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新たな世界でニューライフ  作者: 黒夜叉
第二章 亡霊だらけの冥界
19/42

第二章9  『小さな初陣』

「オッセル、騎士らを地下に集めてくれ」


 セルピアが口角を上げたまま、オッセルに指示する。オッセルの姿はないが、見えないところで動いているのだろう。

 セルピアの声を聞くユーキの恐怖は、まだ消えない。消えるどころか増すばかり。


「セルピア…さん? 誰と戦うかは……」


「見てからのお楽しみだ!」


 恐怖から敬語になってしまうユーキ。そのユーキに先程よりもいい笑顔を見せるセルピア。

 楽しみにできる訳がない。ロアノス邸で認められる程度には強くなったが、たかが一週間の出来だ。

 セルピアの言葉から相手は騎士。戦闘のプロ。一週間が通じる訳がない。

 ユーキはため息をつく。そして、考え方を改めてみる。

 付け焼き刃だとなんだろうと、シロ、シオン、ラックが認めてくれたと。


「さあ、ユーキ殿、参ろうか。お主らも一緒に」


 シルヴァらは既にソファーから立ち上がっていた。来るなと言っても来る気だろう。


「行く気満々だな!? そこまで俺の負けを拝みたいか?」


 シルヴァたちの行動の早さに、負の感情を出して不平を言うユーキ。

 だが、帰ってきた返事はユーキの不安を消し去った。


「そんな訳ないじゃない。ユーキが頑張ってるのは知ってるし、その頑張りの成果を見たいもの」


「しーちゃんが教えたんだよ。負ける訳ないよ!」


「お兄ちゃんが強いかは分からないけど、頑張ってね!」


「僕が教えたんだよ。負けてもらっては困るよ。まあ、人間同士の戦いなどどうでもいいけどね」


 一つだけ首を傾げるものがあるが、ユーキの不安を晴らすのに、この四つの言葉は最適であり、強力だった。

 考えを改めてもそれはただの気休めにしかならない。だが、他人の言葉だとどうだろうか。自然と勝てる気が湧いてくる。


「最後のやつは何目指してんのか分かんねえけど、あんがとな。なんか勝てる気してきた。セルピア、行こうぜ!」


 四名のおかげで足が軽くなったのを感じるユーキ。真っ先に扉を開け、外に出る。そして、セルピアたちを急かす。


 セルピアに連れられるまま、地下まで行くユーキたち。地下にも何部屋かあり、その内の一つに入る一行。

 中は直方体のようになっており、床はレンガ。両側の壁には見物用に人が入れるスペースがある。

 ユーキたちが入ってきた扉の反対側には鎧を纏った集団がいた。


「あの人たち、全員騎士か?」


「ああ、冥霊めいれい騎士団、冥府やファントを守る者たちだ。この中のある男と一戦交えてほしい」


 ユーキはセルピアに再度頼まれ、騎士らを見渡す。並ぶ訳ではなく、自由に立っている集団。その中で一人、ガタイの良さにより存在感を放つ者を見つける。


「もしかして、あいつか?」


 確認の為、その男を指し、セルピアに尋ねる。もし、その男なら負けるなと勝利を諦めるユーキ。

 だが、ユーキのその心配は杞憂に終わった。


「金髪の男のことなら違う。あやつはダンテと言ってな、冥霊騎士団の団長だ」


 他と比べて、目立つ存在感。ガタイもあるが、団長故のものだろう。

 ユーキはもう一度、騎士集団の中を見渡す。

 だが、これと言って目立つ者がいない。団長の存在が強過ぎる。

 ユーキが探すのをやめたのを見て、セルピアが騎士らに向かって言う。


「レクト、前へ」


「はい!」


 セルピアに勢いのいい声で応え、前へ出てくるのは好青年。

 ライトグレーの髪に緑色の瞳。かっこいいと言うよりは爽やかが当てはまり、歳はユーキよりちょっと上に見える。


「姫様、俺に会わせたい人とはそこのお嬢さん…では、ないですね。そこの少年ですか」


