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アリア海の秘宝  作者: 淡海 アザ
第一章
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第一話   運命の指輪③

 母、リュキアの元に訪問客が訪れたのは、フェイが物心ついてから初めての事だった。

 ランスロットという名の大男は、フェイ達の小さな掘建て小屋では、かなり窮屈そうに見えた。

 リュキアから大目玉をくらい、大釜に自分の顔が映るまで何時間も磨かされたフェイはすでにくたくたになっていた。それでも、ランスロットへの興味がフェイの心を奮い立たせる。客室の戸を小さく開け、中を覗き込んでいたら、黄色い瞳と目が合った。


「きゃっ!」


 思わず仰け反ったフェイを、後ろから誰かが支えてくれる。


「鍋磨きは終わったのか?ちーび」


 長い肢体を折り曲げて翡翠(ひすい)色の目線を合わせてくる、はにかんだ微笑。


「ランス・・・・ロット?」


 何だか、初めて会った時と印象が違って見える。


「ああ、髭剃ったから分かんねーか。一段と男前だろ?」

色魔(しきま)の間違いだろ」


 間延びした声が聞こえ、見るとリトが少し肥えた腹をして玄関から入ってくるところだった。フェイを置いて自分だけ腹ごしらえを済ませて来たらしい。


「男の嫉妬は見苦しいぜ、リト」

「ほざいてろ。それより、リュキアの奴はどこ行った?海神祭の儀式(セレモニー)に出てくれって、長老達が押しかけて来てんぞ」

「リュキアは急用だよ。式には出られないって、伝えてくれってさ。それよりちび、手出してみな」


 ランスロットに言われ、大人しく手を差し出すフェイの掌に、レンに奪われたはずの指輪が戻ってくる。


「もう盗られんじゃねーぞ。それ、親父の形見なんだろ?」


 ランスロットの言うとおりだ。

 雄々しい獅子の紋章の入った銀色の指輪。獅子の(ふところ)に抱かれるように、フェイや母の瞳と同色の緑紫に輝くサファイアという鉱石が飾られている。

 けれど、父の形見であるということまで、母が話したのだろうか。それほど母と親しいのか。それとも、まさか父を知っているのだろうか?


「お前が優しいと、気味が悪りいな」

「失礼なカエルだな。うちのレイブのエサにしてやろーか」

 ランスロットの声に反応したように、近くで羽音がする。わずかに開いた戸口から顔を覗かせた烏は、威嚇するように翼を持ち上げた。


「冗談言わないで下さい。誰がこんな汚ないカエルをエサにしてやりますか」


 驚いたことに、烏も言葉を紡いだ。

 しかも、容姿と正反対の可愛らしいソプラノの声だ。


「この烏、ランスロットの使い魔なの!?」


 仰天するフェイに、烏がフンと鼻を鳴らす。


「その腐ったカエルと同じ扱いにしないで頂けます?私の名はレイブ。ランスロット様の優秀な相棒ですわ」


 主人が主人なら、使い魔も使い魔だ。自意識過剰なところが(うかが)える。


「相変わらず、口の減らねー烏だ。礼儀ってもんを知らねーところが、主人にそっくりだぜ」

「あなたこそ、その汚らしい外見。何百年たっても何一つ変わらないですね」


 てめぇ、殺んのか?と応戦状態になる二匹の使い魔は置いといて、ランスロットはフェイの傍に腰を据えた。


「お前、いくつになった?」

「7歳」

「それで、空も飛べねーのか。全く、リュキアは何考えてんだか。俺がお前くらいの年には、とっくに四大元素の基礎くらい会得(えとく)してたぜ。(いや)・・・・召喚も使えたな・・・・」


 自分がバカにされていることよりも、彼への好奇心の方が膨らむフェイは、頬を上気させて尋ねた。


「ランスロットも、魔女なの?」

「俺が女に見えるか?俺みたいなのは、魔術師(ウィザード)って言うんだよ。おちびちゃん」


 そう言って、ランスロットはフェイの頭に手を乗っけると、しなやかに立ち上がる。


「そこに、リュキアが用意した飯があるから、掃除が終わったら食えってさ。行くぞ、レイブ」


 颯爽と身を(ひるがえ)し、玄関に向かうランスロットに、フェイは慌てて言葉を掛ける。


「帰っちゃうの?」

「いや、リュキアからの頼まれ事を片付けてくる。ったく、昔から俺をこき使えんのは、世界中探してもあの女くらいだぜ」


 そう言うと、ランスロットはレイブと共に外へ出て行った。その後ろ姿を見送ったフェイだったが、やはり我慢し切れずに自分も外へ飛び出す。

 ランスロットは、リュキアの畑を横切り裏手へ回るところだった。フェイの肩に追い付いたリトが、耳元で声を立てる。


「あのやろーを追いかけて、どうする気だ?」

「しーっ!」


 リトのやかましい口を閉じさせ、フェイは必死で後を追う。

 特に、フェイに考えがあるわけでは無かった。けれど、初めて見る母以外の魔術師に、興味が泉のように湧き出ていた。


 ランスロットは、裏の納屋の中へ姿を消した。

 それを追い、フェイもその窓枠から必死に背伸びして中を覗く。窓ガラスが曇っていて、中にいるランスロットが何をしているのか詳細には分からなかったが、どうやらリュキアの栽培した収穫物を物色しているらしい。


