3<愛しています>
「ねぇ、のぞきは良くないよ」
「のぞきではなく、観察と言ってくださるかしら? ツーファール伯爵令息様」
「どっちも変わらないよね? アリス先輩。あと、エアネストって呼んで欲しいって伝えたはずだけど」
あれからイベントスチルやらストーリーを観に行く度にエアネストに出会ってしまう。あと、何故だかエアネストに懐かれた。
裏庭のストーリーを観に行けば
「今日は、朝から裏庭で王子様との会話が」
「会話が?」
「が!(逃げなきゃ)」
とか、
お昼を誰と食べているか確認しに行くと
「あっ!チャラ男先輩と一緒にお昼ご飯食べてる」
「へぇー。じゃあ、アリス先輩もボクと一緒に食べませんか?」
「……(軟派してる)」
とか、
人気のない渡り廊下で周囲を確認しても
「よし、誰も居ない。これで安心して主人公ちゃんをストーキング出来る」
「やっぱり、ストーカーだったんだ。ストーカーダメ! 絶対!」
「君だけには言われたくない(ストーカーなんて、じょ、冗談だよ)」
このような形で、気づくと直ぐ背後に立っている。怖い。
エアネストは十四才で、主人公より学年は一個下。甘え上手で、どこか掴めない雰囲気のあるちょっと不思議な少年……と、ゲームでの印象があった。だが、付き纏い系はなかったはず。
あと、だんだん馴れ馴れしくなって来た。やめてくれ。
アリス=アリッサだと気づいてしまわないか、こちらは内心ドキドキなのだから。
エアネストには悪いが、アリッサが生きてるってバレたら、エアネストルートの熱量が消えるからバレないで欲しい。眠り姫の呪いに対して、怒りやら憤りやらが有るからこそ、エアネストルートだと言える。
と言うより、こんな所で油を売ってないで、さっさと主人公に攻略されに行って来て欲しい。仕事をしろ。仕事を!
良いのか? 主人公が誰かに取られても! と、叫んでしまいたい。
だが、不思議ならことに、エアネストは主人公と出会い済みであり、お互い笑いながら会話をする仲になっていた。ゲームでも仲良くなるのは早かったが、ゲームよりも期間が早い。
なら、エアネストルートに行きそうかと、問えばそうでもない。
この数日、私は主人公ちゃんを追っている。
なんせ、聖地の中に来たからには、キャラを見たい! 動いているとこを見てみたい! スチルも生で見たい! と、オタク心もとい、好奇心が湧き出てくる。そして、あふれる想いを隠し切れなくなりストーキングいや、主人公ちゃんを影ながら追いかけている。
逆に見逃したら、絶対後悔する。もう、自分の心に嘘は付けない。
主人公ちゃんがいる所全てが物語なのだ。ならば、主人公ちゃんを追いかけ観察するにかぎる。
そして、追いかけ観察して、なんとかデータが取れた。
現時点で、全攻略対象に出会い、好感度も高め。ほぼ全員と友達にはなっている。早いペースだ。だからか、ゲームストーリーより異なる反応を返される時が多い。好反応なのだが、何か少し違う気がしてならない。それが何かは、分からない。
もしかしたら、ゲーム本編にはなかったが、全キャラ攻略もある得るのでは?
「はい、先輩、あーん」
「へ?」
急に声をかけられて、ポカンと空いた口にスポッと、飴玉一つ入れられた。
木苺味が口に広がる。
「先輩、美味しい?」
「うん」
こうして居ると、アリッサ時代を思い出す。
いや、私が懐かしがって、どうするのだ。それに、距離を置きたい相手に餌付けされて、ちょっと、のほほんと癒されてどうする!
私は、口の中の飴玉をガリガリと噛み砕き、立ち上がった。
「飴玉、ありがとう。でも、なんで私に構うのかしら? 他に構う相手がいるのではなくて?」
私は、腹を決めて探りを入れる事にした。
何故アリスに話しかけてくるのか? 髪と目の色が違うだけで顔は同じアリスにアリッサを重ねているのか? それともバレたか? そしてなんといっても、主人公ちゃんの事どう思っているの? 影ながら応援するよ?
