第一章3 『疑わしきは罰せよ』
オウルクスと別れ、しばらく歩いていると今さっきまでユーキが歩いていた大通りより更に道幅の大きな大通りに出た。
「この大通り、さっきまでのとは違うな。さっきの大通りは人が歩く所しか無かったのに、この大通りは歩道と車道? の様なのに別れてるな」
今出てきた大通りにある特徴を見て、ユーキはそう言う。そして、あることに気付いた。
「車道っぽいものがあるなら車があるのか? いや、違うな。ここは異世界だからそれっぽいもの。つまり……」
ここまで話ユーキは言葉を止めた。どこからか地響きが聞こえてきたからだ。すると、車道を歩いていた人が歩道側に寄って行った。地響きはだんだん大きくなっていった。ユーキはこの音を聞いて、興奮していた。理由は簡単。自身の予想が当たっているかもしれないからだ。
「マジかよ。本当にあるのかアレが」
この世界が異世界だと改めて実感するユーキ。そして、後ろを振り向いた。そこには大きな爬虫類であろう生き物が車輪付きの屋形を引いている姿があった。
「おおっ! 竜車だ! 見てみたかったんだよな」
竜車を見れたことに喜んでいるユーキに対して隣にいた少し顎鬚を生やした中年の男が問いかけてきた。
「兄ちゃん、竜車を見るのは初めてか?」
急に話しかけられたので少し戸惑ったユーキだったが、その後直ぐに答える。
「そうなんです」
「それは珍しいな。男なら普通子供の時に興味もって見にくるものなんじゃねえのか? あんな風に」
そう言って、男は向こう側の歩道を指で小さく指す。そこには小さな男の子が五人程いて、竜車を見て興奮していた。
「いや、俺、ここの生まれじゃなくって。最近ここに来たばかりで……」
ユーキが理由を答えると男は更に問いかけてくる。
「それでも珍しくないか? ここの生まれじゃなくても他の国で見れるだろ? ……もしかして、国じゃなくて村生まれか?」
どう答えようか迷っていたが、最後に男が質問してくれたので助かった。
「そうなんです! 俺、あんまり大きくない村で育って……。だから、こんな大きな国に来るの初めてで色々興奮するんですよ!」
「そ、そうかい。それは良かったな。確かに村育ちだったら竜車を初めて見るっていうのは納得だな。俺も初めて見たときは兄ちゃんみたいに興奮したよ」
ユーキの声が急に大きくなったので男は驚いたが、直ぐにユーキの言葉に応えてくれた。ユーキは自分の言葉が嘘っぽくないか心配だったが、それと同時にある事に気付いた。
「俺もってことはあんたも村育ち?」
「確かにそうだが。年上相手にあんたってのはどうなんだ? 兄ちゃん」
確かにそうだなと思ったユーキは頭を下げ、謝った。そして、男に質問した。
「なぁ、あん……じゃなくておっちゃん。この辺で人が多い場所ってどこだ?」
人が多ければ自称『神』に会えるかと考えたユーキは男に聞いてみた。
「おっちゃんか。まあ、あんたよりは良いか。それで、人が集まる場所だったか? ……それなら、この大通りを真っ直ぐ行くと曲がれるからそこを曲がるだろ。そしたら、大通りがあるから最初の路地に入って道なりに進めばこの辺りで一番人通りが多い大通りに出れるぞ」
長々と説明された道順を頭の中で繰り返すユーキ。そして整理出来たのでユーキは男にお礼を言った。
「ありがとな、おっちゃん。どこに行こうか迷ってたから助かったよ」
すると、男はユーキの胸の辺りにぶら下がる翡翠色の石を見て、
「その石、あんまり見ない形だな」
「ああ、これは勾玉って言って、お守りみたいな物だよ」
石を手に取り説明するユーキ。それを聞いて男は、
「良いもの持ってるな、兄ちゃん」
「褒めてもあげないからな」
と、ユーキが答えると男は分かってるよと言いたげな顔をした。ここまで話してユーキは男に別れを告げた。
「ありがとな、おっちゃん。道とか教えてもらったし話してもくれたし」
「別に良いよ。困った時はお互い様。次、俺が困ってたら助けてくれ」
ユーキは頷き応えた。そしてユーキは男に言われた大通りを目指し歩いていった。さっきまでの二人の会話を聞いていた隣の女に気付かずに。
「そういえばオウルクス、この石の事について何も聞いてこなかったな。初対面の人なら必ずと言っていいほど聞いてくるのに。たぶん、見慣れてたのかな? 結構位高そうだったし」
そう言ってユーキは自分の胸元にある石に視線を向ける。そして、石について考える。
「この石って誰から貰ったんだっけ? 男の人だったからたぶん父さんか爺ちゃんだと思うけど……、あんま覚えてないな」
貰った時のことを思い出そうとするユーキだが、相手の顔は思い出せず、男の人ということしか分からなかった。その情報も不確かなのだが。
「今、石の事を考えても仕方ないか。そんなことよりも早くおっちゃんが言ってた大通りに行かないとな」
石から意識を大通りに移した。その時、後ろから声が聞こえた。