「あいつ、盗人(ぬすっと)か?」

「そんなわけ無いでしょ」

「なんだよ、フェイ。今日会ったばかりの奴に、すっかり手懐けられやがって」


 つまらなそうに、リトが言う。

 そんなリトにかまっている暇は無い。ランスロットは、さも適当に身近にあった数個の布袋を手に取ると、中に作物を放り込み始めた。トリカブト、ベラドンナ、ドクムギ、ドクゼリ、ドクニンジン、黒ヒヨス・・・どれも、母が時間をかけて愛でた自慢の毒草だ。それは、強力な毒薬にもなれば、調合によっては病人を救う良薬にもなる。

 あっという間に、仕分け作業を終えると、ランスロットは付けていた革の手袋をはぎ取った。中から現れた手を見つめ、フェイは息を呑む。そこには、複雑な模様の入墨が彫られていた。恐らく、腕まで繋がっているのだろう。その手で、ランスロットは素早く印を結んだ。フェイが確認できたのは、そこまでだった。知らず知らずの内に、樽に足を乗せていたフェイは、突如バランスを崩し、後ろへ大きく傾いだ。樽が音を立てて、ひっくり返る。その場に大きく尻もちをついたフェイは、慌てて立ち上がり窓から中を覗いたが、すでにそこにランスロットの姿は無かった。



「ちょっとは食えよ。腹減ってたんだろ?」


 そうは言われても、ご飯なんか喉を通らなかった。

 ランスロットは、どこへ消えたのだろう。

 一体、どうやって?何の用事で?

 考えれば考える程、深みにはまっていく。

 そもそも、自分はランスロットのことを何も知らないのだ。母や、リトでさえ知り合いみたいなのに。

 そこまで考えついて、はたと気が付く。そうだ。リトが居るではないか。


「リト!ランスロットって何者なの!?」


 突如、息を吹き返したようなフェイの態度に、リトは機嫌を悪くする。


「知らねーよ。あんなペテン師やろう」

「すぐ、そーやって悪口言う。そんなに嫌いなの?」

「嫌いっつーか、いけすかね―っつーか・・・大体、お前知ってどーすんだ?まさか、あいつに惚れたんじゃねーだろーな!?」

「関係無いでしょ。リトには」

「おい、クソボケミーハー女、よく聞けよ。あいつだけはやめろ。あんな気取った外見(なり)してやがるが、本性は1000歳を超える生きた(しかばね)だぜ?しかも、究極のタラシで、世界中に愛人作っては、面倒事からは逃げる最低の詐欺師やろーだ。本当にうらやましー・・・じゃなかった、妬ましいやろーなんだっ!!・・・・ん?」


 最後の最後で、つい本音を口にしてしまったリトに、フェイは笑う。


「そんなに妬ましいんだ?」

「ちげーよっっ!!!!」

「それは、私も初耳だな」


 突然の第三者の声に、二人は一斉に振り返る。


「ママ!!」


 玄関口で笑顔を浮かべるリュキアに、フェイは満面の笑みで抱きついた。


「おかえりなさい」

「大釜は綺麗になったか?フェイ」


 普段、人前では決して見せない柔らかな表情で、リュキアは娘の髪を撫でる。


「釜も、床もピッカピカだよ!ねー、リト」

「けっ」


 可愛げのない使い魔の返事には気を止めず、フェイはリュキアの腕に絡みつく。


「ママ、どこ行ってたの?ランスロットも、まだ帰ってきてないよ」

「そうか。・・・フェイ、ランスロットとは上手くやれそうか?」


 質問の意味が分からず、首を捻るフェイに、リュキアは(うれ)いを含んだ眼差しを向けた。部屋の片隅で、リトが眉をひそめる。


「ランスロットは、レンに盗られた指輪を取り返してくれたよ!」

「そうか」


 リュキアはフェイの手をとり、話がしやすいように身を(かが)めた。


「急な話だが・・・少しの間、私は仕事で家を空けることになった。その間、ランスロットに留守を頼むつもりだ」

「え――?」


 あまりにも突然の話に、フェイは目を丸くした。これまで、帰りが遅くなることはあっても、一日以上家を留守にすることなど絶対に無かった母だ。


「少し・・・・ってどれくらい?」

「まだ分からない。心配するな。すぐに明日からって話でもない。フェイ、ランスロットは私の古い友人だ。そして、私の知る限り、最も優秀な魔術師(ウィザード)だ。必ず、お前の力になってくれる」

「ママ・・・・・」


 嫌だ。そう言って、泣きつきたかった。泣いて、行かないでと(すが)りたかった。


「フェリア・・・お前に、1つ頼みがある」


 リュキアの胸に(うつむ)いたまま、顔を上げることの出来ないフェイを優しく抱きしめ、リュキアは言う。


「私が留守の間、この島を守って欲しい。この島に住む者は、皆故郷を失った者達だ。どこへも行けず、どこにも受け入れられず、私たちはこの島へ辿りついた。ここが、私たちの最後の砦だ。そしてフェリア、お前は私の唯一の娘だ。お前にしか、頼めない」


 優しく、諭すように、言い聞かせるように、リュキアは言葉の端々に力を込める。


「私の愛しいフェリア。留守を、頼んだぞ」


 結局、最後までフェイは顔を上げることが出来なかった。

 そして、その涙を母に見せることもしなかった。

 ただ、その優しい腕に包まれて、フェイは声を殺して泣くばかりだった。



 真夜中、小さな物音で、フェイはぼんやりと目を覚ました。

 枕元では、リトがすやすやと寝息をたてている。

 隣室から漏れる小さな話し声に、フェイは寝ぼけた頭で、ランスロットが帰って来たのかな?と考えた。


「・・・・・お前はいつも・・・・・」

「・・・・あいつを、どーする・・・・・」


 声が次第に遠のいていく。

 再び、フェイは深い眠りに落ちていった。








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