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 相変わらず、夕方、帰宅するとインターホンが鳴って、ランドセルを背負ったあおいが部屋にやって来る。あおいはほぼ毎日に近く、行幸の部屋に入り浸っている。

 ――親が知ってるんだとしたら、絶対、止められてるよなあ。あおい、親に私のこと一切話してないんだな……。

 行幸も行幸で、あおいのことは特に誰にも話していない。わざわざ言うことではないし、言ったら言ったで、不審者と思われるのは確実だろう。

 秘密の共有、ということでいいだろうか。

「……僕たちは共犯だから」

カメラ越しに、あおいに向けて呟いてみる。あおいは黙って首を傾げている。行幸の声を聞き取れなかったのか、聞こえていても言っていることがピンとこなかったのか。

 別に、いいよ。頭で分かってなくても、あおいが自分の共犯になることを選んでくれてるのだとしたら、うれしい。

 行幸とあおいは同じ空間にいるが、行幸があおいにカメラを向けている時の他は、大抵各々勝手に過ごしている。行幸の方は大抵パソコンに向かっている。

「……それ、何してるの」

こういう時あおいは大人しくほとんど何も話しかけてこないのだが、珍しく行幸のしていることに興味を持ったようだった。

「アルバイト」

「それが?」

「ネットの記事書くの。で、そのための情報源も、ネット。くだんない仕事だよ」

「ふうん」

初めてあおいが自分のことを聞いてくれて、行幸も今更ながらあおいが手にしている物に気付いた。

「きみが本とか読むのも、僕からしたら意外だったけどね」

「なんで。俺だって本ぐらい読むよ」

「だって、なんていうかさ、きみって世の中の大抵のものには興味なさそうな感じがするんだもん」

あおいは何も答えなかった。

「ねえあおい。パラレルワールドって分かる?」

「?」

「その同じ作者の本で、そっちはもう絶版になったらしいんだけど、中学生くらいの時に読んだのかな、それに書いてあった。パラレルワールドは実在するらしい。そもそも宇宙ってやつは、誕生の瞬間から分裂を繰り返してて、だから、僕たちが住んでるんじゃない方の、片割れの宇宙っていうものも存在する。人間だって同じだ。人は、毎日毎日、いろんな選択を繰り返しながらじゃないと生きられない。例えば昼にカレーを食うかラーメンを食うかで迷って、カレーを選んだとしたら、今僕がいる世界では、僕はカレーを食べているけど、その隣に、僕がラーメンを選んだ世界、つまりパラレルワールドができる。これは日常の小さな選択だけど、もっと大きな選択だってそう。今の大学じゃなくて、もしあの大学に入ってたら、あの高校に通っていたら、もしあの街に生まれていたら……気が付けば、僕が歩いてきた道の後ろに、僕が選ばなかった可能性でできた無数のパラレルワールドができている。だからねあおい」

「え」

「世界は一つなんて嘘だ。それに」

「うん」

「自分が一人しかいないっていうのも嘘だ」

「そうなの?」

「だって、僕が今こうしてきみに見せているのとまったく同じ顔を、きみ以外の人間の前でも見せていると思うか?きみだって、僕から見えないところでは、僕の知らないきみの顔をしてるんだろう」

「それは……」

「いいんだよ、それで」

「え」

「僕がたくさん持っている世界のうちの一つが、誰かがたくさん持っている世界のうちの一つと、その端っこ同士でもいいから、重なれば、僕はそれでいい」

あおいは自分と大して目も合わせずに語る青年の横顔を見上げた。子供の瞳の中に自分が入っていることに、その瞳の輝きに、青年は気付いていない。


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