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第15話 適格者の力

「っ―――!!!」


 一弾一弾は()()()()の痛みというわけでもない。

 だがそれがかなりの密度で全身にくまなく喰らえばさすがにかなりの衝撃となる。


 痛みというよりは、生まれてこの方くらったことのない感覚に思わずしゃがみ込んでしまう雅臣。


 それはそうだ。

 全身くまなくBB弾を打ち込まれる経験などしたことがある人の方が少ないだろう。

 というか皆無といっても過言ではない。


 みっともないと思いはするが、暴力になど縁のない暮らしをしていた雅臣には堪え切れるものではなかったのだ。


『や、社君、大丈夫!? 社君!?』


 凜子とアルの姿を映す映像窓はご丁寧に音声も伝えてくれているようで、凜子が雅臣を心配する声と表情を伝えてくる。


 ――しまった、磐坐さんには僕の言動が伝わっているんだった。


 アクションゲームなどを熟練者気取りでスタートし、開幕で即死してしまった時に感じる恥ずかしさよりも、もっと強い羞恥が雅臣を襲う。

 誰に見られているわけでもないゲームの時は、自分自身の気恥ずかしさを壁に向かって「ないわー、マジないわー」とでも独り言を言って紛らわせればいい。

 だが凜子ついでにアルに見られているが故のこの気恥ずかしさは、あまり経験したことのない感覚である。


「だ、大丈夫」


 よって当たり障りのない返事しかできない。


『磐坐さんが後で撫でてくれるんなら我慢するよ』などという台詞をさらっといえる雅臣ではないのだ。


 一瞬脳内では考えたかもしれないが。


 そんな様子を見て笑いを噛み殺しているようなアルの映像に、これもあまり感じたことのない羞恥と怒りが入り混じったような感情を覚える。


 ――やはりゲームとは違うな。当たり前だけど。


 特殊部隊どころか、存在を完全に秘匿されている部隊の『必殺』の攻撃を喰らって考えることではない。


『しかしまあ。知識として知っていることと、自分の目で見るのはやっぱり違うねえ』


 アルが感心半分、呆れ半分で笑うしかないとばかりにコメントを入れてくる。

 

 アルは過去、有資格者(Deserver)と直接闘った経験もある。

 超能力者であるアルですら出鱈目、規格外としか言いようのないその『力』は身を以て知っている。


 そのアルをしても自らが『適格者(Deserver)』と称した雅臣は桁外れの存在だということだろう。


 だがアルのその言葉の意味を曲解した雅臣は、少々へこむ。


「無双を期待していたのなら申し訳ないな。初手からみっともなくて」


 気恥ずかしさも手伝って、負け惜しみに限りなく近い、いつもなら決して言わない台詞を口にしてしまった。


 ――ああ、これが「言わずもがなのことを……」ってやつか。


 言ってから余計恥ずかしくなって、雅臣は語彙としてだけ知っていた言葉の意味を要らんところで実感してしまう。


『いやいや、社君。君が今くらったのは一発で超能力者や異能者の『(シールド)』すらもぶち抜く特殊弾、その数108。煩悩の数と同じだね。――そのすべてが直撃して「痛い」としゃがみ込むだけというのはなんというかまあ……控えめに言っても化け物だよ』


「いやちょっと待てアル君。生け捕りじゃなく殺しにかかってるのか、相手は?」


 さらりと言ったアルの言葉に、さすがに雅臣もぎょっとなる。

 迷宮(あっち)で強化された体が気絶させる目的の弾丸を痛い程度で済ませてくれたのかと思っていたら、事実はまるで違った。


 言われてみれば無力化が目的であれば麻酔弾あたりを使われるのが定番だろう。

 それはそれで『解毒(キュア)』で無効化できるのではあろうが。


 凜子も顔を青ざめさせてはいるものの、どちらかと言えばアルが雅臣を『化け物』呼ばわりしたことに憤慨している方が強い。


 雅臣の方では細かい表情、仕草まで正確に掴みきれないが、凜子にジト目で見られたアルは小声で「sorry」などと言いつつ肩を竦めている。


『どこの組織も一枚岩であることの方が珍しいくらいでしょう? 穏健派もいれば過激派もいる。この部隊は過激派配下ってことだろうね』


「そんなことをしれっと言われてもなあ……」


 さすがに殺意をもってのぞまれていると知れば、生唾の一つも呑みこみたくなろうというものである。

「殺す意志を持つからには、殺される覚悟もあるんだろうな?」などと嘯くつもりも覚悟もないが、自分を殺そうとしている者がいるという状況をあっさり呑みこめる高校生などまずいない。


『ちなみその特殊部隊の『幻術担当』は、まるで社君に干渉できないため失意体前屈状態。『呪詛担当』は()()を盛大にくらってのた打ち回っているね。『狙撃担当』は今の社君の様子を見て、呆然としている状況だ』


