第三章6 『呼応する怒り』
王城の中の一室。ユーキはベッドの上にぽつりと座っていた。
彼には似つかわしくない部屋の内装。その豪華さは屋敷の使用人部屋に慣れたユーキには落ち着かないものだった。
「この部屋でお休みになられて下さいって言われてもな。――無理だわ!」
城内に進められた後、ユーキたちはそれぞれに用意された部屋に連れて行かれた。その後、例の会議は明日らしいので、今日はこの部屋で休むことになったのだ。ちなみに夕飯は持ってきてくれるとのこと。
夕飯はユーキが思っていたよりも早く来た。高級ホテルのような――行ったことはないが――夕飯で見た目よし、味よしと花丸の食事だった。
夕飯後、何もすることがないユーキは取り敢えず、風呂に入ろうと風呂場へ向かう。向かうのは風呂場だが、エアから「魔剣は肌身離さず持っておくのが吉だよ」と言われたので、なくなく持っていく。
場所は事前に王城の使用人に教えてもらっていた為、後は自身の記憶だよりで向かう。
ユーキの記憶は思っていたよりも良く特に迷うことなく風呂場へ着く。ただ、一切景色も雰囲気も変わらない道中は不安を煽ってきていた為、着いた時はホッと胸を撫で下ろした。
「王城の風呂……想像できないな。……行くか」
イメージできない恐怖との葛藤の後、歩みを進める決意をしたユーキ。風呂場へ向かってユーキが足を動かそうとすると、横から声をかけられる。
「お前、見ねェ顔だな」
先程までそこに誰かがいた気配はしていなかった為、ユーキは驚いて声の主の方を向く。
そこには瑠璃色のオールバックの青年が立っていた。身長はユーキと同じ程で瞳は朱色。服装から見て騎士のようだ。
「初対面でその言い草、礼儀がなってないんじゃ?」
青年の疑問には答えず、強気で返すユーキ。理由は何となく。強いて挙げるなら相手が威圧的に声をかけてきたからだ。
「確かに俺が先に名乗った方が筋ってもんか。ルーク様に仕える騎士、レイン・ウェルストだ。で、お前は?」
強気に返された青年はユーキの思っていた反応とは違い、レインと名乗る。ユーキの予想通り、騎士だった。ルーク様というのは恐らく今回の招集に呼ばれた中の一人だろう。
相手に名乗られた為、こちら側も名乗らないとばつが悪いので、ユーキは姿勢を正し名乗る。
「フォートレス家使用人、クガ・ユーキです。以後お見知りおきを」
名乗ると同時にユーキは手を差し出して握手を求める。先程、強気に出てしまったことの詫びも込めて。
だが、レインはユーキの握手に応じなかった。その上、彼の雰囲気がどことなく変わった。
「……フォートレス家、あの女のとこか」
「どうかしたか?」
雰囲気が変わり、レインがボソリと何かを言った為、ユーキは問いかける。
返ってきた答えは先程と同じ威圧的なものだった。
「何でもねェ。それよか、ちと気が変わった。風呂前の運動に付き合えよ」
「急過ぎないか!? まあ、別に良いけど」
急な気の変わりように疑問を覚えつつもユーキ自身、汗を流すのは良いかとレインの誘いに応じる。
「じゃあ、付いてきてくれ。ちょうど良いとこがあるからよ」
色々と気がかりな点はあるものの、承諾した上、取消などはできない為、何も言わずにユーキは付いていく。
移動中も二人の周りは険悪な空気が包んでおり、話しかけるという行為が無理難題と感じる程だった。
しばらく歩いた後、レインの言っていた場所に着く。ユーキはただレインの後ろを付いていっただけなので、現在位置は既に分からない。
「ここだ。さァ、入れよ」
「なあ、運動って何するんだ?」
レインが口を開いた為、ユーキも問いかける。しかし、答えは返ってこない。
レインが部屋に入っていく。それに続き、ユーキも部屋に入る。そこでレインが言っていた運動の意味を理解する。
「まさか運動って戦闘か!? それだったら俺は――」
運動なら付き合っても良いか、と考えていたユーキだが、レインの言っている運動が戦闘なら話は別だ。相手は騎士で明日には会議がある。怪我でもしたら笑い事では済まない。
しかし、断りの言葉をレインが遮る。
「ここまで来たんだからやろうぜ。俺は堪えてんだからなァ」
最後の言葉の真意を理解できないユーキ。ただ、レインから殺気のようなものを感じる。血気盛んなのは間違いないようだ。
ユーキの返答を待たずして、レインはユーキと距離を取る。戦わない、という選択肢はないようだ。
