第二章20 『魔女撃退戦』
広場の入口付近で話していたユーキとセルピアはレクトを探しに休憩所へ向かう。
広場周辺は大罪教徒の更なる襲撃や城に現れたという司教の襲来に備え、重々しい空気が騎士団から漂っている。
この時もまだ空を仰げば、漆黒の城上空に太陽が燃え盛っている。これもまた騎士らの空気を悪くする原因の一つだ。
広場周辺とは打って変わってユーキはそんな危機など知らぬような様子だった。冥府にいる時などはピリピリしていたセルピアもユーキと同じような感じだった。
二人とも太陽が見えてない訳ではない。ではなぜ、楽しげな雰囲気で話せるのか。
理由はあの太陽が自分たちに対する脅しであると分かっているからだ。
あの太陽は色欲の大罪人が威嚇の為に出したもので決して実害を出す為の行動ではない。
第一、この街を破壊してしまうと目的である“何か”を連れ出せる可能性が格段に低くなる為、あの太陽は余程のことがない限り落ちてこない。これにより他の教徒が攻め入ることも考え難い。
アスデスはすでに戦闘不能だということを分かっているのも理由にある。
アスデスの重症はたとえ魔法で治したところで完治するようなものではなかった。それは実際に刺したユーキが一番分かっている。
上記の二つによってユーキたちの穏やかな会話は守られている。
しばらく歩くと他の場所よりも人が集まっている場所を見つける。休憩所だ。
そこには多くの怪我人がいた。その辺りでコケてしまった住民などの軽傷者や教徒との戦闘をした騎士などの重傷者。
その中からレクトを見つけたのは案外早かった。そこにはリネアと、先に休憩所に向かっていたシルヴァとシロがいた。
「女子に囲まれてたいそういいご身分だなー、レクト」
「ユーキ殿、そんなにも羨ましいか。ほれお主には私がおるではないか。それともシ――」
「だからお前は直ぐそういうネタに持っていこうとする! 青春を謳歌する女子高生か!」
ユーキはレクトの下へ歩くや否やレクトをからかう。そのユーキをセルピアが更にからかう。
ユーキのツッコミは高等学校のない異世界では通じることはなく、セルピア以外は頭にはてなを浮かべ、首を傾げていた。
「登場早々楽しそうだなユーキ。でもちょっと声抑えてくれ」
「えっ、なんで?」
「ユーキが斬ったんだろ! それとさっき急に気分が悪くなったんだよ」
レクトは包帯に巻かれた体をユーキに見せる。ユーキはごめんごめんと軽めに謝る。
そしてレクトの後に続いた言葉。ユーキとセルピアは「やっぱりか」と自分たちの考えが正しかったことに頷いた。
「その不快感も俺が原因なんだよ。つまり今のレクトの現状をつくった原因は全て俺にある訳だ。ごめんな」
斬ったことを謝った時と同じように軽く謝罪するユーキ。レクトは「は?」という顔になっている。
謝罪したユーキにシルヴァが問いかける。
「ユーキのせいって、どういうこと? 何か魔法でも使ったの?」
「なぜ俺がレクトに攻撃しなきゃいかんのだ。原因はこの剣だよ」
ユーキはシルヴァたちに魔剣を示す。その時にここまでずっと魔剣を顕にして歩いていたことに気付く。ユーキは魔剣を腰に差す鞘に戻す。
「あっ、もしかして魔剣の力使ったの? なんだっけ?共鳴だっけ?」
ユーキのシルヴァに対する回答にシロが反応する。ユーキはそちらの方を向き、頷く。
「じゃあその剣がさっきシロが言ってた魔剣ね。見たことない剣持ってたからさっき気になってたの」
「で、俺にあんな苦痛味あわせた成果はでたのか?
