2.いつもの日常
読者様には感謝。
引き続き、誤字脱字や拙い文章にお目汚しはあるかと思いますが、ご容赦いただけますと幸い。
「いやあぁぁッ、もう、やめてッ!!…………――――うっ。」
真っ赤な血の海の中で倒れる父、黒い沼に飲み込まれ沈んで行く母。
無力な自分はだだ呆然と見ているしか出来なかった。
やがて苦痛の限界を越え叫んだアナ。
次の瞬間、胸に重しのような物が落下した衝撃に呻き声を上げ、息苦しさにパッと双眸を開く。
視界に飛び込んできたのは見慣れた自分の寝室の天井、そして聞こえてくるのは―――
『朝よ。朝食の時間。起きて、アナ!』
左耳から聞こえるのは起床を急かす声。
右耳からは『ニャア~』と猫の鳴く声。
二種類の異なる声に反応し胸元に感じる重みへと視線を向ければ、アナの顔へお尻を向けている黒猫が一匹。黒いモフモフの毛に覆われ、太い尻尾が立ちゆらりと優雅に揺れている。
猫の姿に、夢を見ていたのかと安堵する。
寝ぼけ眼で呆けていると前触れなく顔にモフモフの尻尾が、何度も振り下ろされ猫からは抗議の声が聞こえてくる。
『朝って、言ったでしょ。早く起きて!』
「った……。わわ、起きる、分った。起きるからサンディ、やめて。くすぐったい………、うぁ」
モフモフの尻尾で顔を叩かれても、痛みは感じない。しかし尻尾が首筋や、顎下に擦れるとモフモフがこそばゆい。愛くるしい目覚ましは容赦がない。慌てて上半身を起こしながら、黒猫のふんわりとした毛並に指を沈め背中をひと撫で、更に顎下を指先で撫でれば緑色の目を細めサンディはまんざらでもない表情を浮かべた。次第にもっと、と顎下を指や掌に擦り付けてくる。
『ワンワン』と犬の鳴き声が右耳から聞こえた瞬間、別の重みに圧し掛かられベッドへと押し戻された。
『アナ、おはよう。今日はいい天気になりそうよ』
「ミ、ミア……おはよう。本当?じゃあ、今日は森に薬草取りに行けるね」
起床を急かすサンディとは違い、穏やかに朝の挨拶をする声が左耳に届く。
しかし穏やかな挨拶と違い、伴う行動は熱烈。ふあふあの毛で覆われた大きな尻尾を忙しなく左右に振りながらも、クリーム色の大きな身体を圧し掛からせアナの頬を舐め朝の挨拶する犬のミア。一方で飼い主の独占を横取りされ少しご機嫌斜めな黒猫の声が聞こえた。
『ミア!朝から騒々しい……』
『そう?……でも、朝の挨拶は大事よ?サンディ』
『顔を舐めて起こす事ない』
『尻尾で顔を叩く事のほうが、どうかと思うけど』
『顔舐められて、アナが困ってる。そうでしょ?アナ』
『その決めつけは良くないわ。ねぇ?アナ』
ベッド上で主を間に挟み二匹が面と向かって論争を始める。
大人なミアと気の強いサンディとは姉妹のような関係だが、何かあると今のような論争となりアナが仲裁に何度入ったことか。アナが苦笑を浮かべていると突然、此方を見た二匹から意見の賛同を求められ焦る。
「えーっと。その……。困っているというか、その…ね……。ふたりは仲がいいなぁと」
左耳から聞こえる二匹の会話内容だけならば苦笑するしかないのだが、右耳から『ニャア~』や『ワン』と言った鳴き声も同時に聞こえてくるとモフモフ二匹が、真剣に論争しているなんて思えない。むしろ姉妹で朝の挨拶という微笑ましい光景にしか見えず、表情を緩ませ思わず本音が漏れる。
『アナ!!』
「あ、いけない朝食。朝食用意しないと!みんな待ってるわ。」
アナの本音に、声をハモらせて抗議の声を上げた二匹。
二匹の勢いに気圧されたアナは慌てて誤魔化し、これ以上の詰問は受けまいとベッドから抜け出し逃げる。
着ていた綿のネグリジェ脱ぎ、シミーズの上から白いシャツを着て、革製のビスチェを身に着ける。下はドロワーズの上に地味な紺色のフレアスカートを履いて、清潔感のある白エプロンを腰に巻いた。
