2.良い人…?
そんなことを話している内だ。
視界の左下の方に、母からの着信を知らせるウインドウが表示された。
「ちょっと出ても良い?」
「お気になさらず」
「ごめんね、ありがと」
短く謝って感謝も述べて、私はチョーカーのスリーブを解除した。
瞬間、視界いっぱいに広がるウインドウの数々。
メール、デフォルトであった無料のゲーム、アプリ類、そして件の発着信履歴欄。
指先でそれをタップすると、眼前には"受信"と"拒否"の文字が現れた。
内一つにまた指先で触れて、私はもしもしと応答した。
『あー百合? ごめんなさい、高校の頃の友達がこっちに来てるみたいで、夕飯に誘われちゃったんだけど』
「良いよ、せっかくだから行って来て。勝手にやっといたら良いんだよね」
『今、外に出てるんでしょ? たまだし、百合も外食なんていうのも良いんじゃないかしら』
「お財布と相談するよ。うん。うん。はーい、じゃあね。気をつけて」
最後に『あんたもね』と聞こえた声に頷いて、チョーカーの電源を落とした。
そうしてふぅと一息ついていると、隣で穏やかに微笑みながらこちらを向いている秋月君の視線に気がついた。
何、と尋ねるや、
「いえ、とっても仲がよろしいようでしたから。すいません、漏れ聞こえてしまって」
「それは別に良いんだけど……秋月君って、隠し事とか嘘って出来ない人?」
「苦手ではありますね、すぐにバレてしまうので」
何か過去に面白おかしな失敗談でもあるのか、彼は苦く笑いながら頭を掻いていた。
少し面白そうだからとつついてみようかな、と、そんなことを思っていた矢先、彼の方がふと「あ、でも」と呟いた。
「僕今、百合さんに一つ嘘をついていますよ」
「え、何、何だろ……実は人にお花とか見えないとか!」
「それは本当です。えぇ、本当なんですよ」
「うーん、分かんない。ヒント」
「この間お会いしてから今までの会話の中に」
「そりゃそうだよ! じゃなきゃ嘘って言わないよ」
「ははは、違いありませんね」
何だか遊ばれている気がしてならない。
そんなことを思いながら頰を膨らませていた私だったが、ふと母との電話のことを思い出して、私は「そういえば」と会話を切り替えた。
聞こえていたのなら、私が暇になってしまったことも知っていよう。
ならばと、一人でどこかに行くのもあれだから、何となく彼も誘ってみようと思い立ったのだ。
「予定、ですか。特に何も。実を言うと、と申しますか、僕も今日は一人で行動中なので。そういったお誘いであれば、僕も望ましいところです」
「そ、そっか…うん、迷惑じゃなくて良かった。あーでもごめんね、いきなり」
「何も謝るところはありませんよ。お互いウィンウィンなら、いっそ大いに喜んでしまった方が楽しいですから」
「うーん…あのさ」
「はい?」
尋ねずにはいられなかった。
「秋月君って、ひょっとして凄く良い人?」
「そんな。ですがそれなら、少なくとも、今の発言に裏表なんて無いと敢えて明言しておきましょう」
そう言うと、彼は気さくに笑って筆を置いた。