夏休みに追われて
ありきたりですでに出し尽くされているような内容ですが、皆様の暇つぶしになってもらえれば、幸いです。というか、見てもらえていただけで幸せな気持ちになれます。「こいつの成長見守ってやっていいかも……」と思ってくださる寛大な読者様。どうか、感想をください。
やり直しがきく世界。
あまりにも甘く、優しすぎる、この純朴な世界の事が好きだった。
やりたいことをやって、笑う。
たまに間違うこともあるけど、それをちゃんと償うことが出来る。
まるで、ガラス玉みたいな鋭利さと、透明さがある。
それは時に濁る。でも、拭けば獲れる。洗えばとれる。
「プロローグ」
「……なぁ、志島。俺たちの街ってどう思う?」
ここは少しだけ見晴らしのいい緑の丘。雑草が生い茂っているが不思議と蚊などの害虫はいなく、真夏だというのにも関わらず蟲に刺された痕は少年の体に見当たらない。
この丘に来るのが日課と言うわけではなかったのだが、たまたま釣りの帰りに寄り道できるところを志島と検討していたところ、この場所に行きついたのだ。
「どう思うって言われても……普通だろ」
野郎二人で座り込み、くだらない世間話ばかりして時間が過ぎていく。現在進行中の議題は「俺達の街について」だ。正直、つまらなくはないが面白い話とも思えない。志島も同じように思っているのであろう。さっきから返答はしているが、どこか受け流しているように思う。
もっとも話を切り出したはずの少年もあまり興味が無いのか、心此処に在らず状態だ。朝は宿題を投げ飛ばしてRPGゲームのアイテム欄コンプリートを目指して格闘。午前中は学校のプールに行き、夏を満喫。ついでに途中のコンビニでアイスを買い食いするのが日課だった。そして午後は志島と家から少し離れた川まで行き釣りをする。これが現在中学生男子の普通の日常だ。傍から見ると、楽しそうには見えないかもしれない。
だが少年はそんな日常が嫌いではなかった。特にこれといった目立った出来事もないし、彼女ができるとか恐れ多い事もない。それでも、この穏やかな時間が好きだ。胸を張って言える。先程の少年の質問、「俺達の街をどう思う?」も似たような答えだ。特別なにかあるわけじゃないけど好きだ。
それが少年の素直な気持ちから浮き上がる、ありのままの答えだった。
「そういやさ、隣のクラスに評判の美人がいるって聞いたんだけど、実際どれくらいカワイイの? モデル級? 言っとくけど俺は普通の可愛さじゃ頷かないからな」
「……気になるのか?」
「そりゃあな」
いつの時代も男子は女子の話題になると、口車が達者になるのだ。もちろん少年も論外ではない。少年誌のラブコメで枕を濡らしたことも、一度や二度ではない。
「はっきり言って、俺らが話しかけて良いような娘じゃないね」
「そ、そんなにカワイイのか!? 逆に気になるんだけど」
「うーん、可愛いって言うより、見たら虜にされるような魔性の女? みたいな感じ?」
「へぇ、ますます興味が沸いてきた」
身を乗り出して少年は志島の顔を覗きこみ、話に耳を傾き続ける。
そんな少年の態度に呆れつつも志島は、うぉっほん! と一つ咳払いをした。
なだめるようにして少年の肩を掴む志島は、目を細めながら顎に指を添える。
「言っておくけど、絶対に惚れんなよ。おまえが泣くことは明確だからな」
「分かった、分かった」
しゃあねぇな、と切り出した志島は丘の草むらに手をつきながら、青空を見上げるような形をとる。映画とかならば、ここで偶然というか、タイミングというか、飛行機雲が空に描かれるのだろう。残念ながらそれは見られない。
「ま、名前だけは教えとくよ」
「おう、聞いてて損はねぇからな」
その日、少年の恋心は揺れ動き、乱れた。
誰もが茹だるように音を上げる夏休みの日の出来事だった。
―――――これ等の会話は全て、ウィータに記載されている一部分である―――――
1
その日はとにかく暑かった。
体中の皮膚細胞が死滅と再生を繰り返しているのであろう、恐ろしき直射日光とアスファルトから立ち昇る陽炎。それだけで視覚的に暑さを感じてしまう。一種の五感作用だ。
肌にへばり付くポロシャツも、道をふらつき歩くラブズを唸らすには十分すぎる不快感を演出していた。
「~~~~~~っあぁぁ~~~~~~っしょぉ~~~~~~っ~~~~~~!」
と、すでに言葉にならない声を上げながら歩を進める。うっかりしているとすぐにグラついて倒れそうになってしまいそうだった。洒落にならない熱中症の前触れなのかもしれない、とラブズは考えた。こうしてはいられない。
