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派手な祭りが好きなんです!

五人を乗せた車がマフィアのアジトに着く頃、小雨がポツポツと降り始めていた。

ガルーダ市北東部。

静かな表通りの一角にエンリコファミリーの所有する建物がある。

それ自体は何の変哲も無いコンクリート造りの建物であったが、誰が見てもこの建物がマフィアの所有するものだと認識することができた。

理由は簡単。

組員が五人程、入り口の前でその凶悪な目を光らせ立っていたからだ。

誰だって建物の前にガラの悪そうな男が数人で立っているのを見たら、はぁこの建物そうなのか、となる。

ましてや時折、エンリコの命を狙って敵対組織の鉄砲玉がやって来ては流血沙汰になるなど騒ぎもちょくちょく起きていたし、逆に言えばそのような事案の発生に対する策として組員が夜通し辺りを警戒・監視しているのは必然と言えた。

エンリコには多くの敵がいた。

それはエンリコがこれまでファミリーの規模を拡大する為に、熾烈なる抗争を繰り返してきた経緯があった為だ。

彼は、拉致、拷問、毒殺、放火、爆破などありとあらゆる残虐非道な手段で次々と敵対組織を潰していき、そうして自身の現在の地位と、誰もが恐れるファミリーの看板を手に入れた。

 だがそうした戦いの歴史の過ぎた後、エンリコはふと我に返る。

十代でこの世界に入り、昇り詰めることに夢中だった人生。

野望に燃え、その為に多くの人間を陥れ不幸にしてきた。

だがそれで俺は何を得たのか。

俺は果たして自分の人生を満足に謳歌出来たか?女に振り向きもせず、旨い物を食らう訳でも無く、ただ空虚。

己の空白を埋めたくて、たくさんの人を泣かしてきた。

何度退けようと止むことのない、敵対組織からの報復攻撃。

いくら藻掻いても埋まることなく、むしろ広がり続ける心の空白。

後ろを振り返らなかった者が初めて後ろを振り返った時、そこに在るのは恐怖にも似た不安だけだった。

明日は…明日は生きていられるのか…? そんな自問自答と血の争いの日々。

そしてある日のこと。

突然エンリコの脆弱な心が、ぽそんッ。

小さく破裂した。

以来、エンリコは薬漬けの腐った生活を送っている。

それでも彼はファミリーのボスだった。

一家をまとめるのに彼の名は必要であったし、狂暴な時分の彼を知る組員の誰も彼を咎める事が出来なかったからだ。  

「なるほどね。何人か外に出て警護してやがる。フッ。ご苦労なことだ」

物陰に潜む黒スーツの男がエンリコファミリーの建物を観察しながら独り言を呟く。

その後ろには仲間四人が控え、彼からの指示を待っている様だ。

「情報によりゃあ結構組員の人数が多いらしくてな…もしかしたらこん中の誰か怪我とかするかもしれねーな。でも俺たちフリーの人間には保険もなきゃ労災も下りねぇ怪我しちまったら本人が損するだけいつもの通りによ、冷静な判断と基本に忠実な仕事で受傷事故防止でいこうか」

黒スーツの男の言葉に、爽やかな印象の美男子が程よく引き締まった表情で言う。

「で、手筈は?殺るのはいつも通りに俺なんですよね?インコさん」

黒スーツの男は二度程小さく頷くと一度時計を見てから話し始めた。

「モズの言う通り、エンリコはモズに殺ってもらう。俺たち残ったメンバー四人は正面から仕掛けて奴らを皆殺しにする。今回もカラスとホークが切り込み役、俺とオウムがそれを援護する。モズ。エンリコは最上階の角部屋に居るらしい。てめえはエンリコを殺し次第こっちにも応援に来てくれ。いいか。今回は一人も残さず全員を殺す。全員をだ。」


「全員ねぇ…。」


「なんだカラス、てめーやる気あんのか?」


「いや、だってさ、組員の中には例えば外出してたり、実家に帰省してたり、入院してたり、様々な一身上の諸事情で不在の輩もいるかもしんないじゃん?だから全員ってのは…ねぇ」