「フォートレス家の使用人ってこたァ、例の司教を退けたってやつだよなァ?」
「ああ、そうだよ。でも、期待に添えるかは分かんないけどな」
ユーキの名は少し広まっているらしく、レインも知っているらしい。
ユーキの返答を受けたレインはなぜか笑いだす。その理由はレインの口から語られた。
「期待も何もしてねェよ。俺はただお前をぶっ潰してェだけだ」
「……は? 運動って――」
ユーキはレインの言葉に思考が追いつかず、言葉を発するのに少し間が空く。そして、やっと理解が追いついたかと思うとレインがユーキとの距離を一気に詰める。
レインは腰に差した剣を抜き、無防備な状態のユーキに対し、一突き。ユーキはギリギリで反応し、魔剣を抜く。そして、右に躱し、魔剣で剣を上から抑える。
「危ねえな! 真剣でやるなら言えよ! てか、そんな剣で斬れるのかよ?」
一息付ける間があった為、ユーキはレインに対する不満を吐露する。
レインの剣は刃の幅が細く、言わゆる細剣という物だ。重みをかければ、折れてしまいそうな刃に対峙するユーキでさえ心配になる。
「俺の心配してる暇あんだったら、お前の命可愛がれや!」
細剣を抑えていた力が行き場を失う。レインの姿が視界から消えたのだ。
ユーキは感覚的にその場でしゃがみ込む。次の瞬間、頭上で空を切る音が聞こえる。ユーキがそれに安堵しているのも束の間、獲物を仕留め損なった細剣が頭上から振り翳される。
ユーキはしゃがみ込んだまま、魔剣を横にし、細剣を防ぐ。
「魔装!」
細剣を防いだと共に、炎を足に纏わせ爆発させる。そして、その推進力で不利な位置から脱出する。
ユーキは移動しながら、レインの方向に体を向け、爆発の推進力を抑える為、魔剣と膝を地に突く。その隙を逃さず、レインは追撃する。
細剣から繰り出されるレインの剣撃は速く、一つ一つが細剣とは思えない程重い。何より、これを可能にしているのはレインの俊敏な身のこなしだろう。
――このままじゃジリ貧だな。押され続けて、いつかは俺が反応できなくなる。その前に何か、何かないか
ユーキは次第にレインの剣撃を捌ききれなくなっていく。ユーキの反応は鈍くなる一方だが、レインの速度は更に増していく。
追い込みをかけるつもりか、レインの剣撃による攻め方が変わる。高速の縦回転斬り。ユーキはそれを魔剣を横にして防ぐ。ただでさえ重い剣撃の連続斬り、どちらかの剣が折れてしまうのではないか、と心配になる。
心配と共にユーキの中ではもう一つ浮かんだものがある。この回転を利用して反撃できないか、と。魔剣と細剣の接触点。ここに何らかのアクションを起こせば状況を打破できるのでは、とユーキは考える。
後はタイミングのみ。その時、レインが回転をそのままで跳び上がり、勢い良く斬りつけようとする。ユーキはここぞとばかりにそこで叫ぶ。
「術式展開!」
ユーキの口から発せられたのは魔術を発動する言葉だった。
魔術の存在を教えられてからというもの、ユーキは日頃の練習メニューに魔術を加えた。時にはロアノスにも手伝ってもらった。その甲斐あってか、はたまた加護のお陰か、その上達速度は著しく、単純な術式ならば直ぐに組める程度にはなった。
単純な術式とは、初めに使用した防御や魔法の力をものに込める――ラックが魔石を取り戻す際に使用した――もの、そして、威力を跳ね返す反射の術式などだ。
魔剣と細剣が恐らく接触するだろうポイントに術式が展開される。大きさはそこまでなく、一点集中の術式だ。
そこに編み込まれた要素は反射。今までのレインの攻撃の重みから考えると、現在の状況を打破することは可能だろう。
だが、その思惑はレインの言葉であっさりと壊される。
「お前の行動なんざァ、読めてんだよ!」
レインは空中で細剣を思い切り空振り、その勢いを利用して回転、そして、ユーキの後ろに着地する。
圧倒的戦闘経験の差。それを感じる暇もなく、ユーキは背を蹴り飛ばされる。レインも大きな傷が付くことは躊躇っているのだろうか、剣で斬りつけられることはなかった。
前方に飛ばされたユーキは転がりさえはしたが、何とかレインの方を向き、体勢を立て直す。しかし、この時には既にレインが距離を詰めていた。
「ラール・ウェード!」
レインの進行を少しでも阻む為、ユーキはレインの方向に風を放つ。威力は最上級であり、部屋中に風が吹き荒れる。