ラブズは体を休めるべく、無我夢中で日陰を探し求めた。木陰だろうが、ビル影だろうがこのさい何でもいい。とにかく、涼みを得られる場所が欲しかった。
しかしそれが一向に見つかる気配は無かった。というか、この平地が悪いのだ。周りには田んぼや畑ばかりが広がるばかりで、建造物が一切見当たらない。唯一、休めそうな場所といえば、ここから2キロはありそうな場所にそびえ立つタブの木があるだけ。だが、それも遥か彼方にあり、とてもじゃないがそこまで歩ける気にはならなかった。
「あ……マズイ、これ……ほん、とに……やばいかも」
ガクリ、と崩れ去る膝はすでに筋肉痛と名の悲鳴を上げていた。不規則な勢いで流れ落ちる汗がポタポタと、まるで血のように水滴を垂らした。その波紋が道に広がるのは一瞬。汗が収まる様子はない。それどころかさらに膨張して湧き出しているようにさえ思う。
すでにラブズの視界はぼやけ始めていた。道の先あるタブの木も蜃気楼を起こし、二本になったり、三本になったり、とまばらな揺らぎを繰り返している。何色ともいえぬ光が、チカチカと瞼の裏を霞めた。
「じょう、だん……じゃねぇ……ぜ。どうしろってんだよ……ったく……」
自分が倒れ込むのは分かった。
太陽に照らされ続けているコンクリートもかなりの高熱を帯びており、服越しとはいえ、その暑さをひしひしと感じることになる。熱い。このままでは火傷をしてしまうではないか。誰か打ち水をしてくれ、と心の中で念じてみてもその願望を叶えてくれる人物はいない。
このままでは本当に不味い。と思い始めたラブズは起き上がろう、と意を決してみたが肝心の体が動かないのだ。まるで、自分の体が他人のように言うことを聞かない。それでも食らいつくようにして身体を引き摺るが、それは無駄なあがき。不格好な動きは酷く滑稽だった。
やがて動くことを諦めた彼は、意識すらも暗闇の淵へと沈み込んだ。
どうしてこうなったのだろう、とラブズ考えていた。
もとはと言えば、友人の誘いに乗ったのが間違いだったのかもしれない、夏休みということで、「たまには俺にも付き合えよ」と半ば強引に連れ出された。
行先はといえば、さして珍しくもない『塩海』に隣接されている運動公園だった。一応
趣味が被る友人ということもあり、バスケッボールの1on1や、スケボー。ついでに釣堀で、軽い感じで、ブルーギルを釣ったりした。
と、まぁ、そこそこ楽しい休日なった。男二人だけという、いささか色気が無い時間だが、それでも満ち足りた使い方だったと思う。
問題はその後だ。
急な用事ができたと言って奴は、ラブズのバイクを跨いで去って行ってしまったのだ。幸いすぐに戻るといっていたので、暇潰しに公園の傍にある図書館で暇をつぶしていようと思ったのだが、何時まで待っても奴は戻ってこなかった。
「……バイク……返せよ」
うつろな意識のまま、ラブズはタメ息混じりの言葉を呟いた。
結局遅すぎる奴を待つのが面倒くさくなったラブズは、徒歩で帰ることにしたのだ。だが、そこは見知らぬ土地。基本的に土地勘が鈍いラブズが迷うには十分すぎる環境だった。案の定、迷ってしまったラブズは真夏の空の中倒れ込んでしまった……と、あまりにも間抜けな話だった。今日も真夏日なんてことは、常識なのに。
天気予報を見ているわけでも、たまたま今日が八月の夏休みだから、というわけではない。
ここには夏しか来ないのだ。
三百六十五日二十四時間。紫外線が牙をむき、凶暴な灼熱が人々に降り注ぐ。四季折々なんて言葉があるなんて誰も知らないとでもいうように。
さらに、ここには『夜』もこない。太陽は正午の位置にとどまったまま動くことを知らない。
旧歴では『フユ』なるものも存在したらしいが、ラブズは見たことも聞いたこともなかった。どの場所でも極寒の境地へと追いやっていたというが、それを信じろという方が無理な話だった。仮にそれが真実だとしても、ラブズ達にとっては、ファンタジー、夢物語といったところの類だ。それほどに、寒さとは無縁の世界。永遠に日の光が照らし続ける世界。
それが、ラブズたちの住む『昼』の世界だった。
だから、飲料水の一つや二つぐらい携帯しておくのが常識なのだ。つまり、ラブズの不備があったことも認めなければならないのだろう。
自分の不甲斐なさも噛み締めながら、ラブズは揺れ動く自分の体の異変を察知した。
道が動いている? もしや地震?
