第二章12 『真の初陣、新友と共に』
目に映る光景にユーキの体が硬直する。傷を負う騎士に背を向けるレクト。状況だけ見れば、レクトがやったことだ。
(いや、まだそうと決まった訳じゃ……。偶、居合わせただけかもしれねえ)
「な、なあ、レ――」
ユーキの呼びかけに目の前に立つ青年が振り返る。その手に持つ剣からは血が滴る。レクトは剣を振り血を落とす。
ユーキは目を背けられない現実に喉が詰まる。血だけで確定するのは嫌だったが、雰囲気がそう物語っているのだ。その事実を飲み込むしかない。
「…………」
レクトは黙したままで剣を構える。剣を向けられたことで事が確定する。
ユーキは唇を噛みながら、柄に手をかける。それがユーキの弱さを示す。柄を握りしめたのは右側に差す木剣。
「レクト、俺はお前相手に本気になれない。シルヴァ、ラック、ごめん。俺は傷つける覚悟を決められなかった」
俯くユーキにレクトが駆け寄り、剣を振り翳す。ユーキは急いで抜いた、木剣で防ぐが勢いは止められず、足をすり、後退されられる。
後ろに退けられたユーキにレクトは更に追い討ちをかける。ユーキも隙を見つけて攻めようとするが、覚悟のない攻撃はどれも決め手に欠ける。
一方は真剣を持ち、もう一方は木剣を持つ。手に持つ武器は戦いへの姿勢の表れである。
戦いにおいて躊躇いを持つ者を待つのは当然敗北であり、この戦いでどちらが有利なのかは明白である。
そのままユーキは防戦一方でレクトの攻撃を受け流し続けるが、攻撃が止む様子はない。
ユーキは苦戦を強いられる中、現状を整理する。
(これ、レクトの反抗じゃないよな。操られてるんだよな。つまり、止めるには解くか行動不能か)
考えることに意識を置いた為、手に入る力が一瞬抜ける。レクトはそこを逃さず攻める。
ユーキの手から木剣が抜け、右側の壁に音を立ててぶつかる。木剣が手から離れたことでユーキの意識が戻される。
「ラール・バーン!」
ユーキは木剣の方へ跳びながら火の最上級魔法を唱える。だが、放たれたのは人と同じくらいの火球。最上級と聞いて思う大きさではない火球は無意識を意識させる。
レクトはその火球を一振りで消滅させる。体を一切動じさせることなく。
ユーキは地に落ちた木剣を拾い、逆手で持つ。そして、レクトの方へ駆ける。
ユーキはレクトの数歩前で跳び、レクトのうなじを狙う。行動不能、つまり気絶させる為に狙う。
レクトの首周りは鎧によって守られているのである程度、力を入れても大丈夫だと思っての攻撃。
レクトは剣を持つ腕を後ろに回し、ユーキの木剣を防ぐ。後ろに回した腕を構え、レクトは着地するユーキに一撃。
「魔装」
ユーキは防ぐと共に火を木剣と両腕に纏わせる。ユーキの腕に燃える炎は先程の炎と同等だった。だが、ユーキはそれを見て口元を緩ます。
(やっぱりだ。俺はレクトに攻撃を向けるのを躊躇ってるんだ。つまり、自身に纏わす魔装は無意識の範囲外。戦えるぐらいの炎にはなる)
ユーキの仮説は上手くいった。そして、この行動にはもう一つ理由があった。
レクトは剣を交える度に木剣に灯る炎を吸収するはずという仮説だ。つまり、この前のように一気に埋めるのではなく、一手一手で積もらせる方法で吸収上限まで達させる。
魔法の威力が下がってしまう今はそちらの方が効率が良いと考えた。
ユーキの腕に炎が灯ると同時に心にも火が灯る。順手に持ち替えた燃える木剣をレクトに向ける。
レクトは防ぐが距離を取ろうとはしなかった。持つのは真剣と木剣だが、二人は一瞬足りとも気が引けない凄まじい剣戟を繰り広げる。
剣を交える度に魔装が剥がれるのを感じる。正確に言うと炎が吸われることを。その度にユーキは剣に炎を纏わせる。
ユーキの剣がレクトの首筋を捉える。レクトはそれを重心を後ろにずらし避ける。重心がズレたレクトに向け、ユーキは一歩前に踏み込み横に一振り。