もしなかったら……数日後覚えとけ」
「そこで数日後って言うところがレクトっぽいよね。でもまずはお礼でしょ! 助けてくれたのはユーキなんだから」
ユーキに復讐を誓ったレクトの言葉に苦笑いを浮かべるリネア。その後に感謝すべきとレクトの言動を正す。
「お礼って……単に操られてたから倒しただけだよ。あの戦いのおかげで俺は強くなれた。まあこの傷つけたのもレクトだけどな」
ユーキは先程シルヴァに見せたように右腕の傷を見せる。さっきまで覚えとけなどと言っていたレクトはバツが悪そうに目線を下げる。
ユーキは「大丈夫大丈夫!」とレクトの体を叩く。レクトはその衝撃で苦痛の声を上げ、体を丸める。
「すまん、レクト。確か俺もたくさん斬ってたな。忘れてたよ」
ははは、とユーキは小さな苦笑い。レクトはまだ体を押さえていた。
その様子を見兼ねたセルピアは深くため息をついた後、話を急がせようとする。
「そう和気あいあいと話すのもいいが、今は安心できてもあの太陽がいつ落ちてくるか分からんのだぞ。話を進めよう」
現状を忘れて話していたセルピア以外は今自分たちが立たされている状況を思い出し、セルピアの話を聞こうとする。
その中で唯一レクトが問いかける。
「姫様、今、物凄い火球が城の上空にあるのはシロさんから聞きましたけど、どうして今は安心できるんですか?」
いつかは出てくる質問だろうとユーキが思っていたものがレクトの口から出た。
単純に考えれば今のファントは世界的犯罪者に銃を向けられている状況だ。その状況で安心などという言葉は出てくるはずがない。
セルピアは早く話を進めたいのか、すぐ様その質問に答えた。
「それはあの火球が攻撃ではなく脅しだからだ。そしてあれを落としてしまうと最悪、冥府にいるあやつらの目的も連れ出せないからな。前者と同様の理由で教徒が襲ってくることもまず考えられない」
「私たちが何もしない限り相手も何もしないってことですね、セルピアさん。分かりやすかったです!」
セルピアの説明にレクトが頷く。そしてシルヴァはその説明を更に短くし、感想を述べる。満面の笑みというおまけ付きで。
「ありがとう、シルヴァ殿。でだ。レクトが苦しんだのは魔剣によりユーキ殿と繋がったからだ」
「じゃあレクトと同じようにユーキも苦しんだんですか?」
セルピアがレクトの苦痛の原因について説明した。それを聞き、リネアが疑問を口にする。
セルピアは頷き、話を続ける。
「繋がった結果、恐らくレクトの対魔の加護がユーキ殿に不完全ながら転写されている。これがあの火球に対抗できる唯一の術だと私とユーキ殿は考えている」
セルピアとユーキの対太陽の術を話す。他の者もそれ以外浮かばず頷くしかなかった。
何か聞きたいことはあるか? とセルピアが問いかける。それにシロが反応する。
「それ、不完全ってことは全て消せない場合もあるんでしょ? ユーキが全て吸収できるとも限らないし……それに太陽を消すだけ?」
シロの言う通りだとユーキは頷く。セルピアとユーキの考えは不確定要素に頼りすぎているとユーキ自身思っていたからだ。
セルピアは少しも間を空けず、回答を用意していたかのように答えた。
「そこもちゃんと考えておる。まずはユーキ殿が火球を吸収しきれなかった場合。現状、残っている魔法に対抗できる程の魔法を使用できるのはシルヴァ殿だけだ。なのでシルヴァ殿にユーキ殿の援護を頼みたい」
シルヴァが「はい」と頷き、ユーキの方を向く。ユーキはその視線に気付く。
「シルヴァ、任せたぞ!」
「ユーキの背中? は任されました! 頑張ってね」
間にシロを挟みやり取りを交わす。間にいるシロは特に気まずそうではなく、セルピアの話の続きを待っていた。
「次に火球を放つ魔女だが、シロ殿とユーキ殿に頼みたい。いくら大罪人でもあやつは魔女だ。近接戦でシロ殿には勝てないだろう。そしてユーキ殿だが、吸収したマナで最大級の魔法を撃ってほしい。マナの再利用というやつだ」
「えっ!? てことはシロまた城まで戻らないといけないの!? せっかくここまで来たのに!」
今まで来た道をなぞる様に戻らなければならないと聞き、嘆くシロ。その道のりを一緒に走ってきたユーキは同情しながらセルピアの意見を後押しする。