 どこから情報を得ているものか、アルは今雅臣に敵対している部隊の状況を克明に掴めているようだ。


 冗談めかして言っているが、部隊始まって以来の深刻な大混乱、大被害を会敵直後からくらっている状況は冗談などではなく現実である。


 特に雅臣は何もしていないのだが。


 敵対したものの状況を知るからこそ、アルは知識として判断することと現実は違うと口にせざるを得なかったのかもしれない。


 これがまだ、雅臣がまるで魔王の如く敵対者を蹂躙してくれているのであれば納得も行きやすい。


 実際は間抜けに直撃を喰らい、涙目でしゃがみこんでいるだけ。

 だがその間に合衆国(ステイツ)の同じような部隊や、アルを含む『E(エスパー)』たちですら警戒する部隊が半壊するとなれば、百戦錬磨のアルであっても口が横に開こうというものだ。


『めげずに虎の子の『直截戦闘担当』が動き出したようだよ。――彼らは僕たち(超能力者)でも手を焼くくらいの手練れだ。社君が仕留められることはあり得ないとは思うけれど、カっとなって殺してしまわないでいてくれるとありがたい』


「そんなことするわけないだろ!」


 こんなことを言いながら、後ほど雅臣はカっとする。

 ……意味は随分と違うのだが。


 とにかく魔物(モンスター)であればそんなに抵抗はないが、人、それも現実(こっち)側の存在を殺すことなど考えたくもない。

 迷宮(あっち)であったとしても、人型の魔物(モンスター)湧出(ポップ)すれば躊躇する自信がある。


 ――だいたい磐坐さんの見ている前で、間違ってもそんなことはできない。


 何気ない雅臣の思考だが、もしもアルや部隊の術者がこの思考を読めていたとしたら、心胆寒からしめられていたことだろう。

 雅臣本人にそんなつもりはなくとも、本質的に「見られていなければ、あるいは必要であればやる」という意志があってこその思考だとも取れるからだ。


 実際、事態を『攻略』と捉え、そのために必要だと判断すれば雅臣はやりかねない。

『スイッチ』が入った雅臣は、ある意味においては別人なのだ。


『『死神部隊』とか呼ばれている連中相手に殺す気で仕掛けられつつ、その台詞を言い放てる社君にはほっとさせられるよ』


 そんなことを知らない、雅臣の思考()読むことのできないアルはそんな言葉を投げかける。

 実際、雅臣が『世界なんて滅びてしまえばいい』と思っているような人物であったとしたら、世界は深刻な危機にさらされていたかもしれないのだ。


 ――今はまだ、そうじゃないというだけかもしれなんだけどね。


 さすがにその考えは、声に出さないアル。


 『適格者(Deserver)の力』を我知らず見せつけてくれる雅臣が、少々はずれたところがあるとはいえ、女の子に動揺したりもする普通の高校生と言っていい範疇に収まっているとアルは判断している。


 少なくとも今のところ、世界にとってそれは悪いことではないだろう。


「……なあアル君。今僕の目の前でこそこそと展開している十数人の黒尽くめが、アル君の言う死神――『直接戦闘担当』なのか?」


 雅臣の目は、何の障害物もないところで腰を落とし、雅臣を警戒しつつ接近してきている十数人を捉えている。

 レベル表示こそされてはいないが、『ステータス画面』は彼らを脅威とは捉えていないようだ。


『ああ……本来は『術式』で彼らの姿は見えないはずなんだよ。――ほらあるでしょ、光学迷彩とかそういうやつの上位版と思ってくれればいい』


「丸見えなんだけど……」


 完全に見えている雅臣にしてみれば、彼らの動きはひどく間抜けに映る。

 真剣であることが伝わってくるだけに、その感覚はより強いものとなるのだ。


『――神の目を欺くこと能わず。神の身に触れること能わず。神の手から逃れること能わず。――『神化(アルス・マグナ)反応』が振り切れている社君には当然なのかもね』


「その割には直撃くらったけどな」


『あれはなかなか面白かったね』


 同じことを繰り返したくはないし、痛い想いもしたくはないので雅臣は『魔力付与(エンチャント)』を使用することに決めた。


 MP総量に不安はあるが、実弾(それもかなりえぐい弾らしい)を「痛い」で済ませられる今の自分を殺しきる戦力は敵にはないとみて間違いない、と雅臣は判断する。


 であればMPが持つ限りは痛い思いをしたくはないし、間違っても殺すわけにはいかない状況で『寸勁(ゼロ・ショット)』を使う機会もないとも判断する。


回復(ヒール)』と『治癒(キュア)』を数回使用可能なMPは残すことを前提に、そこまでは『魔力付与(エンチャント)』を使うと決めた。


 ――カッッッッッッッッ!!!!!


