第一章2 『剣聖を名乗る青年』
路地で叫ばれたその声に返事を返すものは居なかった。
「まぁ、叫んだら誰かが助けてくれるなんて思ってなかったけど、実際に誰も来てくれないとちょっと悲しいな」
ユーキは、こんなよく分からない叫びを聞いたところでその声の主のもとへ行くような人が居ないことを実感する。
「誰かが助けを呼んでるってことはその人は危険な目にあってるってことだから、そんなところに不用意に近づく奴は居ないか。いっそのこと火事だとでも叫んでやろうかな」
そんな冗談を一人で言うユーキ。しかし、その後、
「火事だって言ってもみんな逃げるだけで助けてはくれないか。それに、そんなことしちゃったら捕まっちゃうかもしれないしな」
自分で言ったことを一人で訂正した。異世界に来てからのこの数時間で自分の独り言が激しくなったと感じるユーキ。
「前から多かったけど、こっちに来てからさらに増えたな。少なくする気はないけど」
と、また独り言を言うユーキ。その言葉と足音が聞こえたのは、ほぼ同時だった。
ユーキが入ってきた方の路地の入口から靴が地を踏む音が聞こえてくる。路地より大通りの方が明るいためまだ足音の主はちゃんと見えない。
最初は足の方しか見えず、徐々に上半身が見えていき、最後に顔が見えた。赤髪の青年がそこには立っていた。
「君かい?助けを求めているのは」
急に現れた青年にそう問いかけられたユーキは驚き、座っていた木箱から落ちそうになった。それを見て、青年は、
「大丈夫かい!?急にで驚かせてしまったね、すまない」
青年はユーキに対して、急に出てきて驚かしてしまったことを謝罪した。その青年の行動を見て、ユーキは、
「いや、そんなことで謝らなくていいよ。俺が勝手に驚いただけだし。それに俺の声を聞いて、ここに来てくれたんだろ?」
「確かに困っている人の声が聞こえたから来たんだけど……、それを抜きにしても許してくれるなんて君はいい人だね。」
「これ許すのってそんなに珍しい?俺はただ、声が聞こえて来てくれたから嬉しいだけなんだけどな。それよりお前が来てくれて助かったよ!誰も来てくれなかったし、お前が来てくれなきゃ俺はここで死んでたかもしれないよ……、あっ!ごめん!最初からお前だなんて失礼だよな」
ユーキは青年が来てくれたことに感謝した。そして、もし、この青年が来なかったらと考え、涙を拭う仕草をするユーキ。ユーキは、その後失礼な態度をとったことについて謝罪した。それに対して青年は、
「別に名前なんて良いよ。まだ、名前を名乗ってないしね。」
名前をまだ名乗っていないことを理由にユーキを許す青年。それを聞き、ユーキは、
「そっちの方こそそんな理由で許すのかよ。お前の方が心広いんじゃないか?」
「君には及ばないけどね」
「どんだけ謙虚なんだよ!尊敬するわ!」
「そうかい?ありがとう」
青年を褒めるユーキだったが、青年はそれをさらに上回りユーキを褒め、自身のことを謙遜する。そんな青年に尊敬の意を示すユーキ。その言葉に対して青年は爽やかに応えた。そこまで話した後にユーキは話を変えた。
「お前と話してると調子狂うな。まぁ、そんなことは置いといて自己紹介するか!」
「そうだね。お互い名前を知らないと色々と面倒だからね。じゃあ、僕から名乗らせてもらうよ」
青年が名乗ろうとしたのでユーキは木箱から立ち、その言葉に集中した。
「僕は【剣聖】オウルクス・ヴァル・バートス。剣聖の家系であり、聖剣に選ばれし現剣聖だよ」
意味の分からない単語が次々とオウルクスの口から言い放たれる。それらの単語を聞いて、ユーキは頭にはてなを浮かべ、首を小さく傾げていると、
「どうしたんだい?次は君の番だよ」
「ああ、そうだな。色々聞きたいことはあるけどそれは後から聞かせて貰うぞ」
そう言って、ユーキは気を取り直して自己紹介をしだした。
「俺の名前はクガ・ユーキ。空閑家に生まれ、そこから学校に通ったりとごく一般的な生活を過ごしてきた高校1年生。」
オウルクスが言ったことを真似して言ってみたユーキ。そして、ここまで言ったあと最後に一言、
「あと今、絶賛迷子中です!」
オウルクスが来たことで安心したのか元気よく言うユーキ。
「そうなのか。迷子中だったから助けを求めていたのか。しかし、それよりも気になるのは高校?だね」
