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第18話 交渉と提案

「えーっと……社君。仕切ってもらっていいかな?」


 年の功をもってしても何ともならない場の空気を持て余した、アルの発言である。


 思春期などとうに記憶の彼方にかすみ、今の女性関係はお互いに想いがあることは大前提とはいえ、洗練された大人なものを好むのがアルだ。


 そんなアルに、青春未満の理不尽が支配する空気は手に余る。


 そんな無茶な! というすがるような目向けてくる雅臣に、無慈悲にもアルはにっこり笑って見せる。


 ――二股どころか、知人とすら呼べないはずの距離の二人にこんな空気を出されるのは理不尽だと僕も思う。……だが原因が君であることは疑う余地はない。頑張れ男の子!


 アルが『精神感応(テレパス)』を使ったわけでもないのに、なんとなく言わんとすることは雅臣に伝わったらしく、がっくりと肩を落としている。


 アルがどんな介入(という名の恫喝である可能性が高い)を日本政府に行ったのかは不明だが、雅臣を襲撃した部隊はもう完全に撤収している。

 雅臣に若き日の黒歴史も含めてすべての情報を奪われた、哀れな歴戦の勇者たちもすべて回収されている。

 この場に倒れた数人を回収に来た隊員と雅臣たちはお互い、非常に気まずい思いをしたものだ。


 アルだけは何がツボにはまったものか、お腹を抑えて目に涙を浮かべるくらいにウケていたが。


 今は別に修羅場な状況というわけではない。

 凜子と花鹿がキャットファイトを展開しているというわけではもちろんないのだ。


 雅臣の報告に「……ふぅん」と口にした凜子も、アルが凜子を連れて『転移(テレポート)』してきたことにびっくり仰天していた花鹿も、()()微笑みを浮かべた穏やかな表情である。


 ただ二人とも、黙っているだけだ。

 お互い、必要最低限の自己紹介をしあった後はずっと黙っている。


 凜子は『ぬののふく』のままでいることがさすがに恥ずかしかったのか、雅臣の陰に隠れて制服を『装備(エクイップ)』済。

 その際に雅臣もアルの用意してくれた制服に装備を変更している。


 何もかもサイズがぴったりなのが正直気持ち悪いが、アルの正体の一端を知った今では不思議とは思わない。

 凜子のそういった各種情報が記録からも、アルの脳内からも消え去っていることを今はまだ、だれも気付いてはいない。


 手品のような早着替えを再び目の前で見せられた花鹿はもちろん驚いたが、その後の位置関係が今の空気を作ることとなった。

 雅臣の陰に隠れた位置関係から凜子は動かず、あろうことか雅臣の制服の袖をきゅっともったまま離さないのだ。


 雅臣にしてみれば「なんなんだこの状況は!」と叫びたいものであることは間違いない。


 微妙に嬉しくもあるのが男の性と言おうか救えないところでもある。

 だがどうして綺麗な女の子二人がにこにことしているだけなのに、アルでさえももてあますような空気になるのかを理解するには、雅臣には絶対的に経験値が足りない。


 人から外れること現在レベル3の雅臣だが、そういう方面ではレベル1を称することすら今朝方まではおこがましかったのだ。

 何やら今は要らん経験を妙に積んで、そこらの同級生を軽く凌駕しているのかもしれないが。


 ともかくアルが、この場を雅臣に仕切れというのはもっともではある。


 雅臣よりも『トリスメギストスの几上迷宮』に詳しいアルや、第一階層を共にクリアした凜子はまだしも、花鹿はまるで分っていない状況で巻き込まれたのだ。


 おそらくは巻き込んだ当人である雅臣が説明しなければ話が前に進まない。


 とはいえ、不思議な置物――『トリスメギストスの几上迷宮』のことはともかくとして、なぜ凜子と花鹿がそれに巻き込まれたのかを説明するのは……


 ――ハードルが高すぎないか!?