「察しが良くて助かる、レクト。こやつと模擬戦を頼めないか? 中々にやるようだぞ」


 先程、ユーキに向けた笑みをレクトに対しても向けるセルピア。


「分かりました。と言ってもこれ、俺に拒否権ないですよね」


 レクトは少し考えた後、ため息をつき、頷くレクト。

 レクトもユーキと同じ誰かに仕える者。命令でなくても上に言われたことは無視できない。

 セルピアはレクトの最後の言葉に笑みをこぼし、「うむ」と頷く。

 セルピアとの会話が終わるとレクトはユーキの前まで歩き、口を開く。


「冥霊騎士団所属、レクト・エクロースです。よろしく」


「ロアノス邸で使用人やってます。クガ・ユーキです。こちらこそよろしく」


 レクトが差し出した右手に、ユーキも右手を出して応える。

 その自己紹介を見届け、セルピアがその場にいる者、全員に言う。


「レクト、ユーキ殿以外は皆、観戦だ。私に付いてこい。それとオッセル、あれを」


 セルピアに続き、シルヴァたちや騎士たちがユーキたちが入ってきた扉の反対側にある扉に向かう。奥に階段があるのだろう。

 そして、いつからいたのかオッセルが現れ、どこから出したのか、木製の短剣と短刀をいつの間にか手に持っていた。

 ユーキに短刀を、レクトに短剣を渡し、二人に一礼してからセルピアたちが入っていった扉に向かう。

 オッセルの動きにユーキのツッコむ脳が追いつかず、呆けてしまったユーキ。その姿を見て、レクトが思わず笑ってしまう。


「はは、オッセルさんって不思議だよな。俺でも時々、疑問に思う時あるし」


「レクト、お前、俺と同じ感じか。一応、場は考えて喋り方変えてたんだな」


 オッセルの件は考えても仕方ないと処理し、元に戻るユーキ。そこにレクトのタメ口。

 見た目とセルピアとの会話からですます口調かと思っていたユーキは少し驚く。


「それじゃあ、模擬戦、始めようか。相手の降参が勝利条件。禁止事項は……殺さない? かな」


「そりゃ、模擬戦だかんな!? 模擬で殺しオーケーだったら、本番との違いないだろ!」


 距離が近かった二人はある程度離れる為、真逆の方向に歩き出す。

 観覧スペースでは、シルヴァがセルピアに尋ねていた。


「どうして、ユーキに模擬戦を頼んだんですか? レクトさんが強くなる為だったら、シロやラック、最悪、私の方がいいと思うんですけど……」


「そやつら二人が相手じゃ勝てんだろ……。確かにこれはレクトの力になれば、と思って企画した。だが、これは理由の一つに過ぎない。ユーキ殿の力も見てみたくなってな。さて、レクトが一週間に負けなければいいが」


「もしかしたら、それもあるかもしれませんね」


 口元を綻ばせ、答えるセルピア。それに対してシルヴァもまた、口元を緩ませて返す。


「シルヴァ殿、私は先程、理由の一つと言ったがな、これはユーキ殿の為にもなると思う」


「えっ、なんでですか?」


「まあ、見ておれ。ほれ、そろそろ始まりそうだぞ」


 シルヴァの質問に含み笑いで返すセルピア。そして、シルヴァの意識を戦いへと向けさせる。


 ある程度離れた所まで歩いた二人。互いに向き合う。レクトは剣を構えず、ただ立っているだけ。ユーキはナイフを右手で逆手に持ち、構える。


「なあ、レクト。お前ってどれくらい強い?」


「どうだろ? まあ、強いんじゃないか」


 少し距離が離れたので、声を大きめに言うユーキ。少し考えてから他人事のように答えを出すレクト。


「冥霊騎士団では?」


「二番目、と言っても最近、団長と戦った記憶がないからさ。もしかしたら一番かも」


 レクトがうっすら笑っているのが遠くからでも分かる。

 団長の前でそんなこと言っていいのかと少しレクトのことを心配する。


(騎士団がどれくらい強いか分からねえが、レクトはその中でトップクラス。負ける気もしてきたけど、俺はやる! 俺が信じてるやつらが信じてくれてるんだ。理由なんてそれだけで十分だ!)


