第02話 基準達成
雅臣はゲームオタクとして当然のことながら、体育会系の部活には所属してはいない。
にもかかわらず爽やか系文武両道の好青年のような暮らしを続けて約一ヶ月。
ゴールデンウィークを迎えた初日の早朝、雅臣は快哉を上げていた。
もちろん内心である。
ランニングが終わった直後とはいえまだ早朝。
そんな時間に閑静な住宅街で「やっっったぜ!」と叫ぶほど子供ではない。
いや油断したら声を出しそうではあったのだが。
割と広い家が立ち並ぶ一角なので、実際に迷惑をかけるのは両親にくらいだろう。
とはいえ高校二年生の息子が朝から大声を上げたとあっては、せっかくの休日の朝を穏やかな眠りで過ごしている両親を心配させることになるだろう。
それは雅臣の望むところではない。
だが今までの人生でトップ3に入るくらいには雅臣は今大いに喜んでいる。
日課となっている早朝ランニングを終え、バカバカしいと思いながらも続けていた鏡の前でフェイスケアと笑顔の練習を一通りした上で、締めである「ステータス確認」を行ったら、全ての数値が設定された基準をクリア――黒字反転していたのである。
「いやランニングと腕立腹筋はまだわかる。だけどお肌の手入れと笑顔の訓練で上昇するCHRってそれでいいのかよ」
『All arranged values are now achieved!(設定された全ての数値に達しました)』のメッセージにテンションが上がっている雅臣は、タイプすれば間違いなく語尾に草が生えている口調でひとりごとを口にする。
しかもたかが一ヶ月でそれなりの数値が上昇している。
初期値が低い事を鑑みても簡単に上がりすぎな気がする。
スキルの熟練値であれば低い頃の伸びがいいというのは理解できるが、ステータス値となればあまり聞かないな、雅臣は思う。
STR 36(+22) DEX 45(+7) VIT34(+22) AGI 61(+10)
INT 88(+7) MND 101(+20) CHR 100(+51)
これが今、全ての数値が黒字反転した雅臣の「ステータス」である。
まさかの積み上げ数値ナンバーワンが『CHR』になるとは雅臣も予想外であった。
地味に初期値の低さを思い出して地味に落ち込む。
眼鏡を変えたり、ヘアスタイルをこざっぱりとしたり、今まで興味を示したこともなかったmen'sファッション誌に従い服を変えるだけでそれなりに数値が上がった事実には笑いもしたが落ち込みもした。
今までの自分がいかに冴えていなかったのかを突きつけられたと思ったからだ。
まあ表示されるステータス値が正しいものだという保証は、未だどこにもないのだが。
一度眼鏡や服装を変えた後は、元の服装やメガネに戻しても数値は変わらなかった。
おそらくだが「こういうのがお洒落で、こういうのがモッサい」ということを雅臣自身が理解するということこそがステータス値に影響を与えるのだろう、と雅臣は当たりをつけている。
おかしなもので、なんの保証もない数値であるのにもかかわらず、数値が上がれば楽しくて、苦手なはずのファッションを研究したりもした。
その中で模倣ではなく、自分なりの「これいいんじゃないか?」という組み合わせやこだわりの色味ができた時に数値は大きく上昇した。
その事実に雅臣は「魅力」というものについて深く考えさせられたりもした一ヶ月でもあったのだ。
身嗜みや自分なりの美意識の確立ではなくても、他の各数値が上昇するのに従ってCHRの数値があがっていたことも雅臣は確認できている。
要は「力を持っている者は魅力的である」という図式が成り立っているのだ。
他の数値は30という基準点が共通で、CHRだけが別基準であったのはほぼ間違いない。
先週には30を越え黒字反転していたSTR、VITと違い、今日まで黒字反転しなかったCHRはまさかの三桁入りでやっと黒字反転してくれた。
確かに身に着けるものやヘアスタイルは自分なりの趣味で洗練されもしたが、自分の魅力が倍以上になっている実感は雅臣にはまるでない。
