどうなるんだ!? 返答次第じゃ翼を捥ぐぞ!!」


 魂が無い事によってどの様な事態を引き起こすのか、それが一番気になっていた。もし存在そのものが消滅するなどと最悪な事を言われた場合、ロゼは本気で翼を捥ぎ取るつもりだった。


「……天国にも地獄にも行けなくなる」


 フィルスは小声でボソッと答える。しかしその言葉はロゼを更に激怒させるのに十分だった。


「よしっ!! 捥ごう!!」


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 許じでぇぇぇぇぇえええっ!!」


 フィルスは涙と鼻水で顔を歪めながら必死で許しを乞う。一方のロゼは翼を捥ごうと決意し更に力を込める。そんな状態が暫く続いた。


「ひぃ……ひぃ……本当に取れるかと思った……」


 そして数分後、必死の説得と謝罪によって取り敢えず翼を捥がれずに済んだフィルスは自身の翼を慈しむ様に撫でながら、未だに続く痛みで地面に蹲っていた。


「で、なんで魂が無いと天国にも地獄にも行けないんだ?」


 そんなフィルスを横目にロゼは話しを進めようとする。するとフィルスは蹌踉めきながら立ち上がると、何も無い空間から出現させた椅子に座り説明を始めた。


「えっと……それはね、天国と地獄に行くにはそれぞれ天国門(ヘヴンズ・ゲート)地獄門(ゲート・オブ・ヘル)って言う門を通る必要があるんだけど、そこを通る為には必ず魂を通行証代わりにする必要があるの。だから魂を持たない者は門を通る事は出来ないのよ」


 フィルスの説明の中で出てきた二つの門の両脇には門を守る為の屈強なガーディアンが存在しており、許可なく門を潜ろうとする者や魂を持たぬ異形の存在を排除しているのだ。もしロゼが魂がない状態で天国門(ヘヴンズ・ゲート)に近付けば間違いなく排除されるであろう。


「なるほどな。それで……結局アタシはどうすればいいんだ? まさかここでアンタと一緒に暮らせなんて言うんじゃ無いだろうな? 最初に言っとくがお断りだぞ」


「そんな訳ないでしょ!? こっちがお断りだわ!! ……その話だけど、ここからが本題。あなたにお願いがあるの」


「お願い?」


「えぇ……特別にあなたを生き返らせてあげる……その代わりに下界に落ちたあなたの魂を私の代わりに探してきて欲しいの!!」


「断る」


「即答ッ!?」


 間髪入れない返答にフィルスはショックを受ける。するとロゼは呆れた様子で「はぁ……」と溜息を吐いた。


「あのなぁ……そもそも大切なアタシの魂をゴミ箱に落としといて他人に取って来いなんて烏滸がましいにも程があるぞ。落としたんなら自分で取って来いよ」


 言い返すことすら出来ない完璧な正論にフィルスは「うぅ……」と口籠る。


「それはそうだけど……私はここでの仕事があるから離れる訳にはいかないし……それに神が下界に降りて人間に干渉する事は1()0()0()0()()()()()に禁止されてるのよ……」


「そうかも知れねぇけどさぁ……」


「おねがぁいッ!! もしこの事が上にバレたら、きっと女神の称号が剥奪されちゃうッ!! それだけは絶対に嫌なのぉぉぉぉッ!!」


 するとまたしてもフィルスは泣きべそをかきながら椅子から身を投げ出し、ロゼの腰にしがみ付く。その姿はさながらデパートや玩具屋で欲しい物を必死で母親に強請る小さな子供そのものであった。その姿を見たロゼのフィルスに対する認識は既に女神から凡人以下の駄目人間へと降格していた。


「はぁ……分かったよ……アタシが取って来てやるからいい加減泣くのをやめろ。あと鼻水を服に擦り付けるな、汚ねぇだろ」


 その姿を呆れながら見下ろしていたロゼは再び溜息を吐きながらそう答える。するとそれを聞いたフィルスは満面の笑みでパッと顔を上げた。


「本当に!? あなたならやってくれるって信じてたわ!! 本当にありがとう!! いや〜あなた女神じゃないかしら!!」


 フィルスは勢いよく立ち上がるとロゼの手を取り、感謝の意を込めてブンブンと勢いよく上下に振る。そんなフィルスに対してロゼは心の中で(女神はアンタだろ……)とツッコミを入れた。


