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Chapter,1-1 奴隷たちのボス

〈あらすじ〉


魔族が日本を支配する時代の話。

日本の西部に位置する森の中で奴隷として魔族に捕らえられた少女は

ある大雨の夜解放されるべく逃げ出した。

追っ手が迫る中決死の思いで逃げ込んだ洋館で一夜を明かし、

目が覚めると目の前に見知らぬ男が現れて…?


「あなたは…ここの住人ですか?」

「ああ、その通りだよ。朝起きたらあんたが一階の椅子で寝ていたもんだからとりあえず空き部屋に移動させてもらった」

「その…勝手にお邪魔させていただいてすいませんでした。」

「気にしないでくれ。それより真夜中にこんな森の奥になんでいたんだ?」

「魔族に追われてたんです。」

「そうか…そりゃ大変だったな。まあゆっくりとしていってくれ。なんか食べるか?」

「いえ、そんな迷惑をかけるわけにはいけませんし…」

「いいんだよ、どうせ家族もいなくて寂しい生活を送っていたとこなんだ」


彼は柔らかな笑顔で部屋を出ていった後パンとスープをトレイに乗せて戻ってきた。

少女は口に運ぶと忘れていたかのような空腹が襲ってきてあっという間にパンを完食してしまい、

スープをスプーンでゆっくりと口に運びながら男と会話することにした。


「私は篠崎真衣(しのさきまい)といいます。あなたはなんというんですか?」

「俺は名前なんざ持ってないんだ。理由は初対面の人に話すようなことじゃないんだがな」

「すっ、すいません。なんか悪いこと聞いちゃったみたいですね…」

「別にそんな暗い話じゃあないさ。ただ名前なんて忘れてしまっただけだ。」


名前を忘れるなんてことありえるのだろうか?と篠崎は疑問に思ったが口には出さなかった。

スープを飲み終え、一息ついたところで今度は男が質問してきた。


「ところでその追ってきてた魔族ってのは何者なんだ?」

「ここらを占拠している魔物です。元々この近くに住んでいた人たちを捕らえて奴隷にしてるんです」


ここで篠崎は疑問を覚えた。ここに住んでいるのにその事を知らないのはやや不自然だ、と。

男は会話を続ける。


「てーことはあんたは捕まってた奴隷で目を盗んで逃げてきた、って訳か?」

「はい。おそらくまだこの辺りを私を探して嗅ぎ回っていると思います。」

「………」


男は少し考えるような仕草をした後さらに質問を続けた。


「そいつら何者だ?」

「? だからこの辺りを占拠している魔物ですけど…」

「ああ、質問が悪かったな。そいつら何族だ?」

「族……?」


篠崎は質問の意味がいまいち理解できなかった。

魔族は魔族だろうと思っていたからだ。


「ひょっとして魔界の7氏族について知らないのか?」


当たり前のことを聞くかのように男は篠崎に尋ねる。

篠崎はゆっくりとうなずく。


「そうか。ならちょっとこっちにこい」


男はドアを出て階段を降りていった。見失わないよう篠崎も追う。

ちょうど昨日寝た椅子の辺りの本棚から男は本を取りだし広げていた。

ずいぶんと古びている本だ。しばらく男はページをめくりやがてその手が止まった。


「ここだ。このページのどの特徴が当てはまるか教えてくれ。」


そこで篠崎はいつも下っ端の魔物たちがボスと呼んでいた魔物の特徴を答えた。

逆立った黒髪に額から生えた赤い角、爛々と光る金色の眼、黒みがかった赤色の肌など

目立った特徴は全て答えた。しばらく話を聞いていた男だがやがて納得したように頷き


「そりゃあ鬼人族だな。正確には鬼魔族の中の鬼人族だが。」


と言い放った。


「魔族の中じゃ弱い部類だ。おそらく人間でも不意を突けば倒せるだろうよ。」

「その本…読ませていただけませんか?」

「ん?別に構わんが」

「ありがとうございます!」


実は篠崎は先程からこの本が気になっていた。

田舎に住んでいたせいで情報が遅れたまま支配されたのか氏族についてなど聞いたことがなかった。

ゆっくりとページをめくり、様々な魔族についての情報を見ていった。


「そんなもの読んでて楽しいか?」

「はい。こんなこと知らなかったので…」


中でも彼女の目を引いたのは氏族の種別についてのページだった。

魔界には獣魔、鬼魔、妖魔、鋼魔、精魔、竜魔、悪魔の7つの氏族があり、

その氏族の中でも鬼魔なら巨人族や鬼人族、竜魔なら火竜族や飛竜族といった風に細かく分けられるらしい。

しかし見たところかなり古い書物だ。魔族が現れたのは3年前のはずなのに。

篠崎は男に聞いてみることにした。


「あの…魔族が現れた年より明らかに昔の書物ですよね?これ。」

「魔族が現れたのは今回が初めてじゃないんだ」

「え…!?」


男は軽い口調で答えたが篠崎はかなり驚いてしまった。


「今回が初めてじゃないって…じゃあ前は一体…?」

「さぁ?実は俺も最近知ったことだからな。3,400年ほど昔の話じゃないか?」


途方もない数字だった。

しかしだとすればそのときはどのように状況を打破したのだろうか?