着替えを済まし鏡台前の椅子に腰かけ、肩甲骨辺りまで伸びたストロベリーブロンドをブラシで整える。癖が強めで柔らかな髪は少々厄介、油断をすればすぐに広がりあらぬ方向に跳ねたりする。鏡を見ながらある程度髪の乱れを修正すると、今度は長い後ろ髪を左に全部寄せ三つ編みを始める。
その時だった左首筋に黒い双頭の蛇が絡まり合ったような不気味な模様を見て手を止めた。アナの表情は一瞬にして曇り、鏡から視線を反らすが久しぶりに見た悪夢が脳裏に蘇ってくる。
あれは夢ではなく実際に起こったこと、その証拠として残るあの時の印。
アナの両親は5年前に亡くなっている。
原因は母の使った『魔法』が失敗し、それに父は巻き込まれてしまった。
そしてそこにはアナも居た。
アナが生まれる前、遡ること数百年前――
この世界――ウォルト大陸には『神獣』『精霊』と呼ばれる不思議な生き物が、当たり前のように存在し人と共存していた。『神獣』や『精霊』の力を借り人は『魔法』つまり不思議な力を使い、急速に文化を発展させ豊かな生活を築きあげていく。
やがて人は手にした強大な『魔法』の力を、自分の力だと勘違いしだす。欲深い者は権力を誇示し始め、領土をめぐり争いを起こす。次第に力のある強者が先頭に立ち複数の集団が生まれ、集団は国となってウォルト大陸は三つの大国へと分かれた。長い年月をかけて繰り返される国同士の争いは侵略から、それぞれの国境を決める協議へと変化し、一部冷戦という形で落ち着く。そのうちのひとつの国が、アナが住むベルフィールド国である。
アナの家――クロスト子爵家は『魔法』を使う『魔女』の家系だった。
正確にはアナの母の家系である。
初代クロスト子爵の妻は『精霊』と契約し『魔法』を使う『魔女』だったらしい。その血を引く母は受け継がれる薬師しての豊富な知識と、『魔法』をこっそり使い貧民や病人への慈善活動をしていた。騎士で医者の父も同じように慈善活動に関わっており、活動する中で二人は知り合い一目惚れした父が、母に熱烈な求愛を送り続け二人はめでたく結婚。
父は、母のために爵家を継ぐを決意しあっさり騎士を辞めた。しかし騎士を辞めても、医者を辞めず領主として領地を誠実に管理しながらも領民の主治医として貢献。そんな夫婦の間に二人の兄と、アナは生まれたのだ。
そしてアナが十二歳の時に、事故は起り両親は帰らぬ人達となった。
左首筋に存在する印を鏡越しに見ながら、左手で触れる。黒い印見る度にあの時の事を思い出し、時として悪夢で生々しくあの時の光景が蘇る。
色々な感情が綯交ぜになり、胸を強く締め付けられ眉間を深くし暗い表情で俯いていると、頬を生暖かいもので舐められ、同時に反対の頬を柔らかなもので撫でられた。
『大丈夫?アナ。また、怖い夢を見た?』
『お腹、触っていいから元気出して。ね?』
左右の耳からそれぞれの声が聞こえ我に返ると、ミアとサンディがそれぞれ上目使いでじっとアナを見つめていた。サンディに至っては鏡台の上で無防備にお腹を出し寝転がっている姿がとても可愛らしかった。
二匹なりの励ましは、効果抜群でいつの間にか険しくなっていたアナの表情は緩み笑顔を取り戻す。
「ありがとう、ミア、サンディ。大好き」
アナは上半身を屈め膝上に顎を乗せていたミアの額にキスし、続けて鏡台の上で寝転がるサンディを抱きあげれば頬を摺り寄せた。朝の準備をする元気を取り戻したアナは、改めて後ろ髪を左耳元に寄せ三つ編みにし、先端を革紐で縛ってから胸元へと垂らす。そして淡い青色の横長スカーフを首元に巻き、端を胸元でリボン結びにし完全に黒い印を隠した。
身支度が整いアナは愛猫と、愛犬を連れ部屋を出ると朝食の用意を手伝いに炊事場へと向かう。