だが、レクトは空いた左手でバク転し、避ける。そして、次はレクトが攻める。
レクトが斜めに剣を振り翳す。ユーキは後ろに避ける。レクトが剣を握り直し、先程の剣筋を逆からなぞるように下から振り上げる。ユーキは反応が遅れ、木剣で防ぐが弾かれる。
柄を握る右手を弾かれ、無防備な状態のユーキ。レクトがそこを突く。だが、その剣はユーキには届かなかった。
刀身を握るユーキ。レクトは顔色を一切変えないが、ユーキは嬉しそうに歯を見せる。
「やっとだ。やっと山になった」
ユーキの手に纏う炎が剥がれない。これはユーキが炎を無くなっては足してるのではない。ユーキは魔装の生成をもう止めている。
つまり、レクトの加護が上限に達したのだ。
レクトに振りほどかれないように、ユーキは刀身を握る手に力を入れる。そして、宣言と共に唱える。
「これでラストだ! ラール・ピュート!」
氷塊が生成され、レクトを飲み込もうとする。だが、レクトを捕らえることはできなかった。
決して威力が弱かったのではない。模擬戦時と同じ強さだった。変わったのはレクトだった。
レクトはユーキが呪文を唱えた時、力を入れるユーキの手を難なく振りほどき、上へ跳んだ。その一瞬の動作に氷塊は追いつけなかった。
予想通りに行かなかった時の動きの鈍りようは物凄い。ユーキの後ろに着地したレクトは縦に切りつける。ユーキは振り返る途中で右手に切り傷を付けられる。
「痛っ! ……お前、言い訳じゃなかったのかよ」
吐き捨てるように言った後、ユーキは氷を避け、後方へ距離を取る。だが、レクトが後退を許す訳がない。
逆にユーキは追撃を許してしまう。
ただでさえユーキの想像より強いレクトの攻撃が、切られた右腕に響く。左手に持ち替える間を与えずにレクトが迫る。
ユーキは避けるか魔装した左手で防ぐのみ。攻撃の要であった右手が使えない為、最初と同じ防戦一方となる。
心に灯った火も消えかける。そこにレクトの横蹴りが入る。受け身を一切取っていない体が壁に飛ばされる。鈍い音と共に体から力が抜け、魔装が解ける。
(一瞬、勝てるかもって思ったんだけどな……。平和な日本生まれの高校生が傷つけずに勝つなんて夢物語、無理だったんだよ)
自身を卑下するユーキ。一度始まってしまったこれを止めるには何らかの外的要因が必要だった。
ユーキの体から力が抜け、他の部分に集中がいく。その部分は耳。こちらに向かってくるレクトの足音。どこかで戦っているのであろう騎士たちの音。だが、これらより鼓膜を打つ音が一つ。ユーキを救う音が一つ。
横から聞こえる途切れそうな息。ユーキのものではない誰かの音。ユーキは顔を横に向ける。そこには先程ユーキが助け、レクトに切られた騎士が壁にもたれかかっている。
「まだ生きてたのか……。まだ助けられるのか……。まだ……救えるのか」
言葉を一人綴るユーキ。その時、ユーキの中で何かが変わった。一度消えた火が再燃する。
(ああ、そうだった。魔法はイメージでどうとでもなるんだったな。要は考え方を変えれば良かったんだよ)
連想ゲームのようにユーキの中では繋がっていく。他の者には理解し難く、不可解と言われるかもしれない。だがこの場ではユーキの中で繋がる。ただそれだけの事実で十分だった。
その時レクトがユーキに剣を振り翳す。だが、それがユーキに当たることはなかった。ユーキは詠唱なしに自然と火が灯った右手で剣を掴む。
レクトは危機を察知して後退する。ユーキは手を突いて立ち上がる。そして、曇りのない顔で言い放った。
「俺は覚悟を決めた! 傷つける為の覚悟ではなくレクト、お前を救う為の覚悟を!」
ユーキが言葉を繋げる度に腕の火が燃え盛り、火が炎に、炎が焱に、そして、最後に燚となる。
「ラック先生いわく、覚悟を決めた俺は強いらしいぜ」