「フッ。ところが今夜ファミリーの全員があの中に居るんだよ…」


「え?なんでですか?なんでですか?なんでインコさんがそんな事知ってるんすか?」


「依頼主からの情報だからだ。それだけ」


「ふぅん。じゃあ確かなんだろうなぁ。うっし!んじゃそろそろ殺るか」


「ロータスの不可解に説き伏せられて歌唄い、等比と真正、鯖踊り。皆さんよろしく、援護は任せなさい。」


「・・・・・・・。」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おっ時間だ。よーし、そろそろだな」

爽やかな美男子は言いながら、すぅー、と夜の闇に消えていった。

やがて彼の気配がそこから完全に失せ、そして微かに木の枝が小刻みに揺れた。

揺れたのはファミリーの建物の真横にある立派な木だった。

「モズも行ったし。俺たちも派手に殺るか。行くぜカラス」


「OK。で、ラヴパーンチ!」


「カラスやめろ」


「ははは。OK」

笑いながら身を曝す長身の男と白装束の男。

突然現われた謎の二人組に対し、建物の入り口の前に居並ぶ組員達は下らない歓談を突然打ち切り、鋭い目を向けた。

「おい、ホーク。すげぇな全員こっち振り向いたぜ!さすがは渡世人!殺気には敏感なんだなぁいや見事だわ!」


「カラス、お前馬鹿か?あんな風にお前が笑ってるからみんなビックリしたんだろうが」


「ふはっはっはっ確かに!」

二人は顔は笑いながら、しかし全身の毛穴から殺気を放出する様に目をギラつかせて入り口に近づいていく。

マフィア達もピリピリした空気を漂わせてこの二人組を警戒する。

すると、強ばった表情の組員の一人が白装束の男に歩み寄りながら口を開いた。

「おい、あんたらうちの組に何か用か?用が無ぇんならさっさとどっかに――」

ぱしゅッ。

突然組員の首が跳ね上がり、切断面から鮮血が吹き上がった。

白装束の男・カラスが組員の生き血を啜った日本刀を肩に担ぎ、涼しげな面持ちで残りの者に目を向ける。

胴体は噴出させる血のシャワーの勢いに負ける様にゆっくり地面に倒れこみ、傍らには落下した生首が転がっている。

突如として起こった凄絶な光景に驚きを隠せず動揺する組員達。

だがそんな組員達を尻目に、カラスが地面に転がった生首を蹴っ飛ばして言った。

「ビックリしたかもしんないけどまだ早い。これは楽しいショーでもなんでもないからね。一方的な暴力。絶対的な殺戮行為。君達は助からない。もう運命は決まった死ぬしかない」

ニコッと笑うカラス。

地面には真っ赤な血液が溢れ、蹴っ飛ばされた生首がごみ箱の側面に当たって停止した。

「おいっっ!いきなり殺るなよ!マフィアの皆様が怯えてらっしゃるじゃないか」


「えぇー?じゃーどーすりゃいいのよ一体全体さ。」


「いいか、だからそれはだなぁ・・・・・」

という具合に話始める二人。

「なんだコイツら…」

マフィア達は目の前で起こった凶行とそんな気配を微塵もさせずに内輪なトークを繰り広げ始めた二人の男の不自然なギャップに呆気にとられ硬直したままでいたものの、やっと彼らの危機察知能力が作動したのか、一人の組員が館内に急いで入っていく。

「あ。ホーク、ヤバイよヤバイよ。一人中に入ってったよ。あれって多分応援を呼びにいったよね絶対に」


「当たり前だろ。お前がいきなりあんな風にスパッと殺っちゃうから呼びに行っちゃうんだ!」


「ははは。OK。次回からは気を付けるからさ、うん。ちなみに俺さ、自分のミスから来る反省せねば成らない材料に対する真摯な態度や自分の姿を再度見つめ直せる素直さとかそーゆー部分は割りと他の人より優れているんだよね。あ、でもそれは相対的に観てって事でね。って言うのもさー最近の若者てさ、そーゆー意識が薄いと思わない?なんか絶対世の中ナメちゃってるよね、奴らは。自意識が傷ついたりするのを異常に恐れる余りに精神薄弱っていうか虚弱っていうかさ、事実を平気で捻曲げて自分の都合のよい感じに記憶までもを改竄してさ、明らかに貴様のミスだろ!って突っ込みたくなる場面でも悲劇の主人公演じたりだとか、そういう自意識防衛システムが無駄に発達しているよ。まるで自己啓発の世界だよ、つーか洗脳?ま、別に何でもいいけどね俺は。」