偶発的にラブズの瞳が開く。それと同時に、ラブズ自身の意識も目覚めた状態となった。
パチリ、という擬音語が似つかわしい切れ長の瞳が写したものは、自分の愛車だった。黒々しいカラーリングと男心を擽るような重厚な作り。初めて見た時から、ラブズはこのバイクに一目惚れだった。
そんな愛車が手元に戻ってきたのだ、普通なら、ここは素直に喜ぶべき場面のはずなのだが、喜びよりも、不信感のほうが大きかった。
勢いよく、後方へと手をつきながら片方の手はグラつく頭を押さえて、起き上がる。
そこは、泥臭い軽型トラックの荷台だった。一応の措置のつもりなのかラブズの頭上には、日光を遮るための日傘が刺されてあった。カラフルな水玉模様だ。トラックの荷台よりは、浜辺のリゾートとかの方がよく似合いそうだ。
「……ん」
寝起きと言うこともあり、まだ意識がグラつているようだが、何とか状況を確認するべく、辺りを見回す。周りは濃紺地帯……。ということは、倒れた場所からそう離れた場所ではないようだ。いや、それよりもまずは誰が自分の事を救ってくれたのか、だ。確認を取るために、荷台からら身を乗り出し運転席の方へと顔を近づける。
「あのー……なんか、助けてくれたみたいなんですけど……。その……本当に助かりました。ありがとうございます」
「おーう。あんまし気にするなよ? ま、ほ――んの少しだけだけど俺にも責任はあるかもだし。とりあえずこれ飲んどけ。水分補給はこの世界の鉄則だからな」
光の反射具合で顔をよく見ることは出来ないが、声色の感じからラブズとあまり変わらない齢の少年のようだ。そんな中、ラブズの心で何処かの誰かさんとの既視感が芽生えた。
とりあえず、手渡された清涼飲料水を口に含みながら、半分近くまでを飲み干す。運転手の話を聞くところによるとかなり危ういところだったそうだ。もう少しで、脱水症状を起こしそうになるくらいには。
感謝しても、感謝が足りないくらいの命の恩人だ、この人は。
そうラブズが思った時の事だ。
ようやく目が光に慣れてきたらしい。運転手の顔をはっきりと見ることができたのだ。どんな顔をしている人なんだろう。きっと漢気溢れる義理人情に篤い逞しい人なんだろうな……と想像したところで、それは一気に崩れ去った。
「なんで、おまえがここにいるんだよぉぉぉ――――――――――っ!?」
サイドミラー越しに映る彼の顔に思い切り、ラブズは怒声にも近い声を上げる。
「なんで、って……おまえのこと助けに来たんだけど」
「俺が死にかけた原因はおまえだろ!?」
すかさず諸悪の根源であることを明確にしてやる。が、奴はしれっとした様子でハンドルを回しながら、口笛なんて吹いている。
「だから待ってろ、っていったじゃん」
「四時間待っても来なかっただろ!」
「それは……あれだよ。道に迷って困っていた女性を助けたからだよ」
「俺の命と引き換えに!?」
片手でハンドルを操作し、もう片方の手でなにやら携帯電話をいじり始めると、それをラブズへと手渡してきた。
「ほら、この娘だよ」
画面上に映し出されている女性は、女性というにはあまりにも未熟すぎる少女だった。どう見ても小学生にしか見えない。
いや、道に迷っていたというのだから子供だとしても何ら不自然な事ではなかった。むしろ、大の大人が泣きながら立ち往生している姿よりは、子供の方が幾分かマシに思える。
「どんな方法で釣ったんだ?」
軽いジョークのつもりで言う。
「お菓子を上げるから泣きやんでって」
「よく捕まらなかったな、てめぇ!」
涼しい顔して不審者紛いの行動をとる友人とは裏腹に、ラブズの背中にはゾワリ、と悪寒が走る。中々整った顔立ちとして有名な友人だが、もしやロリータコンプレックスの気があるのかもしれない、と本気で不安に思ってしまう。
