ある男の旅行記・6
目を覚ますと先ほどとはうってかわって辺りは暗く、とても静かになっていた。口の周りや服に吐瀉物の臭いが残って気持ち悪い。口を拭い、眠気で重い頭を持ち上げ周りに集中する。聞こえるのは風の音、木の葉の揺れる音だけ。少し先も暗くて何も見えない。頬を凪ぐ冷たい風と違和感が眠気を吹き飛ばした。
「博麗…近くにいないのか」
見上げても月どころか星一つ見えない。森の夜はここまで深いものなのだろうか。ざわざわと森のたてる音が不安を煽る。
「だれもいないのか」
不安を誤魔化すように大声を出してみるが声は木霊するだけだった。
おかしい。チルノ達ならまだしもあそこまで俺を必要としてた博麗達までもがいないのは異常だ。もしかしたら戦いはまだ続いているのかもしれない。それにしても俺を放置したままにはしないだろう、ましてやここは普通に妖怪や獣と遭遇する森である。それでも博麗達は周りにいない。
だとしたら…
ある一つの答えに行き着き、思わず乾いた笑い声が出る。
「夢、か。」
現実離れし過ぎているのに変に現実に似ていたから勘違いしてしまった。妖怪や妖精、怪物がいるなんて、よくよく考えてみたらくだらない。
星一つ見えない孤独な空が、自分と被って見えた。と同時に博麗を思い出す。
思い出したくないもん思い出させやがって。
「…最期に必要とされる夢を見るなんて、皮肉なもんだな。」
声は夜の闇に消える。誰にも届かない
何も見えない闇が、ゆっくりと心を蝕むのを感じる。慣れた感覚だ。
何を期待していたのだろうか。こうなるのはわかっていたはずなのに。必要とされてるのに、足手纏いにしかならない、何も役に立てなかったのに感謝される。何一つ変わらない。今更希望を抱いたなんて俺らしくない。きっと、このまま一人で死ぬのだろう。何もかもを残して、神すらに見捨てられ…
そう思うと何もかもが面倒だ。
俯き、ボロボロな自分の掌を見つめると過去を思い出す。
俺は、何がしたかった。
もう何度同じ問いを投げかけてきたのだろう。
「自分自身さえも変えられないな。」
唇を噛み締めると口の中の吐瀉物の感覚が蘇った。
…吐いたことが現実ならばもしかして…
顔を上げると風が再び頬を凪いだ。
「勝手に終わらせないでくれる?」
博麗と変わって冷たく獲物を狩るような鋭い声、同じなのは女声という点だ。
やはり、まだ終わってはいない。
「俺の悪運も尽きてないな…」
泣くことさえも死ぬことさえも許されてないらしい。ただ、許されているのは生きることのみ。
声の聞こえる方に向き直ると風か強くなった気がした。
「そうね、でも博麗に会えただけでも十分運が良いほうだよ。そこで使い果たしたんだろうけど。」
これが夢かどうか確かめるまで、この命は俺のものではない。俺を必要とする者の物だ。
「確かに、ところであんたは誰だ?」
そして、命を放り出すことは許されていない。なら、答えは決まっている。
笑い声が別の所で響く
「親に教わらなかったかい?相手の名前が知りたいならまずは名乗れって。」
俺は、何がしたかった。間違える度に繰り返した問答、何をするべきだった、何を間違った、そして繰り返す、自分に対する同じ解答。
真実、過去、結果がどうであれ、
今、最善を尽くせ。覚悟を決めろ。
「生憎、俺は両親をはやくに亡くしていてね、そういうことは教えてもらってないんだ。例えば、人を攫っちゃダメですよ、とか。」
足元にある石を声のする方向に投げつける。しかし、木に当たったのかコツ、と音がするのみである。
「はは、あんた面白いね。だけど残念。私を見くびらないでほしいわ。そういう人間が考えそうな事、お見通しよ。」
声が先ほどとは全くの別方向から聞こえる。木の葉の揺れる音が大きくなってきた。口調に混じる威圧感が増す。周囲すべてが一つの生命のようにうごめく。
「見くびってないから、全力で足掻くのさ、人間って奴は。」
このままではダメだ。こちら側からは見えないのに向こうからは見えている。その原理はなんだ。考えろ、考えるんだ。今すぐ襲わないということは相手には少なからず理性と知性がある。
「調子に乗るのも程々にした方がいいわ、なんなら今すぐそっちへ行ってもいいのよ。」
言葉に殺意が混じる。思わず2、3歩後ずさると、何かに足を引っ掛け思い切り音を立て尻餅をつく。
「あらあら、逃げようと走っても無駄よ、今、この場所は私の物なのだから。」
まさか、見えてない?この暗闇の中、奴は俺を視認しているわけではないのか。だとしたら…
「怖気付いちゃったかしら?」
楽しそうにふふと笑い声が響く。と同時に殺意が増す。その声は残り時間が少ないことを告げてくる。
「ま、待ってくれ。」
「いい加減、終わらせるわね。」
ガサガサと音を立て、奴がすごい勢いで迫ってくる。
「楽しかったわ。」
そして奴は爪で引き裂いた。