「高校分かんねぇの?だったら中学校も分からないよな?でも、学校は分かるんだろ、聞かないってことは」
「ああ、確かに中学校も分からないね。学校は分かるよ。僕は通ってなかったけどね」
この言葉でユーキはこの世界に学校はあるが、中学校、高校の区別がないということが分かった。そんなことを考えているとオウルクスが、
「もしかしたら、この国に無いだけかもしれないね。だから、君がどこの出身か教えてくれないか?個人的にも職務的にも知りたいしね」
「やっぱりかオウルクス。お前、衛兵か」
ユーキはなんとなく気づいていた。オウルクスの服装と腰に差されている剣。そして、危険を顧みずこんなところに来たことを踏まえ、ユーキはオウルクスを警察的な人物、つまり、衛兵と考えていた。
ユーキは無意識の内に気づかれないぐらい小さく体を動かし、バックを隠す動きをしてしまった。その一瞬をオウルクスは見逃さなかった。
「おや?鞄の中に隠したい何かがあるのかい?」
「い、いや、そんなもん入ってる訳ないだろ……」
ユーキの言い方は更に怪しさを増す。
「それじゃあ、中身を見せて貰うよ」
そう言った途端、ユーキの視界からオウルクスがいなくなった。
「えっ!?消え――」
ユーキが目の前にいたオウルクスが消えたことに驚く間もなく、ユーキの後ろに立っていた。ユーキが後ろを向くとその手にはバックが握られていて、中身を確認しようとしていた。
「そういうことか。これが隠したかった物だね」
そう言って、バックの中からナイフを取り出した。それを聞いてユーキは、
「ああ、そうだよ。でもな、言い訳させてくれ。わざと持ってきた訳じゃないんだ。だから、捕まえないでくれ」
と、弁明する。そんなユーキにオウルクスは、
「別に良いよ。君のその言い訳が嘘じゃないことは目を見れば分かる。それに確かに僕の仕事は衛兵でこの国を守ることが仕事だよ。しかし、それは仕事中の話。実は僕今、仕事が休みなんだよ」
「えっ!?そんな理由で許しちゃうの!もうちょいちゃんと仕事しろよ」
ユーキは何故か助かりそうなのにオウルクスを諭した。そんなユーキにオウルクスは忠告した。
「確かにこの国では剣を持つことは許されているよ。でも、鞄の中に刃物を持っているのはもしかしたら怪しまれるかもしれない。だから、見つからないようにしなくてはいけないよ。じゃないと、さっきみたいになるよ」
「それを教えるためにあんなことを……。でも、あんなことは勘弁してくれ、心臓に悪い。」
そう言って、ユーキは心臓を押さえる仕草をする。その仕草を見ているオウルクスが話を戻した。
「話を戻すけど、君はどこの出身なんだい?」
その質問にユーキは一言で、
「大陸図があるなら一番東の国だ」
と、言った。ここには西洋風の建物しかなかったのでここをヨーロッパ付近と考える。そうすると、日本にあたる国は極東にあると考えられたので、ユーキは、そう答えた。
それを聞いたオウルクスの顔は驚きと疑問を隠せていなかった。
「この国より東の国は無かったはずだけど……、まさか消滅の地から!?……そんな訳ないか」
どんどん自分の世界に入っていき、声が小さくなっていくオウルクス。そんな彼にユーキは問いかけた。
「えっ?オウルクス最後なんて言った?」
「いや、気にしなくても良いよ。」
「そうか。なら、良いんだけど。それよりここが一番東の国なのか?」
ユーキはさっきのオウルクスの言葉で疑問に思ったことをもう一度確かめる。
「……確かそうだったと思うよ」
少し考えてからユーキの質問に答えるオウルクス。その答えを聞いて、ユーキはオウルクスの名乗りで気になることを聞く。
「なぁ、さっき言ってた”剣聖”ってなんだ?」
ユーキにとってはただ単純な疑問を投げかけたつもりだったが、オウルクスはそれを聞いて驚いた。
「えっ!? 君、本当に何も知らないんだね。君ぐらいの歳の子で普通に育ってたら、この国と言わず大陸中で知られてると思うけど。そう思うのは流石に自惚れすぎかな」
ユーキの質問によって最終的に自身を卑下するオウルクス。それに対してユーキは自身を更に卑下する。
「違う違う。俺が単にこの世界のことを知らなすぎるだけだって」
「僕のことを慰めようと……、君はどんなに優しい人なんだ」