「あの男よ!あの男が泥棒よ!」
声がする方に顔だけを向け、視線を送るとそこにはこちら側に対して指を指す女性がいた。その隣には鎧を着た明らかに騎士だと分かる男がいた。周りを歩いていた通行人もその声で女性と騎士を見ていた。そして、その後女性の指す方向へ視線が集まる。その方向とは、
「もしかしてあの人が指してるのって俺か!? 何もしてないぞ俺!何かしたのかな知らないうちに……。いや、何もしてない!」
何かした覚えがないユーキは今までの自分の行動を思い返す。だが、何かした記憶は一切なく女性が何を言ってるのかユーキは分からなかった。
「あの男ですか? 巷で噂の泥棒とは。見たところ随分若そうですが」
鎧を着た騎士が隣にいる女性に問いかける。恐らく、騎士は泥棒を見つけたやら何とか言われて来たのだろうと考えるユーキ。
「歳なんて関係ないわよ! 一旦捕まえてみて違うかったら違うで良いじゃない。早く捕まえなさいよ!」
騎士の問いかけに対して少し苛立っている女性。その口から発せられる言葉は元の世界では考えられないものだった。ユーキは女性の発言に対してついツッコミをいれてしまった。
「いや、良いわけないだろ! そんなことやったら世間騒がすぞ! 連日ニュース番組の話題になるぞ! あっちでは」
周りは何を言っているのか分からないという顔だったが、言葉は伝わらなくても責められてることは分かったようで女性はユーキに対しての怒りを隣にいる騎士にぶつけた。
「ほら、あんな意味のわからないことを言っているのよ!怪しいじゃない。もう一度言うわ。早く捕まえなさい!」
女性の言葉に騎士は少し躊躇っていたが、言うことを聞き捕えないと女性の怒りは治まらないと考え、女性の言葉を受け入れ、ユーキの方を向き、走り出した。
「すまないな、少年。この場を治めるために一度捕まってくれ。抵抗しなければ直ぐに終わらせる」
「何もやってねぇのに捕まるかよ! しっかり抵抗させてもらうぜ」
騎士はユーキに対して優しさで言った言葉だったがそれをユーキは受け入れず、抵抗するという意思表示をした。
「そうか、抵抗するか。まぁ、抵抗出来るならな」
相当腕に自信がある物言いにユーキは身構える。その時ユーキは気付いた。
(速すぎる。あの鎧でここまで速く走れるか? いや、無理だ。見ただけでも俺より早い。たぶん後ろに逃げても追いつかれる。それだったらどうするか……)
「こうするしかないよな」
ユーキの口から小さく囁かれるように言葉が発せられたときには騎士はもう目の前にいた。そして、ユーキに掴みかかろうとしていた。しかし、それはユーキの体には届かなかった。
「オウルクスよりは遅い。やっぱあんな化け物そんなにいないよな。あんたも確かに強いと思うけど俺を下に見たのが悪かったな。体勢が崩れて脚ががら空きだぜ」
ユーキは騎士に下に見られてると考え、相手の初手を避ければ隙ができると思った。そして、その時なら鎧相手でも少しは対抗出来ると考えた。しかし、その考えは直ぐに壊された。
騎士のがら空きになった足首辺りに思いっきり蹴りを与えた。しかし、蹴りは騎士の脚に当たりそこで勢いをなくし止まる。そして、蹴りの反動がユーキの脚に伝わり、ユーキは脚を押さえて倒れる。
「痛っ!! 俺の想像だと蹴り倒して逃げれるはずだったのに! 思い通りには行かないなぁ」
思い通りにいかなかったことに嘆くユーキに対して騎士は言う。
「そんな柔な攻撃で倒れるわけないだろ。不本意だが捕まえさせてもらうぞ」
そして、倒れているユーキを上から押さえつける。それからユーキの耳元で囁いた。
「あの人はここら辺では少し有名な人でな。逆らうと後々面倒臭いんだよ。だから一旦捕まってくれ。後でちゃんと解放するから」
「あんたも大変なんだな。嫌だけど分かったよ捕まってやるよ。て言うか逃げられないし」
その言葉を聞いて、騎士は言葉ではなく表情で礼を伝えた。そして、騎士が女性に対して視線を送ると女性はこちらに近づいて来た。
「やっと捕まえたのね。それじゃあ早く情報料をくれないかしら。そのためにあなたを呼んだんだし」
ユーキはこの女性が何故泥棒を捕らえたかったのかが分からなかったがその理由が女性の言葉で分かった。
「少しお待ちください。まだこの少年が泥棒だと言う証拠は無いです。何故この少年を疑ったのですか?」
女性に疑った理由を聞く騎士。その言葉に返された女性の言葉にユーキは驚いた。
「さっき、この男が会話してるのを聞いていたのよ。小さな村から来たって言ってた。なのにそんな価値の高そうな石を持っているのよ。怪しいと思わない?」
騎士に問いかけた言葉に反応したのは騎士ではなく押さえつけられているユーキだった。
「そんな理由で捕またのか。もしかしたら持ってるかもしれないじゃねぇか! 金が欲しいからって勝手に疑うなよ!」