「行くぞ!」


 レクトに対する掛け声と共に、走り出すユーキ。その速さは元の脚力では考えられないものだった。

 ユーキは直ぐにレクトのもとに辿り着くが、まだレクトの体勢は変わらない。その余裕を感じさせるレクトの首元をナイフで狙う。

 だが、レクトは首を少し後ろにずらし、攻撃を避ける。ユーキは首を狙った勢いのまま右手を振り切る。勢いにより体が浮き、ユーキは空中で横向きの体を捻じる。そして、体を捻じる動きに乗せ、右足でレクトの頭を蹴る。

 しかし、それも空振りに終わり、ユーキは姿勢低めに着地。


「やろうと思えば、アクロバティックな動きもできるもんだな」


 自分に感心するユーキ。ここまでの動きができるのはただ鍛錬の成果ではない。

 体内からマナで身体能力を上げているからだ。シオンいわく、ほとんどの戦士はマナによる底上げをしているらしい。そして、慣れれば自然とできるようになるとも。

 魔装を使用しないのは燃費が悪いから。身体能力を上げるだけが目的ならマナの方がいいらしい。


「相手の目の前でお喋りなんて……随分余裕そうだな」


 上を見ると、レクトが腕を振り上げていた。もちろん、剣を手に持ち。

 ユーキが気付いた直後、レクトが剣を振り下ろす。ユーキはナイフでそれを防ぐ。そして、後方に跳び、レクトと距離を取る。


「余裕そうって……お前に言われたかねえよ!」


「俺は別に余裕ぶってた訳じゃなく、様子見だよ。戦いの基本だろ?」


 笑って言うレクトに笑い返すユーキ。字面の雰囲気は楽しそうだが、実際は殺伐とした雰囲気だった。


「次は俺から行くよ」


 静かに放たれた言葉。次の瞬間、レクトの姿がその場から消える。ユーキより明らかに速い。

 だが、ユーキの目では捉えられる。反射神経及び、動体視力は良かったユーキなら。

 レクトは連続で斬りかかってくる。ユーキはナイフを順手に持ち替え、全て受け流す。

 どちらも隙を見せず、攻防一体。木のぶつかり合いが音を奏でる。


「こんな代わり映えのないこと続けてても無意味だよ」


「じゃあ、こんなのはどうだ?バーン」


 ユーキは余っていた左手を開き、斜め下辺りに向ける。そこに小さな火の玉が三つ現れ、レクトに向かって飛ぶ。

 火の玉はレクトに着弾したものの威力が足りず、身じろぐだけだった。レクトは一旦、ユーキと距離を取る。


「まさか魔法が使えたなんて。言ってくれればいいのに――」


「能ある鷹は爪を隠すんだよ!」


 レクトが離した距離を一気に縮めるユーキ。順手のまま、一気に攻め立てる。

 荒く攻めたせいでユーキに隙が生じる。そこを突かないプロなどおらず、レクトが隙を突く。


「あっぶね」


 レクトの横一文字の太刀筋をしゃがむことで回避する。そして、そのまま跳び、レクトの胸板を踏み台に跳躍する。

 レクトは足で踏ん張り、倒れることを回避し、ユーキを見上げる。ユーキはレクトの斜め上辺りまで跳び、体勢を直す。


「もう一回! バーン」


 左手を虚空に横一文字で翳す。火の玉が五つ現れ、レクトに向かって飛ぶ。

 レクトは飛んでくる火の玉に対し、避けようともせず、納刀はしていないが、抜刀の構え。

 火の玉がレクトの間合いに入る。その瞬間、レクトの剣が半円を描く。優しく薙ぎ払うかのように斬られた火の玉は全て防がれた。


(なんだ今の。あの振り方で防げるのか? まるで消えたかのように……。まさか!)