「はいはい分かったよ。それで、具体的には何処を探せばいいんだ?」


「え〜と……ちょっと待ってね」


 フィルスは掌の上に一枚の紙を出現させるとそれを空中に浮遊させロゼに見せ付ける。ロゼはそれが一瞬何なのか分からずにいたが、目を凝らしてよく見るとこれまでにも何度か見た事のある物とよく似ている事に気付いた。


「もしかしてこれ世界地図か?」


「そうよ。あなたの住むサンディガルドの正確な世界地図よ」


 それは寸分のミスも無い正確な世界地図であった。ロゼの住むサンディガルドに世界地図自体は存在するのだが測量技術がそこまで発展していない事や危険度の高いモンスターが多く生息する沿岸部のエリアが多数存在している為、そこまで正確な地図は作られた事がなかったのだ。もしこの地図を冒険者や航海士が見れば喉から手が出るほど欲しがるだろう。


「凄いな……こんな正確な地図は見た事がない……」


「そりゃそうよ! 神が作った物以上に正確な物なんてないわ! 因みにこれはさっき私が作った最新版の地図よ!」


「ふ〜ん……」


 ロゼは興味深々で地図を見つめており、その横でフィルスが自慢げに説明する。しかしその事を全く聞いていない様子のロゼに対してフィルスは一瞬ムッとするが、いちいち噛み付いていては身が持たないと諦め「はぁ」と溜息を吐いて地図の真ん中を指さした。


「ゴミ箱は常に世界の中心に続いているの。すなわちこの地図の真ん中にある大陸……グランドアイランドの何処かに落ちた事は間違いないわ」


「それを聞いて安心したよ。海にでも落ちたら一体何年掛かるか分からねぇからな……ところでアタシの魂はどんな形をしてるんだ? 流石に空中でフワフワ浮いてる訳じゃないだろ?」


「えぇ。ここでは水晶状だったけど下界では宝石の様な形になる筈よ。世にも美しい輝きを放つ宝石にね」


「宝石か……」


 宝石の様な形になると聞いてロゼは好都合だと考えた。宝石ならばもし誰かが発見した場合、人が集まる場所で出回る為に見つけ易くなる可能性が高くなるからだ。これがもし石ころの様な物だった場合は完全に自力で探さなければならなくなってしまう。そう考えているとフィリスは世界地図を手に取り、クルクルと丸めてロゼに差し出した。


「これあなたにあげるわ。持ってた方が便利でしょ?」


「いいのか?」


「本来なら駄目だけど、今回は私のミスだからね……これくらいのサポートはしてあげないと」


「そうか、ありがとな」


 ロゼは礼を言うと地図を受け取る。するとフィルスは「あとこれも持っていきなさい」と言うと、もう片方の手から金色の装飾が施された小さな純白の鈴を出現させ、それを差し出す。


「これは……鈴か?」


「そうよ、もし魂を見つけたらその鈴を鳴らして。もう一度ここに案内するわ」


「分かった」


 ロゼは鈴を受け取ると大事そうに懐にしまった。するとフィルスは自身の翼を大きく広げて空中へ羽ばたくとロゼを見下ろす。フィルスの背後からは御光が差し込みそれによって純白の翼が更に輝きを増した。そこには先ほどまでの駄目人間要素は無く、威厳と慈愛に満ちた本物の女神がそこに居た。その姿に柄でもなくロゼでさえも思わず見惚れてしまう。


「それじゃあ、あなたを生き返らせるわね。最後に一言もう一度お礼を言わせて貰うわ……ありがとう」


「あぁ任せときな……ところでここから如何やって戻るんだ?」


「それはね……こうするのよ」


 フィルスはパチンッと指を鳴らす。するとその瞬間、ロゼの足元に底の見えない程の巨大な穴が空き、そのまま穴の中へと吸い込まれる様に落ちていった。


「え!! ちょ待ッ!? てええぇぇえええぇぇえええええッ!!?」


 ロゼは絶叫しながら闇の中へと消えて行く。様子をフィルスは先程までの神々しい女神と同一人物とは思えない悪魔の様な悪い笑みを浮かべて眺めていた。


「あははははッ!! 私の翼を引っ張った罰よ!! ちょっとは反省しなさ〜いッ!!」


 その言葉を最後に大穴を完全に閉め切ったフィルスは仕返しが出来て満足したのか笑みを浮かべながら椅子に座り一息つく。


「ふぅ……あ! あの事を伝えるの忘れてた……けどまぁいいか。直ぐに変化に気付くだろうし……後で手紙で知らせてあげよ〜っと」

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