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第17話 二人目の従者

 雅臣が驚愕させられた相手。

 アルが『第二の従者(Servant)』と呼んだ女子生徒。


 雅臣の妄想において、凜子とともに前衛(フロント)を務めていた『双剣士』の()()()である。

 雅臣の妄想では銀の髪と蒼の瞳の設定だが、現世(こっち)では当然黒髪黒瞳。

 もともと優等生ではあるし、ちょっとやんちゃをしたところでさすがに銀髪にはなれない。


 雅臣と直接の関わりはないが、成績優秀者としてお互い認識している。

 まあ雅臣が妄想パーティーの一人に選んでいたのは、もちろん成績が理由などではないのだが。


 春日(かすが) 花鹿(かじか)


 登美ヶ丘学園三年、特進クラストップの成績を誇る才女である。

 成績だけではなく容貌にも恵まれており、秘かな信奉者はかなりの数に上る。


 なぜ秘かなのかといえば、花鹿の取り付く島もないといえるほどのそっけない性格と、冷静に聞けばそうでもないのだが、口数が少ないために冷酷にも聞こえる物言いのためである。


 花鹿が登美ヶ丘学園で過ごした二年と一ヶ月の間に告白された数は学園一の美少女――凜子にも並ぶが、最近ではこれも凜子と同じく告白に踏み切る勇者、あるいは愚者は絶えて久しい。


 短く切りそろえられた髪と、切れ長の瞳。

 整った容貌と相まって、他者を見下す孤高の才女と見做されている。

 

 実際は本好きのただおとなしい性格というだけなのだが、一度張られたレッテルというものは軽々に剝がせぬものらしい。


 ――などと思っているのは花鹿本人だけである。


 数少ない友人たちが客観視した花鹿は、付き合いが長くても時についていけないくらいに冷静で何事にも動じない性格である。

 ずば抜けた成績を誇る花鹿相手にドラマの話題やコイバナなどを振って、「……そう」とだけ答えられると、そんなことはないと知っている友人たちですら「呆れられているのかな?」と不安になるくらいなのだ。


 一年生の時、花鹿の長く美しい脚で踏まれたいなどという妄言を吐いていたクラスメイト(けっこうな成績優秀者であった)に、「……踏んであげましょうか?」と聞いたのが致命傷であったことを、三年生になった花鹿はある程度は理解できている。


「彼女になってくれ」とか、「デートに行かないか?」とかはお断りするしかなかったのだが、踏むくらいならばできなくもないと思ったのだ、その時は。


 その時に飛んできて花鹿がそれ以上口にするのを止めてくれた友人たちに諭され、要らん知識も身につけさせられたために、そういう特定業界に身を置く人たちにとって「ご褒美」となるようなことを軽々には口にしなくはなってはいる。


 今年から受験生となっている花鹿は、早朝の学校で勉強をすることを好んでいた。


 しんとした空気。

 本来であれば人の気配があってしかるべき場所に自分一人しかいない状況が、花鹿の集中力を一番高めてくれる。


 少なくとも花鹿本人はそう思っているし、実際効率を上げるために最終的に重要なのはプラシーボ効果というか、己のセッティングだとも思っている。

 そうでなければ優秀な者が組んだ効率的な勉強方法を行えば、誰もが同じ成績になるはず。

 そんなことはありえないのだから、要は己にあった勉強方法の構築が一番重要だ、というのが花鹿の考え方である。


 勉強ができる人間というものは、「己の地頭がいい」という客観視点はすっぽり抜けがちになるものらしい。


 早朝の教室利用など、本来であれば認められにくい要望であることは確かだ。

 だが花鹿は二年間積み重ねた実績による信頼と、何よりも進学校である登美ヶ丘学園の受験生の中でトップの成績ということもあって、特例を認められている。


 ゴールデンウィークの初日とはいえ、受験生に本質的な休みなどない。

 