 心に脂汗をだらだらと流す雅臣である。


 実は僕はゲームが趣味、というか大好きでして。

 ここまでは苦しいがまあいい。


 それが高じて、自分の理想のゲームを妄想するのが日課だったんです。

 はいアウト。


 その上――


 その中のパーティーメンバーに、うちの学校で綺麗どころである磐坐さんと春日先輩を勝手に設定して妄想しておりましてですね。それが現実になったっぽいんです。


 ……現象面としては納得してもらえるだろう。


 実際に迷宮(あっち)を知っている凜子はもちろん、現実的ではないというしかない光景を現実で突きつけられた花鹿も「あり得ない!」と騒ぐステージはもう越してしまっている。


 だがその事態に巻き込まれた理由を知った凜子と花鹿が、どんな目で自分を見るのかが怖い。

 理不尽に異常事態に巻き込まれたことに対する怒りもさることながら、勝手に妄想対象にされていたことがその原因ともなればとても許してはもらえないだろう。


 気持ち悪い。


 女の子の持つ、最も殺傷力の高い言葉だろうと雅臣は思っている。

 女の子としてとびっきりと言っていい凜子と花鹿からその言葉を頂戴した場合、実際のHP・MPがどれだけ残っていてもその瞬間に0になるような気がする雅臣である。


 だが雅臣は理解できていない。


 何のために、雅臣のCHRが100になるまで冒険の幕が上がることはなかったのか。

 世界の(コトワリ)さえもあっさりと書き換える『トリスメギストスの几上迷宮』における、ステータス値の『力』を。


 少なくとも誰も嫌悪感を向けることなどできないくらいの存在に、我知らずすでに雅臣はなってしまっているのである。


 もとより雅臣に惹かれていた凜子や、強い興味を持っていた花鹿などはその効果が増幅されているとみて間違いない。


「わかっている事だけでも説明します……僕が巻き込んだんです、ごめんなさい」


 だからそんな言葉から始まる、なぜ凜子と花鹿を選んだのかを曖昧にぼかした雅臣の状況説明にも、一応は納得した態をとる。


 どんな理由であれ、『雅臣に選ばれた』という事実を凜子も花鹿も実は喜んでいることなど、雅臣には理解できない。

 女性から好意を向けられることに慣れていればあるい気付けたのかもしれないが、悲しいかな僅か一ヶ月前までそんな経験は終ぞなかった雅臣に、それは無茶というものである。


「まずは社君が巻き込まれて、その社君に私たちは選ばれたってことでいいのかな?」


 凜子にとっては「おさらい」と言っていい雅臣の説明を聞き終えて凜子が確認する。

 その表情はどこか誇らしげなのだが、断罪を待つ気分の雅臣にはわからない。


「だと思います。ごめんなさい」


 真剣に謝罪する雅臣に、謝ることなんてないよ! と言おうとした凜子よりも早く、本来はほとんど口を開くことなどない花鹿が答える。


「ならそれでいい。選んで()()()理由も聞かない」


 花鹿にそう言われてしまえば、凜子としても同意するしかない。


「……私も」


 もっと何か伝えたいのに、不本意ながらそんなことくらいしか言えない自分が不甲斐ない。

 そんな様子に雅臣はまったく気づいていないが、()()()と表現した花鹿の言葉を凜子は聞き逃したりなんかしない。


 無言のまま凜子と花鹿は見詰め合い、にっこりと笑いあう。


 それを見て「おお怖い」と言わんばかりの表情と仕草をとるアルだが、選んだ理由を突っ込んで聞かれることがなかったことに胸をなでおろしている雅臣はそんな空気に気付かない。


 妄想パーティー!? あと何人が巻き込まれるの!!?


 などと聞かれたら再び土下座体勢になってしまうところだった。


 その上残りの3人のうち2人は芸能人、一方は国内トップ人気を誇るアイドル、もう一方は世界的に有名な歌姫とくれば、どんな目で見られるか分かったものではない。


 最後の一人などもっとひどい。

 まさか実在しない、雅臣の理想を練って固めて形にした妄想少女だとはかされた時点で、雅臣の人格は全否定されかねない。


 雅臣と書いて「気持ち悪い」と読む、屈辱のルビが確定しかねないのだ。


 それをとりあえず回避できた安心感で、それどころではなかったのだ。


「まあ、巻き込まれたというのも正しい側面だけれど、磐坐さんや春日さんが言うとおり、『選ばれた』というのが本質的な意味だと僕は思うね。……社君、さっき君の説明に在ったパーティーメンバーとして春日さんも表示されているかい?」


