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白狼と桃鶏

 ロゼとエアリスが出会う二ヶ月前……。


 ソフィア共和国の王都から数十キロ離れた土地のとある田舎町。ここは他国から王都へ向かう国道の中間地点として数多くの商人や旅人、冒険者やハンターなど幅広い職種の人々に利用されており、活気に満ちていた。だがこの日、普段は長閑な筈のこの町に似つかわしくない怒号が響き渡っていた。


「この大馬鹿野郎!! 二度と来るんじゃねぇぞ!!」


 宿屋の扉が開く。声を荒げてるのは宿屋の店主だった。店主は店の奥からロゼの首根っこを掴んで入り口まで引っ張って来ると街路上へ容赦なく投げ捨て、バタンッと扉を勢いよく閉めた。その様子を町の住人たちは何事かと一瞬立ち止まって見つめるがその後、何事もなかったかの様に歩み始める。


「イテテ……あの頑固店主め……ほんのちょっと宿代が足りなかっただけじゃねぇかよ。ここまでやるか普通?」


 ロゼはそんな愚痴を零しながら立ち上がると服に付いた埃を払い、緩やかな足取りで町の外へ向かって歩き出した。何故こんな事になったのか、それは昨日の晩、ロゼは酒場で豪遊し過ぎた為に持ち金の大半を使い切ってしまっていたのだった。豪遊する事は決して悪い事では無い。だがタイミングの悪い事に宿泊している宿屋の代金の支払いの期日がその次の日であった事を忘れて金を使ってしまった為に先程の様に宿屋を追い出されたという訳である。


「仕方ねぇ。また適当にモンスター狩って稼ぐか……」


 ロゼは冒険者とハンターのどちらのギルドにも所属しておらず、自由気ままに旅をする流浪の旅人であった。剣の腕は昔から立つ故に時折、金銭を得る為に危険度の高いモンスターを狩ってその素材を売って生計を立てている。過去に狩場で鉢合わせたハンターたちにその実力をかられてハンターにならないかと何も誘われたが、ロゼ曰く手続きや規制が面倒だからという理由で何度も断っていた。


 そして町を出たロゼは国道を外れて、周囲に何も無い草原を一人歩いていた。長閑で広大な大自然を眺めながら当てもない旅をする。ロゼはそんな自由な生き方が好きであった。


「ん〜やっぱ気ままな一人旅ってのはいいねぇ〜。()()()()から抜け出してきて正解だったよ」


 ロゼはそう言いながら体を伸ばした。そして数時間ほど歩いたところで時刻はちょうど昼過ぎとなった。小腹が空いていたロゼは偶然にも流れの緩やかな川を見つけるとそこに近付いて行き、川の中を覗き込む。


(お、いるいる)


 そこで泳ぐ魚の姿を見た瞬間、ロゼは笑みを浮かべて刀を抜くと川の中にゆっくりと足を入れた。そして水面をかき乱さない様にゆっくりと忍び寄り、刀の届く範囲まで近付くと狙いを定め、刃を突き立てると素早く魚に突き刺した。水面から持ち上げた刀には串刺しになった魚がピチピチと動いており、ロゼはその状態のまま別の魚に狙いを定める。


 それから数分後、合計で三匹の魚を捕まえたロゼは川辺の周辺に落ちている石と乾いた草類を集めて火を起こしていた。一人旅で何度も野宿を経験しているからか慣れた手つきで作業をこなす。そして準備が整うと先ほど獲った魚を木の串に刺して焼き始めた。一匹、二匹と同じ様に火に掛けて行き、最後の一匹に串を刺そうとする。


「こんにちは、お嬢さん」


 だがその時、背後から声が聞こえ、振り返るとそこには5〜6程の男達が醜悪な笑みを浮かべながらロゼの事を見つめていた。どの男もやけに汚れた服や鎧を身に纏っており、その手にはロングソードや戦斧や槍など、かなり使い古された武器を持っている。その風貌から間違いなく野盗であると確信するロゼであったが、臆する素振りを見せるどころかまるで友人と話しをする様に気さくに話しかけた。


