最悪の出会い 二日目
「いよいよ始まる、貴方との学園生活。再会したあの人は、やっぱり優しくてとっても器が小さな人でした。そんな貴方に、私はなんとかしてあげたい」
ガタンゴトンと揺れる電車の中は割合に空いていた。最も、いつの日かより一本早い電車である。空いていなければ割に合わないし、早くした意味もないし、そもそも私個人としてはその電車を一本分早くする意味はなかった。
私はふとももを力強くつねる傍らの少女、粟田栗子へとそう告げて見せると、彼女は不満げに指先の力を強くした。しかし正直な心情を告げた私には既に一片の悔いさえも残っていない。だから、お返しに、その短いスカートの裾から伸びる長く白く、ほどよく肉々しい太腿を、ぱちんと力強く叩いてやった。
リンコは短い悲鳴を後に、私を睨む。
「なぁにソレ、私に対する当て付けか何か?」
「はっ、べっつにィ?」
「あ、アンタねぇ、疑問文に疑問文で――」
別に私個人が彼女を憎んでいるわけでも、嫌っているわけでもない。むしろ、彼女が普通に、最低限一般的に対応をしてくれれば好意的に返してやるのだ。彼女がここにいるだけで、少なくとも私は救われている。それに一年前、自暴自棄になる私に付き添ってくれた恩もある。それを返したいとは思うのだが……。
彼女は何が気に食わないのか、再会してから常に頭上に立つ様に言葉を吐く。
彼女は何が嫌なのか、私の顔を見る度に深い溜息を吐く。
私は何がなんだか分からぬままに、ただそれを完全受動態勢で受け止め、そして不快感を得て、その時の感情を根底に置く行動に出る。
その結果が、この現状であった。
「って、そう言えば今気になったんだけどさ」
「ん? 何よ」
彼女は自身の言葉を半ばで区切ると、思いついたように口走った。先ほどまでの憎悪に満ちた視線はどこへやら、その顔はその素直さや純真さに満ちていて、思わず私は気を削がれた。
だから相槌を打つ。
彼女は促されたように言葉を続けた。
「瑞希になって、異性と接触する事ができるようになった訳じゃない。そのせいで、性的興奮とか起きないの?」
「――なっ、おまっ……、リンコって失礼よね。女の子にそんな事聞く? 普通……」
ははは、とにこやかに笑いながら、
「今はそれどころじゃないから」
とだけ返答しておいた。
――そんな事を話していると、電車はやがて目的地に停まる。私たちは膝の上に乗せるバッグをそれぞれ手に持ち肩に掛け、やがて駅を後にした。
――リンコとは中学三年間の付き合いである。が、一年前から今まで殆ど付き合いが無かった。連絡の取り合いもしなければ、ただの挨拶すら交わさぬ程関係は薄れていたのだ。一方的に、であるのだが。
彼女はその間、執拗に私に付きまとった。それは、杉林瑞希を亡くした私に対する心配であったのだろう。今思えば確かにそうであっただろうと考えられたし、彼女がいなければ私が今こうしてこの場に居ることは無かっただろうと思えた。
だというのに、再会してから今まで、最も今日で再会二日目であるのだが――特に思い出話に浸るわけでもなく、だが事務的と言う事も無く、されど仲の良い友人という関係も持たずに、微妙な距離感を保っていた。
気まずいという所が本心だ。やはり一人でいたほうが気楽なのではないか? と私の心情は再会時より冷め始めていた。
しかし――そんな関係を、また今まで通りに戻してくれる出来事が、この日に起こったのだ。
思い返しても、そしてその事態に直面した時も、心に思う事は「最悪だ」のひと言に尽きる。
それはまたしても、新たな出会いからだった。
「――ったく、アンタは私がなんでこの学園に来たか知らないからそんな気楽に出来るのよ」
「ここに来た理由って、頭の程度の問題でしょ?」
笑いながら返すと、何故だかわき腹を小突かれた。割と偏差値が高いという所を取った誉め言葉のはずだったのだが……。
駅から十数分歩くとやがて見えるのが学園だ。商店街を抜け、そして住宅街を突っ切るとその突き当たりに存在するソレである。殆ど一本道であるが為に迷うことは無く、さらに進めば進むほど、同じ学園の制服を着た生徒の姿が増えてくる。
周囲は登校する生徒でざわめき、有象無象の一部と化し私たちは雑談に、というかどことなく皮肉を孕む会話の応酬に花を咲かす。最早私が男であることに気づくものはいない。超絶美少女としか捉えられぬが故に、私は女の子として正当な扱いを受けているのだ――と。調子付いて、不覚にもそれを意味する言葉を口にした。
一拍置いて、言葉は空気を、私の心を震わせた。
「……それは、その……本気で言ってる? 超絶なんとかって」
轢かれた小動物を見るような目は、確かに私を捉えていた。
そして彼女は酷く冷静に、なんの皮肉も深い意味合いも込めずに、淡々と、冷酷にと、台詞を紡いだ。
「アンタはどっちかというと、男前って感じだよね。少なくとも女顔ではない、かな」
だから私が直ぐにアンタが杉林瑞希ではないと気付けた。彼女は最後にそう付け加えた。
――私は思わず、足を止める。衝撃が心臓を打ち抜いたように、妙な拍動は整わず、鼓動は乱れた。汗が額に滲む。喉が渇き、肌が枯れたような感覚がした。
「お、女には見えないの?」
恐る恐る尋ねる私の声は震えてしまう。恐怖に揺らされ、喉は小刻みに震えていた。
――男前だと? 冗談ではない。今まで少なくとも杉林瑞希の面影があるという体で過ごしてきたのだ。そして鏡を見て、完璧だと思っていた。だというのに男前? 女で男前って誉めてるの?