ユーキは傍に落ちている木剣を腰の右側に差し、左の柄に手をかける。そして、レクトの元に駆ける。
レクトは剣を構え直し、迎え撃つ。操られていても感情的なものはあるらしくレクトの顔は引き締まっていた。
「はっ!」
炎で推進力が増すユーキは直ぐに自身の間合いに入り、重心を低くする。そして、下からナイフを振り上げる。ユーキがナイフを振り上げると共に爆発音が響く。
その爆発がユーキの剣を加速させ、傷を負う右腕に力を与える。レクトの剣はそれを抑えきれず、弾かれる。
腕を振り切ったユーキはそのまま無防備なレクトを三つの爆発と共に横、斜め、逆手に持ち替え、横と切りつける。
後ろに倒れかけるレクトに対し、ユーキは近寄り、背中を支え、燃え盛る左腕で一撃、追い討ちをかける。
ユーキの魔装の熱により先程レクトを捕り逃した氷塊が溶ける。
鎧を着けていても腹には入ったらしく、レクトは膝を突くが、震えながらも直ぐに立とうとする。だが、ユーキにはそれだけの間で良かった。
「これが本当のラストだ! ミール・ピュート!」
レクトは逃れようとするが、今回は先程のようにはいかず捕まる。
ユーキの詠唱により発生した氷塊は捕らえ逃した氷塊よりもちろん大きい。また、模擬戦時のラストを飾った氷塊よりも大きかった。
「これで俺が騎士団より強いことが証明されたな」
ナイフを腰に差すとユーキに纏わる炎が消える。炎が消えたユーキは壁にもたれる騎士に近寄り、手を翳す。すると、騎士の傷が消える。
マナの残りはまだ十分あるが、自身の傷は塞がない。これは一応この先の戦いを考えての節約だ。
騎士は直ぐに目を覚まし、立ち上がろうとするが、体に力が入らず、また壁に逆戻り。
「傷塞いだだけの応急処置だから、あんま体動かさない方がいいぞ」
「また助けてもらったな。レクトは?」
「喋るのもやめてほしいんだけど……。まあ、いいや、あれ」
ユーキは氷塊を指す。レクトを捕らえる為だけに態々、出し過ぎたなと指しながら思うユーキ。
「あの氷塊……レクトと模擬戦をしてたやつ――くっ!」
「ほら、言っただろ? 安静にしときな。今、助け呼んでくるから」
ユーキが体の向きを変え、他の騎士団員を探しに行こうとすると視界にレクトの幼馴染の騎士が映る。
「ユーキ! 氷が見えたから来てみたけど……。あの氷塊の中にいるのってまさかレクト?」
ユーキは浅めに頷く。リネアは顔色を変え、ユーキに歩み寄ると同時に声を荒らげる。
「何でそんなこと!」
「リネア、落ち着け! まずあいつは死んでない。操られてたから動けないようにしただけだ」
リネアの肩を押さえ、昂る気持ちを抑えるユーキ。リネアの顔色は徐々に元に戻っていき、肩に入った力も抜けていく。
「なあリネア、ここ頼めるか? 俺、他のやつを助けに――」
ユーキはリネアの肩から手を離し、この場を任せようとする言葉を轟音が遮る。その音の正体は……
「な、なんだ今の雷。音からして落ちたよな?」
「しかも多分、城の方に……」
二人は城の方を向いた後、お互いの顔を見る。そして、リネアから口を開く。
「あれって多分、魔法だよね? あんなのを撃てる新手がまだいるの?」
今は晴天。空を見上げても雷が発生しそうな雲は一切ない。つまり、今の雷は魔法によるもの。
「改めてこの人とレクトを頼む。俺は城の加勢に向かう。セルピアとかいたら大丈夫かもしれないけど」
「確かに。……分かった。ここは任せて!」
ユーキの言葉にリネアは苦笑いで答える。そして、少し間を開けて晴れきった笑顔でユーキの願いを聞き入れる。
「ありがとう。じゃあ、後は頼んだ」
ユーキはそう言葉を残し、その場を後にする。
城へ向かう道中、戦闘中の騎士は見当たらなかった。朝から始まった戦いは終盤に差し掛かっているようだった。
(そう言えば、アルマだ! だが、不自然だ。アルマが消えると共に……もしかしたら!)
