第一章終 『路地で始まり路地で終わる』
人混みの中を精霊一匹と若い男女が駆け抜ける。後ろを追うフードの男から逃げるために。周りの視線はそこに集中していた。
「全然差が開かねぇ!」
追われ始めて十分が過ぎようとした時だった。自身の疲労が最高潮に達したユーキが口を開いた。
「ユーキ、まだそんな事言える余裕があるんだね。僕はもうそろそろ限界だよ」
「お前は浮いてるだろ! ……やめろ。ツッコませるな。俺も限界だ……」
ユーキはいつもならこの程度では疲れはしない。路地に向かうまで走っていたことと人混みを避けながら走っていることが相まって彼を苦しめている。
「でも、このままじゃ埒が明かないわよ。どこかで撒くしか……」
「追われてるのは多分ユーキ何だし、それならユーキだけ別行動で――」
「殺す気かっ!」
ユーキの無けなしの体力を使い声を荒らげる。ラックは冗談だと言うように苦笑いで応える。その後、逃げ切る方法を一同考えるためしばらくの沈黙が続いた。その沈黙をユーキが打破する。
「路地に逃げるってのはどうだ? 撒くんなら打ってつけだろ?」
(自分で言っといて何だがまた路地か……。今日の俺の中での登場回数MVPだな)
「確かにそれしか無いかな。でも、行き止まりだったりしたら終わるよ」
ラックが不安要素を指摘する。シルヴァもそれに頷いて同調する。
「えっ! お二人さん、ここら辺の土地勘ないのか!?」
「うん、ないよ」
「ええ、ないわよ」
ユーキの中で『ガシャンっ!』と希望が崩れていく音がした。ユーキは走りながら頭を押さえた。
「まず、僕達あんまり王都に来ないし……。今日も付き添いで来ただけだし」
ラックの口から発せられる衝撃の真実。今までの言動から多少の土地勘があると考えていたユーキの予想を裏切ってくる。しかし、そんな話をしている間も脅威は迫ってきており決断の時も刻一刻と迫ってきている。
「土地勘なんてこの際どうでもいい! 行き止まりなんて然う然う無いだろ。だから、自分の運を信じよう」
二人に言う様に、そして、自身に言い聞かせる様に言うユーキ。二人はそれに頷く。
「それじゃあ、次の路地で曲がるよ」
ラックが後ろを走る二人に言う。両者何も言わない。体力を温存したいと考えているのだろう。
先程の話し合い後直ぐに路地が見えてくる。ラックを先頭に一同そこへ吸い込まれるように進む。後ろを追う泥棒もそれに続き進む。
「この次はどう進む?」
「ラックの判断で適当に進め! 俺達はそれに従って進む。……後ろのやつも」
ユーキは最後に少し付け加える。相手はここまで一切速度を落としていない。一方、ユーキ側は徐々に遅くなっており、差が少しずつだが縮まっている。ラックは一瞬で判断を下し、右へ左へと細かく曲がる。
「出口はまだなの?……」
不安からシルヴァがそう口にする。代わり映えのない同じ景色をずっと見続けているためもう逃げ切られないのではと考えが頭をよぎる。
(シルヴァが不安になるのも無理ないな。このままじゃ絶対追いつかれる。何か無いか………。あれはっ!)