 という建前で、特にやることもないのでいつも通り制服に着替えて早朝の自分の教室――三年特進クラスで勉強をしていたのだ。


 受験勉強が本格化する前にみんなで遊ぼう、という友人たちの案にのることは吝かではなかったが、その仲のいい友人の彼氏の友達、などというよくわからない立場の人間とダブルデートだかトリプルデートだとか言われれば逃げの一手である。


 友人たちとするカラオケには少し後ろ髪が引かれたが、よく知りもしない男の子たちと同席してまで行きたいものでもない。

 

 早朝の教室で勉強しているほうが、よほど自分には合っていると花鹿は思う。

 似合わぬことをすると、ロクなことにならないというのが花鹿の持論でもある。


 だがその自分で自分に似合いだと思っていた『ゴールデンウィーク初日に早朝の教室で勉強する』という行為が、ロクなことにならない原因になるとは予想の斜め上だった。


 ふと気づくと、同じ作り、同じ配置の隣の校舎――二年生校舎の『特進クラス』に、登美ヶ丘学園の有名人三人が揃っていたのだ。


 学校一の美少女と呼ばれ、お嬢様で成績優秀でもある磐坐(いわくら) 凜子(りんこ)

 先月半ばに急に転校してきた、進学校であっても女子生徒たちの話題を大いにさらった金髪蒼眼の外国人美青年アルヴィン・ド・ヴォルカン。


 そして勉強には自信がある花鹿をもってしても、あの域にはいけないなあ、と思わされる位置での成績を誇る(やしろ) 雅臣(まさおみ)


 その三人がこんな時間に学校にいることだけでも、ゴールデンウィーク明けに友人に聞かせれば大喜びするような話題である。

 

 だがその三人の格好は、気楽に話題にするには憚られるようなものだったのだ。


 雅臣のランニングウェア。これはまあ問題ない。

 アルの純白のどう見ても高そうなダブルスーツ。なんで? と思わなくもないがまあ別にそこまで変だというわけでもない。似合っているし。


 ただもう一人が尋常ならざる格好。


 凜子は雅臣のYシャツ一枚を身につけているだけだったのだから、花鹿が持った感想はごくまっとうだといえる。

 まかり間違えば、その瞬間に大声を出さねばならないシチュエーションであるかもしれないのだ。


 だが三人の空気は殺伐としたものでは無いように見えたし、同じ女である凜子の様子はどこか嬉しそうにも見えた。


 よって花鹿はカーテンの陰に身を隠し、様子をうかがってみたのだ。


 ――私も、こういうところがあるのね……


 特に何も考えずに覗き見(ピーピング)態勢へ移行した自分のことが少し面白い。

 普段「そんなこと(色恋沙汰)には興味はないわ」という態度をとっている自覚はあるのに、有名人三人がこういう状況になっていればやはり興味を持つのだ。


 興味を持つ理由は、それよりも雅臣がその三人の中にいたからではあるのだが。


 ――ここで何事もなかったように勉強に戻れれば、私も大したものなのだけれど。


 三人が現れた瞬間を認識できていない花鹿が瞬間で想像したのは次の通り。


 雅臣と凜子が教室で逢引しているところ(逢引きというにはいささか大胆に過ぎる状況だろうが)へ、アルが偶然現れたというもの。


 ないよね、と我ながら呆れつつも、じゃあどういう状況なのだということをまったく思いつけない。

 

 もしも現れた瞬間を見ていれば、花鹿は何も見なかったことにして下校していたかもしれない。


 読唇術もできなければ、人並み外れた聴力を持つわけでもない花鹿だが、目だけはいい。

 どんな会話がされているのかはわからなくても、表情や仕草などは割とはっきり見えていた。


 ――え?