声を荒らげるユーキ。それに対して女性は冷静に応えた。
「怪しい方が悪いのよ。疑われるようなこと言うから悪いのよ」
女性の理不尽な意見にユーキは助かることを諦める。その発言に今まで黙っていた騎士が言葉を発した。
「そのような理由では捕まえることは出来ません。なので情報料をお渡しすることも出来ません」
騎士が女性に言うと、女性は納得できない様子で反論しようとした。その時、後ろからそれを制するように声が聞こえた。
「その少年は何もしていないよ」
数分前に聞いたような声。その声を聞いてユーキの頭に思いつくのは一人の青年しかいなかった。ユーキが声のする方へ顔を向けるとそこには予想通りの赤髪の青年が立っていた。
「さっきぶりだね。ユーキ。元気にしてたかい?」
先程と変わらぬ爽やかさで問いかけるオウルクス。
「この状況を見て『元気にしてたかい?』なんて聞けるのすげぇな!でも、やめてくれ。冗談でもマジで笑えねぇ」
オウルクスの声真似をして答えるユーキ。しかし、その後にふっと頭の中に浮かんだ疑問を問いかける。
「何でここにオウルクスがいるんだ? もしかして、俺の危機的状況を察知して助けに来てくれたとか?」
「僕にそんな能力があったらこの国の犯罪は全てなくなるだろうね。でも、残念。間違ってるよ。ただ単に心配だったからちょっと様子を見てただけ」
察知する能力があってもそれを防げる行動力の速さがなければ無理ではないかという疑問が頭の中に浮かんだユーキだったがオウルクスなら出来るかと頭の中で自己解決した。
「それにしてもさっき別れたばかりなのにこんなことになっているなんて君の周りだけ時間が進むのが速いんじゃないか?」
「俺だって何でこんなことに巻き込まれてるのか分からないよ」
ユーキとオウルクスの数分ぶりの再会を聞いていた女性と騎士だったがここで騎士が口を開いた。
「もしかしてあなた。【剣聖】オウルクス様ですか?」
「そうですが」
オウルクスの短く答えられた言葉に周りの野次馬が騒めく。この騒めきを見るだけでオウルクスの有名っぷりが見て分かる。
「そうですか。あなたがオウルクス様。あなたがしてないと言うのならこの少年は何もしていないのでしょう」
改めてオウルクスの凄さが分かる。オウルクスがしてないと言うならしていないのだ。こんなにも周りに信じられている人間は他に存在しないだろうと思うユーキ。そんなことを考えているユーキを押さえている騎士の力がなくなった。
「少年、さっきは手荒な真似して悪かったな。それでどうなさいますか? 奥様。オウルクス様がこう仰っていますが」
最初はユーキへの謝罪。そして、顔を体ごと女性の方へ向けユーキをどうするか尋ねる騎士。女性もオウルクスが相手では太刀打ち出来ないと考えて少し嫌そうにユーキと騎士に言った。
「剣聖様が言うなら仕方がないわね。ごめんなさいね。確かな証拠もなしに捕まえろなんて言って」
最初は怒っていたユーキだったが謝られたことで少し気が収まり、怒りの感情捨て女性に冗談混じりに言った。
「今度は見かけだけで判断して勝手に捕まえろだとか何とか言うなよ。そんなことばっかしてると友達失くすぞ!」
それを聞いて女性は『煩いわね』と言いたげな顔をし、後ろへ振り返り歩いて行った。
「本当にすまなかったな少年。私ももう少し抵抗するべきだった」
「別に大丈夫だよ。抵抗したら面倒臭いんだろ?」
騎士の二度目の謝罪に微笑んで応えるユーキ。そんなユーキに騎士はユーキと同じように微笑みながら言った。
「ありがとう。少年、君は本当に心が広いな。それじゃあ、今度会ったら飯でも奢らせてくれ」
そう言って、ユーキ達の元から離れていく騎士。この時ユーキは心の中で一つ思った。
(騎士ってみんなオウルクスみたいなやつなのかな?)
心の中で浮かんだ疑問はそのまま心の中に留めておきユーキはオウルクスに言った。
「オウルクスってみんなに信じられているんだな。改めて見直したよ。改めてって言っても数分前からの更新だけどな」
少し笑って発せられた言葉にオウルクスは真面目な表情になり応えた。
「いや、それは少し違うよ。信じられる人は確かに凄い。人から信じられるにはそれ相応の功績等が必要だからね。でもそれだけでは足りない。信じてくれる人なくしては信じられる人にはなれないからね」
自身の考えを語ったオウルクス。それに対しユーキは応えた。
「いきなり深い事言ったな。でも相手の褒め言葉は素直に受け止めた方が良いぞ。それは謙遜じゃなくて相手に対する侮辱かもしれないからな。少なくとも俺にとってはそうだ。そこがお前の良いところなのは分かってるけど流石にそこまで行くと苛立ってくる」
ユーキの意見を聞いてオウルクスは納得した。
「確かにそうかもね。これからは心がけてみるよ」
ユーキはこの発言を聞いて絶対に心がけないだろうなと思った。
次回ヒロインでます! ‥‥‥たぶん。