ユーキが思考中、前を向くと道幅が大きくなっていた。そして、光が路地以上に差し込んでいた。
「よし、出口だ! 逃げ切れるぞ!」
路地では撒けなかったが、今は路地を出れることに喜びを覚えるユーキ達。そして、光が差す場所に足を踏み入れる。そこに広がる光景は······。
”壁”
「嘘…だろ……」
足を踏み入れた先は壁で四方を囲まれており、文字通り行き止まり。厳密に言えばユーキ達が通ってきた道と頭上二メートル上ぐらいに道に続くと思われる穴がある。
「あんなとこ誰が使うんだよ。でも、ラックの魔法ならあそこまで飛べるんじゃないか?」
「僕は飛べるとして確かにその方法なら上に行けるよ。ただし、ルアだけね。魔法の効果は使用者には影響しないから魔法を使えるルアは飛べるかもしれないけどユーキの場合僕らの魔法で飛ばすから最悪全身バラバラかもね」
少し笑って言うラックに背筋が凍る。ユーキがラックの言い分を聞き、口を開こうとするとシルヴァが先に口を開く。
「私たちだけ行かせようとか思わないでね。私たちはユーキを助けようとしてここまでしてきたのにここで逃げたら意味がなくなるでしょ」
シルヴァがユーキの思考を読み言う。ユーキは深くため息をついてから応える。
「分かったよ。別の方法を考える」
ここで泥棒が遅いことに一同は気付く。泥棒が来ないことに逆に恐怖を覚えるが同時に考える時間も与えられた。
「もしかしたら、この方法でいけるかもしれない」
ユーキが少し考えてから言う。二人が反応する前にユーキはその方法を実行した。
「誰かぁ! 助けてくれぇー!」
ユーキの中で最初に思いつく成功例のある方法。ただしこの方法はあの男が近くにいない限り成立しない。
「えっ! そんな方法!? ここまで結構走ったけど距離的に間に合わなくない?」
シルヴァが当然の質問をする。ユーキが答えようとするとラック以外の声でシルヴァに賛同する声が聞こえた。
「そうだ。そんな助けが来る前に俺がお前らの息の根を止める。それが嫌なら大人しくその魔石を渡せ」
ユーキ達が入ってきた路地から紺色のフードを被る男が現れた。その男が入ってきたのを見てユーキは舌打ちしてから言った。
「もう、追いついてきやがったか。でも、お前にそんな事出来るのか? ただの泥棒だろ」
ユーキが煽っていく。相手が挑発に乗れば隙が出来ると考えての行動だった。だが、相手はそれに乗りもせず冷静に答える。
「確かに盗みを生業にしてるが皆が皆簡単に渡してくれるもんじゃなくてな。多少は心得てる。お前らを殺すぐらいは容易いと考えられるぐらいにはな。ただ、その精霊はどうか分からんがな」
(くそっ! 相手は完全に手練だ。挑発に乗らないならせめて時間稼ぎだ。いや、ラックに頑張って貰うのもアリか)
「ラック、今はお前にしか頼れそうにねぇ! 頼ってもいいか?」
考えた結果、他力本願ではあるが戦うことを選んだユーキ。だが、返ってきた答えは思っていたものとは真逆だった。
「ここで戦うのは無理だよ。こんな所で魔法なんて出したら泥棒だけじゃなくて君たちも巻き込んじゃう」
ラックの答えにユーキは魔法が案外不便な物だと知る。しかし、この方法以外思いつかないユーキ。ユーキ自身格闘で勝てる自信は毛頭ない。第一、相手が勝利宣言をしてしまっているのだから余計にだ。
「なあ、この魔石盗んでどうすんだ?」
時間稼ぎに変更するユーキ。シルヴァとラックもその意思は理解しており、ユーキに任せ黙っていた。
「そんなの雇われてる俺が知ってると思うか? 俺は金で雇われてその分働くだけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
話が全く続かない。時間を稼ぐことすら難しく感じるユーキ。
「それじゃあ、顔。見せてくれよ。俺達はここでお前に殺される。それはもう分かったよ。だったらせめてどんなやつに殺されるかは知りたくないか?」
「その考えはよく分からんがいいだろう。冥土の土産だ。そのぐらいの願いなら聞いてやる」
そう言い泥棒は紺色のフードに手を持っていき顔を見せる。
「意外と良い顔じゃねえか」
暗めの灰色の髪に青色の瞳。情報はそれだけだがかなりの時間を稼ぐことがこの会話により出来た。
「顔も見せたしもう時間稼ぎはいいか? と言うよりこれ以上話す内容も無いだろ。もう、殺るぞ」
「やっぱり時間稼ぎはバレてたか。じゃあ、俺から殺ってくれ……」
「案外潔いいんだな。そういう奴は嫌いじゃないぜ」
