第二章1 『ロアノス邸訪問』
竜車の客車の中にいるユーキ。その眼前で歓迎ムードの一人と一匹。だが、ユーキの目を奪うのはその二人よりも後ろに建つ巨大な屋敷だった。
「あの、歓迎してくれてんのは嬉しいんだけどちょっと反応できねぇ。目の前の光景に圧倒されてる自分のせいで」
歓迎の感想を二人に言いながらユーキは客車から地面へジャンプする。
ちゃんと足を揃えて両手を掲げ、Vの字で着地するユーキ。体操選手並の着地の綺麗さだった。
「ユーキ、急にどうしたの? なんか変な格好して。まだ夢だと思ってるの?」
「そっちこそさっきまで歓迎ムードだったのに急に変わったな! 着地する時はなんかしちゃうんだよ。多分、癖的な?」
最後誰かに問う訳でもなく疑問形で返すユーキ。着地時の癖の説明の他にもう自由に言葉を使おうという気持ちがこの発言には隠されていた。
ユーキの問いかけには当然、誰も答えず”ムード”という単語にも反応する人はいなかった。
次に口を開いたのはメイドの少女だった。
「それではシルヴァ様、大精霊様。しばしお待ちを」
シルヴァたちに一礼し地竜の手綱を握る少女。そして、竜車がどこかに走っていって数分経つと少女が一人で歩いてきた。
少女は屋敷の玄関まで歩くとシルヴァたちに向かって言った。
「お待たせしました。それでは行きましょう。お連れ様、お荷物持ちましょうか?」
「じゃあ、お言葉に甘えておね……。ごめん。やっぱ自分で持つわ」
「そうですか」
少女の問いかけにユーキは一瞬甘えようとしたが鞄の中身を思い出し鞄を差し出す手を止めた。
ユーキが少女の優しさを断った後、少女は屋敷の大きな両開きの扉を開きユーキたちの先頭を歩いた。屋敷内は土足だった。
(危なかったぁー。鞄の中身、特にナイフなんて見られでもしたら怪しまれるぞ。オウルクスは帯刀OKって言ってたけど鞄に入れてるから隠してるとか言われたら言い逃れ出来ないし、出来れば見つからないようにしたいな)
心の中で胸を撫で下ろすユーキ。この世界での考え方が分からない以上どんなことにでも細心の注意を払う必要があるとユーキは考える。
そのやり取り自体が怪しまれる原因になると気付くのはもう少し時間が経ってからだった。
ユーキの鞄を見てシルヴァが質問をする。
「ユーキってその…色々珍しいわね! 服装とかその鞄だって初めて見る形だし。どこ出身?」
「えっ!? 今かよ! 普通そういうのって出会って初めの方の会話じゃない?」
シルヴァの今頃と言わざるを得ない質問にツッコむユーキ。だが、敢えてシルヴァの後半の疑問には答えなかった。
シルヴァの質問にラックも乗っかる。
「確かに僕も思ってたんだ。見た目も言ってることも怪しかったけど不審者とは思わなかったね。不審者の方がまだ怪しくないって思えるぐらい怪しかったからね」
「怪しくて悪かったな! 俺も怪しくなりたくて怪しくなった訳じゃないんだよ!」
普通のことを声を大きくして言うユーキ。怪しかったからこそ怪しくないと思われたことに少しため息をつく。
「ユーキって結局、どこ出身なの?」
「……」
ユーキが逸らそうとした話をなぜかもう一度戻すシルヴァ。
ユーキはもう一度質問されるとは思っていなかったので言葉に詰まり無言。しかし、何か答えないといけないと思考を巡らせる。
(ここで本当のこと言ってもいいけどオウルクスの時、反応悪かったからな何か問題ありそうだし……。じゃあ、嘘って言っても罪悪感が……。この状況なら黙秘かな。シルヴァなら大丈夫なはず、多分)
「ごめん! それは言えない。怪しいと思うならここで追い出してくれても……」
