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徹夜汁  作者: 塔野とぢる
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死の森の最果てに [4]

[4]

 薄暗い室内が、老婆の顔に不気味な影を落としている。深い皺のすき間には干からびた糊のような汚れが詰まっていて、それはくすんだ緑色だった。ほぼ全裸、心身ともに無防備な僕は本能的に身構える。すると老婆は、さらに距離を詰めてきた。


「あんた、新しいのか」

「……新しい?」

「まさか…ヨソ者じゃあ、あるまいな」

「……あの、ええ、そうです。この家に用がありまして滞在して。はい、家主の厚意で泊まらせてもらって、その代わりに留守番を」


 老婆の投げかけは、何かを探ろうとする意思を孕んでいた。いきなり攻撃性を向けられるよりは何倍もマシな状況だと、僕は少し安堵した。

 老婆は視線を床に落として僕の返答を咀嚼し、またこちらをぎらり睨んで言葉を継ぐ。


「こんなところで泊まるとはな。ずいぶんと変わっている」


 相手の発言から探り返そうという僕の意図は、おそらく老婆に漏れているだろう。

 言いまわしこそなまっているが、彼女の言葉にはノイズがなく、思考がすっきり整頓されていることを感じさせた。完全に余裕のある立ち位置から軽い情報のジャブを打ち、僕のことを観察している。意図してのことではなく、染みついた習性として。


「まあしかし、ここに変わりはない。そう報告もしているはずだがな」

「……あ、はい、その確認に参りました」


 どうせこの老婆、仲間のところに戻った後は、


「オレは、丘下の田中がうるせえもんだから、こうして見に来ただけだ。あんたの仕事にさほどの興味もねえ」


 僕のことを不審者として報告するのだ。


「あの、すみませんが、お話が長くなるようでしたら、服を着させてもらえませんか」

「や、すまなかったな。オレはもう帰るからよ」


 老婆は最後に僕の顔を見つめ、人相を記憶してから玄関に向かっていった。

 僕は自分の発言に何かミスがあった気がしてならなくて、ふわふわとした心持ちでじりじりその背中に着いていく。老婆が家の入口に到ったとき、間合いはだいたい2メートルほどになった。敷居を跨ぎながら、前を向いて歩いていた老婆が半分ほど振り返った。僕はその顔に確信めいた笑みが浮かんだ様子を見逃さなかった。



 一難去ったあと、僕は湿ったままの服を上下身に付けた。所持品と呼べるものは唯一これだけで、万が一逃げなくてはならない展開になれば、すぐに消えてしまうつもりだ。


 僕は女のベッドで暫く寝た。女が寝ていたあたりには残り香が絡みついていて、それは僕を悶々とさせた。だが、昨夜の疲れはまだたくさん残っていて、穏やかな昼下がりはなめらかな眠りへと僕を誘ってくれた。



「起きて」

 目覚めると、頭上の天窓は闇に染まっていた。

 女はベッドの傍らできびきび動き、大きめのリュックに荷物を詰め込んでいる。


「いまから外に出るよ。速やかによろしく」

「……え?」


「あと五分というところ。すぐに逃げないと、私は強姦され君は惨殺されると思う」

「……あ、えっ?」

「君だけの責任じゃないから」


 僕は飛び起きて彼女と向き合った。その瞳は、有無を言わさぬ剣幕で僕を射た。

 万が一の想定が、こうもスピーディーに現実になるとは。なまじ雑な予想を立てていた為に、頭が働いてくれそうにない。


「おそらく…僕が…お婆さんが…」

「状況整理は私の中で済んでるから。さ、とりあえずベッドから降りて」


 僕が退くと、彼女はフンと唸りながらベッドを横に倒した。側面が上になり、背中をあずける面が垂直に持ちあがる。敷かれていた布団がずり落ちて、その隙間から一枚のブラジャーが転がり出た。


 彼女は赤面することもなくベッドに上り、背を伸ばして天窓を開ける。限界までガラス面を押しあると、60度ほど窓が回転した。


「ここから、出るよ」


 彼女はリュックを背負い、天井へ向かって跳躍した。


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