「いや、言うなれば王子様系ってやつかな」
「あぁ、宝塚?」
「それをソフトにした感じ」
そんな返答に安心したような、がっかりしたような。
少なくとも、最低限女の子には見えていて、さらに元々の――自称――美形が後押ししているらしく、どうやら今の私は私が持ち得る要素を最大限に生かせているらしい。これで男らしいことを女の子らしくしてみせればファンクラブが出来るだろうなーと考えていると、私たちは学園に到着した。
――それから校舎に入り、靴を履き替え、階段を上り、それぞれのクラスへと向かう。
私は廊下突き当りのFクラス。彼女はその手前にあるCクラス。そしてそのCクラスは丁度、昨日顔面衝突事故を巻き起こした男子生徒が飛び出してきた場所だった。
思い出して、身震いする。リンコは不思議そうに私を見てから、手を振って教室の中へと姿を消していった。
悪夢が蘇る。
また視界の隅から不意に影が肉薄し、通り魔よろしくこの顔面を打ち抜き上っ面の言葉で静かに謝罪する。そんな、思い返せばハラワタが煮えくり返る出来事が脳裏に過ぎる。そして記憶が蘇ると同時に、鼻筋がジリジリと痛んだ。
――が、意外にもここをノータッチで無事スルー。最も、普通に考えれば当たり前のことだった。
「――ねー、杉林さん?」
急ぎ足で教室へ向かい、席に着く。カバンを机の上において、中から荷物を取り出し、カバンを机の横に掛けて一旦落ち着く。その直後に声が掛けられた。
「私ね、見ちゃったんスよ!」
私は少なくとも悪魔の声を聞いたことはないが、恐らく実際はこんな明るさで絶望を囁いてくれるんだろうなあと、停止しかける頭で考えた。
そんな私に構わず、短く切りそろえられたサラサラな黒髪を乱舞するようにランデブー。やがて私の机の前に立つと、その瞳を輝かせて自身の言葉を次いだ。
「その顔面を打ち抜かれ強制的に麻痺する肉体は、引きずる様にであるが動き、立ち上がり、されどその事故の要因に怒りするわけではなく、爽やかな、そして惹かれる笑顔だけを残して退陣――何これマジ? って思ったけどこれは現実だったんスね!」
「……何の話だか、私には」
白々しく言ってみるも、彼女は聞く耳持たず、机に手をついて息が掛かるほど顔を近づけた。興奮の程は酷く、私は仰け反ると、彼女はそれに応じるようにさらに肉薄した。
彼女は八方美人と言うわけではないが、この短期間で多くの友人関係を持ち、されど敵を作らぬ人間である。そしてそうなった理由が良くわかるような人当たりのよさと、適度な引き際を心得ているらしい。そういった所は本心から見習いたいと思うし、常日頃の言動から若干周囲から引かれている流石琴巳にも変わらず接しているのは本当に、人間としてそんな正確が羨ましいのだが……。
今、この現状を見て、私の彼女に対する印象は著しく変化した。
「もう一目見たときから”格好良い”と思ってたけど、私もっと、杉林さんの事知りたいッス!」
彼女の眼は異様な輝きを持っていた。私の顔色は相対的に暗くなっているような気がした。
好かれているのか? 尊敬、と言うならば多分、小和瀬光がそうであるが、この少女はそうでない気がする。ならば前者が正しいのだろうか。だとしても、良い意味での関係が築かれようとしていも、あまりこれは喜ばしくない。嬉しくはあるのだが、何か、嫌な予感が膨れ始めている気がする。
「ははっ、冗談でしょう?」
笑いは引き攣り、声は掠れた。無意識の内に、私の腰は椅子から浮かび上がっていた。
こんな状況はどう切り抜ける? 交友関係を結んだほうが良いのだろうか。だが、共通の趣味も持たず、且つ干渉が割合に強そうな彼女相手ではボロがボロボロに出てしまう。そんな自信に満ち溢れそうだ。
相談――するか?