 ユーキは着地したが、頭が追いついていない。それは顔にも表れていただろう。

 体に三発当てて、少し動かせる威力。強い訳ではないが、それを剣先で五発も防げるか。力も込めているようにも見えなかった。

 それを見たユーキにはある可能性が浮かんでいた。


「その顔、困惑してるな。話の途中で攻撃するからそうなるんだよ。ユーキが魔法が撃てることを隠してたように、俺にも隠し事がある。もう分かってるんだろ?」


「異能…って言いたいけど、数出過ぎてるから加護だな。さしずめ、魔法消去か吸収ってとこかな」


「ご名答! 俺は対魔の加護を持ってる。つまり、魔法は効かない。さあ、どうする?」


 対抗策を考えて、立ち止まるユーキ。レクトもなぜか待ってくれている。ヒーローの変身も待ってくれる優しい怪人のように。


「魔法は効かない、剣は実力差であっちに分がある。加護に何か弱点は?」


 声を出すことは考えやすく、ユーキの独り言が癖になったのもそれが原因だ。

 例え模擬戦であれど、これが初陣。負ける訳にはいかず、考える。ちなみにシオンとの模擬戦は入っていない。それを入れてしまうとユーキの勝率はやばい事になるからだ。

 考え込むユーキの耳に上からの声が入る。


「ユーキ、君、躊躇ってるでしょ?」


「どういうことだ?」


 突然の精霊の声に耳を傾ける。

 外野の支援は模擬戦的にどうなのかと疑問が湧くが、大丈夫だろう。レクトが何も言わないのがその証拠。禁止事項にもその項目はなかった。


「ユーキ、そこの騎士にバーン使ったでしょ? それも相手を怪我させないってイメージで。そんなので倒せるわけないじゃん。本気でいっちゃいな。相手は騎士だ。柔な鍛え方してないはずだから死にはしないよ」