「アタシに何か用かい?」


「あぁ、お嬢さんの持ってるその武器と着ている服が欲しいんだ。あとそうだなぁ……ついでにお嬢さんも貰っていこうか!!」


 ロゼの言葉に対して一番先頭にいたリーダー格であろう桃色のモヒカンヘアの男がそう答えた。どうやら野盗たちはロゼをアジトに連れて帰って色々と楽しもうとしているらしい。だがロゼはまるで聞く気が無いのか野盗達に目もくれず手に持っていた最後の魚を木の串に突き刺す。


「デートのお誘いかい? 悪いがお断りだね。他の奴はともかくアンタは駄目だ」


「何? 何故だ?」


 名指しで否定された事に疑問を覚えたモヒカン男は理由を尋ねる。するとロゼは魚を刺した最後の一本の串を火に掛けてから、嘲笑する様にモヒカンを指差した。


「自分はザコですって主張してる様な髪型の奴とはお断りだって事だよ」


「なッ!? この女……!! 今、俺様の自慢のヘアスタイルを馬鹿にしやがったかッ!?」


 モヒカン男はその言葉に憤慨し、腰に携えていたロングソードを抜いた。余程自分の髪型に自信があったのであろう額に青筋を張ってロゼを睨み付ける。


「許さねぇ……この『桃鶏』と恐れられるこの俺様の髪型を……お前ら!! あの女の身包み全部剥がしちまえ!!」


「「「「「ウオォォォォォォォッ!!」」」」」


 その号令と同時に野盗たちが武器を振りかざしてロゼに襲い掛かる。それを見たロゼはニッと笑顔を浮かべると刀に手を掛けて姿勢を低く保つ。


「おらぁッ!!」


 そして最初にロングソードを振り下ろしてきた野党の攻撃をかわしてスルリと脇を抜けると、すかさず次にやって来る攻撃もかわす。その後もロゼは一切の反撃はせず次々と野盗たちをかわし続ける。そして全員を抜けきると野盗たちは信じられないといった表情で振り返るが、野盗たちはロゼの姿に違和感を感じる。その違和感の正体はロゼがいつの間にか抜かれた刀を手に持っていると言う事だった。


「自分の使う武器はキチンと手入れしといた方がいいぞ。全体的に脆くなり過ぎてる」


「はぁ? お前何を言って……」


 次の瞬間、野盗たちの持っていた武器が次々と甲高い音を立てて砕け散り、野盗たちは驚愕する。


「なッ!?」


「嘘だろ!?」


 驚く野盗たちを横目にロゼは最後に残っているモヒカン男と対峙する。


「アンタで最後だ」


「な……なかなかやるじゃないか、お嬢さん……」


 たった今見せられた光景にモヒカン男はかなり動揺して冷や汗を流すが、なんとか相手に悟らせない様に平然を装う。


(この女……一体いつ刀を抜きやがった!? ずっと見てたが全く分からなかったぞ!!)


 モヒカン男は既に理解していた。目の前にいるこの女は剣術が自分よりも優れていると。するとその時、ロゼの背中に描かれている赤い髑髏マークを見た野党の一人が「あぁ!!」と声をあげた。


「そ……その背中の真っ赤な髑髏マークにその白髪!! まさかお前『白狼』か!?」


「何ィ!?」


 その言葉にモヒカン男は目玉が飛び出しそうなほど驚くと平然を装う事を忘れ、完全に臆した様子で一歩二歩と後ずさる。


「あんまりその呼び名は好きじゃねぇんだけどな……」


『白狼』それはロゼの異名であり一部の界隈ではそこそこ知れ渡っている名前であった。と言うのもその発端はロゼが金銭を得るために一時期、賞金首や野盗を片っ端から捕らえた結果、その様な異名が付いてしまったのだが、ロゼ自身はその名をあまり好んでいなかった。しかし本人の意志とは裏腹に白狼の名はお尋ね者達に多大な影響力があり、現にこの場にいる多くの者たちは既に戦意を失くしてロゼを恐れていた。