泥棒は潔いいと言うがユーキの心の中は全く違った。
(嫌だ。こんな所で死にたくない。俺はまだ何も出来てない。あいつの願いを達成出来てない。倒せてない)
泥棒が腰に携える短剣の柄を右手で握る。そして、金属が擦れる音をたてながら鞘から引き抜く。シルヴァがそれを見て止めに入ろうとする。
「やめなさい! あなた。殺るなら私を先に――」
「無駄だよ、ルア。もうユーキの心は決まってる。ユーキは先に殺られることを望むよ」
「でも……」
シルヴァはラックに制されそして、諭される。シルヴァはユーキの決意を無下に出来ないと不満ながらにそれに従う。泥棒はそのやり取りを見終えた後、短剣を持った手を振り翳す。
「もう、言い残すことは無いか?」
泥棒の問いかけにユーキは首を横に振る。
(刺されたら痛いよな。そりゃ、痛いか。あの刃先が刺さって……。考えただけでも無理だ。結局、あいつ来てくれなかったな。やっぱあいつでも無理だったか……)
ユーキが頭の中で赤髪の青年を思い浮かべる。そんな叶いもしない想像をしているユーキに泥棒が言う。
「じゃあな」
そう言い泥棒が右手を振り下ろす。ユーキは目を瞑り俯く。シルヴァやラックも目を背けてた。しかし、その手がユーキの首元で止まる。理由は路地からする声だった。
「僕の助けを求めているのは君たちかい?」
ユーキは声に聞き覚えがあった。消えかかっていた赤髪の青年の姿が蘇る。顔を上げるとそこには頭の中に思い描いた人物がいた。
「やっとかオウルクス」
ユーキはオウルクスが来たことで安心し体中の力が抜ける。泥棒はユーキに向けていた短剣を鞘に収める。
泥棒の表情は先程までとは違い明らかに曇っていた。
「オウルクスと言う名前、腰に携える剣、そして、その赤髪。まさかお前『剣聖』か。クソっ! 相手が剣聖なら話は別だ!」
一人でそう言い結論に至った様な泥棒。その瞬間、泥棒は足を動かした。初めから全速力だった。
「お、おいっ! どこに逃げるつもりだ!」
ユーキが立ち上がりながら言った。その疑問は確かだった。ここは四方を壁に囲まれた空間であり、唯一の通り道である路地もオウルクスが壁となっている。つまり、ここから逃げるには上にある道へ跳ぶしかなかった。
「えっ! まさかオウルクス、ユーキの声を聞いてやって来たの?」
「シルヴァ様、その話はまた後ほど。今はあの者を捕らえることだけに集中を」
ユーキはシルヴァの元に駆け寄った。その時、泥棒が跳んだ。その跳躍力は元の世界では考えられないものだった。
「あいつ、あの高さ跳びやがった。オウルクス、追い……」
ユーキがオウルクスがいたはずの場所に顔を向ける。だが、そこにオウルクスの姿は無かった。ユーキがもう一度泥棒の方を見上げると泥棒の更に上にオウルクスの姿があった。
「いつの間に!?」
「あれはオウルクスの加護の一つよ」
「まあ、単純な身体能力でもあの高さぐらい余裕だと思うけどね」
オウルクスが泥棒を捕らえるのを見ながら一同が話している。オウルクスはまだ上へ進む泥棒の体を上から下へ押さえつける。そして、地に何かを打ち付ける音が空間に鳴り響き、煙が舞い上がった。
「うわぁ、痛そう」
三人同時に口を開いた。舞い上がった煙が晴れていくとそこには上から泥棒の腕を持ち押さえつけているオウルクスの姿があった。
✤ ✤ ✤
男女と精霊一匹がレイベル通りを歩いていた。
「いやぁ、あの時のオウルクス凄かったな!」
ユーキが言った。ユーキたちは路地での一件の後、オウルクスに泥棒を連れていく等後処理を頼み、オウルクスと別れた。ユーキはオウルクスに付いて行きたいと言ったがシルヴァたちの集合時間が近付いていると言い、オウルクスがシルヴァたちに付いて行った方が良いと言ったのでユーキは今この二人といる。
「あの剣聖の子は凄いとかいう言葉で言い表せるものじゃないよ。多分、今までで彼が本気を見せた相手はいないんじゃないかな」
「うわっ、何だそのチート野郎」
「ちーと?」
ラックの予想にユーキの心の声がつい漏れる。それに反応するシルヴァにユーキは答える。
「チートってのはオウルクスみたいなやつのことだよ。化け物みたいに強いやつのこと」
シルヴァが理解したようで頷く。シルヴァだけではなくラックも頷いた。
(英語とかカタカナ語とかどうしよっかなぁ。通じる様なものもあると思うけどほとんど通じないだろうし……。その線引きが難しいよな。もういっそのこと普段通り話してみよっかな。……やめとこ)
「なあ、さっきの集合って誰と?」
