第14話 実証戦闘開始
アルの『転移』で屋上に移動させてもらった雅臣が、そこからの景色を見てため息とともにひとりごちる。
「これはもう、本当に何でもありだな」
雅臣がそういうのも無理はない。
見慣れた自分の学校から見る屋上からの景色は、その見た目を変えることなく、まったく違うものになっていたからだ。
墨絵までとはいかないが、全ての色彩が淡く揺らいでいる。
心もとない、まるで陽炎の様な景色。
そして音がない。
登美ヶ丘学園は山を切り開いた中に建つ、閑静な住宅街と隣接した学校である。
だが閑静と無音は似ているようで違う。
自然に囲まれているからこそ、風によっておこる葉擦れの音や、聞こえるはずもない虫たちの気配。
何よりもそこで生活する人々の空気が、騒がしくはなくとも確かに存在するからこそ、逆に強く閑静さを感じさせるのだ。
静とは人の生活圏では成立しないのだ。
だが今、登美ヶ丘学園を中心とした、少なくとも雅臣から見える範囲は、間違いなく静寂に支配されている。
「……これがアルの言っていた結界ってやつか」
無音なのはそりゃ当然だな、と雅臣は再びため息をつく。
なぜならば、見上げた五月の快晴の空に、山中であるからこそ飛ぶ鳥たちがまるでオブジェのように空中に固定されたいたからだ。
この結界の中では時さえもその流れを止めるということらしい。
似たような経験を迷宮でしている雅臣には、そこまで慌てる事態でもないとはいえる。
だがいかにもゲームめいた世界ではなく、よく見知った世界がそうなっているのを目の当たりにするのはまた別の感覚があるようだ。
「力をみせろって言われてもな……」
アルに言われたことは実行しようとは思っている雅臣だが、じゃあどうすればいいのかをわかっているわけではない。
とりあえず屋上に送り込まれたので、このままてくてくと一階まで下りていけばいいのかな? などと思っている程度だ。
親切なのか、余計なお世話なのか、操作画面のひとつが常に傍に浮遊し、教室で雅臣の活躍を期待している? 凜子を映し出している。
凜子が見ているのであれば、頑張ろうかな? と思えるあたりが男の救えなさかもしれない。
―とはいえ……
アルは自信満々で「やっておしまいなさい!」とは言ってはいたが、雅臣はゲームでいうならば序盤も序盤、薬草も持たずに調子にのれば最弱にも倒されかねないレベル3である。
確かに迷宮一階層のボスはかなり厳つかったが、それに勝てたからといって近代兵器と『術式』とやらを融合させたとんでもない部隊を簡単にあしらえるとは思えない。
あらためて雅臣は自分の『ステータス』を確認する。
社 雅臣
Level 3 next level 211/800
HP 101/101 MP 125/125
STR 54(+9) DEX 51 VIT42 AGI65 INT92 MND 109 CHR 112
取得スキル4 スキル取得ポイント230
スキルセット 4/10
『寸勁:level 3』『魔力付与:level 3』『治癒:level 3』『解毒:level 1』
ジョブ 近接魔法士
サポートジョブ 現状選択不可
状況 通常
装備 ランニングウェア一式。
あ、拙いと思ったので装備を迷宮のものへと変えておく。
シルバー・ファング(格闘・rare)
リングハーネス(胴) リングサブリガ(両脚) リングレギンス(両足)
革のマント(背)
さっきの凜子のように一瞬で、こんな格好をしているのは年に数回、そういう連中が集まる場所でしか見かけないような姿に変わる。
見慣れた日常の象徴ともいえる学校でこんな格好をしていることに思うところがないわけではないが、現在の最強武装に身を包むのは必要なことだ。
もしもこんな格好で知り合いにあったらどう説明すればいいものやら、と思いながら雅臣はとりあえず一階へ向けて進み始める。
――とりあえず第一階層のボスで経験値200稼げるんだな。
雅臣が考えているのはそんなことである。
半端な経験値は取得経験値1の魔物――雅臣の脳内で『練習相手にもならない相手』を倒した数。
雅臣は過去にはまっていたMMORPGになぞらえて『練習(以下略』などと呼んでいるが、取得経験値が有か無かの差は大きい。
必要となる時間を度外視するのであれば、極論第一階層でレベルカンストも可能となる。
最初の城の周りのスライムだけで勇者をレベルカンストさせるような不毛さだが、少なくとも雅臣はそういうことも嫌いではない。
命がかかっていると仮定した場合、それこそが最も効率的だということもできる。
とにかくレベルが上がるまでは同一対象からの取得経験値が変わらないのであれば、4回ボス戦をマラソンすればレベルは4に到達する。
レベル4になってもボスの経験値がいきなり1になることはないだろうから、限界までボスマラソンでレベルを上げようと内心決意しながら歩を進める。
当面の問題をクリアすることに集中しているため、ボス戦で得たアイテム類には頭が回っていないのか、わざわざストレージ画面が点滅しているのを見落とす雅臣である。
――MPもそんなに多くないし、無駄遣いはできないよな。
敵がどれだけいるかもわからない現状、確かにMPの無駄遣いはできない。
連戦、というよりも一度接敵した後は、完全クリアするまで継戦する必要も考えられる現状で、60カウントで切れる『魔力付与』を常時展開するのはためらわれる。
アルを完全に信頼するのもどうかとは思うが、あそこまで自信満々であるからには現状の最強装備で慎重に進めれば大事にはならないだろう、と雅臣は思っている。
だが。
先にいかにもゲームめいた迷宮でのレベリングに勤しんだためもあるだろう。
現実での最初の干渉に、アルが介入してくれたせいもあるだろう。
そのせいで雅臣は、自分が接敵する相手が迷宮で戦った魔物たちのように、基本は近接戦闘――飛び道具があるにしても目で見て反応できるものだと勘違いしてしまった。
近代個人戦闘の主役を務める銃――普通の人の目ではとらえることなどできはしない速度で飛び交う銃弾が支配する戦場を想定できていなかった。
その油断の報いを即雅臣は受けることになる。
普通の人間であれば一発でもくらえば死に至る無数の銃弾が、一瞬で雅臣の周囲に転送され、その速度を落とすことなく全周から襲い掛かったのだ。
躱すすべはない。
どれだけ高速で動けたとしても、高密度で足元からさえも襲い掛かる銃弾に死角はない。
アルのように『転移』でもできなければ直撃をくらうしかない状況。
遠距離から狙撃されるだけでもどうしようもない『銃弾』に、『転送術式』を組み合わせて360°死角なく浴びせかけられる。
如何に『トリスメギストスの几上迷宮』の有資格者――アルには『適格者』と称された雅臣にもどうしようもない状況へ初手から追い込まれたのだ。
雅臣にはその自覚さえもありはしない。
どれだけ高性能なステータス画面や、即時対応する警戒警告があろうとも、人の意識を凌駕する速度には抗えない。
その速度に致死の力を乗せて叩き込まれれば、どうしようもないのだ。
それは雅臣と敵対する部隊にしてみれば文字通り『必中必殺』の攻撃。
連続して発生する着弾音とともに、なすすべもなく雅臣はそのすべてを喰らった。
ここで終幕となるのが普通である。
だが。
「いってえええええええええ!!!!」
致死の銃弾を喰らった雅臣は、まるでモデルガンのBB弾を受けた程度の悲鳴を上げたのみであった。
『必中必殺』の攻撃が果たせたのは、必中のみでしかなった。
アルが「それはない」と言い切った雅臣の今の『力』
それは『銃』程度の攻撃力で、どうにかなるものではないのだ。
次話 適格者の力
2/17投稿予定です。
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