「で、どうする? やるのかい?」


「い、いや〜参ったなぁ……まさかアンタがあの白狼だったとは……道理で強いわけだぜ、アハハハ……」


 ロゼの問いにモヒカン男はかなり動揺した素振りを見せていた。すると次の瞬間、ロングソードを地面に投げ捨てて勢いよく土下座をする。


「どうもすいませんでした!! 金でも何でも渡すんで見逃して下さい!! ……おい!お前らも早く頭を下げねぇか!!」


「は、はい!」


「すいませんでした!!」


 モヒカン男の指示で他の野盗たちも次々に土下座をする。その姿を見たロゼは戦意が失せたのか「はぁ」と溜息を吐くと刀を鞘にしまった。


「別に何もいらねぇよ。用が済んだらとっとと帰りな」


「!! ……はい!ありがとうございます!!」


 野盗たちは只で見逃して貰えるとは思っても見なかったのか感謝の意を込めて再びロゼに頭を下げると、モヒカン男の方へと足早に去って行く。ロゼはモヒカン男に背を向けると魚を焼いている焚火の方へと歩み出した。


「いや〜それにしても白狼さんは寛大なお方だ! 何とお優しい!」


 背後からモヒカン男のロゼを讃える言葉が聞こえるが、それを無視して歩み続ける。


「優し過ぎくらいだぜ……笑っちまう程になぁ!!!」


 次の瞬間、モヒカン男は腰のホルダーに手を掛けると、外面が鋭い刃となっている二枚のブーメランを取り出し、無防備なロゼに向かって投げた。二枚のブーメランは次第に回転速度を増して行き、高速回転する丸鋸となってロゼの背中に向かって飛来する。しかしブーメランがロゼに命中する寸前、それを予知していたかの様に刀を抜いたロゼはそれを弾き飛ばした。そして弾かれたブーメランは空中で弧を描きながらモヒカン男の手に戻る。


「キヒヒ……やっぱり予測してやがったか。どうだい俺のブレードブーメランは?」


「面白い武器じゃないか。それがアンタの本命ってことかい」


 ロゼは微笑みながらそのブーメランを珍しそうに凝視する。


(あぁそうさ。何も剣術が俺より優れてるからってビビる事はねぇ……俺にはこいつがあるんだ)


 ロゼの言う通り、モヒカン男の本当の武器はロングソードではなくこのブーメランであった。実力で言えば間違いなくロゼの方が上であるがそれは互いが剣を交えた場合の話であり、遠距離からの斬撃を飛ばせるブーメランを使えば勝機は十分にあるとモヒカン男は踏んでいた。


「あぁ。剣術では到底敵わないが、こいつなら近付かなくてもお前に勝てるぜ」


 手の中でブーメランを回しながら笑みを浮かべるモヒカン男であったが、それと対照的に他の野盗たちは完全に戦意喪失をしており一刻も早くこの場から立ち去りたがっていた。


「ボス……止めときましょうよ! 白狼も見逃してくれるって言ってますし……」


 野盗の一人がそう恐る恐る提案するが、それに激昂したモヒカン男はその者の胸ぐらを掴んだ。


「黙れぃ!! 奴を打ち取れば俺の名も上がる! ……それとも何だ、俺が弱ぇとでも?!」


「いや!! そんな事は……」


「なら黙って見てろ!!」


 野盗を押し倒すとモヒカン男は再びロゼと対峙する。その顔には先ほどまでは無かった余裕があった。


「待たせたな。とっとと始めようぜ」


「あぁ。だけどその前にアンタの名前を聞いておきたい」


「名前だと? 名乗るだけ無駄だが、まぁいいぜ。教えといてやるよ。俺は『桃鶏のブロギー』様だ!! よーく覚えとけッ!!」


 ブロギーは名乗り終えると同時にブーメランを投げる。それはすぐさま高速回転する丸鋸となりロゼに襲い掛かるが、軌道が読める為にロゼはそれを難無くかわした。しかし勘違いしていけないのは普通の丸鋸であれば一度避けてしまえば二度と戻ってくる事はないが、今かわしたのは完全な丸鋸ではなくブーメランであり、外面が刃となっていようがその特性に変化はない。つまり一度避けたところでブーメランは戻って来るのだ。