 ラックの声で気付かされたユーキ。無意識的に相手を傷つけないようにストッパーを付けていたのだ。

 そして、最後にラックが不格好なサムズアップをしながら一言付け加える。


「本気でいっちゃえ!」


 遠くから見ると不格好さに磨きがかかるサムズアップ。だが、それはユーキの背中を押した。

 ユーキは笑みを浮かべ、レクトを見る。


「話は終わったか?」


「ああ、終わったよ。待たせてごめんな。模擬戦再開だ」


 ユーキは地に右手を突く。レクトはまたも特に体勢を変えない。


「ミール・ピュート」


 ユーキが唱えるとともに氷塊現れる。それは地を這い、成長し、レクトを目指す。

 レクトは剣を横振り。氷塊は消滅する。


「ミール・ピュート」


 ユーキはもう一度唱え、氷塊が出現。レクトはそれをまた一振りで消滅させる。

 その行程を何度か続ける二人。レクトが呆れて口を開く。


「この行動になんの意味があるんだ? 態々、氷の魔法連発して何がしたいんだ?」


「いやな、これは勘なんだけど、吸収系ってさ、上限あるじゃん?」


 これにレクトが驚いた顔。ユーキはため息をつき、また口を開く。


「お前、俺のこと、どんだけ下に見てんだよ。騎士様は皆、平等じゃねえのか? ……そんなに終わらせたいなら終わらせてやるよ。これでラストだ!」


 ユーキはレクトの元に走り出し、途中でレクトに左手を向け、唱える。


「ラール・ピュート」


 ユーキが唱えると今までと生成速度も範囲も段違いの氷塊が現れ、レクトを襲う。

 レクトは同じように剣を振るが全てが消えなかった。成長を続ける氷を上に回避しようとレクトは跳ぶが、その時にはもう遅かった。足が既に凍りついていたのだ。

 そのまま、レクトの半身は氷に飲まれた。ユーキは胸まで凍り、身動きできないレクトに飛びかかり、首にナイフを当てる。


「はい、死んだ」


「この魔法はずるくないか? それにユーキ、まだ隠してることあったな」


「なんのことだ? 俺にはちょっと分かんないなー」


 ユーキの反応を見て、レクトが少し笑う。ユーキもそれに笑い返し、レクトの周りを燃やす。

 ユーキは手を差し出し、レクトがそれを掴む。ユーキは腕に力を入れ、レクトを引き上げる。


「にしても、騎士が一週間に負けるってどうなんだ?」


「一週間? もしかしてユーキ、剣術習って一週間しか経ってないのか!?」


 ユーキは頷く。そして、レクトの言葉に付け加える。


「それと魔法もな」


「…………」


 驚きによって声が出ない様子のレクト。ユーキが強かったことに対してもだが、それに負けてしまった自分に対してもだ。騎士のプライドのようなものだろう。

 レクトは深くため息をつき、考えることを諦める。


「世界はまだまだ広いってことだよな。改めてよろしくな、ユーキ」


 レクトが清々しい顔で言い、手を差し出す。ユーキはそれに応じる。


「井の中の蛙大海を知らず、だな」


 ユーキとレクトは笑い合う。手には力が自然と入っていた。

 観覧スペースを見ると、誰もいなかった。


「ユーキ殿、素晴らしかった。一週間でここまでとは先が楽しみだな。ロアノスが置いておくのも分かる。……ここ、少々寒くないか?」


 セルピアが先頭で拍手をしながら降りてくる。その顔は笑みを浮かべていた。だが、直ぐに冷気に気付き、自身の腕をさする。

 ユーキが生成した氷塊は冷気を放ち、この空間の気温を下げている。

 他の者もレクトも寒そうにしているが、ユーキは感じない。これを感覚神経が終わっているのではなく、対象が自身でない限り、魔法発動者には魔法の効果が現れないからだ。


「やあっ!」


 セルビアの言葉を聞き、ラックが手を氷塊に向け可愛い掛け声。

 その瞬間、ラックを目とし、暴風が吹き荒れる。氷は粉々に砕かれ、消滅する。その場にいる者は各々、耐える。

 風が強過ぎ、アルマの体が浮く。ユーキは動こうとするが動けない。アルマが吹き飛ぶ姿がユーキの脳裏に浮かぶ。だが、その未来は訪れなかった。

 シルヴァが動き、アルマをキャッチ。それと同時に指を鳴らす音が聞こえ、風が止む。


「大丈夫?」


「うん! ありがと! お姉ちゃん!」


 アルマは怯える様子を見せず、笑顔で答える。シルヴァもそれに安堵の表情。

 シルヴァがなぜ動けたのかという疑問がユーキの脳内に一瞬浮上するが、直ぐに沈下する。シルヴァが動けたのはラックと契約しているからだと安易に予想できたからだ。


「ラック、直ぐに魔法を発動するのではない。氷程度なら私が消したのだが」


「あー、確かに。ちょっと先走っちゃった! てへっ!」


 これで許してとてへぺろするラック。猫がてへぺろするとこうなるんだなと新たな発見をするユーキ。

 ラックが可愛げのある声で謝るとセルピアの雰囲気が少し恐ろしくなる。


「無闇矢鱈に撃つのではないぞ。ユーキ殿も私の前でこやつと同じようなことをしてみろ。覚えておれよ」


「はははー、覚えてろだってさー、ユーキ」


 セルピアの含み笑いがユーキを凍りつかせる。セルピアの横では反省の色を見せないラックが笑っている。

 あんな精神力ならどんなに楽かとユーキはため息をつく。


「レクト、何負けてんの!」


 ユーキがセルピアに怯えている時、レクトと同い年程に見える少女がレクトの背中を軽く叩く。