 発動と同時に、迷宮(あっち)でのものとは桁違いの派手なエフェクトが雅臣を包む。


 髪の毛こそ逆立ってはいないが、穏やかな心を持ちながら怒りで目覚めた野菜を越えた人の2とか3みたいな状態である。

 雷光のようなものが雅臣の身を包んでいる。


 ぱっと見、空も飛べそうである。――無理だが。


 あまりのことに、つかった雅臣自身がびっくりするという、またしても間の抜けた状況。

 気恥ずかしいとしか言えない状態を言い訳しようとして、雅臣は再び驚くことになった。


 視界に表示されている情報は、迷宮(あっち)と同じく60カウントから減少をはじめている。


 だが状況が決定的に違う。


 アルの言う『結界術』の中では対象以外、例えば鳥などは静止していた。

 雅臣、凜子、アルを除いた生徒がもしこの結果以内にいたとすれば、その生徒たちも鳥と同じように静止しているのだろう。


 その結界の中で、今度は雅臣以外すべてが静止している。


 腰を落とし、妙に素早い動きを見せていた『死神(笑)』たちも、鋭い視線はそのままに固まっている。

 このままだと多分腰を痛める。


 雅臣が反射的に言い訳しようとした凜子とアルも、映像窓の向こうで静止している。

 

 なんだかんだ言ってはいても結局自分も掌の上だろうと思っていたアルですら静止してしまっていることに、雅臣は驚きというよりも軽いショックのようなものを受ける。


 我ながらなぜなのかは理解しきれてはいないのだが。


 つまりこの60カウントの間は結界内であれ外であれ、現実(こっち)で動くことが可能なのは雅臣だけだということらしい。

 

「破格なんてものじゃないな……」


 その声を聞く者は誰もいない。

 それを自覚して、雅臣は少しだけ背筋がぞっとした。


 本当の意味で、自分が人から外れた存在であることを認識したのだ。


「これ、攻撃系スキルを現実(こっち)で使ったりなんかしたら、山の一つや二つは割ってしまいそうだな」


 自分で茶化しでもしなければやっていられない。

 それが与太話でもなさそうなところが、雅臣をより憂鬱にさせる。


 視界に映る60カウントが過ぎ去る――主観的には60秒――が、こんなに長く感じるとは自分でも意外だった。


 自分が世界において行かれたような気がしたのだ。

 実際は自分が世界を置き去りにしているのではあるが。


 ――せめて磐坐さんだけでも、僕と同じようにこの時間の中にいてくれたらな。


 らしくもない情緒的(センチメンタル)なことを考えながら、そこはゲーマーとしての(サガ)なのか、カウントが切れるまでに視界に捉えている『死神(笑)』たちの意識は刈り取っておく雅臣である。


 触れたら呪縛を解かれたように倒れたのだが、死んではいないことは確認している。

 現実の人間を倒しても経験値は増えなかった。


 ――殺せば増えるのかもしれないけど、殺すわけにもいかないしなあ……


 そんなことを考えながら、まだ半分以上のこっているカウントがゼロになるのを待つ雅臣である。


 経験値は増えなかったが、何かがドロップしたようで雅臣はそれを確認する。

 それはアイテムではなく、ただの『情報』である。


 どうやら雅臣に敵対し、倒されたものはその情報を公私を問わず完全に奪われるということらしい。


「えぐい……」


 超能力者にさえ警戒される歴戦の猛者たちの趣味だの恋愛歴だのが表示されるのを、武士の情けとばかりに見ないようにする雅臣。


 たが雅臣の視界に表示される倒れ伏した彼らの情報には、彼らの本名とともにその情報から付けられた『あだ名』としか呼べないものが表示されている。


 それらのあまりの容赦のなさに、悪いと思いつつも雅臣は思わず笑ってしまった。


 前にも思ったがこの仕組みを作った存在は『遊び心』というには少々黒いものを込めているようだ、と思いながら。


 ――せいぜい自分はそれに取り込まれないようにしないと。


 力に溺れるのは一瞬である。

 自分一人であればそれも一つの在り方かもしれないが、凜子を巻き込んでいるからにはそういうわけにもいかない。


 そこまで考えたところでカウントが0になり、現実(こっち)では迷宮(あっち)とはまるで違う効果を発揮していた『魔力付与(エンチャント)』が切れる。


 ――とりあえずこの状況をさっさと何とかしよう。

 

 なにが起こったのかを、今までの余裕を失って聞いてくるアルに適当に応えながら、雅臣は屋上から校舎内へと歩を進める。

次話 アルの驚愕

2/18投稿予定です。


読んでいただけると嬉しいです。

今後もできましたらよろしくお願いします。

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