「その気持ちは分かるけど、するしかないな。だけど大罪人との交戦は本気じゃなくていいと思うぞ。こっちの勝利条件は飽くまで撃退なんだ。あわよくば撃破だろうけど、それは世界的に見ればの話であって今の俺たちは撤退させれば大金星だ」
ユーキが後押しついでにシロの負担を減らす。その言葉にシロだけでなく他の皆も口を閉ざす。
そして少しの静寂を挟んだ後、皆が示し合わせたかのように口を開く。
「ユーキって意外と頭良かったのね」
「ユーキって思ってたより頭良かったんだね」
「ユーキ殿は頭が良かったのだな」
「ユーキって結構頭良かったんだな」
「ユーキって頭良かったんだ。レクトと同じぐらいかなって思ってた」
「セルピア以外、余計なんだよ! いや全員一緒なんだけどさ。それにこの程度考えりゃ分かんだろ! どんだけ低く見てたんだよ! 俺のメンタルは思ってるより弱いかんな!」
ユーキから始まる五人の文言。それに四連続感嘆符で答える当人。
思っていたより自分の評価が低かったことにユーキの心内は傷ついていた。中でもシルヴァとセルピアからの評価は良いと思っていたので尚更だ。
「ユーキ、そんなに大声出さないでくれ。体と頭に凄い響く」
レクトはユーキの声に頭を押さえる。
「よし、いつでもいけるよう準備しておくか。ユーキ殿、シルヴァ殿、シロ殿は共に広場入口にて太陽の観察でもしておこう。リネアはレクトの介抱をしておいてくれ。レクトは当然安静にな」
その場にいる全員の行動を示し、休憩所を後にするセルピア。それを追いかけるように三人も後にする。
リネアはセルピアに言われた通りその場に残り、レクトを見守る。
「姫様、この傷で安静にしないのは流石に無茶だと思うわ」
「騎士として考えればそこは無茶しそうだけど……レクトはしなさそうだね。お父さんなら行きそうだけど」
騎士であるべき時間ではないので団長ではなくお父さんと呼ぶリネア。
レクトは「確かにな」と同調しながら笑みを浮かべる。
広場入口へと向かったユーキたち。空を仰ぐともちろん太陽がある。もうそこにあるのが当然のような気がして、見ても違和感がない程見慣れてきた。
「あれもう大きくなってんのか分かんねえな」
「大きくなってるじゃん! ここから見ても十分分かるよ」
元が大きい為どれだけ大きくなったか分からないとユーキが言うと、シロがそれを否定する。
前まではただ単に視力や身体能力がいいだけと思っていたが、鬼だと考えればどれも納得のいくものだった。
シロが鬼だということはその妹のシオンも鬼だ。練習中に見せた怪力なども不可解であったが、鬼だとすれば説明がつく。
「ユーキ殿大丈夫だぞ。シロ殿の目が良すぎるだけだ。私も分からん」
「分かってるよ。そんなこと。前までは単にスゲーだったけど、今は鬼だからって理解できるだけマシだよ」
理由があるので理解はできるというだけでその理由である鬼が素直に飲み込める訳ではない。今はここは異世界だと自分を落ち着かせている状態だ。
「ユーキ殿は本当に知らなかったのだな。なのにあの場でシロ殿を一人城前に残すという判断を下せたのはどういうことだ?」
「ん? ……あっ」
セルピアの言い分を少しの間を使った後、理解できたユーキは声を漏らす。
シロをただの少女と思っていたのなら、アスデスを任せるという行為に矛盾が生じる。特別な何かを持っていると思っていない彼女に敵を任せられるのは男としておかしいのだ。
ユーキの念頭には自分より強いシオンの姉だから強いという考えが置かれていたのだが、それを踏まえても一人に任すというのは考え難い行動だった。
ユーキがそれに気付いた後にセルピアが二人に説明する。
説明を受けた二人は「確かにそれはおかしい」と同じような感想を持つ。
「よくよく考えればおかしな話だな。まあ結果無事だったんだからいいじゃねえか」
「そういうこと言ってるんじゃないと思う。多分、セルピアさんはもしもの場合を考えて慎重に動こうって言いたいんだと思うな」
「そこまで言いたかった訳ではないのだが……。まあそういうことだ。シルヴァ殿の言葉がもっともらしいのでそれで良い」
「すんごい適当だな! 当の本人であるシロはどうなんだよ? 自分の出来事が適当にまとめられて」
「ここでシロ関係ないと思うんだけど。まあ別にどうでもいいんじゃない? 単にユーキがシロのこと信じてただけでしょ?」