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両親の死後、クロスト子爵家は長兄のエリック・クロストが無事に家督を継ぐことを国王に許された。
領主として領地の管理する傍らで、医者として領民の生活を支える父の背中を見て育ったエリックは、自然と医者の道を選んだ。医者として跡を継ぎ領主である父の手助けをするはずだったが、それは叶わぬ夢となってしまった。
子爵家とまだ成人していない弟妹を守り生きていくためには、両親死を悲しむ間など無かった。そう領主としての仕事は、順風満帆とはいかなかった。
『魔法』が原因の両親の死、アナの左首筋の黒い印の存在など様々な情報が歪んだ形で出回り、噂好きの貴族達の間で格好の餌食になった。おかげで残されてた子達は偏見の目に晒され、必要最低限の社交の場に顔を出すだけでも意地の悪い貴族達に、心無い言葉を浴びせられ嫌煙されるようなった。
それでも何とか領主として成り立っているのは、両親と同じようにエリックが領民からの人望を勝ち取ったことと、次兄であるマリウスが騎士になり王都で働き給金を仕送りしてくれているからである。それでも両親が残したものを守っていくには、家計に苦しい面があるのが現状である。
だからこそ『贅沢はせず質素倹約』を合言葉に今日もクロスト子爵家の一日が始まる。
焼き立てのパンの香ばしい匂いだけで、食欲は一気に掻き立てられた。
簡素な食卓の上に野菜のポトフ、山羊のチーズ、そしてパンがそれぞれ陶器の皿に盛りつけられており質素ではあるが新鮮な野菜や、焼き立てのパンは十分ご馳走で、味も一流の料理人が作った物に引けを取らない。美味しい朝食に胃袋を満たされ、アナは自然と身心を満たされる。
「アナお嬢様、お茶をもう一杯いかがですか?」
「ありがとう、ハンナ。折角だからいただくわ」
「ハンナ、僕にもお茶入れてもらっていいかな」
「もちろんですよ、エリック様」
アナのカップの中身が無くなった事に気づいたメイドのハンナは、すかさず声をかけてくれた。それを切っ掛けにして斜め向かいに座っていた兄のエリックもカップを軽く持ち上げて、合図を送るとハンナはにっこりと微笑む。
「あ、ハンナさん、私も手伝います」
「大丈夫よ。座ってなさいなシシィ、あたしゃ動いていないと、どうも落ち着かなくてねぇ~。」
『ワンワン』
『ニャア~』
「ん?はいはい。あんた達はミルクの追加だね。」
その様子を見ていた同じくメイドのシシィが、椅子から慌てて立ち上がろうとした。しかしハンナが手でそれを制止し、笑いながら立ち上る。すると近くにいたミアや、サンディまでも尻尾を振りながらハンナの足元にすり寄り甘えだす。言葉は伝わらなくとも、態度で何を求めているか分ったハンナは仕方ないと肩を竦めているが、可愛いモフモフ達に甘えられて悪い気はしないらしい。
アナの左耳には『ハンナ、大好き』『流石、ハンナ』と声が聞こえ、二匹の現金な態度に思わず苦笑する。
ハンナはクロスト子爵家に母が子供の頃から働いてくれている白髪交じりの高齢メイドで、屋敷の家事を一手に引き受けてくれている。犬のミアと、猫のサンディも食事を仕切っているのはハンナだと分っているから、ここぞとばかりに甘える。アナにとって彼女は祖母のような存在だった。
「ありがとうございます。ハンナさん」
「大丈夫よ、シシィ。本当にハンナは働いてないと、落ち着かなくて。まるでイノシシみたいなの」
「確かに、走り出したら止まらなさそうだ」
「ふふ。エリック様まで……。でも、確かにそうかも。アナ様、ありがとうございます」
