あれ?
ーーーちゅんちゅん
朝の訪れを知らせる鳴き声に、意識が現実に戻る。ヘッドホンからは、10回以上は聞いた曲が頭の中で回っている。音漏れ防止で音量を小さくしていたから、他の部屋には届かない。カーテンから漏れる光で、外が大分明るい事が分かる。壁に掛けてある時計は、5時をさそうとしている。もうそんな時間かと、あくびを一つ。
うーん、と背伸びをすれば、座っているイスがギシっと鳴る。
目の前のパソコン画面に視線を戻すと、プレイ中のゲームのエンディングが流れている。エンディングは、主人公と攻略した男子が肩を並べて微笑み合っている絵と、エンドクレジット。これでも一応ハッピーEDを迎えたのだ。これは女性向け恋愛ゲーム・・・いわゆる乙女ゲームだ。
この乙女ゲームは、ゲーム会社で発売された物ではない。これは、部活の先輩が無理やり勧めてきた同人ゲーム。夏のイベントでの戦利品らしい。
タイトルは「sleeping rose」、ジャンルは「眠れないキミへ贈る恋愛AVR」だ。童話の「いばら姫」を元にした話になっている。
「王子様に出会わず100年経っても目覚めなかったいばら姫」を前世に持つ主人公。そんな主人公の元に集まる前世持ちで攻略対象なイケメン達を、主人公の持つ「眠る」力で夢の中外から悩みを解決したりしなかったりするストーリーだ。
もちろん、いばら姫が目覚めなかった謎や、王子様の真実、前世持ちが集められた訳、ラスボスとの闘い…等の伏線を回収しつつ恋愛している。
プレイした感想としては、まあまあ面白かった。無難な王道風な感じ。キャラ絵や背景も綺麗で、これは推せる!と、思ったキャラもいて楽しめたけど、前世王子キャラのストーリーが色々と酷くて別の意味でドギまぎさせられた。顔は、どストライクだっただけに残念だった。
この作品の制作者は王子が嫌いだったの?と、邪推してしまうくらい酷いエンデングを与えられた王子は、笑っていた。液晶画面の中で。
私がボンヤリ眺めていたエンドロールも、あと少しで終わる。そう思うと、まぶたが重くなるのを感じ、キーボードを少しずらして頬杖をつく。
何だかんだ言っても、これでこのゲームは終わってしまうのかと思うと、少し寂しい。達成感が通り過ぎて、心が虚無になる感じ。数分前までプレイしていた事が、遠い記憶のような気分になる。そして、ゲームプレイ中の感想や感情が、フワフワと浮かぶ。
このスチルまで行くのにセーブし忘れて時間がかかったなぁとか、この主人公ちゃんのビンタはスッキリしたなとか。
結構、主人公ちゃんのキャラは好きだった。
普段ぼんやりしてるけど、覚醒するとしっかりするとことか。
私は頬杖を崩して、両腕に頭をのせ、目線だけ画面に向ける。
エンドロール最後のスチルが出た。肩を並べて微笑む二人のスチルだ。
一応はハッピーエンドなんだし、祝っとこうか。
めでたしめでたし、おめでとう〜。
はよ、くっ付け。この友達以上恋愛未満が。
で、私は、ちょっとだけ休憩。流石に、5徹は効いた。目覚まし時計かけてあるし大丈夫。
だから、ちょっとだけ…きゅう…けい。
腕に額をくっ付けて、私の意識は遠く遠く、
世界から消えた。
真っ黒だ。
あー、なんかだるい。何も見えない。
あ! 今何時? 部活行かなきゃ。今日は午後練だったっけ。
でも、まだ目覚まし時計のアラーム鳴ってるの聞こえないから大丈夫かな。うん、もう少し眠れる。
大丈夫。もう、ちょっとだけ…。
そう思った瞬間、白黒の写真フィルム見たいな物が視界一杯に写る。下から上へと流れてゆくそれは見たことのある写真だった。
あぁ、これは寝る前にプレイしたゲームのスチルだ。でも、おかしい。見たことのないスチルまである。知らないキャラも写っている。変な夢だ。
だんだんカラーになっていき、写るキャラ達はリアルな人の姿に変わっていく。コスプレ写真かな。スゴイ綺麗。推しキャラの一枚欲しいな。