風に阻まれ、少し後方へ飛ばされるレイン。しかし、地に細剣を突き刺し、それ以上の後退を防ぐ。
ユーキの放った魔法は飽くまでも距離を取るものだった為、直ぐに風は止む。レインはそこを狙い、今まで風に耐える為に使っていた前方向への力を使い、弾のように飛んでくる。
「この程度の風でなァ、俺の怒りは止めれるかよ!」
ユーキに向かって飛んでくる弾は怒りと共に剣を振る。ユーキを横切ったレインは足脚に力を入れ、ブレーキをかけ、細剣を鞘に戻す。
勝ちを確信したようなレインの行動。しかし、レインの刃はユーキの体には届いていなかった。
「この服気に入ってんだよ。そう易々と斬られてたまるか」
世界に一セットだけの服――という訳ではなく、この一ヶ月で先輩方の手も借り、何とか複製を行った為、代えは存在している。しかし、お気に入りだということは変わらないので、斬られるのは嫌なのだ。
レインに斬られる寸前、魔剣を体の前に構えたことで何とか防いだユーキ。
ここまでのレインの身のこなしを見て、またも先程の感情を抱く。このまま戦ったところで、勝ちへ繋がる道が見えないことは当事者であるユーキが一番よく分かっている。
そこで何とか止めさせられないかとユーキは会話に持ち込む。
「なあ、さっき怒りとか言ってたけど、俺なんかしたか?」
会話として続きやすいのはイエス・ノーで答えられない質問。なので、ユーキは気になった部分を抽出して問いかける。
レインは考える間を取らず、ユーキの問いかけに答える。
「お前じゃねェ。俺の怒りの矛先はお前んとこの女だよ」
レインの吐き捨てるような言葉には言っている通り怒りが込められていた。
レインの言う“女”というのは恐らく代表であるシルヴァのことだろう。ここでメイド二人やエアが出てくるとは考えにくい。
ユーキは逆鱗に触れる覚悟でその件について突き詰める。
「シルヴァがなんかしたのか?」
ユーキのこの不躾な問いかけにレインは雰囲気を変える。多少なりともこうなることはユーキも予想していたが、その変わりようが異常だった。
「お前……あいつが何したのか知らねェって言うのかァ!」
元から怒りを漂わせていたレインが更に逆上する。ユーキの問いかけはそこまで彼の気に障るものだったのか。
実際には少し違う。レインの気に障ったことも確かだが、ただそれだけではない。ユーキの無知さに激怒したのだ。
「十五年程前……北方のルーベル皇国との戦争、その時、あの女は……エルフは!」
断片的な情報を語るレイン。だが、そこからでも怒りの理由は予想できた。
国家間での争いでエルフは相手国側に与したのだ。先程のレインの逆上の意味も頷ける。この戦争は一般知識なのだ。それを知らないということを単に無知だと一言では許されないのだろう。
しかし、シルヴァの見た目の年齢から見て、その件においては無関係だと考えるユーキ。例外としてセルピアなどがいるが、それはそれだ。
「レイン、まさかエルフだからって理由だけで敵視してる訳じゃないよな……?」
「それ以外に理由がいるってのかァ? ……強いて言うなら、関係復興? か何か知らねェが、叶いもしねェ夢見てんのも虫唾が走るなァ」
敵視の理由はユーキが思っているよりも単純だった。更に追加された理由を聞き、ユーキの中で一つの感情が生まれる。
ユーキはまだその小さな小さな感情に気付かず、レインとの話を続ける。
「おい、言っていいことと悪いことがあるだろ。あいつはあいつでちゃんと考えて――」
「考えてんならなァ、表舞台に出てくんじゃねェ! ――上が上なら下も程度が知れてんなァ。お前みたいに甘いこと言ってるやつがあんなやつを持ち上げるからなァ、夢見ちまうんだよ! あの女に仕えるお前も、あの女も、俺にとっちゃァ同じ怒りの対象なんだよ!」
思いの丈を吐き出したレイン。だが、これだけで全てではないだろう。まだまだ言い足りない様子だが、息切れがある程度区切りがついたことを示している。
言葉を遮られ、途中から黙って聞いていたユーキ。レインの怒りの片鱗に触れたことで、彼のある感情が開花する。
「俺のことはどう言ったって構わない。でもな、――あいつのことを悪く言うじゃねえ!」
元は小さなものだった。だが、それがレインの怒りに呼応するように大きくなっていく。やがて、ユーキも知覚する。
――自分の心中に存在する怒りに。