「うぉっと!」


 背後から戻ってきたブーメランをギリギリでかわせたロゼだったが、ブーメランをキャッチしたブロギーは間髪いれずに再びそれを投げる。


「オイオイどうした? 避けるだけで精一杯か?!」


 ブロギーは変則的な投球で次々とブーメランを投げ続け、上下左右と自在に飛び回る。しかし一度当たってしまえば刃が肉を裂き、大怪我に繋がる筈なのだがロゼはそんな状況を楽しむかの様に笑顔でブーメランをかわし続けていた。


(あの野郎、笑ってやがる……!!)


 ブロギーは笑みを浮かべるロゼに対して次第に苛立ちを覚えていた。そしてその苛立ちは次第に焦りへと変わって行く。


「このッ……! さっさとくたばりやがれぇッ!!」


 そして怒りに任せて投げたそのブーメランはこれまで以上に回転量と速度が増した状態で一直線に飛んで行く。だがロゼはそのブーメランを今度は避けずに真っ正面から掴み取った。


「なッ!?」


 ロゼがブーメランを掴み取った事にブロギーは驚愕する。何故ならブロギー自身ですら自分の手を傷付ける事なく掴み取るのに一年もの月日が掛かったのだ。


「ば、馬鹿なッ!! ……俺はそのブーメランを掴むのに途方もない時間が掛かったんだぞ……そんな意図も簡単に掴めるはずが…!!」


 認めたくない現実に自分の自尊心を砕かれ、後ずさるブロギーであった。一方のロゼはその隙を突いてブーメランを捨て去ると一気にブロギーとの距離を詰めようと走り出す。


「待て待て待てッ……ちょっと待ってくれ!! 分かった! 俺の負けだ!! 負けでいい!!だからッ……」


 ブロギーは両手を上げて必死に降参を宣言するがロゼは一向に止まる気配はない。そして刀の届く範囲まで近付くとブロギーの首筋目掛けて刀を振るった。


「ヒィィィィィィイイイイ!!?」


 しかしロゼは首筋に当たる前に刀を止めた。一方のブロギーは迫り来るロゼの気迫と首を切断されるという死の恐怖からその場で白目を剥いて気絶してしまい、その体は硬直したまま地面に倒れる。


「ふぅ……さてと、他に誰かやる奴はいるかい?」


 ロゼは地面に倒れるブロギーを横目に今度は野盗たちに尋ねる。すると全員が勢い良く首を横に振り、同時に後悔の念が押し寄せる。一度は逃げるチャンスを得たのにも関わらず愚かにもブロギーの不意打ちを許してしまった。もしあの時、無理にでも止めていれば、これから始まる牢獄生活を送る事は無かっただろうと全員が覚悟を決める。しかし次にロゼが取った行動はその場にいる誰もが驚くものだった。


「よし。それじゃあさっさとそいつを連れて帰りな。もう不意打なんてくだらない真似するんじゃないよ」


 ロゼはそう言うと刀を鞘にしまい、野盗達に背を向ける。


「…え?」


 その言葉に野盗たち全員が呆気にとられる。まさか不意を突いて襲い掛かったに関わらず二度も見逃してくれるなど思っても見なかったのだ。


「待ってくれ、見逃してくれるのか?」


「あぁそう言ってるんだ。私の気が変わらない内に早く行きな」


 野盗の一人がそう尋ねるとロゼは振り返る事なくそう答えた。すると野盗たちは深く頭を下げて何人かでブロギーを抱えると我先にと足早に去って行く。


 そして戦いを終えたロゼはやれやれといった感じで焚火の前に座ると戦闘中もずっと焼かれていた魚を一匹手に取り、かぶりついた。焼き魚は火がしっかり中まで通っており皮はパリッと香ばしく、身はジューシーで甘味があり、キモはほんのり苦味があるが身と共に食べれば旨味へと変化した。


「うん……美味い」


 焼き加減に満足したロゼは夢中になってそれを食べ続けた。

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