 まず大胆な、というかもしも写真に撮れればいい値が付きそうな格好をしていた凜子の『裸Yシャツ』が、コマ落としのようにまるでファンタジー系の映画なんかで見るような服装に変わった。


 そう思っていたらものすごい光がその教室に生まれて、それを雅臣が簡単に握りつぶした。


 目の前で起こっている事実に思考が追い付かないで呆然としていると、突然、キンという澄んだ音とともに世界の色が()()()

 

 そして雅臣が忽然と消えたのだ。


 自分がこれまでの人生で一番動揺していることは自覚できているが、どうしていいかわからない。

 多分傍から見たらいつも通り冷静な表情で教室で呆然としていると、どう見ても銃にしか見えないものを構えた黒尽くめ数名が花鹿の教室に乱入してきた。


『熱源確認。結界の中でも動いている対象がいるぞ!?』


有資格者(Deserver)の関連者か! 二人目の『従者(Servant)』の存在は報告受けておらんぞ!』


『確保の是非を問う! 本部!?』


『屋上部隊は全滅! 三階先遣部隊も無力化されました!』


『何がどうなってる!? どうやってやられた?』


『不明です。映像記録もなく突然……』


『なんっだそりゃ!!!』


『確保指示出ました。確保します!』


 自失している花鹿の目の前で、ヘッドセット通信機らしきもので連絡を取っていた黒尽くめたちは混乱していた。

 だが自分ほどではないだろうと花鹿は思う。

 表情こそ冷静なまま凍り付いていたが、何かきっかけがあったら叫ぶか泣くかしていたかもしれない。


 最後のセリフの後黒尽くめ全員が自分の方を向き、銃を自分に向けた瞬間の感情はとてもじゃないが表現できない。

 

 恐怖と、混乱と、絶望と――理不尽に対する怒り。

 自分の中にそんな感情があるとは思いもしなかったものが綯交ぜになって渦巻いていた。


 だがそれは冗談みたいに霧散する。


 命令が出た瞬間、それまでの混乱を置き去りにして「自分を確保する」という最適化された行動をとろうとしていた黒尽くめたちが全員、「だるまさんが~…………転んだ!」と言われた瞬間のように静止したのだ。


 ――え?


 芸もなくさっきと同じ反応を示した花鹿の教室に、さっきまで二年特進クラスの教室にいたはずの雅臣がとことこと入室してきて、だるまさんが転んだを突然始めた黒尽くめたちを全員、手で触れただけで昏倒させたのだ。


 飛び込んできてカッコよくかばってくれたわけでもない。

 その子に手を出すな! と叫んでくれたわけでもない。


 なんかものすごく光っているが、やったことといえば歩いてきてかたまっている黒尽くめたちに触れ、昏倒させただけだ。


 それでもかっこいいと思ってしまった。

 自分を救ってくれたと思ってしまった。


 自分がこんな都合のいい解釈をする乙女脳を内蔵していたことに戦慄する。


 だがそれは今に始まったことではない。


 この一か月間、合衆国(ステイツ)から転校してきた超絶美青年、アルヴィン・ド・ヴォルカンよりも登美ヶ丘学園女子たちの話題をさらっていたのは、今花鹿を救ってくれた雅臣であった。


 もともと有名人ではある。


 進学校である登美ヶ丘学園であっても隔絶した成績を誇る秀才。

 登美ヶ丘学園に限らず、近郊の進学校で成績優秀なものであればその名を知らぬものなどないのが雅臣だ。


 だがこの一ヶ月間、話題をさらっていたのはその成績によってではない。


 まずは眼鏡が変わった。

 何の変哲もない黒縁だったものが、銀フレームの何やらカッコよげなものに変わったのだ。


 それだけで女子生徒たちのなかではものすごく話題になった。

 今までそんな評価など聞いたことがなかった雅臣を、「かっこいい」と言い出す女性生徒が大量に発生したのだ。


 何を隠そう花鹿もそう思ってしまった一人だ。

 これまでの人生で、()()()異性にときめいたことなどただの一度もなかったにもかかわらずだ。


 そこで花鹿の冷静さが発揮され、違和感を感じた。


 眼鏡をかっこいいものに変えたからモテ出すって、いくらなんでもそれはない。

 雅臣の本体は眼鏡なのかという話だ。


 百歩譲って、もっさい眼鏡からスタイリッシュな眼鏡に変えたことによって本来の魅力が発揮されたとしても無理がある。

 登美ヶ丘学園にはプールもあるし、体育の授業内容によってはコンタクトにすることもあったはずだ。

 