ユーキがシルヴァに問う。
「路地に入る前に付き添いで来たって言ったのは覚えてる? その付いてきた相手との集合よ」
「シルヴァたちは何してたんだ? 王都で」
軽く頷いてからまた質問をするユーキ。
「その相手は私たちが住んでる屋敷のメイドなんだけど、彼女が買い物してる間に彼女から教えてもらったお店に行こうとしてたんだけど魔石が盗まれちゃったの」
(だから、あの時シルヴァ、俺よりテンション高かったのか)
ユーキが昼食時を思い出した。そして、シルヴァが言葉を付け加える。
「でも、その結果こうしてユーキと出会えたんだけどね」
シルヴァが最後、微笑みながら答える。ユーキはそれを見て顔を逸らす。シルヴァが大丈夫か心配しユーキの顔を覗き込もうとしたがユーキは直ぐに顔を戻して言った。
「心配しなくても大丈夫だから。それより、そんなの続けられた方が危ない」
シルヴァは意味が分かっていない様だがラックはその後ろで笑っていた。だが、ユーキのフォローに直ぐまわる。
「ルア、ユーキの今の心情は君にはまだ分からないかな。だから、それで納得して。説明も難しいし」
「ラックがそう言うなら別に良いけど……」
ラックのフォローにユーキは親指を立てた右手を前に出して言った。
「ラック、ありがとう。……今出てきた疑問なんだけどさ。さっきのオウルクスも凄かったけどあの泥棒も身体能力凄かったじゃん? 実際あれぐらいが普通なの?」
「どうだろう? 鍛錬を積めばあれぐらいの壁を跳べる人は多いかもね。でも、あの泥棒は人の中では身体能力がかなり高い方だと思うよ。まあ、鬼とかの亜人には劣るかもだけど」
ユーキの質問に対してラックが答える。それに続きシルヴァが言う。
「多分、私でもマナ使っていいんだったら跳べるわよ」
「えっ!」
ユーキが驚く。無理もない。それが本当ならシルヴァの方が身体能力が高いということだからだ。
「ああ、ルアならいけるんじゃないかな」
「でも、あの時。ラック、風魔法を使えば上へ上がれるみたいなこと言ってなかったか?」
「それは君の話に合わせたんだよ」
納得したユーキ。その時、シルヴァが前方を指し言った。
「あっ! あそこよ。集合場所」
シルヴァが指す方向には立派な噴水があった。待ち合わせには最適の場所だった。
「もしかしてメイドってあの子?」
ユーキが噴水の前で待っている少女を見て言った。両手に持つ籠から買い物をした後と見て分かる。だんだん距離が近くなる。噴水の前に着くと少女が腰の前辺りに両手を持っていき礼儀正しく言った。
「シルヴァ様、ラック様お待ちしておりました。お店、気に入ってもらえましたか?」
「ええ、美味しかったわよ。教えてくれてありがとう」
シルヴァは微笑んで答える。すると、少女の視線がユーキに向く。
「そちらの少年はどちら様ですか?」
「ああ、彼はユーキっていうの」
「どうも! 初めまして、クガ・ユーキっていいます。金無し、家無し、土地勘無しと危機的状況真っ只中な者です」
「と、こんな状況だから助けてもらえないか頼んでみようかなって。……駄目?」
シルヴァの質問に少女は答える。
「良いと思います」
だが、少女の体は言葉と一致しておらず自己紹介に引いてか後ろへ少し後ずさっていた。
「えっ、後ろ下がってるけど大丈夫? 完全に引いてるけど大丈夫?」
ユーキがそう言いながら近付くがそれに合わせて少女は後ずさる。それが何度か続く。
「ちょっと悲しいんだけど今なら涙出るかも……」
そう言いユーキは腕で目を隠し泣く仕草をする。
「ユーキ様の件は置いておきます。では、竜車をとって参りますのでここでお待ちください」
そう言い、竜車が置いてある場所に走っていく。しばらくすると竜車に乗って少女が帰ってきた。それから竜車を降りた。
「お待たせしました。それではお乗り下さい」
先にシルヴァとラックが乗る。ユーキは乗る前にじっくりと竜を見る。
「見た感じ大きい爬虫類みたいなもんか」
そして、触ろうと自然と手が伸びる。それを見た少女が言葉で制した。
「触れては駄目です! その地竜は人に慣れていないので初めての人はあまり触れない方が良いかと」
「あ、そうなのか。すまん」
それから、ユーキも竜車に乗り、座った。その後少女が扉を閉め、竜車の前に乗り手綱を握る。
「それでは出発します」
その言葉の後、少女が手綱を引き竜車が動き出す。噴水の周りには地竜の足音が響いた。
竜車の地響きがユーキの王都での長い一日の終わりを告げるチャイムとなった。