 だからアルの意味深な言葉を聞き流してしまう。

 アルの言葉通り、素直に確認しようとして花鹿の方に視線を向ける。


「かまわない」


 ステータスの各数値という、いわば究極のプライベートともいえるものを見ていいのかという許可をとろうとした雅臣に、それを察して花鹿が答える。

 凜子が赦しているものを、自分が赦さない訳にはいかないでしょう、というのが花鹿のスタンスだ。


「……うん、表示されている。レベルは1だけど」


「ふむ」


 アルは雅臣の説明を、ある意味においては凜子と花鹿よりも真剣に聞いていた。


 今まで五里霧中、ある程度明らかになっていた情報さえ逸失された現状では、雅臣の説明は値千金という言葉でも足りないくらいだ。


 ――さっき渡したカードくらいじゃ、とても見合った報酬とは言えないよね。


 アルが雅臣に言っていた『カード』は、値段のついているものであれば基本()()()()買える魔法のカードである。

 アルたち『E』も基本同じものが与えられており、ある程度の上限はあるがそれは嘘ではない。

 

 もしもアルが気に入った企業の株を買い占めようとすれば、それは基本的に可能なのだ。


 ――社君なら、本当に上限なしかもしれませんが。


 所有者がだれになったところで、存在していればそれでいいというのがこの世界の支配者たちの考え方らしい。

 当然ある程度のセーフティーは確立しているのではあろうが。


 雅臣がなんとなく想像しているような、びっくりするような大金が振り込まれている口座のカードどころではないのだ。

 雅臣の想像する「びっくりするような大金」も、せいぜい億単位までしか想像できていない。


 雅臣が凜子と花鹿を連れて買い物にでも行けば、そういう方面でも自分たちの日常はもう完全に失われてしまっていることを思い知るだろう。


 高校生の客に、高級店の支配人がすっとんでくるところを想像してアルは笑った。

 雅臣はそういうのはあまり好きじゃないかもしれないから、ほどほどにしないといけないかな? などとも考えていたが。


「まずは増えたパーティーメンバーである春日さんに、迷宮(あっち)を知ってもらうことが必要なんじゃないかな? レベルも揃えた方がいいだろうし。まあこれ以上余計なことは僕は言わないけどね」


 その言葉を聞きながら、雅臣のスイッチが入っていることをアルは確認する。

 今雅臣はものすごい思考速度で、三人に増えたパーティーでこの後どうするべきかを構築しているのだろう。


 ――戦闘……と育成に関しては頼りになりそうですね。


「その辺をどうするのかは社君たち三人に任せるよ。僕は社君に求めらるまで基本的に余計なことはしない。ただ一つ、お願いしていいかな?」


「アル君には助けられてると思っている。言ってみてくれ」


 嬉しいことを言ってくれると思いながら、アルは許可を得て告げる。


「社君の気が向けば、今回のように迷宮(あっち)での話を聞かせてほしい。そしてできれば迷宮(あっち)で入手したものを何でもいい――余ってもう装備しなくなったものでもいいから分けてもらえないかな?」