申し訳なさそうにシシィが頭を下げると、ハンナは眉を下げて笑い返し新しいお茶の用意をしに炊事場へと消えた。椅子から立ち上がろうとした中途半端な姿勢のまま、炊事場の方を未だ申し訳なさそうに見ているシシィに気づいたアナは、優しく微笑み冗談まじりに言う。
アナの言葉にシシィは『猪ハンナ』を想像したらしく、表情は綻び口許を片手で押さえ小さく笑った。
シシィとは孤児院で知り合い、最近から住み込みで働いてくれている。高い給金を払えないので家令は、雇う事に難色を示したがシシィに「ここで働きたい」と熱心に懇願され、最終的には家令が渋々折れる形となった。今では年上の使用人というよりは、気軽に話せる友人のような存在になりつつあった。
「誰がイノシシだい、ちゃんと聞こえてますよ。お嬢様。エリック様も、あたしゃそんなに落ち着きないですかね?」
「い、いや、そいう訳ではないんだが……な、なぁ。アナ」
「そ、そうよ。ハンナ……」
向かいに座るシシィと密かに笑い合っていると、笑顔だが目が笑っていないハンナが背後に立っていた。アナは、エリックと顔を見合わせバツが悪そうに苦笑し言い訳する。まるで祖母に説教される孫達の姿に、シシィは声を抑えて笑う。食卓の背後では小さくなっている飼い主の事など我関せず、ミアとサンディは追加してもらったミルクに夢中である。
本来ならば貴族の食事はもっと豪華だし、食器も金や銀食器だったりする。何より使用人と一緒に食事はしない。しかし贅沢をせず、質素倹約の合言葉にしているクロスト子爵家では、使用人と同じ献立を一緒に食べることが当たり前となっていた。食器も安物の陶器を使用。他の貴族達に言わせれば、『ありえない』と言われるだろうが質素でもこの賑やかな食事光景が、アナは家族と一緒に食事しているようで好きなのだ。
「そう言えば、兄様……昨日、夜遅くに何かあったんですか?ジェイキンスが慌ててたみたいですけど」
ふとエリックと目が合うと、昨夜慌てた庭師が兄を呼びに来ていた事を思い出し疑問を声にした。
「あぁ、それなんだが…………。アナ、今日は朝から森に出かけるのかい?」
「……そのつもりですけど?『緑の風』から傷薬が人気でもうすぐ、売れ切れちゃいそうって鳩で連絡がきたの。だから今日は朝から出かけて、沢山薬草を取ろうと思って」
その瞬間兄の表情が曇り、少し躊躇した後、逆に問われた。更に疑問が深まったアナは戸惑い、思わずシシィの方を見る。すると彼女も同じ様な曇った表情をしており、どうやらこの気まずい雰囲気の理由を知っている様子。
「実は……昨日の夜、狼に襲われた人がいるって村の方に呼ばれた。前から森で狼の目撃情報はあったんだ。目撃情報だけで実害がないから、そのままにしていた」
数秒の沈黙の後で口を開いたエリックから聞かされた理由に、アナは驚き緊張した面持ちでそのまま今度はエリックを質問攻めにした。
「狼?うそ、森って迷いの森?それで、誰が襲われたんですか?怪我の具合は?」
「そうだよ……。迷いの森だ。襲われたのは村の人間じゃなかった。深い引っ掻き傷だったが、幸い命には問題はないから大丈夫だ」
目撃情報があってもアナの知る限り森で、狼の姿を今まで見た事が無いため半信半疑でしかない。
クロスト子爵家の領地であるバロス村は森に囲まれた農村だった。
村の近く森の中を大きな馬車道が通っている。その道は地方や隣国の方へと抜ける為に使われる道のひとつで、王都の方へと抜ける馬車道がある方の森を『迷いの森』と呼んでいた。
「そう、村の人じゃなかったの。良かった。え、じゃあ、怪我した人って誰なんですか?」
てっきり村の人間だと思っていたアナは、あからさまに安堵し表情を緩める。では、一体誰が?すぐに別の疑問が浮かび上り再び間を置かず問い返せば、今度はシシィが代わりに答えてくれた。
「行商で王都へ行く途中…、狼に襲われたそうです。名前は確か……ザドク、とおっしゃってました。」
