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好きです。

「あなたは。選ばれたのです」

 

満がさっきの男にも言っていた言葉。何時、誰に、どうやって。そんなことは分からない。だが、彼女の話を無碍にはできないのも事実だった。きっと彼女は真剣なのだ。その証拠に、今も彼女の瞳には、きちんとした光彩が宿っている。

 

ただの冗談や詐欺の為にこんな瞳をするような娘がいるわけがない。少なくとも、ラブズの周りにはいない人種だった。ならば、半信半疑の状態でも耳を傾けむけねばならないだろう。


「それは、どういう方法で選ばれるの? ……さっきは、あの男の人で、今度は俺。ひょっとして本当は誰でもいい……なんて言わないよね?」

「はい。……と言いたいところですが、それは少し違います。もちろん、さっきの人もそうですが、あなたにもちゃんとした選ばれた理由があるんです。精神力や適応力だったり、色々と。なにより、このわたし自身が選んで、見定めたのですから狂いはありません」

 

狂いがあったから、さっきの男は逃げたんだろうが。


「で? 俺に何をしてほしいのかな? やれることは少ないと思うけど、なるべくなら俺のできる範囲でよろしく頼むよ」

「…………」

 

ようやく肩の痛みが引いてきた。どうやら血は止まったようだ。あとは、乾くのを待つだけ。視線を肩から、満へと移す。彼女は言葉を失っているようだった。驚愕の表情が感じ取れた。そこには「信じられない」とでも書いているようだった。よほど、先程の件が堪えているのだろう。ラブズが素直に了承したことを信じられないのだ。

「初めてです」

「え?」

 

満が口を開くまでにかかった時間は約三十秒。


「……わたしの話を素直に信じてくれた人は。……いえ、半ばに信じてくれた人はいました。でも、こんなに素直に協力してくれると言ってくれた人はいませんでした」

 

だろうな、とラブズは内心そう思っていた。自分だって、なぜ彼女に対してこんなに親身になってやっているのか分からないのだ。ただの気の迷いなのかもしれないし、張りぼてのだらけの偽善なのかもしれない。それは分からない。分からないけど、彼女の力になってやりたかった。偽善だろうが、何だろうが関係ない。自分の気持ちに嘘は吐けないのだから、きっと、


この気持ちだけは本物なのだろう。

 

しかし、やはり照れ臭いので、


「……そんな大層な事じゃないよ。俺はただの自己満足だから」

 

思わず見とれてしまうほどの美少女を救うという、自分。ヒーローにでもなったつもりなのだろうか。冗談じゃない。


「とにかく、さっきの窓ガラスは何? まさか、ただの偶然とかつむじ風による影響とか言わないよね?」


かなり強気な質問の仕方だったとは思う。しかし、こうでもしないと答えてくれそうにもない感じがしたのだ。彼女なりの考えがあってのことなのかもしれないが、それはラブズの思惑とは相反していた。

女子のことは苦手だ。でも、それは女子の事を嫌いだからではないのだ。だから面倒事だろうが何だろうが、女の事が困っていたら男が助ける。それは古くからの伝統なのだ。だから見て見ぬふりなんて絶対にしない。幸い、彼女の本名は見えないし、もしも自分が何かのはずみで彼女のことを操りたいと思ったとしても何ら問題は無い。いや、それはないか。二度と誰の事も操ろうなんて考えないと決めたのだ。

 

とにかく少しぐらいは自分を頼ってくれてもいいと思う。微塵にも相手にされないと敗北感が苛むのだ。誰が相手だろうが関係ない。自分を育ててくれた親でも、いつでも相談に乗ってくれた友人でも、助けてくれたのならば、それ相応の恩返しをするのが人間として当然の責務だ。ラブズにとって満はまだ何でもない存在なのかもしれない。例えば、街中ですれ違ったとびきり可愛い女の子。それに気をとられて道端で躓いてしまう冴えない自分。会話こそ成立できたものの、ラブズと満の関係なんてそんなものだ。

 

だが、そんなことはただの綺麗ごとだ。傷付くことを恐れて、一歩を踏み出せない臆病者と一緒だ。臆病者よりは、敗北者のほうが全然いい。そう思えるようになったのは、ラブズがいくつになった時だろうか。


(駄目だ。思いだせねぇ)


その時を境に、ラブズの価値観は変わったのだった。好きな女の子には真正面から告白するし、彼氏がいようが、その娘に好きな奴がいようが、自分の気持ちをぶつける。そんな当たり前のことを、至極当然の如くやってのける。もしかすると、それはとても勇気のいる行動なのかもしれない。その結果、惨めな思いをすることになるかもしれない。しかし、ラブズは、そうすることにしたのだ。


去年、隣のクラスいる黒髪美少女レイアちゃんのことはまだ記憶に真新しい。あの時は、三日三晩泣き

まくり、目が真っ赤になった。ヒリヒリとして……熱くて。でも、それが終わった後には、すごくさっぱりとした気持ちになった。晴々として、ファキオに心配されることも無くなった。ああ……これで良かったんだな、と。そう思えた。



きっと、少なからず自分はこの娘――草薙満のことに好意を抱いているのだろう。



心奪われるような端正な顔立ちからだけじゃない。どこか遠くにある本能から、惹かれているのかもしれない。今、やっと気付いた。


一目惚れなのだ。単純に。


散々余計な言い回しをしたが、それだけなのだ。


「……違います。けど……分かりました。協力してくれるという人の質問を答えないわけにいきません。それに、あなたには個人的に興味があります」

 