道中敵に注意する必要がなくなったので、思考に入る。不確定ながらにもある結果が見える。
城の門が見えてくる。ユーキは両脚に炎を纏わせる。先程の炎と遜色ない火力だった。
ユーキの足が速くなる。そして、門の手前で地から足を離す。門を開ける時間が無駄だと考えたからだ。
門を越え、敷地内に入るとシロと誰かが戦っていた。城前にはセルピアが立っており、シルヴァの姿はない。
ユーキはシロと戦う男の背に勢いをつけた蹴りを加えてからセルピアの前に立ち、炎を消す。
「ユーキ殿! お主が戻ってきたということは外は一通り治まったのか?」
「いや、まだ分からねえ。俺は雷を見たから取り敢えず加勢に来た。それより今の現状どうなってんだ?」
シロは喋らない。目の前の男の動きに集中しているのだろう。ユーキに蹴りを入れられ、倒れた男が立ち上がる。
「急に蹴ってきて、その上謝りもなしにそのまま会話とは人としてどうなのでしょうか?」
薄い水色の髪に黄色い目。そして、印象的な白い正装をした男が両手を控えめに広げ、問いただしてくる。
「まあ、かくかくしかじかだ」
「すまん、今の俺にその意味は分からねえ」
「分からないのだったら、私に使うのではない」
セルピアはため息混じりに言った。ユーキは苦笑いで答える。セルピアはそれを見て更にため息をつき、説明する為に口を開く。
「ユーキ殿が発ってから数分後、シルヴァ殿がアルマ殿を探しに行った。私は一人で城前にいたのだが、先程、シロ殿が帰ってきてな。それと同時にあやつが来た」
「まだ無視しますか? もう人として終わってますね」
「……何でシルヴァこの敷地から出てんだよ! それとアルマだが、もしかしたらあいつ、敵かもしれねえ」
ユーキはセルピアの説明を受けて、少し考えた後、シルヴァの行動に物申す。そして、セルピアに移動中に考えた自分の仮説を伝える。
「まず、こんな時に姿を消すのが都合が良すぎる。アルマはシルヴァの部屋で寝てたから、多分、ラックが消えたのにアルマは関係してるはずだ。それとこれは関係あるか分かんねえがレクトが操られてたんだよ」
「レクトがか!? 大罪衆の下っ端程度にやられはしないと思うが……。レクトの相手でユーキ殿は遅くなったのだな?」
ユーキは頷いて答える。セルピアはユーキの考察を踏まえ、顎に指を当て、自分の世界に入っていく。
「確かにアルマ殿は不思議だった。それにユーキ殿の考えを加えると怪しいとしか言えないな。そして、レクトの件だが……。大罪衆で相手を操る術などと言われると最悪を想像してしまうな」
「もしかして、僕の敬い、尊び、尊敬するお方のことですか?」
「最悪って誰のことだ? って言いたいけどさっきからお前煩いな! 誰か知らねえけど話に割って入って来るな!」
セルピアに問いかけようと思ったが、シロと対する男が気になり過ぎて話を逸らしてしまう。
「やっと反応してくれましたね。さあ、早く謝ってください」
「ああ、それはすいません……って誰が謝るかよ! お前は誰だって聞いてんだよ!」
「初対面に対してお前はどうかと思いますよ? 礼儀はきちんとしておいた方がいいですからね。そう、僕のように」
「誰か分からないんだから仕方ないだろ! それにシロと戦ってるってことは敵だろ? 何でそんなやつに礼儀持たなきゃいけないんだよ!」
オウルクスとは別の意味で調子を狂わされるユーキ。早口気味に言うユーキに男は笑っていう。
「どんな相手にも礼儀は持つべきです。敵にも、もちろん味方にも」
「敵は知らねえが、味方なら分かるよ。親しき仲にも礼儀ありって言葉があるからな」
「その言葉、いいですね! どんなに親しくてもある程度の礼儀は忘れるべきではない。いい言葉を知ってるじゃないですか!」
「えっ?」
男の言葉で初めてこの世界に自分の知っていることわざがないことを知ったユーキ。レクトに言った時は通じている感じだったがニュアンスだけで受け取っていたことに気付いた。
この男が知らないだけということは考えられない。こんなにも礼儀だとか言ってる者がこの言葉を知らないはずないのだから。
「ユーキ、話の趣旨、変わってきてるよ」
戦闘においての緊張感が無くなってきたので口を開くシロ。その声でユーキが話を逸らしてしまったことを自覚する。
「そうだった。それで名前はなんだ?」
「名乗る時はまず自分からじゃないですか?」
「まだ言うか!? まあ、いいや。俺の名前はクガ・ユーキ。ロアノス邸の使用人だ!」
その理屈でいくと男から名乗るべきでは? とユーキは思うが、この調子でいくと更に会話が続いてしまうと思い、ユーキは名乗る。
「僕は大罪衆、七つの内が一つ、色欲の司教。アスデス・モートルです」
男が片手を前にし、礼儀正しく腰を折る。先程からの敵らしからぬ言動と装い。終いにはこの挨拶、逆に緊張してしまう。
だが、その緊張感の中、ユーキは思ってしまう疑問が一つ。つまらないことだがどうしても気になってしまう。
「……一ついいか? 最後の”です”は名前か? それとも語尾か?」
ユーキのこの疑問。これを放った瞬間、場の空気が静寂どころか凍りつくのを感じる。ユーキは言ってしまったことを後悔する。
だが、後の祭りという言葉があるように放ってしまった言葉は戻せない。そして、気になってしまったのもこれまた事実。
ユーキ側に立つ二人も声を失うと同時にユーキの疑問に共感している様子だった。
この空気を溶かすのは疑問を宛てられた当事者だった。
「最後の”です”は語尾です、ユーキさん。皆さん、何を固まっているんですか? 相手をちゃんと理解しようとすることはいいことですよ」
アスデスは微笑みながら答えた。
こんな気の抜けた会話からユーキの第二戦は始まるのだった。




