寡黙な男
男は寡黙な性格だった。
警備会社に勤め、与えられた仕事を着実にこなす真面目な会社員。
タチの悪い上司や残業に対して文句一つ言わず、黙々と働く姿から「社員の鑑」と敬われていた。
一方で飲み会などには参加せず、「この人に生き甲斐や趣味があるんだろうか?」と彼の人生矜持を心配している者もいた。
「人間的に薄い」と表現するのが最も彼の特徴を捉えているのだろうか、つまり言葉に当てはまるまでに至らないくらい彼には何もないのだ。
言葉の意味よりも淡い色にしか染まっていない男。
それは人間なら誰しも持っている「自分のため」という利己的な欲求が欠如しているからだろう。
自分にこだわりがない性格が奇妙な人間を作り上げたのだが、彼にとってはどうでもいいらしい。
趣味を探してみようとも思わなければ、自分を変えてみようとも思わない。
それすらも利己的にあたる要素だからだ。
別に彼は意図的に禁じているわけではない。
必要がないから行動しないだけだ。
これだけならただの地味な一般人と変わらないはずだ。
しかし、周りは彼に一種の恐怖を抱いている。
「何か隠されているような気がする」
不思議なことに、複数人の予感というものは当たってしまう。
やはり彼にもあった。
当人すら気づかないところに。
言葉にしない分、心に溜まっていく感情は深く、底知れない狂気は静かに燻っていた。