黙って聞いていた長身の男が

「うるさい」

と一言放って、武器を手に構えるマフィア達に向かって歩き出した。

「1、2、3。三人か。応援が何人出てくるかはわからんが…君達三人は俺が始末しようか」


「くっ…来るなら来やがれ殺し屋風情が!」


「…ホークだ」


「あん?なんだそりゃ豚肉か!?豚肉の話しようってのかよ!あん?」


「違うポークじゃなくてホーク!」


「は?意味わかんねーぞ馬鹿。てかよー、てめぇらエンリコファミリーに手ぇ出して生きて帰れると思うなよ!」


「ホーク。これは俺の名前だ。そして今から貴様等を葬る男の名だ」


「んだとー?じゃあやってみろよホークさんよォ!オラァ」

鉄パイプを振り上げて飛び掛かる組員。だが次の瞬間

「ズガン」

という音と同時に組員の体は軽く空中に舞い上がっていた。

長身の男・ホークは一度空中に浮かんだ組員の肉体がやがて引力の作用により落下し、そしてその体が二度と甦生する事無き骸となるまで見届けると、今度は己の右拳を見つめて怪訝な顔付きになり地面に、ぺっ、と唾を吐いた。

「チッ最悪だ。手に軍手はめるのを忘れてたぜ。見ろよコレ。拳に血肉とか骨片とかがこびりついちまった…こりゃ皮膚か…?これは脂肪か。まったく汚いねぇ」

ホークはブツクサ言いながら血塗れた右拳を死体の衣服で必死にこすり、異物をゴシゴシこそぎ落とす。

「なんなんだよコイツら並の刺客じゃねぇ…」

残された二人の組員は応援が早く来ないものかとそわそわし、ホークとカラスとを交互に見ながら、ジリジリと少しずつ後ずさる。

「うん、見事!さすがだね」

と言って拍手をするカラス。

もう日本刀は納刀済みみたいだ。

そしてその様子を木陰から見守る黒スーツの男となぜか牛の頭蓋骨を抱えた青年。

黒スーツの男は明らかに苛立ちを隠せぬようで、眉間にしわを寄せて舌打ちしている。

牛の頭蓋骨を抱えた青年はそんな事を気にもしないらしく、何かの呪文の様に

「根本的イデオロギーの喪失とは邪心の皮肉ですか?壺から母乳、秋の蠍。へけけ。牛頭牛頭牛頭の牛頭式舞台です」

と小声で訳の解らないポエムを口走っている。

しかもチョイ半笑いでそこがまた頼もしい程にキモイ。

「アイツら何やってんだ最悪じゃねーか逃げられたらどうすんだクソ!オウム、てめぇはさっきからうるせぇ。いいから静かにしてろ。げ!残ったチンピラ二人は建物内に逃げようとしてるし…」

黒スーツの男はよく状況を注視し、思案し、方策を練り、それから行動を取った。今回の

「仕事」

の大前提はボス・エンリコの殺害である。

そしてそこに付加する形式で、ファミリー自体を解散・消滅させる事が出来れば三倍の報酬を支払うというオプション契約付きの仕事でもある。

という事はつまり、もし仮に今回の標的を殺り損ねた場合、三倍の報酬はおろか通常の成功報酬すらも貰える訳も無く、ただ身を危険に晒してタダ働きという実に非生産的な話になってしまう。

そんな事は分かっているが拳にこびりついた物が気になって、仕事そっちのけで徹底的に拳を拭くホーク。

こちらもそんな事は分かっているが、普段からダラダラと酒ばっか飲んでおよそ人の必要とする闘争心・向上心等が激しく欠落している為、一度途切れた集中力を元に戻すのが難しいのか、ただ腐った眼光を夜空に向けて