当然のことながら両親に似ず地味な顔は一ヶ月程度で物語の主人公を張れるような美男子に変わったりしていないし、学校で急にモテだしたというよくある展開にもなっていない。
ただ数値が上昇したというだけに過ぎない。
――あくまで「100」というのは到達すべき最低値であり、やっと「人並み」に辿り着けたと考えればまあ妥当なところか……
つまり今までの雅臣は「人並み」の半分以下のCHRしかなかったのだという事実にはさすがに落ち込むが、今はもう人並に辿り着けているので良しとする。
なんとなればこれから意識してCHRを鍛えるのも楽しいかもしれない。
CHRが200、つまり人並みの倍にでもなれば、周りの反応も変わってくるのかもしれないし、試みとしてやってみる価値は充分あると言える。
――まああれだ。101あたりで数値制限がかかってるってオチになるんだろうけどな。
割と自分を客観視できている雅臣である。
まあいくらCHRをあげたところで顔が変化するわけでもないので、その辺はシビアに考えていたほうが無難だとは言える。
もちろんこの時点の雅臣が理解できるはずもないが、これらの「ステータス」に上限は存在しない。
普通の人間には当然上限は存在するが、雅臣が「変わった置物」としてわざと思考停止している代物――『トリスメギストスの几上迷宮』に触れ、『迷宮の挑戦者』となったものの『上限』は取り払われる。
我知らず、雅臣は己の最も好む『各ステータスを無限上昇させることが可能な体』を手に入れているのだが、それを知るのは今少し先のこととなる。
だがCHR――魅力が上昇するというのはどういう事か。
最低限の身嗜みやセンスを磨くことによる上昇はもちろん有限だ。
完璧――磨き上げられた璧が完全となる様に、顔がモーフィングのように変化することなどさすがに在り得ない以上、変化するのは世界の価値観の方となる。
だが今はそんなことを理解できるわけもない。
雅臣の理解できないところで、すでに深く静かにそれは起こっているのではあるが。
雅臣が「人並み」と判断している「100」という数値は、命を懸けた迷宮探索に望むに際して、パーティーメンバーにリーダーとして認めてもらうのに必要とされる数値であるのだ。
そして雅臣が潜在的に望むパーティーメンバーによって、必要とされるCHRの数値は変化する。
もしも雅臣が潜在的に望むパーティーメンバーが、数は少ないが存在する男友達辺りであれば、CHRが黒字反転するのはもっと低い数値で可能だっただろう。
だが雅臣が望むパーティーメンバーが「そうではなかった」ため、「100」などというとんでもない数値を必要とされてしまったのだ。
「人並み」と雅臣が判断している各ステータス値が、普通の世界においてどれだけの力となるかを、今の雅臣はまだ理解できていない。
だがすぐだ。
すぐに嫌というほど理解、もしくは思い知らされることになる。
そんなことはつゆ知らず、今の雅臣はただただわくわくしている。
数値を達成した今、部屋に置かれている不思議な置物――『トリスメギストスの几上迷宮』がどんな変化を見せてくれるのかに、胸をときめかせている。
自分をベースにした化身が生み出され、今までは外観を見るだけであった天空城の検索に乗り出せるのであれば、ゲーマーとしての雅臣としては望むところだ。
それ以上を期待してもいるが、さすがに「それはないよな」と自分を落ち着けている。
「さあ、何が起こるか見せてくれ。一ヶ月の努力に見合うものであることを期待してもいいよな?」
たった一ヶ月の努力では本来とても到達できないものが与えられることを雅臣はまだ知らない。
引き換えに己の今までの日常が、一切合切奪われてしまう事も。
『Welcome to a tabletop labyrinth in Hermes Trismegistus!』
立体映像で映し出されたそのメッセージに、今度は堪えきれずに雅臣は実際に快哉をあげた。
命がけの冒険の幕が切って落とされるのは、もう間もなくである。
次話 トリスメギストスの几上迷宮
2/3投稿予定です。
やっといわゆる異世界転移です。戻ってきますが。
お付き合いいただけると嬉しいです。