おお、少なくとも俺の事を嫌っているわけではなさそうだ。――女子の好意には敏感な男、ラブズ・ウィンゴは淡い期待を持ち始める。


「そうか」

「まずは、もう気付いているのかもしれませんけど、わたしはこの世界の住人じゃありません」

「なんで、俺が気付いていると思ったの?」

「あなたは、さっき『君はこの街の住民じゃないね』と言いました。これは……わたしが、どこか他の人とは違うということの、暗喩を込めたもの。そうですよね?」

「……君は、見ている景色が違う気がしたから」

「……?」

 

どこか遠くを見ているような、目の前にある何かに興味が無く、もっと大きな何かを背負っている。そんな揺らめきを隠した目をしていた。複雑で入り混じった感情。思春期少年特有のものに似ている気がする。


「だから、近付きたいと思った。君に」

 

上手く言葉にできない自分に苛々する。もっと気の利いた言い方は出来ないのか。


「俺は、君のためになら……多分、そんな景色に飛び込んでも良い気がしたんだ」

 

好きです。

 

彼女は少し困ったように、顔を俯かせた。少しクサすぎる言い方だったかもしれない。また、やらかしてしまった。どうして、こう気取った言い回しなのだ。こんなのじゃ引かれても当然だ。きっとファキオなら、こういう時の口説き方を心得ているのであろう。

だが、彼女はラブズの発言にドン引きするわけでも、拒否反応を見せるわけでもなかった。


「似ていますね」

 

些細な微笑み。初めて見せてくれた表情かもしれない。やけに艶っぽくて、思わず、ドキリ、としてしまう。顔が赤くなっているかもしれない。今日は、顔が青ざめたり、紅潮したり……とやけに、カラフルな一日だ。


「似ている……って誰に?」

「わたしの、知り合いに、です」

「その言い方じゃ、ただの知り合いって感じじゃなそうだね」

 

やけに含みのある表情だったからだ。つい、気になってしまい、口を滑らせた。


「……そう、ですね。とても……大切な人です」

 

 ……ああ、またもや玉砕ではないか。これで、何度目だ。好きな子に好きな野郎がいるパターン。大抵、ファキオの場合が多いのだが……。どうも、奴ではないらしい。というか面識があるとは思えない。

 しかし、またしてもこれか。ポリポリと頭を掻きながら、ラブズは苦い思いを噛み締めて、押し殺す。なんてことの無かったようにして、


「彼は、とても素敵な人でした。強くて、優しくて、あんまり格好よくはないんですけどね。それでも、彼がわたしのことを一番好きでいてくれる。それだけで、十分だったんです」

「……へぇー」

 

 呆然とその壮大なノロケ話を聞いていた。聞いていて涙が出てきそうになる。


「あれ? ……もしかして、探している人って、その男の事?」

「いえ……違います。彼と関係していることは、確かですが」

 

 意外にあっさりとした答えだった。てっきり、情熱的な意気込みを聞かせれるものだったと思っていたのに。どうも、しっくりとこない。


「ところで、俺とその人がどういう風に似ているの?」

「……雰囲気とか、声? も似ていますね。顔は全然違いますけど。あなたの方が、凛々しい顔つきをしています。その素敵な赤茶色の髪じゃありませんし」

 

 (凛々しい!? 凛々しいって言われたぞ、今!)

 

 少なくとも、見た目ではそいつに勝っている。つまり、勝機がないわけじゃない。希望が見えてきたではないか。俄然、ラブズの恋の炎は激しく燃え上がる。


「でも、喋り方が違います」

「喋り方?」

「はい。あなたは結構柔らかい物腰での喋り方をしますが、彼は少々荒い喋り方をしますね。不器用で口下手なのですが、優しいところはあなたと一緒です」

 

 (へぇ、そいつは面白い話だな。俺が、柔らかい話し方、と。あんまし、自覚が無かったな)

 

 おそらく、本当に自覚が無かったのだろう。

 ラブズは、自分でも気づかないうちに、そういう喋り方になっているのだ。友人と話す時は、素の状態で喋る彼だが、女子と小さな子供に対してだけは態度をガラリ、と変えるのだ。猫なで声と声とは違うのだが、子供をあやすようにして。きっと癖なんだと思う。これも少ない人生経験の中で身に着けてきた社交性的能力の一つなのかもしれない。


「なんかさ、そいつ……いや、いいか」

 

 満の口ぶりからすると、あまり明るい印象が設けられない。話のほとんどが過去形となっている。

 話の中の『彼』は死んでしまったのかもしれない。

 もしくは、それに近い状況、行方不明になっているとか、マイナスのイメージの方がかな強いものとなっている。もし、そうだとしてもそれをわざわざ追求したり、しつこく質問をしたりする必要はないだろう。ラブズの良心的な想いと反している。

 

 ジャリリ、と赤褐色のコンクリートの道に散らばっているガラスの破片を、ラブズのサンダルの底が踏み潰した。画鋲じゃないだけ、まだマシだ。ラブズは、一歩、満へと近付く。

 

 そして、


「…………!」

 

 満の瞳が、大きく見開かれた。

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