「そんなことしないし言えないならそこまで! 余計な詮索はしないわ。言える時に言って」
「ありがとな」
シルヴァの対応にユーキは感謝する。
ユーキの感謝したすぐ後にメイドの少女が両開きの扉の前で立ち止まる。
話しながらであったが途中に階段を上り数階上がったのでここは恐らく三階以上。ちなみに屋敷の外観から何回建てかは推測できなかった。というよりユーキは数えようと思わなかった。
少女は立ち止まった後扉をノックし応答を待たず開いた。
「シルヴァ様、大精霊様、そしてお客様を連れただいま戻りました、ロアノス様」
「おっ! おかえり、シオン。お客様ってのはそこの少年かな?」
シオンと呼ばれる少女が開いた扉の奥に座っていたのはロアノスと呼ばれる男だった。
部屋は一組の机と椅子が置かれており後は装飾系の物のみ。机、椅子はアンティーク風の物で特に見る目のないユーキでも高そうに見えた。雰囲気を分かりやすく伝えると皆が思う校長室。
「お初にお目にかかります。私の名前はクガ・ユーキです。色々と事情があり屋敷に参りました」
場の雰囲気に呑まれ敬語バージョンの自己紹介で答えるユーキ。それを受けたロアノスが制するように手を上げ応える。
「別に良いよ普通で。私はどうも堅苦しいのが昔から苦手でね。それでユーキ君、事情とは何かな?」
「普通でいいならお言葉に甘えてそれでいかせてもらうよ。それじゃっ、改めて自己紹介! 俺の名前はクガ・ユーキ。金無し、知識無し、帰る家も無しと絶望的状態にある普通の少年だよ」
「どうやったらそんな状況に陥るのかとても気になるね。というよりその事情抱えてる時点で普通じゃないよ」
ユーキの駄目さ全開の自己紹介を聞いても引かず逆に興味を持つロアノス。
ユーキの自己紹介を何度か聞くシルヴァはユーキに問いかける。
「ねえ、ユーキのその自己紹介ってどれくらい種類があるの? 毎回変わってる気がするんだけど」
「特に種類とかないよ。毎回忘れてるだけ。適当でもそれなりに自分を紹介出来ればそれが自己紹介になるんだよ」
シルヴァはユーキの回答を受けキョトンとした顔をする。ユーキの考えを聞いたロアノスは笑った。そして、ユーキに言った。
「確かにその通り! 君、面白いね。気に入った! 家が無いならこの屋敷に住むといい。あっ、もうこんな時間か。この話は一旦止め! 先に食事にしよう」
ロアノスがある方向を見て言う。ユーキもそれにつられロアノスの視線の先を見る。
そこには元の世界同じような掛け時計があった。短針、秒針はなく長針のようなものしかなかった。しかし、ユーキを一番驚かせたのはそれではなく書かれている数字だった。
(ほんとに意味分かんないな。英語も通じるのと通じないのがあるし、数字はなぜかあるし、まるで誰かが適当に決めたみたいな感じだな。……ん? これあんま考えない方がいいような気がする)
これ以上踏み込んではいけないものを感じ考えるのをやめるユーキ。
時計の見方は一緒と考えて時計見る。時刻はいつの間にか七時と夕食時だった。
ちなみにユーキの家、つまり空閑家は他の家庭より夕食の時間が遅かった。なのであまりお腹が空いている訳ではない。昼食が遅かったのも理由だ。
「分かった。けど、今メイドが帰ったってことはまだご飯出来てないだろ? どこで待っておけば良い?」
「いいや、大丈夫だよ。もうシオンは食事を作るために調理場に行ったし、こんな屋敷にメイドが一人な訳ないじゃないか」
ロアノスの言葉を聞き、部屋を見渡す。そこにメイドの姿は無かった。
そして、後の言葉にも納得する。