 アルにとっては重要な交渉だ。

 これが成立すれば、あとは持てる力のすべてを使って雅臣たちを保護すればいい。


 それは雅臣たちが害されるという意味においてではない。

 雅臣たちが世界に嫌気をささないようにするという意味においてだ。


 そんなことはお安い御用だと答えかけて、わざと悪い笑顔を浮かべる努力をして雅臣は答える。


「報酬は?」


 これはお約束というものだ。

 迷宮に挑戦し、そこからお宝を持ち帰るものにはそれに見合った対価が与えられるのが当然である。


 冒険者ギルドはないし、中世風ゲーム世界でもないけれど、そういう仕組みは踏襲するべきだと雅臣は思ったのだ。


「そうだね……金銭的なものは『社君が世界を敵としない』ことで終わってしまっているからね」


 なにやらとんでもないことを言い出すアルだが、雅臣はそれを冗談にのってくれたのかな? あたりと理解している。

 まさか言葉通りの意味とはまだ理解できない。


「提供してくれる情報やアイテムに応じて、世界のルールを変えられるっていうのはどうかな?」


「その世界というのは、人間の社会を指すのか?」


 妙なことを言い出したアルに、雅臣はルールとやらの定義を確認する。


「おっと理解がはやいね。うん、完全にとはいかないけれど、そんな理解で間違っていない。……法律と言った方が通りがいいかな?」


 アルの言っていることは、雅臣の想定した通りのようである。

 また大きいことを言い出したな、と雅臣は少し引いた。


 冒険者ギルド的なお約束の会話に、本気で応えられるとは想定していなかったのだ。


「性犯罪の厳罰化や、イジメ加害者に対する厳罰化っていえば通るって事か?」


 だから適当に、でも弱者であった記憶を持つ者がだれでも思い浮かべることを言ってみる。


「それでいいならそれで行こうか。細かいところは専門家がやることになるけど、気に食わななければダメだししてくれればいい」


 そんなの不可能だろう? という意味で投げかけた雅臣の言葉に、アルはそんなことでいいのかい? という表情でこともなげに答える。


「力を持っただけの素人がそういうこと言いだすのは危険なんじゃないのか?」


 あまりにも何でもない事のように答えるアルが、逆に本気な様な気がして雅臣は確認する。

 もしもホントにそういうことができるというのなら、雅臣の一方的な我が通ってしまうのは恐ろしいとも思ったのだ。


「力を持つ者の暴走が怖い、理想家が絶望した時が最もひどいことになる――っていう、あれかい?」


「まあそんなところ」


 アルは正確に、雅臣の危惧を言い当てる。

 その上で笑って言う。


「個人的な意見だけどね。力を持つ者にこそ理想は必要だと思うよ。じゃないと力に意味がなくなる。力持つ者の義務ノブレス・オブリージュなんて御大層なものじゃなくてね」


「そういうものか?」


 わかるような、わからないような……

 今朝方まで成績優秀なだけの、ただの高校生であったのだ。

 

 青臭い理想にとらわれる時期は誰しもあるが、高校二年生ともなれば曰く他人事として生きていくことも普通になってしまっている。

 文字通り、それこそが普通なのだ。


「少なくとも僕にとってはね。青臭いと笑われようが、非現実的だと否定されようが、目指すべき場所ってやつは絶対に必要なのさ。そしてそれを掲げるのは力を持つものであるべきだ。理想と現実の折り合いをつけていくのは、その力のもとで安寧を約束される実務者たちの仕事だね」


 そこまで言って、アルにしては珍しいばつの悪そうな顔をする。

 余計な()()をし過ぎたと思ったのだろう。


「ま、柄にもないことを言ってしまったけど、社君は自分に都合のいい世界にしようとしてくれればいいって話さ。万民を救えだとか、正しい世界にしてくれと言っているわけじゃない。社君とその大事な人たちにとって良ければそれでいいんだよ。……日本でもハーレムを合法化するかい?」


「……勘弁して」


 何やらその片鱗を、しかも怖い部分を垣間見ている最中の雅臣は本気で弱った表情を見せる。

 それを見て凜子と花鹿がむっとしているのも面白い。


 ――力あるものがいい女達に囲まれるのはありだと思うけどね。


 自分は見かけによらず一途なくせに、勝手なことを思っているアルである。


「はっは。まあそんなことよりも、せっかくのゴールデンウィーク初日だ。余計なちょっかいがかからないことは保障するから、パーティーメンバー三人の親睦を深めてきたらどうだい? 慌てて迷宮攻略開を始めることもないだろう」


 雅臣の逃げ道がないような言い回しで、いわばデートのお膳立てをするアル。


 隠そうとして隠しきれずに喜ぶ凜子と花鹿を見て、また笑う。

 自分がこんなに本気で笑っているのはいつ以来だろうな、と思いながら。


 ――将を射んと欲すれば、まず馬を射よ……ってわけでもないんだけどね。


 なし崩し的に生涯初デート、なぜか三人でというこっちはこっちで異常事態に追い込まれた雅臣を見ながらアルはもう一度笑った。


次話 意志の統一

2/21投稿予定です。


20話で二章が終わり、三章に入ります。

三章でひとまずの着地点へたどり着く予定ですので、今しばらくお付き合い願えれば嬉しいです。

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