 明るい赤茶色の髪に青色の瞳の少女。鎧を纏っているので、騎士団員だろう。


「うるさいな、ユーキは強かったんだよ! 時間なんて関係ない!」


 レクトは少し嫌な顔をし、その少女に言葉を返す。仲が悪いのではなく、いいからこその会話に見える。

 ユーキは二人のやり取りを意味ありげな目で見る。レクトはそれに気付いたので、ユーキはレクトの方に歩く。


「なんだ? その目は……別に俺たち、まだそんな関係じゃないからな!? ……こいつはただの幼馴染だよ」


 ユーキの目の意味に気付き、少し慌てた様子のレクト。少し間を空け、後ろに立つ少女を親指で指し、関係を説明する。

 まるで恋愛ストーリーのワンシーンのような光景をユーキはまた同じ目で見る。

 少女が一歩前に出て、レクトと横並びになる。


「実際、私とレクトの関係は幼馴染よ。あっ、私はリネア。さっきの戦い、凄かったね! レクトも一応、強いんだけどね」


 レクトの肯定から始まり、最後は物憂げな表情で締めるリネア。レクトが勝つと予想していたのだろうか。その表情を見ると勝ったことが悪いかと思わされる。


「戦ってみたから分かるよ。あれがいなかったら負けてた」


 シルヴァのそばでセルピアに説教っぽいものを受けてもまだなお、反省していないラックを指して言う。

 ユーキが指した時は、あまりの反省のなさにシルヴァからもお叱りを受けている最中だった。


「あっ、頭、鷲掴まれとる。まあ、シルヴァも怒るわな、あんなペット」


 父娘おやこの関係なのか、飼い主とペットの関係なのか。二人の関係は時によって見え方が変わる。今は当然、後者。


 ユーキたちはそんなラックを見て笑い合う。

 ほんの数秒後、笑いの中に何かに気付く別の音が交じる。二人分の。


「「さっき、”まだ”って言った?」」


 二人でレクトを指す。レクトは記憶を掘り出す為、片手で頭を押さえる。

 思い出せたのか元の体勢に戻り、二人に微笑みかけて一言。


「…………言葉の綾だ!」


「「フッ!」」


 レクトの一言に音が聞こえる程に吹き出してしまう二人。二人は恥ずかしがるレクトを見て、笑い合っている。


「エクロース! 負けたのだぞ! 悔しくないのか!」


 和気藹々とした雰囲気を壊す男の声。声がした方を見ると、冥霊騎士団長のダンテがいた。


「悔しいよ。でも、それとこれは関係ない。それと団長、あなたでもユーキには勝てませんよ」


「ハッ! 二番手のお前といい勝負をする者になぜ負ける」


 レクトの言葉を鼻で笑い、否定する。いつしか話はダンテがユーキに勝てるかの話に変わっていた。


「だが、まあいいだろう。クガ…は言いにくいな。ユーキ…も違う! セルピア様が敬意を持ち、接する相手だ。俺もユーキ殿でいかせてもらおう!」


「どうぞどうぞ、ご自由に。呼び方なんてなんでもいいよ」


 ダンテは呼び方を何度か考え直し、セルピアと同じ”殿”に落ち着く。

 セルピアは誰にでも同じだろと心の中で思いながら、ダンテの受け答えをする。適当に流そうとしているように聞こえるが、そんなことは微塵も、決して、断じてない。


「ではユーキ殿。エクロースの申すことが本当か試そうじゃないか。もちろん、実践して」


 同意を求める為、ダンテが片手を差し出す。ユーキはその手を見て、少し考える。そして、正面を向き直す。答えが決まったのだ。


「嫌だ。俺に得ないし。昼ごはん食べたいし、疲れたし、戦いたくないし、エトセトラ。もし勝てるか試したかったらレクトとやればいいじゃねえか。負けたら無理だよ」


 ダンテの手には応えず、その言葉を後にし、ユーキはセルピアの方に歩いていく。

 ユーキの理由は後半はただの我儘だったが、解決策は一応、成り立っていた。

 ダンテはポカーンと呆けて、立っている。レクトは笑みをリネアは微笑を浮かべる。


「あれ、見かたによっては傲慢だな。いや、怠惰か?」


「さあ? でも、頑張ってね。レクト」


 リネアの言葉に頭にはてなを浮かべるレクト。リネアはまだ固まっているダンテを指す。


「だってさー、今の団長。フラれた感じでしょ? じゃあ、その気持ちが次にどこに向かうか考えてみてよ」


 レクトは考えようとしたが、考える前にリネアの予想が現実となった。


「エクロース、後で俺の元に来い。ユーキ殿の言った通りに事を決めようじゃないか」


「ユーキ! 覚えてろよぉおお!」


 先程までのダンテに対する威勢はどうしたのか、レクトは叫ぶ。


「あ、あれ、レクトさん、どうしちゃったの? ユーキ、なんで笑ってるの? もしかして、何かやったんじゃ」


「何もやってねえよ。あれはあいつの自業自得だ。そんなことよりもセルピア。昼ごはん食べたい」


 シルヴァの問いかけを流し、レクトのことを話題から消す。そして、セルピアに切実な願い。

 表面上ではレクトなど知らんという感じだが、内心では、後で見に行けたらなぁと考えているユーキ。


「そうだな。オッセル、支度を」


 セルピアは少し笑いながら頷き、オッセルに短く要件を伝える。

 オッセルは先に地下室から姿を消し、ユーキたちもその後に騎士たちと別れを告げる。

 扉が閉まる時、ユーキの目に映ったのはレクトが体を硬直させている姿だった。

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