と、不意に男が椅子から立ち上がった。


「さて、それじゃあその鬼人族のボスとやらをとっちめてくるかな」

「っ!?そんな!無茶ですよ!」

「そんなことはないって。さっき言ったようにあいつらは弱い部類だ。それに俺は強いからな。」


そういうと男は別の部屋に移動し、ラインの引き締まった服に着替えてきた。

細身に見えていたがこう見てみるとかなり筋肉質な身体だ。

さらにその上からコートを羽織ると玄関のドアを開け出ていってしまった。気がつけば昼になっている。

篠崎は急いで追いかけたが男は自転車に乗っていってしまい追いつけなかった。


「そんな…一体どうすれば……」


ちなみにこの時代自転車はとても貴重な乗り物となっていた。

技術力をほとんど持って行かれた日本にとって自転車は絶版ともいえる代物だった。

篠崎は意を決して遅れてでも追いかける事に決めた。

鬼人族たちが住処としていた館はここから篠崎が全力で走って15分ほどの場所だった。

そういえば彼はなぜ奴隷として捕まらず奴隷の存在すら知らなかったのか?

走りながら篠崎は様々な可能性を考えていた。


(彼は旅に出ていた…?それなら埃がたくさんあったのも納得だ。

  いやもしかしたら魔族たちと何か関係があるのかも…)


