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彼だけの秘密

続きです。

 八月十二日。

 

 今日はファキオも忙しいとのことでラブズは一人、街へと繰り出していた。繰り出すといっても、バリバリのお洒落をして片っ端から女の子に声を掛けていく……というファキオみたいな行動をとるのではなく、ただ市内にある図書館に行くだけだ。その証拠に、ラブズの格好は

シンプルな白いポロシャツ一枚と、地味なカーゴの半ズボンのみだった。どう見ても、お洒落な男の子には見えない。

 

 近所にも図書館はあるが、なぜわざわざ市街地の方の図書館に行くのか、それは至極単純な理由だった。近所の図書館は本が少ないのだ。特に旧歴史の専門書に関しては。

 この昼の世界が生まれる以前に存在していた、『前』の世界。その世界の歴史について学習するのが、旧歴史である。学校の基本教科の一つにも数えられている。

 ラブズは、数学や現国は苦手としていたが旧歴史だけは不思議と得意だった。

 得意というよりは好きという表現の方が正しい気もするが。


「……これと、これと。えーと……ついでにこれも……っと」


 分厚い本ばかりが並ぶ本棚に手を伸ばして、目的の数冊を掴み取る。主に百科事典のような重量がある本だ。とは言っても、今日調べたい項目は数種類に絞っているので重さ程の時間はかからないだろう。

 集団で座れることができるタイプの席は、受験勉強に追い込まれる中学生が占拠していた。空席もあるにはあるのだが、さすがにあの輪の中に入っていく勇気はラブズになかった。

 ラブズが選んだのは、窓側にある横に広がるタイプの席。その中のはじにある椅子を引く。

 右肩にかけていたトートバッグを机の下に置くと、あらかじめ目星をつけておいたページを開いていく。


『よくわかる旧歴史・中級編』

 

 それがこの本の題名。やっとのことで、先月初級編を見終えたばかりであった。

 その中の二五二ページにある、『ウェータについて』に目を通す。

 

 ――ウェータ。

 それは前の世界での行い。そして審議の事を表す。ウェータによって人の生まれる世界は決まり、転生される。朝、昼、夜。それは厳密で適切な判断によって選ばれる完璧の審判なのだ。


「……やっぱ、こんなものしか載ってないか……」

 

 ページを捲りながらため息交じりの声を呟く。少々、期待外れの内容だったのだ。これぐらいの内容ならならば、教科書にだって記載されている。

 ラブズが知りたいのはこのウェータを、誰が、いつ、どこで決めるのか。そこまでの細やかな情報を知りたかったのだ。だが、その望みは叶いそうにもない。市の図書館でも、所詮はこんなものか。とんだ見当違いだったようだ。


「それよりも……忌み名だ」

 

 目次―――indexからその名目を探し出す。

 今日調べたかった本題は、どちらかというとそちらの方に傾いていた。元々、ウェータにつちえ詳しく掲載されている本なんてあると思っていなかったからだ。それよりも今は、『忌み名』についての興味が膨らむばかり。


「あった。……ここだ」

 

 言葉とは裏腹に、ラブズの手はページを捲ることをためらっていた。しかし、その手に逆らうようにしてラブズは、世界を広げた。

 

 ――忌み名。

 前の世界での本名であり、その人物の元の名前。基本的にその本名を知る術は無い。両親が付けるわけではない。


「……やっぱし……そうか」

 

 実はラブズには秘密があった。

 細かいものを数えるとキリがないが、大事を成す秘密が二つ。

 

 一つは、『見える』のだ。この忌み名が。特に意識するわけではないのだが、ラブズが知りたと思うと、その人の忌み名が浮かび上がってくる。今まで確証を持つことが出来なかったが、この本を読んだことで、僅かながら確信が持てた。

 

 ラブズは隣に座っている、二十代前半ぐらいの女性の姿をその瞳で写し取る。


(知りたい)

 

 さして強い念でないが、ラブズは小さな欲求を抱かせる。

 すると、どうしたことだろう。見えてくるのだ。その人の名前が。忌み名が。


『夏葉日花里』

 

 基本的に、昼の世界ではカタカナ表記の名前を付けられる。英語や、漢字で付けられるわけではない。これは憲法で決まっていることなのだ。つまり、漢字で表記されている夏葉日花里という名前は、この世界での彼女の名前ではないのだ。……忌み名。本の通りだとすれば、おそらく前の世界での彼女の名前なのだろう。とラブズは読み取った。

 一応、名前を知られるというのはプライバシーに関わることなのだが、別にその名前を彼女が使っているというわけでも、彼女自身さえ知らぬ名前なのだからさして問題になることではないだろう。

 

 問題なのは、その名前で呼ぶことだ。

 それが二つ目のラブズの秘密だった。

 

 たとえば、今ここでラブズが夏葉日花里さん、と呼んだとしよう。ただ、名前を呼ぶだけならば意味は無い。誰の名前を呼んでいるのだろう? と首を傾げるだけだ。

 だが、恐ろしいのはここから。

 夏葉日花里に何か頼みごと……すなわち命令をしたら、彼女はそれに従ってしまのだ。

 

 どんな些細な願いでも、膨大な指令でも何でもいい。とにかく、その忌み名の後に、言葉を繋げたら、その言葉通りに行動する。一見、そんなに恐ろしい力だとは思わないかもしれない。それどころか他者を思い通りに動かすことが出来る……魅力的な力だとも思えるかもしれない。

だが、それはとても恐ろしい事なのだ。それでも初めは、好奇心や優越感から面白おかしくその力を使うこともできるかもしれない。


 それが怖いのだ。

次回もなるべく早めに投稿できるようにします!

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