「行商人だったんだ。じゃあ今は?村の誰かの家で休んでいるの?」
「それが怪我したのは腕で、足は動し、急ぐからって……。夜のうちに、仲間の方と出発されてしまったんです」
「それなりの大怪我だし、屋敷の方に泊まるように言ったんだが、急ぐの一点張りでね。傷口が悪化してないといいが……」
「確かに、それは心配ですね」
エリックと一緒に傷の手当をしたというシシィは、知り得た情報を元にその人物の事を教えてくれた。聞いたことのない名前に、本当に村の人間ではない事が分りアナは残っていた緊張が解ける。しかし怪我人が本当にいるという事は、狼が存在を明確になり疑いは否定された。
エリックは医者であるが故に完治しないまま村を出た行商人の身を案じており、そんな兄の様子にアナも共感した。
「だからアナ、今日は森に行くのはやめた方がいい。まだ、狼が森にいるかもしれない」
「大丈夫よ。ミアと、サンディも一緒に行くから」
どうやらエリックの本題はアナに森に行くなと、言いたかったらしい。傷を負った商人も心配だがそれよりも家族の方はもっと大事だと兄の気持ちが伝わってくる。しかし、アナは彼に笑顔を向け迷うことなく森に行くと宣言した。
「アナ!!狼が人を襲ったんだぞ、もし森で遭遇したらどうするんだ」
「ミアと、サンディが居るんだもの、狼は寄って来ないわ。それに私は森に詳しいし、大丈夫。ね?ミア、サンディ」
「はぁ……また、そんな根拠のない事を……」
危険だと分っているのに、それでも森へ行くと言う妹に狼狽し大声を上げるエリック。周囲の者達は彼の突然の声に驚き、アナへと心配の視線を向ける。でも彼女を引き留める事はしなかった。当の本人と言えば皆から心配の視線を向けられている事に気づきながらも、あえてそこには触れない。むしろ愛猫と愛犬に声をかけ森へ出かける気満々である。その愛猫と愛犬も絶妙な間で鳴き、尻尾を振っている様子にエリックは大きく嘆息し頭を抱えた。
「それじゃあ、私は準備して行ってきます。行こう、ミア、サンディ」
兄が項垂れている隙を狙って、アナは素早く椅子から立ち上がり引き留めようとする兄から逃げた。アナに呼ばれたミアと、サンディは敏感に反応すると後ろをついて行く。
「あ、アナ。待て、まだ話は終ってない。――――ッ。……ハンナ、シシィ。なぜ一緒に止めてくれないんだ。」
「お嬢様が言い出したら、言う事聞かないの知ってらっしゃるでしょう?………ハンナは以前の明るいお嬢様が戻ってきたようで、嬉しいですけどねぇ」
話を無理やり切り出かけようとするアナをエリックは、引き留めようとしたが彼女はそれを無視し食堂から出て行ってしまった。聞く耳を持たない妹の様子に苛立ち、エリックはすぐさま二人に八つ当たる。ハンナは暢気に食器の片付け始め、攻められる言葉を聞き流し逆に言い返す。その表情は、どこか嬉しそうだった。
ハンナに冷たくあしらわれエリックは、助けを求める視線をシシィに向けたが、彼女は苦笑するばかり。どうやらハンナと同意らしく、味方がいなくなった彼は大きく嘆息しまた項垂れた。
「それは、そうなんだが…………。はぁ……狼だぞ。オオカミ。………あぁ。しかもマリウスからの手紙のこと、言い忘れたじゃないか」
「あぁ、そう言えば届いてましたねぇ。お嬢様はすぐさま断りますよ、きっと」
小声でブツブツとやり場のない不安と不満を漏らしながらも、ふと思い出す弟マリウスからの手紙の存在。アナに手紙の内容を伝え納得させる事がどれだけ困難か分っているだけに、今度は胃の辺りが痛くなり腹部を擦りだすエリック。情けない声を出すエリックにハンナは少しは同情したが、心よく賛成できない手紙の内容をだからこそ苦悩する長男に容赦なく止めを刺した。