「小雨だなぁ、ははは」

と呑気に笑うカラス。

そしてマフィア二人は得体の知れない奇妙な二人組の行動に奇怪な思いをさせられつつ、たじろきながら後退の意志を見せる。

そして幸いにもこのマフィア二人の耳には、凶器を手に階段を走り下りて来る応援部隊の無数の足音が聞こえていた。

マフィア二人は恐ろしく緊張しながらも、味方が一気に掛け下りてくると分かると互いの目を見て確信する。

助かるかも!心無しか彼らの表情が緩んだ様に思えた。

だが黒スーツの男はその一瞬のマフィア二人の微妙な変化を瞬間的に感じ取った。

何かある!そう察知した彼は、牛の頭蓋骨を抱えた青年に一言残し、急いで行動に移る。

マフィア二人がもう少しの辛抱だぞとお互いの目をチラッチラッと見ていると、不意に乾いた破裂音・小爆発音がした。

自分の横にいた片割れが胸部から煙を吐いて倒れてしまった。

横で仲間がパタッと倒れるのを見ていたマフィアは

「え?」

と思った。思った瞬間にまた先程の破裂音。今度は2発。一体なんだ?あれ、なぜか立ってられないぞ。それになんだか腹部がひどく熱い。たくさん血も出てる!それにアイツは誰だ?あの黒いスーツの男は?さっきはあんな奴いなかったぞ…そうかアイツが持ってるあの銃に撃たれたんだな俺は…。 薄れゆく意識の中マフィア二人がこの世の最後に目撃したものは、自分達を殺した拳銃を手に持つ黒スーツの男・インコの殺意に満ちた姿だけであった。 インコの放った銃声を耳にして我に返ったホークは咄嗟に立ち上がり、さもバツの悪そうにインコを一瞥し下を向く。一方カラスは

「くはっ」

とか

「ふはっ」

などと非常にふざけた笑いを見せる。

凄まじい目付きで睨むインコとしょぼくれたホークの姿が妙にツボにハマったのか、また

「むふっむはっ」

と笑った。 

「てめぇら…ふざけんじゃねぇぞ?俺があれ程言ったのに聞いていなかったのか?破綻は許されねぇんだよ失敗しましたじゃ済まねぇんだよ!いつまでも甘ったれてんじゃねぇ!わかったか!」

 怒鳴るインコ。

しかしインコがえらい剣幕で怒っているのが更にツボにハマるカラス。

笑っちゃマズイと必死に我慢するが頑張れば頑張る程に笑いが込み上げて来て、顔の筋肉が痙攣して痛みだした。

しまいには涙が零れてくる。

だがカラスはこれではたまらんと両手で顔を覆い、さも犯してしまったミステイクを悔やむ活発系青年男子の態度を取りながらも内面は顔をよく解して心の平静化を目論んだ。

しかし、まぁ、しばらくインコの小言が続くのかとカラスは多少落ち着きつつある愉快な感情を更に落ち着かせる様に周囲の状況・己の置かれた状態を冷静に分析し把握することにした。

 無気力な表情ではあるが辺りを見回す。

 直ぐ側にインコとホークがいる。

沿道に首を切断された死体が一つ、植え込みの近くに顔面を潰された死体が一つ、そして館の入り口の手前に銃殺死体が二つ、で、入り口には凶器を手に構えるマフィアの集団。

 え?何この団体さんは!?カラスの思考が一瞬だけ停止しかけたが、彼は反射的に状況を飲み込み力無く

「ははは」

と笑ってみた。同様に入り口付近のマフィア達に気付いたインコは

「チッ」

舌打ちしてまたも二人を睨む。

30人以上か。

全員凶々しい凶器を手に取って入り口に居並ぶマフィア達。

どうやら彼らは本気らしい。

斧、鞭、棒きれ、鉄パイプ、釘バット、鎌、包丁、果物ナイフ、ペーパーナイフ、彫刻刀、金槌、ハーモニカ、ピアニカと見るもおぞましい近代兵器の数々を手に持ってこちらを睨んでいる。

30人はみるみる内にインコ・ホーク・カラスの3人を半円状に囲む。

人の気配がするから顔を上げてドキッとしたホーク。 隣でインコが

「てめぇら二人のせいで最悪な展開になっちまったじゃねぇかアホ」

と言って、両方の手の平をすりすりと擦り合わせた。

すると、善意をドス黒く塗り潰したみたいな凄まじく鬱積した負のエネルギー、殺意・憎悪がインコの手の平に凝縮されて不思議な造形を形成していく。

漆黒に染まった邪悪な意志が込められ、インコが手の平と手の平を離し、負のオーラから捻出されたであろうその物体を両手で掴んだ。

この像は間違いない。

マシンガンだ。

信じられない一部始終を目撃してしまった周囲のマフィア達は驚いていたものの、3対30。

人数では圧倒的にこっちが有利とタカをくくり、他者の精神を無闇やたらに追い詰めるような彼ら特有の高圧的な目付きで三人に攻撃するタイミングを見計らう。 ホークが諦めた様に

「次からはちゃんと軍手する」

そう言って右方向に向いて拳を構えた。

「殺るか…一人十殺?」

カラスは呟きながら日本刀を2本共抜刀して、正中線を隠す様に身体を捻って直立、両手をぶらんと下げて刀は立てたまま、じっとマフィア達の挙動に目をやる。彼は左側担当らしい。 