「まさか……こんな小さな娘相手に、手ぇ出したりしてないよな?」
「あっはは、そんなわけねーじゃん! いくら俺でもさすがに危ない境界線は引かないよー。後、五年ぐらい経ったら分かんないけど。いや、待てよ。小さいうちから俺好みの教育をして、理想の女の子を作り上げる……悪くないな。やっぱ、連絡先聞いとくんだった」
おまえは光源氏かよ。というツッコミを心の中で入れつつ、幼き純粋な心が汚されないで済んだことに安堵する。こいつなら本当にやりかねない。
ラブズは携帯電話を友人に返却する。
「じゃあ、その娘とは何もなかったって事だ」
「そうだね。『お兄ちゃんのお嫁さんになる!』とは言っていたけど」
「結局、落としてんじゃねぇか!」
本当にその娘が連絡先を聞かれなくてよかった。ラブズは、車体の方に寄りかかりながらあぐらをかいて、遠巻きに景色を眺めた。かなりの移動距離を走ったはずなのに、未だに似たような風景ばかりが続く。
どう考えても、ラブズの足だけで帰ろうというのは無理な話だった。結果的にこいつに救われたことになる。
「とりあえず……マジで助かった。ありがとな、ファキオ」
「良いってことよ。俺ら、友達だしな」
ラブズは目を閉じる。すでに時刻は午後の六時を回っているのにも関わらず、太陽は俄然として正午の位置にとどまっている。まったくもって迷惑な光だ。これのせいで暑さが増すし、眩しくて目を閉じてしまう。そもそもコイツのせいで俺は死にかけたんだ。冗談じゃない。ラブズは、太陽を苦手としていた。
でも、嫌いではなかった。
日照りが作物に害を与えることもある。もっともそれも昔の話で、現在は水使いが新製品を開発しただとかで、無問題のようだが、それでも人にとって迷惑なものであることは変わらない。それでも、嫌いにはなれない理由がラブズにはあるのだ。
「友達……か」
とても素敵な響きだと思う。
英語で表すとfriend。しかし、どうもこれがしっくりこない、やはり『友達』もしくは『親友』の方が美しい。言葉の意味としては同位のものなのに、なぜこうも音が違うのだろう。
「違うのか?」
ファキオは分かっているくせに、わざわざ確認を取るような真似をする。
「……違わねぇよ」
道を走り抜けていくトラックに、心地よい風が吹く。
吹き抜ける風によって、ラブズの前髪が掻き上げられた。赤が混じった茶色の髪。あまり、好ましい髪ではなかった。なぜなら、この髪色だとすぐに軽薄そうな男に見られてしまうからである。嘆かわしい事だ。
なぜ、自分が赤色茶髪でファキオが青色黒髪なのだ。普通逆であろうに。頑固たる漢気の有る者こそが黒髪に相応しいというのに、こうも世の中が不公平なのだ。実際、軟派で色気沙汰が好きなのはファキオなのに。
「まぁ、生まれついての髪型だからな」
前髪を弄りまわしながら不満そうに唇を尖らす。壊滅的なほどにイケてる側の人間ではない性だからなのか、その仕草が恐ろしく似合わない。だが、髪色に関しては仕方がない事なのだ。
昼の世界の人間の髪色には統一性が無い。同じ地域に在住している人同士でも、異なる場合がある。それはラブズとファキオも例外ではない。
「なに? ラブズ、髪の毛染めちゃうの?」
「いや、染めねぇよ。ダメージだって大きいだろうし、第一俺がそんな非行少年みたいなことをしたら可笑しいったらありゃしねぇよ。今時夏休みデビューなんて、痛々しいにも程があるだろ? それに、生まれつきなんだから仕方ないだろ」
なるべく自虐的に思われないように、自分を客観的に解釈したつもりだった。実に的確だと思う。と、思うのは少々過剰な評価だろうか。
「俺も染めない方がいいと思うわ。その髪色だって羨ましいしな」
「羨ましいって……コレが?」
髪の束を一括りにしてねじる。一見、ナルシストな仕草だが根本的な性格からしてラブズはナルシストに成りえないので、そうは見えない。