いろいろと考えている内に館が見えてきた。

と、そのとき近くの茂みの向こうから声が聞こえてきた。


「例の逃走娘、どこぞの洋館に逃げ込んだとかきいたぞ」

「ああ、どうせあの無人の洋館だろ?ボスも趣味が悪いなあ、まだ泳がせておくなんて」

「ん?なんだあの人間?また逃走か?おい!さぼってんじゃねえぞ奴隷のくせに!!」

「ぐふっ、何もんだてめぇ!ぐぎゃあ!!」


重い物を落としたような音が3回ほどした後足音が近づいてきた。

鬼人族は見た目の割にかなり重いとあの本に書いてあった。

それが本当ならおそらくあのおそろしい魔物たちはこの茂みの向こうで倒れているのだろう。

現れた何者かの手によって…

足音が茂みをかき分ける音に変わる…と同時にあの男が姿をだした。篠崎は安堵した。


「あんた…ここまで追いかけてきたのか。」

「人間が魔族に立ち向かうなんてやっぱり無茶ですよ!逃げましょう!」

「だから俺は大丈夫だって。みろよ向こうの無様なやつらを。」


茂みを軽くかき分けてみると確かに予想したとおり大きな体をした鬼人族が三人倒れていた。

男は武器など一切持っていない様子だった。


「あなたは何者なんですか…!?」

「そんな大した人間じゃない。まあここから大将ぶっとばして無事に帰れたら教えてやるさ」


そう言って男は鬼人族の館の門の方へと歩いて行ったので篠崎も少し後ろをついていく。

門のところにはいかにも門番といった鎧を着て槍を持った鬼人族が二人立っていた。

先程の鬼人族たちよりは小柄な気もするがどちらにしろ男よりは数十cmは大きい。

そんな門番達にも怯むことなく男は門の方へと歩いていった。


「なんだ人間?わざわざ捕まりに来たのか?」

「………」


門番はケタケタと笑い男に話しかけてきたが、男は返事をしない。

男の視線は門の奥、入り口のドアへ向いていた。

洋館の扉よりもさらに大きく派手な装飾が施されておりなにより開く姿が想像し難い造りになっていた。

少なくとも押したり引いたりして開くような扉には見えない。


「なにやら奇妙な扉だな…」

「おい!無視してんじゃねーぞ!!」


話を無視されたことが癇に障ったのか門番たちは男の身体へと一斉に持っていた槍を突き出してきた。

男はなんなく避けて2本とも同時に奪い取り後ろへと投げ捨てる。

投げ捨てられた槍は篠崎の目の前に転がったがどう考えても人間が片手で持てるような物には見えなかった。


「実力差くらいはその足りなさそうな頭でもわかるだろ?素直に門を開けてくれ」

「ほざけ!!人間ごときが!!」

「あきらめの悪いこった…」


槍を奪われ丸腰になった状態の門番が一人男に襲いかかるが、その動きはすぐに止められる。

門番の腹を鎧ごとまとめて男の腕が貫通していた。恐ろしい光景だが篠崎は冷静に男の動きをみていた。


「すごい…飛びかかってきた門番の動きを見極めて鎧の接合部分に衝撃を与えて壊すなんて…」


そう、男は別段鎧を強引に貫いてみせたというわけではなかった。

既に鮮血があふれ出し状態はわからなくなっているが、

門番が着ていた鎧は西洋のプレートアーマーと呼ばれる類の鎧に似ており

その特徴として胸と腹の間で2枚の鉄板に分かれている。

当然鎧として機能を果たすためにも並大抵では壊れないようにはなっているが他の箇所より断然脆い。

男はそこを正確に捉えることにより接合を壊し生身の身体まで攻撃を貫通させたのだ。

攻撃を喰らった門番はダメージのあまり気絶してしまった。


「お前はどうするんだ?門を開けるか俺を倒してみせるかだが…」

「貴様…一体何者なんだ…!」

「何者もなにもお前たちがさっき馬鹿にしていた人間だが?」


あっけらかんとした態度で答える男に門番はしばらく黙っていたがやがて口を開いた。


「わかった。門を開けてやる。」

「そりゃあ賢明な判断だ。」


門番は持っていた鍵を門の鍵穴へと差し込み、くるりと回したあと重苦しい門を押し開けた。

男は満足そうな顔で門をくぐるが、唐突に後ろから門番が殴りかかる。


「馬鹿めっ!後ろをみせたな!!」

「っ!! 危ない!!」


門の近くにまで既に近づいていた篠崎は咄嗟に声を張り上げた。

だが男は予想していたかのように殴りかかってきた腕をとり勢いを利用して門番を前に投げ飛ばした。

身体を強くたたきつけられ、起きあがることができなさそうだった。


「あんたも一緒に行くか?」

「はい。迷惑なのはわかっていますが外にいても捕まりかねないので…」

「いや、その方が安全だろう。じゃあいくぞ。」


そうして例の奇妙な扉の前にたどり着いた。近くで見ると木ではなく石でできているようだった。

男は扉を開けようとするが押しても引いても開く様子がない。どうやら開き戸ではないようだ。


「これは…どうやって開ければ良いんだ?」

「この扉は上に持ち上げるんです。ただかなり重いみたいなんですが…」


言われて男は動かそうと試みるがびくともしない。


「無理そうですか?」

「ああ、まだ無理そうだ」


篠崎は男の"まだ"という言葉にやや違和感を覚えたが、

鍛えがまだ足りていないみたいな意味合いで言ったものだろうと解釈することにした。


「しかしそれならどうするんですか?」

「扉がダメなら窓から入るしかないだろ?」


見渡してみるとガラスも何も張っていない窓が2階のバルコニーなどにいくつか見えた。

部屋の中の様子は暗くて見えなかったがおそらく誰もいない。


「ちょっと失礼」

「きゃあ!!」


男は軽く篠崎を抱きかかえるとひょいっとバルコニーまで跳んだ。

急に抱きかかえられたことと景色の動きが急に変わったことに驚き篠崎はつい声をあげた。


「急に何するんですか!!」

「す、すまん…」


篠崎が怒ると素直に男は謝った。どうやら女には少し弱いようだった。

部屋にはいると案の定誰も中にはいなかった。

色々な物が散乱しておりあまり長居したくはない空間だった。


「さて、大将はどこでふんぞり返ってらっしゃるのかな?」

「恐らく地下だと思います。あの魔物は地下に奴隷を閉じこめていたので…」

「ほーう、地下があるのか。元は人間の住宅のはずなのにずいぶん豪華だな」

「一階は適当な造りだったので自分たちで作ったんでしょうがもう一階は元々あったんだと思います」


などと会話をしている内に一階へ下りその下に無理矢理床板を剥がし開けられた穴を発見した。

穴は意外と大きく中にはコンクリートで固められた階段が作られている。

ふと窓の外を見てみると既に日が暮れかけてきておりあと1時間もすれば夜になりそうだった。


「さて、この奥か…」


階段をしばらく下りていくとやがて扉にたどり着いた。

入り口の扉とは違い、普通の木でできた扉だったがぼろぼろになっている。

扉を開けると中は荘厳な雰囲気となっており中央には玉座のような大きな椅子が置いてあった。

そしてそこには逆立った黒髪、大きな赤い角、爛々と光る金眼、黒みがかった赤色の肌を持つ、

門番や下っ端たちとは比べ物にならない威圧感を持った鬼人族が腰掛けていた。

身体の大きさも他の鬼人族より遙かに大きく4m近い巨体だ。


「お前は何者だ?」


こちらに気付くと太く低い声で問いかけてきた。


「ちょっとした侵入者さ。捕まっている人々を解放してもらいにきた」

「ほう。後ろにいる小娘は昨日逃げ出した奴隷20番か。まさかこんな風に帰ってくるとはな」

「帰ってきてなんかいないです!私は自由になるためここにきた、それだけです。」


巨体の鬼人族はゆっくりと立ち上がると

そばにあった巨体には合わない、しかし2mは越えている細身のレイピアを手に取った。


「だが、奴隷を解放するわけにはいかん。それが我が主の意向だからな。」

「主だと?」

「お前には関係のない話だ。奴隷を解放したくば力ずくで奪い返してみるがよい。」

「望むところだ。命の保証はまったくせんがな!!」


かくして、篠崎を救った男と鬼人族を束ねる長の戦いは始まった。





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