こんな大きさの屋敷にメイドが一人な訳がない。掃除でさえ一日がかりの途方もない重労働と化すような屋敷だ。メイド十人ぐらいでやっと仕事が回るのではないだろうか。
「確かにこんな屋敷にメイド一人な訳ないな。どれくらいなんだ? 言ってみ?どんな人数でも驚かないから」
先生が生徒から事情を聞くノリで言うユーキ。しかし、次のロアノスの言葉に驚愕する。
「二人だよ」
「はぁああああっ!」
驚き方が凄すぎてもはや驚いている様に聞こえない声。
部屋内にいる者はユーキの声で驚いた。驚きの声がさらに驚きを伝播させていった。
しかし、ユーキが驚いたのにも分かるものがある。この広さの屋敷にメイドが二人だけ。ロアノスの「一人な訳がない」という言葉とユーキの見立てから十人はいると考えていたので予想を裏切ってきた。
「いや、十人でも少ないからな! だから何十人単位でいると思ったから多い方は覚悟してた。まさかそっちか!」
ユーキの驚いた理由を解説する。それを聞いたラックが口を開く。
「ほんとだね。こんな屋敷にメイド二人って改めて考えるとおかしな話だね」
続いてシルヴァも口を開く。
「でも、まあ……。あの二人は家事を極めてるからね。二人でも時間余ってるし」
シルヴァの発言を聞きユーキは全身を使い驚きを表現する。
「マジかよ。あのメイドの子、そんなに凄いのか……」
口を手で軽く覆い言うユーキ。もう驚きを通り越し感心に近い感情を覚える。
「その”マジ”っていうのは何かな?」
「あっ、そうなの。ユーキ時々変な言葉使うのよ。聞いたこともない言葉。さっきもむーど? だったっけ。よく分からなかったし」
ロアノスからの質問とそれに乗っかるシルヴァ。
ユーキの使った”マジ”のせいで話の話題がメイドからユーキに変わった。
「マジってのはほんとにみたいな意味で使ってると思う、多分。ていうか、俺と会話してたら時々分からない言葉出てくるだろうけどほんとに分からない時だけ聞いてくれ。何となくで通じれば良いから」
「つまりマジで分からない時だけ聞いてってことだね」
ラックが早速使い、「こうでしょ」と言わんばかりの顔をする。
「ああ、そんな感じで使うやつだよ」
「さて、もうそろそろご飯出来てるだろうし部屋に向かおう」
話が一区切りしたと考えたロアノスが部屋を出る。それに続きユーキ、シルヴァ、ラックも出る。
ロアノスを先頭に少し前上がってきた階段を下る。そして、そのまま付いていくと一つの両開きドアの前で止まった。
その扉はロアノスの部屋の扉とは違う物だった。恐らく重要な部屋は扉の種類が少し変わっているのだと思われる。
ロアノスは両手で扉をゆっくりと開く。その姿になぜかユーキはここに来た時のことを思い出す。こことは屋敷ではなく世界のことだ。
(どうして今あの時のことを思い出す? あんまり考えたくないんだけど)
あの時元の世界へ帰りたいという気持ちを完全に払拭出来た訳ではない。今のユーキには目を逸らすことしか出来ないのだ。それしか対処の仕様が無いのだ。
しかし、なぜ今思い出すのか? という疑問もあった。
扉を開いたのが理由なら何度か起こっているはずだし、他に思い当たる節がない。
「ねえ! ユーキ、なんで進まないの? 何かあった? 先に行くわよ」
後ろから聞こえるシルヴァの声。その声によって現実に引き戻された。
前を見ると先程まで握りこぶし三個分程前にあったロアノスの姿が無かった。
「ああ、すまん。なんか昔のこと思い出してよ」
「これまたなんで急に。でもじゃあ、また時間あったら聞かせてよ。ユーキの昔の話。出身地は教えてくれなかったし」