「明るくて、少しだけ情熱的で……。そう、この昼の世界を体現しているみたいじゃないか」
ファキオの発言はかなり楽観的すぎる意見と言えた。そんなわけがなかろう。ラブズは自分で自分を否定する。少しばかり、自分は悲観的なのだろうか。
「体現って言われてもなぁ……だとしたら、何か特別なことがあってもいいんじゃないのか?」
「具体的には?」
ファキオにそう言われると、ラブズは口ごもってしまう。何も思いつかないというわけではないのだが、それがあまりにも自分の手に届きそうにもないものなので、言おうにも言葉が詰まってしまうのだ。
「そ……そそそ……そりゃあなぁ……?」
「んー? 一夏の体験っていう感じ?」
「ばっ、バカだろてめぇ!? よくそんな思考回路に行きつくな!」
「違うのか?」
「断じて違う!」
ラブズは決してやましい事なんて考えていない。だが色恋沙汰に疎いわけでもない。むしろ、敏感な方だった。片思いのしている女の子に好きな奴ができたとしたら、とっさにそいつをチェックする。……大抵の場合はファキオなのだが。
だが、彼はその男を消滅したり、撃滅したりするわけではない。必ずと言っていいほどラブズは彼女らの恋路を応援するのだ。
自分の気持ちを押し殺して、最大限のサポートをする。ラブズ・ウィンゴとは、そういう男なのだ。
そんな彼の願いと言えば、心底惚れた女子とこの昼の世界では希少なものとなった『海』の浜辺を二人で歩くことなのだ。
きっとロマンチックなデートになるに違いない……!
夜が来ることは無いから夕焼けなんて拝めないだろうけど、一通り探索した後はて……手とか握ったりして……!
「――うんわっぎゃああああああああああっ!!」
「ラ、ラブズ!? おまえ、そんなヤバい妄想をしていたのかよ!?」
トラックの白いボディを掴みながら、自分の煩悩を断ち切るべくラブズは頭を縦横に振り回
す。そのせいなのか、奇妙な倦怠感と片頭痛に悩まされることになってしまう。
黒い排気ガスがトラックの走った道を、後からついて来ているようだった。
その臭いに一瞬だけ、ラブズは眉根を顰めるが後は頭痛になされるままとなる。
とにかく今日は暇潰しには最適の日にはなったかもしれないが、ロクな目に遭わない日だった。結局、体に残ったのは脹脛の筋肉痛と、締め付けるような頭痛のみだった。
「……暑い」
それを言ったところで気温が変化するわけではないのだが、ラブズは不満交じりの言葉を漏らした。
八月一日 午後六時二十一分。
2
強烈すぎるほどの潮の匂いが鼻先に含まれた。
匂いだけではなく眼球にも潮の風が当たり、目の渇きが異様なほどに進む。
すでに涙を流してしまいそうだった。
銀髪よりも純白に近い髪を腰のあたりにまで伸ばした彼女は、何かを探し求めるかのように『塩海』の浜辺を歩いていく。
身の丈は十代女子の平均身長よりもかなり低かった。細くて華奢な体つきはまるで、野山を駆け回るカモシカのよう。女性的なラインを演出させる部分はまだ未成熟だったが、それが一層彼女の純朴さを表している。
ゆっくりと一歩、一歩を大切に歩いていく。
「……ここも、ダメ……か」
塩海の方へと見やり、自嘲めいた声を呟く。
塩にまみれた海水。白い結晶の粒が海面のすべてを覆い尽くしていた。
この世界、『昼』の世界では大抵海はこのような状態となっている。海水のみが埋める純粋な意味での『海』は、本当に希少なものだった。塩海と海の割合を比率で表すとすると、9:1。いや、それでは一〇パーセントだから違う。――99:1ぐらいだ。
それほどにこの、塩海は昼の世界を侵食しているのだ。だが、この塩が人体に害があるというわけではない。海水が無いとこの世界の住民が困るというわけでもなかった。