「いやもっとだ。かなり人数が多いから今回はマシンガンの方が都合がいいぜ。まだかなりの人間が中にいるから続々と応援も来る。入り口方面から出てくる奴らは俺がブッ殺してやる」

インコは入り口正面に向かって、兇気に彩られたマシンガンを構えた。

三人はゾクゾクと肝が冷え上がる思いにも関わらず、なぜなのか小雨など気にもならない位に熱かった。

「んじゃ殺るか」

乾いた一言がぼそっと零れて目を見開いた三人が同時に各方面への攻撃を開始した。

「なんなんだ!外から派手な音が聞こえるぞ!こんな日に限ってまた殺し屋か!」

豪勢な装飾を施された部屋の中。

虎皮のコートを着た男が一人。

男はそわそわと落ち着かない様子で外を気にしているようだった。

「ボス、危ないからそんな風に窓に近づいちゃ駄目ですってば」

ガタイのいいダンディーな男がボス・エンリコを嗜める。

たがそれでもボス・エンリコは部屋中を忙しなく歩き回る。

「ボス!」


「うるせぇ!黙れ!俺がどこをどう歩こうが俺の勝手だろ!それよりあちらさんは1時きっかりにちゃんと来るんだろうな!?あと一時間しか無いんだぞ」


「大丈夫ですよ取引も成立しましたし」


「本当か?」


「はい。本当ですよ」


「くくくっ!これで俺も委員会の副委員長か!薬もやり放題やれる訳だな!押収した極上品を毎日胆嚢出来るとは…くくくっ」


「しかしなんで委員長はこんな夜更けに時間を指定してきたんでしょうかね?」


「くくくっ!委員長か早く来ないかな!」


「しかも館に全組員を集めておいて欲しいっていうのもどうしてなんですかねぇ?」


「知らん」


「それにお金積むだけで副委員長の椅子をそうホイホイ買えちゃうものなんですか?」


「知らん!」


「なんか怪しいな…」


「くっ!うるせぇ!てめー文句あんのか!?ブチ殺すぞコルァ!俺が副委員長になるためにいくら金出したと思ってやがんだ!もし万が一奴が裏切ったらそんときゃ親兄弟親類縁者全員ブチ殺して肉饅頭にしてやるまでだ!あー!もうッ!わかったらさっさと出てけ!」


