表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
徹夜汁  作者: 塔野とぢる
9/13

徹夜汁 [1]

「愉快くん、体毛が薄いね……」

「生命の危機を感じると、保存本能が働くというけれど」


 彼女は顔の位置はそのままに上目遣いで僕を見た。


「私のこれは条件付けみたいなものかも。パブロフの犬なの。この部屋に入ったなら、たとえ老人とでもするかもしれない。あっ、別にこれは君をけなしているわけじゃないの。むしろ気に入っているし――」

 

「徹夜汁の説明を…続けてもらえませんか」


 彼女は体を起こして、僕の首元に腕を巻きつけた。少し首が締まり、苦しくなる。彼女はその様子を楽しんでいるように見えた。彼女が目の前で口を開く。赤黒い口腔の中、蜜のように唾液がしたたっている。


「徹夜汁は……村人たちが出す『汁』よ。この村のすべてを動かしている、万能の燃料」


 彼女は僕から体を離し、徹夜汁のボトルを取り出した。僕は押し倒された姿勢から動けないでいる。


「機械も動くし……人間も動くの」


 ボトルを開ける。中からどろりとした緑色が垂れ落ちる。岬さんはそれを指先に乗せてぺろりと舐めた。そのまま、その口で僕に顔を近づける。こじ開けられた唇の隙間から、舌がねじ込まれれた。ぴりりと痺れる、奇妙な刺激が口内に広がる。


「この村の人間は、眠れない」


 痺れるような刺激は脳へ伝わり、僕の情動をぐらりと揺らした。頭の中で何かが弾ける。彼女の身体との接触部分が熱を持ち、その柔らかさを敏感に感じ取る。


「不眠症の一種……でしょうか。そういった地方病があるとか」


 違う……と彼女は言った。息だけの声だった。


「脳の外科手術で、眠る機能を失っているの」


 もう一度舌が侵入してくる。僕はそれに応じた。硬直した体から力が抜けていく。しなだれていた両腕を、岬さんの体に回してみた。余分な厚みのない、しなやかで美しい曲線。沈み込むような質感があって、包まれたような気持ちになる。ここは安全で……安心……。


「岬……さん……」


 彼女を求めた全身が跳ねあがる。僕は起き上がり、向こう側のベッドに彼女を押し倒す。その拍子に徹夜汁のボトルが倒れた。僕はそれを掴み、すべてを飲み下してみせた。


「愉快くん……凄いことになっちゃうよ……?」


 今度は、痺れというより熱さだった。摂取した場所から、全方位にエネルギーが浸透していく。それは何故か、僕の思考をひどく疲れさせるものだった。脳は深くまどろみの中へ落ちていき、肉体だけが、俄然、勢いを増し続けている。


「これは、すみません、全部のんで……しまいました、が……」

「大丈夫……元々それは君に――」


 岬さんの言葉をさえぎって僕は肉欲に堕ちていった。



 まどろみの中で迎え入れる鋭い快楽は、僕の知るそれとは段違いに刺激的だった。

 彼女の内側は熱く燃え盛っていた。溶けるような快楽がすべての事象をどろどろにかき混ぜて世界を満たしていく。さまざまな液体が混ざり合って、滑り、僕をより奥へ運んでいく。すべてを肯定したくなるような気持ち。すべてが抹消されたような地平。脳髄、あまねく、広がっていく。


 僕は絶頂を迎えると同時に意識を失った。


「……ごめんね」


 彼女が何か言った。たぶんそれは、さっき聞き取れなかった言葉と同じ響きだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