そんな対策は五十余年前にすでに行われていた。
「……汚い」
『水使い』と呼ばれる対策機関が、『ランドリー』。すなわち水を完全に洗浄させ、あらゆる水分を含む物質から水を摘出させる浄化摘出装置を開発した。とても飲めそうにもない泥水でも、植物に含まれている水分だろうが、それを殺菌させ人体に影響を及ばさない飲料水を作り上げるのだ。
なんという素晴らしい発明なのだろうか。これが無ければこの世界の人間はかなり壊滅的な状況に陥っていたことであろう。
だが、それが何になるというのか。結果的にこの世界は救われたのとでも? 一時的な安息さえ手にすることができればいいと? 白い女の子は波に削られた数種類の足跡を見回しながら、目的の何かを探し求める。
「ここに居たはずなんだけど……どこに行ったのかな?」
歩き疲れた彼女は白い砂浜へと腰を下ろした。
履いていたサンダルには、すでに砂粒がまみれており早急に洗い流したい衝動に襲われた。幸いすぐ傍に水飲み場があるので、そこに足を運べば砂を取り流すことは可能だ。だが、そこで足を水に浸けたとしても、濡れたままの状態では、すぐにまた砂が付着してしまうだろう。
安易に行動はとれない。
とりあえずの応急処置として、シンプルに手で砂を払うことにした。
しかし、そんなことはどうでもいいのだ。
今日、この時間帯を、わざわざ選んでまでも、会いたい人がいた。
残念ながら、少しばかりミスが生じたようでその人とはすれ違いになったようだ。
またしてもやらかしてしまった。
この昼の世界に来た目的は彼に会うためだというのに、これでは何の意味もないではないか。かといって、八つ当たりをしようにも、八つ当たりをできるものがない。
(もしや、先に接触された……?)
僅かな焦燥感が走ったが、よくよく考えるとそれはあり得ないことだった。
まだ自分以外に、世界を渡り歩く力を持つ者はいないのだ。つまり、誰も彼とは接触を取れない。ほんの少しの優越感を得た気分だった。
だが、彼女も彼の顔を実際に見たことがあるわけでないのだ。彼だ、とはっきり分かるような写真の一つでも撮って寄越せばいいのに、あいにく自分の上司はそうしようとは思わなかったらしい。だが、なんとなく彼女には想像がついていた。
話に聞いたところによると、この世界を体現しているような髪色をしているらしい。すなわち、太陽。赤茶髪の少年。
これだけ聞くと当てはまる人物が多すぎて、絞り切れないが『ウィータ』にリストアップされている人物を見る限りそれはすぐに目星がついた。一番、少年らしく、真っ直ぐな瞳をしている少年。
一目で、彼だと分かった。
「……っと」
尻ポケットから取り出したウェータの簡易コピー。それを張り付けたメモ帳を取り出す。
そこには四名の少年の名前と年齢が記載されていた。
シンク・ライヤード 十三歳
メンティ・ロード 十九歳
ラブズ・ウィンゴ 十四歳
トメイ・アインス 二十一歳
「……この人に違いない」
それは確かな確信。静かに彼女は頷いた。
自分の持つ、絶対なる自信。そんな高揚感が彼女の心を支配していた。なんなら今日の夕飯を賭けてもいい。
自信満々な彼女の力強い指先が、メモ帳の名前を指し示す。
「メンティ・ロード」
漣が砂浜を抉った。一定のリズムで押し寄せて、そしてまた引かれて戻る。
とりあえず、もう少ししたら、彼に会いに行こう。
どの場所にいるかなんて関係ない。また、『飛べばいい』のだ。
だが、この砂浜の座り心地が中々いいことに気付いた彼女は、しばらくその余韻に浸りたかったらしい。虚ろな瞳が、微睡を帯びていた。
迂闊にも彼女の意識は、睡魔に飲みこまれたのだった。
不定期連載にならないように頑張ります。まだまだ稚拙な文章ですが、これからも精進していきたいと思っています。