「へ?俺が?この部屋をですか?」


「当たり前だ馬鹿!」


「一応ボディガードなんですけど俺は」


「関係ねぇ!さっさと出てって外の殺し屋を始末して来い!あー部屋の前の警護の連中も連れて行け!」


「はいはい」


「はいは一回!」


「はい」

ガタイのいいダンディーな男は不服そうにぶつぶつ云いながら部屋から退室し、部屋の中にはエンリコ一人が残った。

廊下から何人かの人が話しをする声が聞こえてきた。

だが彼らはすぐに話を止め、他方へと無数の足音が遠ざかっていった。

外からは連続した銃声やガラスが激しく割れる音、更には叫び声や悲鳴が聞こえてくる。

「ふぅー」

エンリコが椅子に座って一息つこうかと葉巻に手を伸ばす。

すると唐突に部屋の明かりが消えた。

予期せぬ漆黒の闇にエンリコの視界が0になり、エンリコがそれを認識するのと変わらぬタイミングでチクッ。

首筋に痛みが走った。

闇の中、首に手を当てるエンリコ。

何事かと思って急いで立ち上がろうとするが、半パニックのせいなのか平衡感覚を若干消失気味に足を突っ掛けて床に転んだ。

迫る闇の恐怖の中、四つん這いになって逃げ惑うエンリコのおでこが何かに当たった。

じっとり脂汗をかくエンリコ。

そして彼の目が段々と慣れてきた。

闇に浮かんだのは顔。

人間の顔だった。

覗いている。

エンリコの顔を覗き込んでいる。

エンリコは卒倒しそうだった。

整った顔立ちの男が爽やかに笑って目の前にしゃがみ込み、そして大きく輝く二つの瞳でこちらを、こちらの心の全てを見透かしているようにさえ思えたからだ。

「あっ…あっ…あんたは…誰だ…」


「あんたボスだろ?俺はモズ、殺し屋ですところで首痛かった?実はコレで刺したんですよコレで」

彼は云いながら何か小さな物をエンリコの目の前に出した。

エンリコは汗を拭いながら彼の取り出したその物体を目を凝らして見つめた。

先端が鋭く尖った金属製の極小サイズの棒。

それは針。

裁縫で使う様な普通一般的な針だった。

するとプツッ。

爽やかな美男子・モズは手に持っていた針を何の躊躇いも無くエンリコの眼球に突き刺した。

「うぎゃぁぁぁッ!」

突然の激痛に叫び声を上げ、顔面の特に目の辺りを押さえて転げ回るエンリコ。

モズは針を手早く仕舞い込み、ブーツの厚底でごりっ。

のたうち回るエンリコを容赦無く踏み付けた。

「うぐぐぐぐ…!」

踏み付けられたエンリコが苦痛の籠もった嗚咽を洩らす。

その表情は地獄の苦しみを体現したかの如く醜く歪み、刺された目玉からは

「ぷちゅぷちゅ」

なる気味の悪い音がする。

ぷちゅぷちゅ。

目玉に異常な事態が起きていた。

涙か或いはそれとは別の人体の汁かは判別できないが、とにかく汁・液体の類がどろーッと目から溢れだしたのだ。

イクラを噛み潰したときのあの感覚がそれにもっとも近い。

エンリコの眼球は完全に萎み、内側からゴキュッと凹んだ。

同じ様にエンリコの身体の別の部分にも異変が起き始めていた。

全身が微弱に震え始め、それが強い痙攣に変わり皮膚が沸騰したみたいに次々と気泡を作り焼け爛れ、唇は完全に水気を失い白くバリバリに、みるみる青ざめた肌の色はもう人のそれではない。

「あららら、凄い事になっちゃいましたね、あんた相当いけない遊びをしてたんだねー!俺の毒とあんたの薬の相性最悪だよ」

モズはエンリコの変貌・異変を見て取り、そして更に言葉を続ける。

「あの針には速効性の毒物が塗ってありましてねそれがあんたの常用している違法薬物とは相性が悪いという事です。毒の効き目が遅くなってるみたいだし、いざ効き出しても効果はメッチャクチャですもん」


「うがっ…がはっ…」

モズが喋っている間にも胃の内容物が逆流しエンリコの口から溢れる。

食道が切れたのか血も混じっていた。

既にエンリコの感覚は麻痺状態に陥っていた。

それでもモズの声はハッキリと耳に入り、意識もある。

 エンリコは思った。

もう助からない。

俺はじきに死ぬ。

確実に死ぬ。

死ぬ前にもう一度薬をやりたかった。

やりたかった。

やりたかった…。

エンリコは最後まで地獄に落としてきた怨恨者・被害者に対する謝意の念・罪悪感を思い起こす事無くこの世を去った。

それどころか薬をやりたかったと願うという、極めて悪党らしくずうずうしい最期だった。

エンリコの死亡を確認したモズは小声で

「ラブパンチ」

すると刃渡りの長いナイフを取り出し、そして部屋を後にした。

「さて残りの組員はあと何人かな…」

爽やかに笑ってモズが廊下を疾駆していった。

外では激しい戦闘が繰り広げられていた。

山積みにされたマフィアの死体。

そこら中に飛び散った血や散乱する腕や臓器。

インコ・ホーク・カラスの3人は返り血を浴びても尚、鬼の様に組員達を撃ちまくり、殴りまくり、そして斬りまくる。

「あー何人いるんだよ組員はよー!クソッ」

ホークはぼやきながら必死に右アッパー左裏拳右ストレートとブンブン両腕を振り回す。

3人はあまりにもぞろぞろと組員達が出てくるので半ばやけくそになっていた。

「インコー!オウムの奴はどこにいるんだよ!全然参加しねーじゃねーかよ!まだ隠れてんのか!」

カラスがマフィア達の集団の真ん中で腕や足を斬り飛ばして叫ぶ。

これに対しインコはふと腕時計に目をやってからすぐに夜空を指差してこう言った。

「あいつは今上だ!上にいる!」

言われたカラスと言葉に反応したホークが咄嗟に夜空を見上げた。

重苦しい雨雲が覆う上空の闇の中、確かにそこに彼がいた。

ぼやっとした淡い紫の妖気を纏い、夜空に浮かんだ牛の頭蓋骨を抱えた青年・オウム。

目から燐とした光を放ち髪の毛が妖しく逆立っている。

「なんでアイツあんなとこにいるんだ?てゆーか何してんだよ!」

刀を振りかざし叫ぶカラスに対しインコは逃げ回る組員を銃撃しながら言う。

「保険だ!時間が来たら建物ごと吹き飛ばせって指示しといたんだ!」


「な…何ー!?」


「馬鹿野郎!モズがまだ中にいるかもしれねーのにか!」


「おう!最悪エンリコだけは殺らなきゃなんねーからな!モズには悪いが殺り損ねたと判断するしか無ぇ!てめぇらに文句を言われる筋合い無ぇからな!元はと言えばてめえらのせいだしよ!」