私が感心していると、横から押すようにもう一つの写真フィルムが現れた。その分視界が広がった。二つの写真フィルムが止めどなく流れる。でも、もう一つの写真は全く知らない人達が写っていた。
綺麗なドレスを着た人達、ヨーロッパ風な建物や馬車、緑の丘などが写っている。
私の中で違和感が過り、次第にそれが既視感に変わり、ふと気づいてしまった。疑問も浮かばず、その台詞は胸にストンと落ちる。
あぁ、これは私だ。''私''の記憶だ。
台詞に応えるかの様に、流れを追えない程速くなった写真が、強く白く光る。光が視界を、全てを、飲みこむ。
眩しい光の奥に、何かが揺らぐ。水中から水面を見ている様な揺らぎ。小さな揺らぎは次第に大きくなる。光全体を揺らしながら、白い光が灰色へ黒色へと変わり、他の色も付いてきた。
世界は一瞬にして、目が眩むほど鮮やかに光る。
そして、暖かなモノが伝う感触に驚いて、頬に手が触れた。それは私の涙だった。目からこぼれただろう涙の温度は、頬で感じた時より、冷たくなっていた。
「あれ?」
私が見つめる自分の指先、その隙間から人の姿が見えた。正確には、尻餅をついた制服姿の女の子だった。目が合うと、私は驚き、ゾッとした。
なぜなら、その子は、ゲーム「sleeping rose」の主人公だったから! イラストじゃなくリアルに出てきたらこんな姿かな? って感じだけど、私には分かる! いや何で分かるんだ私! でもこの子は、どう見ても主人公様だ!!
ハッとして、周囲を見渡す。私と主人公ちゃんを囲むように野次馬が。まだ、まだらだが、こちらを好奇な目で見ている。私の頭の中は、大パニックを起こした。
何これ! どうしたら良い? 考えろ!
そんなパニック真っ只中の私の頭に、言葉が浮かんだ。
(''あら、気づかなかったわ。ごめんあそばせ。''
)
「…あら、気づか、なかったわ? ごめん……あそばせ?」
私は、頭に浮かんだ言葉を、素直に声に出してしまった。そして、声に出して気がついてしまった。私の台詞。主人公ちゃんの食堂で尻餅イベント。この場面をゲームでやった事に。主人公ちゃんを見やる。私の途切れ途切れの言葉は、主人公ちゃんにも届いていたようで、ポカンとした表情のまま、こちらを見ている。
私に雷が落ちた。
比喩だけれど、それを合図に、私は一目散にこの場から逃げた。過去最高速度で。野次馬の何人かとぶつかったけれど、足は止めずに走りながら謝った。
私は早くこの場から去りたい一心で、食堂を出て、廊下を駆け出した。
私は後悔した。頭に浮かんだだけの台詞を、なぜ主人公ちゃんに向けて言っちゃったのか! あれは嫌味だ! なんで。いや、まさか私は…''私"は。
ピタリと、足が止まる。肩で息をしながら、目についた壁掛けの鏡に吸い込まれる。鏡を覗くと、こげ茶色の赤い瞳をした女の子がいた。私が、冷んやりとした鏡に触れると、その子も此方に手を重ねている。
これは、''私''だ。
二度目の雷が落ちた。鏡から後退り、きびを返し、また走り出した。私は、心の中で叫んだ。
これ完全に「sleeping rose」内のモブ令嬢に、トリップ? 転生? 憑依? どれかしてるやないかーい⁉︎
しかも、私は、主人公ちゃんを憎んでいるモブ令嬢Aだ! さっき私が言った台詞、数十回は見た! ゲームで!
でもゲームだと真っ黒なシルエットで、何人かと連なって出てくる。影絵の様に。それに、ただのモブだ。一言、言って終わり。なのに、憎んでいると知っているのは、嫌味を言ったからだけじゃない。この体には、記憶が残っている。
モブ令嬢Aが、今まで生きてきた時間と感情を体が記憶している。
ゲームでは、出る事もないはずの裏側の記憶も、全て。
つまり、''私''の体は、モブ令嬢Aこと、アリス・アンダーヒルになってしまったのである。