じっと、エアネストを見つめ様子を伺うと、エアネストはコチラに身を寄せて来た。私は距離を取ろうと後退ったが、足を滑らせて、背後の壁に勢いよく頭を打った。余りの痛さに、頭を抱えた。
「大丈夫ですか? 先輩?」
ふと、少し顔を上げると、目と鼻の先にエアネストの顔が。近いと思い、顔を横に向けてればエアネストの腕が。私の背後は壁。尻餅をついている私。
なんでこんな体勢で壁ドンをされているのだろう。これはどんな状況か分からず、痛みも飛んで行き、目をパチクリしていたら、エアネストがクスリと笑った。
「ねぇ、先輩。嫉妬してるの?」
「は?」
「だって、さっきの質問、内心構って欲しい人が言う台詞じゃない?」
「違うわよ! 深い意味もなく、単純に素直に聞いているのよ。何故私の邪魔をするの?」
別方向から見たら、こう見て捉えられる。
主人公に付き纏う私を不審に思い尾行し、探り、悪い企みだったら阻止する為。
どこかで聞いたような行動だ。悪巧みではなく、オタク心だが。
「邪魔? 邪魔なんてしてないよ。アリス先輩と仲良く成りたいだけ」
「仲良くなりたいのなら、もっと適切な距離と態度が必要ではなくて?」
「仲良くなるのに距離なんて必要ないよ」
エアネストが壁ドンしながら上目遣いで嬉しそうに笑う。
「うんーと、例えばこんな風に」
エアネストの顔が更に近づく。
ちょっと待って欲しい。今気付いたが、この体勢は、この流れはエアネストに襲われるみたいではないか。
私の中で何かが、ぶちっとキレた。
私はおもいっきり頭突きをかました。
「sleeping roseは、全年齢対象作品なので、対象外に繋がる行動はダメ!絶対!」
隙をつき、また言い逃げしてしまった。
エアネストが何を考えているか分からない。思わずため息も出る。
からかって遊んでないで、主人公ちゃんとイチャイチャして欲しい。切実に。
無意識に走り回っていた為、見知らぬ場所に出た。
この学園は、昔のお城をそのまま校舎にしたので、びっくりするほど馬鹿でかい。また、似たような造りの廊下や壁等が多く、迷いやすい。
新入生など迷子に気をつける様にと、先生達が言っていた。
私の背後が、おそらく校舎の壁だろう。壁に沿って行けば戻れるはずだ。
今日は特に踏んだり蹴ったりだ。
夕日が眩しい。目に染みる。
とぼとぼと、歩いていたら、何やら話し声が聞こえてくる。
「まだ見つからない。時間は有るけど、出来るだけ早く探さなきゃ。」
落とし物だろうか? 何か探す話をしている。
前方の角から聞こえる。私は、この先にいる人に道を聞こうと足を早めた。
「うん、分かっている。だから……え? ちょっと待って! どこに」
角を曲った所に、女子生徒が一人立っていた。この子が声の主だろう。
話声の主は、いきなり振り返って、私と目が合う。
驚いた。話声の主は、主人公ちゃんだった。
主人公ちゃんも驚いて、丸い目がよりまん丸になっている。
こんな所に何を探しに来たのだろうか。誰かと話していたと思ったが、主人公ちゃん一人だけだ。独り言にしては、デカ過ぎる。
沈黙が怖く、私から話しかけた。
「ご、ごきげんよう?」
「え? ええ。えっと、ごきげんよう。……あの、何かお聞きになられましたか?」
「!? イエ。ナンノ コトヤラ サッパリ」
私は慌てて否定した。この場面ゲームじゃ出ないが、この質問から考えられる選択肢は、聞かなかったフリが一番だ。絶対にヤバいヤツだ。ここが分岐点だとオタクの勘が言っている。
電話みたいな魔法や魔道具は、あるには有るが、魔法を極めた一部の人にしか使えなかったり、高級な置き型の魔道具だったりだ。ただの学生には無理だ。
また、ゲームにもそんな描写はなかった。
おそらく、マスコットキャラの黒羊くんと話をしていたと思われる。
マスコットキャラ、もといサポートキャラ。いつもは姿を隠して、主人公が一人の時に現れてアドバイスをくれる。ゲーム冒頭、黒羊との出会いで主人公の話が始まるのだ。
そんな大切なキャラとの会話を聞いていたなんて知られたらタダじゃすまない。モブの命は軽いのだ。
内心震えていると、今度は主人公ちゃんから話しかけてきた。
「あのー、貴族の方ですよね? この間、私、何か失礼してしまいましたか?」
一瞬、何を言っているか分からなかった。だか、2日前のお昼に主人公ちゃんを突き飛ばした件が思い浮かんだ。この件を言っているのだろう。なら、バッチリ私の顔覚えていらっしゃいますね。目が合ったものね。……現実逃避したい。
それならそうと、謝った方が良いのは分かっている。
だが、主人公ちゃんに何て言い訳をするのだ?
うっかり? 足が躓いて勢い余って? 悪気はなかった?
私は、モブ令嬢A。あまりメインキャラ達に関わりたくはないのだ。
謝って許してもらうのも何か違う。だからと言って、ライバルキャラになりたい訳ではない。
ひっそりと、空気に、壁になりたいのだ。
私は答える。
「アナタ、好きな人はいるかしら?」
私の答え。話を逸らす事だ。
「い、いないですが」
主人公ちゃんの顔が赤い。分かりやすくて、たすかる!!
「なら、これから花園の木の下で『愛しています』なんて告白する予定は、お有りかしら? それとも、違うキャラを攻略中かしら?」
ゲーム最後の方で出てくる台詞だ。木の下でのイベントは王子ルート。このゲームのメインキャラだ。このゲームプレイヤーなら、あっ! と、なるはずだ。
そう、私は疑っている。この主人公ちゃんのことを。
本当に主人公かと。私みたいな紛い物ではないかと。
だが、私の勘違いだと、すぐに答えは出た。
真っ赤な顔をしたまま、頭を傾け。
「告白はないですが。……キャラとは何ですか?」
なんの疑いもない素直な反応。本当に知らなそうな目をしている。
「そう。告白しないならいいわ。ごきげんよう」
すたこらさっさと、私はこの場から去って行った。
変な人だと思われただろう。それで良い。なんなら、誰かのファンで、主人公ちゃんに探りを入れたと思われたい。それなら件のことも話がつくだろう。女の嫉妬だと。その他大勢の一部だと思われたい。
主人公ちゃんの、素直な目が眩しかった。
中身おっさんでもなさそで、良かった。
私は無事に、寮の自室に帰って来れた。
私はアリスがコッソリ隠しておいた日記を取り出し、空白のページを探してこう書き始めた。
"sleeping rose"