適当にまとめたセルピアにツッコミを入れるユーキ。そしてシロに話を繋げる。
シロはユーキの評価を美化し話をまとめる。ユーキはそれを聞き、得意げな顔で頷く。
「ユーキ、調子乗っちゃダメ!慎重にいかないといけないのは本当なんだから」
「シルヴァ殿もっと言ってやれ。ユーキ殿をここで良い感じで終わらしておくのは癪に障る。なんとなくだが」
「なんとなくで背中押すな! 信じてたのは事実なんだからいいだろ!」
またもツッコミを入れるユーキ。
シルヴァは元からの性格故の言葉だが、セルピアは自分の悪影響によるものだと感じると頭が痛くなるユーキ。
「ユーキ、集中して! それでセルピア様。シロが急ぐ時って全力?」
「今の俺が悪い?」
「全力が良いな。鬼化と魔装のどちらも使用してほしい。そして感覚でいいのだがあれが動き出す少し前に走り出してくれ。あやつは恐らくマナの感知も高いだろうからな」
シロがユーキに一喝した後にセルピアへ質問する。
なんとも言えない扱いを受けたユーキはシロに自分を指差し首を傾げるが、それも無視され話が続く。
「そしてユーキ殿もだ。どの道太陽でマナの回復はできるだろう。魔装に全マナ使ってもよい」
無視され少し肩を落としたユーキ。今ならあの時のアスデスがどれ程悲しかったか身に染みて分かる。
そんなユーキにセルピアが話しかけた。
「あの距離まで跳ぶんだよな? 魔装しても俺、そこまで跳べねえぞ」
「がっかりしすぎよユーキ」
力が抜けたような声で応答するユーキ。その様子にシルヴァが慰めの声をかける。
肩を落としててもしょうがないなと思ったユーキは背中を伸ばし、力を込めた言葉でもう一度言う。
「魔装したところで俺の脚力じゃあんな上空まで跳べねえ。そこんとこどうする気だよ」
「足場など作ってやる。と言いたいところだがここでは異能が使えん。自分で足場を作ってくれ」
最初期待したユーキだが最終的には「ええ…」と落胆の声を漏らす。
「セルピアが異能使えないこと若干忘れてたよ。土と雷で頑張るよ。屋根使っていいか?」
「後で私から謝っておこう。好きに使ってくれ。そしてシルヴァ殿。お主は例え太陽が消えても気を緩めないでほしい。そこを狙い教徒が襲撃する可能性があるからな」
「分かりました。周囲には気を配っておきます」
タイミング的には絶好の襲撃チャンスだなとユーキは頷く。
作戦全体の伝達は終わり、後は太陽が動き出すのを待つだけ。太陽の投下によりこの作戦の開始を告げ、一瞬で決着がつく。
その緊張感で太陽から目が離せない。
ユーキは家屋の屋根に乗り、スタート位置を上に取る。
自分の息が、緊張による体の震えや心臓の鼓動が煩くなる。集中すればする程反比例し自分の体は邪魔をする。
そう思っていると下から声が届く。
「ユーキ! もうそろそろだよ!」
「なんで分かんだよ?」
「太陽の膨張が止まったからだよ! さっきまでは一定の速さで膨らんでたのに今はもう止まってる。だから準備しておきなよ!」
ユーキにそう言うとシロの周りに電気が帯び始める。それと同時にシロの額に黒き一角が現れる。
それを上から見ていたユーキは驚きの声を上げる。恐怖というより好奇心を掻き立てられた声を。
「それが角か!? 思ってた色と違うけど」
「これは……ちょっと色々あってね。ごめんユーキ。集中させて」
ユーキの言葉を有耶無耶にして返したシロはどこか苦しそうであった。
鬼化とは感情を昂らせた状態だ。シロの場合は憎悪を募らせている。先のアスデス戦では憎悪の対象に殴りかかるというストレスの発散をしていた為、何ら問題なかった。
しかし、今はその捌け口が存在せず、感情のコントロールをしなければならない為、息が荒くなってしまう。
「シロ、無理しないでね」
「もう少しの我慢だ、シロ殿」
「大丈夫。まだ保ててる」
下にいるシルヴァとセルピアがシロへ声をかける。シロは言葉だけで返し、太陽を見つめていた。
「それじゃあ……行ってくる」
全身に雷を纏ったシロはその言葉を発した後、姿を消す。シロの姿が消えたと思うとそこには少しひび割れた道が続いていた。
「俺もか。魔装!」
シロに続き、ユーキも走り出す。脚には纏えるだけ雷を纏っている。
ユーキとシロ、二人が城に向かい走り出したことで魔女撃退戦が開始し、全てが動き出す。