「いや、それはその……色々あるだろ? でも、まあ昔話ぐらいだったらいいかな。図書館のお礼だ」
「うん! 楽しみにしとく」
ユーキに向かって満面の笑みで言うシルヴァ。ユーキはそれに胸を撃たれた。自身の耳にズキューンと聞こえる程に。
しかし、直ぐにその気持ちは消えた。後ろでにやける一匹の猫が目に入ったからだ。
「ああ、楽しみにしとけ。面白いかは保証しないけどな。でも今は飯だ!」
そう言い部屋に駆け込むユーキ。それを追いかけるようにシルヴァ、ラックが入室。
中には大きな食卓が一つと椅子がそれにあわせ並んでいた。ロアノスは当然ながら席に着いていた。もちろんど真ん中の上座だ。
「えっと、俺はどこ座ろっかなー」
人差し指で席を指しながら言うユーキ。そのユーキに死角から声がかけられる。
「基本的に席は決まってるよ」
その声は女性の声だったのでロアノス、ラックの可能性は無かった。だが、シルヴァ、メイドの少女つまりシオンでも無かった。そこから導き出される答えは
「もう一人のメイドか」
そう言い声のする方を見る。そこにはサイドテールの少女がいた。
どこかで会ったことがある雰囲気。記憶の中で脳内検索をかける。しかしこちらに来たのも約半日前。出会った人数もそう多くない。
なので元の世界の誰かと似ていたのかな? と考えるが生憎金髪の知り合い等いない。
考えているユーキにその少女が言う。
「君、私はメイドじゃないよ」
「あっ、そうなの」
少女の言葉に反応した瞬間ユーキは気付いた。
”君”という言葉で全てが繋がった。別に君と呼んだのが一人という訳ではない。君と呼んだ声があの時と重なったのだ。そう、あの屋敷の声の主と。
しかし、ユーキは気付いたが何も言わなかった。第三者がいる前では言いにくかったからだ。
「じゃあ私は座るわね」
後ろからシルヴァが言った。そして、ロアノスが座る側に一席空け座る。
ラックは机に座っていた。
サイドテールの少女もシルヴァの反対側に座った。つまり、ロアノスとは一席空いている。
それを見てユーキは一言。
「ロアノスって嫌われてんのか?」
どう見ても嫌われている構図。ロアノスのみ間を開けられている。
「いいや、僕は嫌われてなんかいないよ。ここは予約席なんだよ」
「いや、被害者側が何言ったって一緒だぞ。まあ、信じたくないだろうけどーー」
「嫌ってるのは置いといてそこに座る人は決まってるわよ」
ユーキの言葉の途中で発言するシルヴァ。
予約席なのは本当らしい。最初の言葉の方が気になるが。
「ふーん、じゃあ俺はシルヴァの隣でいいか? 慣れてる人の隣が良い!」
「ああ、良いよ。シルヴァ君もそれで良いかい?」
「うーん、良いわよ」
少し間を置いて答えるシルヴァ。その間にユーキは一抹の不安を覚える。
「えっ、なんで今考えたんだ? 嫌か?」
「ううん、特に理由はないけど」
首を横に振るシルヴァ。その反応に一応安心するユーキ。そして、シルヴァの隣に座るとメイド服を着た二人の少女が部屋に入る。
「食事をお持ちしました、ロアノス様」
とても揃った声。それにロアノスは応答する。
「それじゃあ、配ってくれ」
その声を合図とし料理を配膳する二人。
基本見た目は元の世界のものと同じだった。使われている食材は分からないが美味しそうではあった。
配膳後二人は空いていたロアノスの隣に座った。
(予約席ってあの二人か)
「それじゃあ、全てのものに感謝を、いただきます」
ロアノスがそう言い手を合わせる。他の者も手を合わせる。ユーキもそれに合わせて手を合わせる。そして、周りとは別でユーキが一言。
「いただきます」