「・・・・・・・。」

目を逸らし押し黙るホークとカラス。彼らは心の中で

「すまんモズ。悪いが死んでくれそして俺を恨まないでくれよな」

と思った。 周囲の木々がざわめきだし、建物が音を立てて軋み出した。野良犬が吠える。どうやら空に浮かぶオウムの妖気が一段と増幅し始めたらしい。風が止み、降りしきる小さな雨粒がオウムの紫色のオーラに触れ、しゅうしゅうと蒸発する。 一見何とも無かった地面からは次々におっさん蝿が飛び出し、空のオウム目指して飛翔していく。地表がもこもこ盛り上がり、地中から生成され続けるおっさん蝿。そしてそのおっさん蝿達はオウムが抱える牛の頭蓋骨にびっしり張り付いていく。完全に牛の頭蓋骨を覆い尽くし、もぞもぞと蠢くおっさん蝿達は、やがてその形状を変化させ、いよいよその本領を発揮する。まず、おっさん蝿達は蠢きながら生物の肉の質感を形成し始めた。赤くてらてらした肉の表面が牛の頭蓋骨の外観を包み込む。今度は毛の様な物がびっしり顔中の肉から生えてきた。どうやら体毛らしい。そして気が付けばいつの間にか目玉まで再現されている。さっきまで牛の頭蓋骨だった筈のそれは、たくさんのおっさん蝿の協力によって、ほぼ完璧な生気漲る牛の生首へと変貌していた。 ォウムは牛の生首を優しく撫でて

「ドロシー、さぁ出番だからね」

と囁いた。

「うお゛お゛ををーッ」

獣の咆喉を上げて口を開け広げるドロシー。

「うわ!やべっ!」

廊下の窓からオウムの姿を捉えたモズは身の危険を感じて一目散にダッシュした。


牛の生首・ドロシーが口を大きく開くと、やがて口内から強烈に発光する球体が吐き出された。


地上のインコ・ホーク・カラスはドロシーの口から捻出された球体を見るや恐るべき速度にてその場を離れる。

何も知らないマフィア達は夜空に輝き発光するそれを見上げて、何だありゃ?とでも言わんばかりに見惚れていた。


空に浮かぶオウムが凄まじい形相で

「へけけ」

と笑い、そして。



閃光が走った。

かの発光球体が館に向かって一直線に放たれたのだ。


発射された発光球体は尻尾みたいな形の光る残像を引っ張る様にしながら館に衝突した。


カッ。

 

インパクトの瞬間、想像を絶する程の凄まじい光が一気に弾け、目撃していた全員の視界が真っ白になった。

館を中心にさざ波の如く衝撃波が周囲に去来し、樹木は吹き飛ばされ、地面は捲り上がる。


マフィア達は未だかつて体験した事の無い巨大な破壊音を間近に聴き、更に視界を失い、何がなんだかわからぬ内に塵になっていった。




暫らくしてから避難していたホークが服を払いながら出てきた。


「あっりゃー。

なんだこれは…」



ホークは目の前に広がる光景にポカンとしてしまった。

隣ではインコとカラスもポカンとしている。


館は完全に消し飛んだらしく消失し、館だったその場所には大きめのクレーターが出来上がっていた。


「モズ…安らかに眠ってくれ…」



3人は何も無くなった館跡に手を合わせ、静かに目を閉じた。


そこへオウムが既に牛の頭蓋骨へと戻ったドロシーを抱えて下りてきた。

妖気が失せ、いつもと変わらぬオウム。


「モズってさ、案外祟りそうだよね」



カラスがふと洩らした言葉に、誰も何も言わずに目を伏せた。



過激で熱い夜が過ぎ、小雨は相も変わらず降りしきる。



誰かお便り下さいませませ。そして2005年もラヴパンチ!!

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