 古の少女漫画じゃあるまいし、眼鏡を外したら美少年とか美少女なんて現実的ではない。

 

 そう思うのに、雅臣を遠くから見たらドキドキしてしまうのも事実なのだ。


 その違和感は雅臣の眼鏡の変更から始まり、髪型や腕時計、靴の変化などにも敏感に女子生徒たちは反応した。

 有名芸能人でもあるまいに、使っている整髪料の種類を気にするなど異常事態だ。


 花鹿の友達などは「社君の覚醒だよ。隠されていた魅力がここにきて爆発したんだよ!」などと興奮気味に言っていたが、そんなものとは思えない。


 隔絶した成績を誇る存在として、花鹿は雅臣に興味を持っていた。

 異性としてではなく、競うべき成績優秀者として、その集中の仕方や勉強への取り組み方などには強い興味を持っていたのだ。


 その間、この一ヶ月みたいに胸をときめかせた記憶などは皆無だ。

 花鹿よりも実は口が悪い友人たちなどは、「あれでカッコよかったら少女漫画の主人公なんだけどね社君」などと、割と容赦ないことを口にしていたはずではなかったか。


 そのはずなのに、この一ヶ月で自分も含めて『(やしろ) 雅臣(まさおみ)』の異性としての評価がまるで別人のもののようになってしまっている。

 芸能人と比べても引けを取らない容貌、かつ外国人で転校生という少女漫画要素を満載したアルよりも話題になるなど、考え難い。


 雅臣が美形に化けたわけではないのだ。

 もっともそうだとしたら、誰も雅臣だとは認識できないだろう。


 誰もが雅臣と認める容貌のまま、その評価だけがまるで違ったものになる。

 眼鏡や髪形などという枝葉ではない、何か根本的なものが変化しているのにそれを認識できないという違和感。


 それをこの一ヶ月、他の女子生徒たちと雅臣を話題にしつつ、花鹿はずっと持っていたのだ。


 だがそれも、今の一連の出来事で割とどうでもよくなってしまった。

 自分が今の雅臣をかっこいいと思ってしまうことは事実なのだ。

 それはそれでいいではないか、と。


「助けてくれて……あ、ありがと……」


 袖にしてきた男子生徒や、数少ない友達が見れば驚愕しそうな表情と仕草で、花鹿が雅臣に助けてくれたお礼の言葉を告げる。


 それに対する雅臣のリアクションは、花鹿の想定したどれとも違っていた。


 照れて「どういたしまして」でもなく、歯をキランと光らせて「当然だよ」でもなく、やさしい微笑みで「大丈夫かい?」でもなかった。


 お礼を伝えた花鹿を驚愕の表情で見つめ、花鹿が普通に動いていることを確認してから雅臣の体の傍に浮いている『映像窓』へ向かって、動揺した声で伝えたのだ。


「アル君、緊急事態だ!」


 から始まる会話はよく理解でいなかったが、どういう手段を使ってか二年特進クラスにいるアルと連絡を取っているらしいことは理解できた。


 我ながららしくないことに、雅臣が自分の名前を知っていてくれたことに喜んだりもしていたのだが。


 その会話に応える凜子と雅臣の会話も面白かった。

 雅臣は全然ピンと来ていないが、凜子は女の勘で花鹿を恋敵(ライバル)認定してくれたのだろう。


 相手としては強大だが、花鹿にしても今の自分の気持ちを確認することを放棄するつもりはない。

 

 どんな理由があるにせよ、今自分が感じているドキドキは間違いのない事実であるのだから。


 だが一連の会話の後、「とりあえずそっちへ行くよ」といったアルが、凜子こと雅臣と花鹿のいる三年特進クラスの教室へ『転移(テレポート)』してきたことには本当に驚かされた。


 頭の片隅で自分が今まで過ごしてきた日常が崩壊したことを、なぜか嬉しそうに確信してもいたのだが。

次話 交渉と提案

2/20投稿予定です。


読んでくださったらうれしいです。

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