オウルクスの中でのユーキの評価がどんどん上がっていく。ユーキはそのことを否定し、話を進めるよう頼んだ。
「いや、本当に俺が何も知らないだけなんだって。それよりその『剣聖』について話を進めてくれ」
「ああ、分かったよ」
オウルクスは頷き、ユーキに剣聖の説明をしだした。
「剣聖というのは称号であり、僕の異名でもある。そして、剣聖の称号を与えられる条件は僕の家系に代々伝わる剣聖の異能を受け継ぐこと」
ここまで聞いてユーキには新たな疑問が出てきた。
「剣聖の異能ってなんだ?」
「剣聖の異能というのは簡単に言うと剣の才を最大限に引き出すことが出来る異能だね。他にも異能はこの世界に存在してるよ。数はすごく少ないけどね」
ユーキが質問したこと以外のことも話してくれたオウルクス。ここまで話してオウルクスは、
「もう僕の聞きたいことは済んだし、恐らく君を助けることは僕には出来ない。だから、僕はここから立ち去らせて貰うけど良いかな?」
自分はユーキの助けになれないと言うオウルクス。しかし、ユーキはそんな彼に更に質問する。
「さっきは気づかなかったけど仕事休みなのになんでそんな服装なんだ? それに剣も。なんで差してるんだ?」
ユーキの目の前にいるオウルクスの雰囲気は一言で言って爽やか。髪は燃えるような赤色で、目はユーキの持つ石と同じ翡翠色に近い。顔は元の世界でもトップクラスだと思えるくらいに整っている。
服装はユーキも疑問に思うぐらい休みの日のものとは思えない服装だった。明らかに衛兵時の服装で白を基調とした制服であった。そして、一番ユーキの目をひいたのは腰に差される剣だった。柄は黒く、鍔と鞘には金を基調としている模様が描かれていて、鍔の真ん中に輝きのない赤い石が埋め込まれていた。
「この服を着ているのは、防犯が目的だね。さっきも言った通り僕は強い。そこにいるだけで犯罪が少なくなる。だから、この服を着ている。剣を持っているのもそれが理由だけど、それともう一つ。非常時に直ぐに戦えるようにするためだね。しかし、この剣はそんな簡単に抜けないんだけどね」
「簡単に抜けない? そんな剣持ってて意味あるか?」
オウルクスの外見の理由は分かったが、ユーキの疑問はオウルクスの剣に向く。その疑問にオウルクスは答えてくれる。
「この剣は我儘なんだよ。僕の意思は関係なく、剣の意思で抜けるんだ。僕が負ける可能性がある相手。つまり、この剣が必要な相手じゃないと抜けないんだ。けれど、この剣が抜ければそれ相応の相手でない限り負けない。だから、僕はこの剣を持っている」
「面倒だな、その剣。……ありがとう、色々話せて楽しかったよ」
オウルクスの剣のことを聞き、ユーキは率直な感想を言う。そして、色々話せたことを感謝した。その言葉にオウルクスは応えた。
「僕も楽しかったよ。……今の君を助けることはできないけど、また今度困った事があったら頼ってくれ。ユーキ、君は僕の友達だ。また君の助けを求める声が聞こえたら僕はまた駆けつけるよ。今度は衛兵としてではなく、友達としてね」
オウルクスのその言葉はユーキを安心させた。ユーキは異世界に来てから、ずっと一人だった。その時間が短いと言っても寂しかったのだろう。そんな時に言われた”友達”という言葉によってユーキは安心したのだ。
「ありがとう、オウルクス。ここでお前に会えて、ここにお前が来てくれて良かったよ。また、困った事があったらお前を頼るよ。今度は友達としてな」
この言葉をユーキが言った後、二人は路地に入ってきた方から大通りに出た。辺りが明るく感じるかのようにユーキとオウルクスは目を隠す。店を探しに行った時とは違い、しばらく薄暗い路地にいたせいだとユーキは考える。
「じゃあね、ユーキ。」
そう言って、オウルクスは服屋があった方へ歩いて行った。それを見てユーキはオウルクスとは逆の方へ歩いていき、
「じゃあな、オウルクス。また、逢う日まで」
と、オウルクスに向かって言った。オウルクスは一旦足を止め手を挙げて応え、ユーキも足を止め手を挙げた。そのやり取りを終えた後二人はまた歩きだし、二人の距離はどんどん離れていった。しばらく歩いた後ユーキは、
「店長だけじゃなく、オウルクスまで……、助けてもらう伝手が増えた。これで一応安心だな」
と、順調までとは言えないものの確実に事が前進していることに安心した。