第8話 壊れたループと船着き場
潮の匂いが漂ってくる。やはり今日も海面は凪いでいて、いい夏晴れ。風もカモメも昨日と同じだ。ただ違うのは、遠くに釣りをするおじさんがいること。そして、リュウグウノツカイが居ない事。
する事もないので、横目で釣り人の様子を見る事にした。煤けた布を張ったボロな椅子に腰掛け、年季の入った釣り用ベストを着て竿を垂らしている。竿だけは新しい。きっと、他の物の新調をも後回しにしているのだろう。狂う事のない一定のリズムでスナップを効かせて竿をしゃくり上げるおじさんは素人目に見ても釣りの達人といったところか。
グンッと一気に竿がしなり、おじさんは即座に立ち上がる。自分の体をいっぱいに反らし、竿を右に左に倒して時にリールを巻く。あっというまにラインののびる先は船着き場に近付いた。大物と格闘しているのは一目瞭然だが、その割りには早く引き寄せられている。達人の竿捌きに感心するばかりである。「好きこそ物の上手なれ」のいい例だろう。
「おおいそこの君、ちょっと来てくれ!」
あ、俺か。100mは14秒フラット。つまり速くはないが、それでも全力疾走する。
「は、はい何ですかーっ?!」
「ちょっと見てくれよーこれ!」
相変わらずの手つきでリールを巻きながら嬉々とした顔でにやつくおじさん。まあまあそう急かすなって……足が急に早くなる訳はないんだから!
おじさんの元に着くと、海中には輝く魚体。
嫌な予感がした。