癪だが、彼女に……唯一この正体を知り理解が有り、仲はそれほど良くは無い、あのリンコに。
「冗談なんて言わないッスよぉ」
押しは強い。行動は早く関係を結ぶべくその手は差し伸べられた。この手を避けるか? 私にそれが出来るのか?
――無理だ。出来るわけが無い。
答えは反射的に浮かび上がる。
ならば逃げるか? 可能か? この状況で、私が見事にそれを成功させる事が。一体私にどれだけの運が味方しているのだろうと考えても、どれだけの人間が背を押してくれようとも、私はそれが一つの可能性として存在しているとは、とても思わなかった。
つまり、私は最初から彼女のこの手を弾く事など考えておらず、それをしようとすら考えていなかった。故に、気がつくとこの右手は――彼女の手を、力強く握っていた。
こうして私は半ば強制的に、殆ど受動的に友好関係を広めて――。
「――ほら、居るっスよね? 達川クン。もう調べはちゃっちゃとついてるんスからねー」
昼休みにもなると、彼女は強引に私の手を引いてCクラス……粟田栗子が在席する教室へと向かう。その間彼女は意気揚々と、肩で風きり廊下を歩き、そしてLサイズの態度で口を利いた。彼女の要求を呑まざるを得ない少女は顔から血の気を引かせて、教室の中へ姿を消した。
「ちょっ、誰だ……よ、そのタチカワ君って」
多分アイツだ。昨日の、この整った顔立ちに鋭く武骨な拳を喰らわせ察そうとその場を後にした男――事実とは異なるが、未知に恐怖せざるを得ないという本能から、あの経験をどのくらい大きくなったかも分からぬくらい、肥大化させていた。
だから此処で再び接触し、この、本来あるべきではない無駄な警戒と恐怖を解くのは今後の事を考えるに正解だと思われた。のだが……。
「なァにを言っているっスか、達川は昨日の彼っスよ。調べました」
「行動的だね」
やはり意を決して行動に起こすまでに時間が掛かる。勇気が要る。
だから私は無駄な抵抗と知りながらも、がっちりと腕を掴む彼女の手を、自分が在席する教室のある方向へと引っ張った。必死になって引くが、だが全力を出せるわけも無く仕方無しに女の子らしい腕力を想像して力を尽くしては見るのだが、彼女は動く気配を見せなかった。
なんだかそんな行動の虚しさと、何故だか沸きあがってくる恐怖感が心の中で溢れて、どうしようもない焦燥が胸を焼き、眼の奥から熱がこみ上げてくる感覚を覚えた。
その中で、ふと此方をじっと見ている影が見えて――それが流石琴巳だと、そして何故だか仲が良さそうに並ぶ粟田栗子だと気付くのは、彼女が何かの合図のように私をその身と共に教室内へと引きずりこんだ後だった。
彼女はカツカツと踵を鳴らし、大股で男――目を見開いてド肝を抜かれたような顔でこちらを見る達川へと迫る。どことこなく注目されているようで、そして私の姿を確認すると共に始まる囁き合戦がかすかに耳に届いて、この頬が朱色に染まりあがるのを感じた。
普通に恥ずかしい。もうすこし、こう言う事はこっそりやるべきなのではないだろうか。一方では何を勘違いしたのか、愛の告白をしに来たとかなんとか言い合っている声も聞こえる。
やはり選択をミスったか。ならば逃げよう。逃げて見せよう。国境線を越えてやろう。
そう考えたときには既に、彼女の足は止まっていた。
そこは教室の中心に限り無く近い場所だった。
机を三つ合神させて友人と思わしき男性二人と、今正に昼食を取ろうとしていた彼はこちらを見て硬直する。友人らしき二人は笑顔を引き攣らせて顔を見合わせ、内一人が恐る恐る口を開いた。
「ははっ、おい入学初っ端っからモテモテじゃんか達川」
「おい笑いごっちゃねーんスよ」
男はにへらと軽く笑い場の雰囲気を解して見せようとするが、そんな彼女の一瞥と共に放たれた凄みが彼の顔を硬直させ、心を凍りつかせた。途端に周囲のざわめきは失せて――空間は静寂に包まれた。
「達川さん? 女の子に、下手をすれば跡が残るかもしれない顔に、痛烈な一撃を無差別にブン投げて、その場だけの謝罪で済むと思ってんでスか? もう怒りはサブタンク満タンなんスよ!」
一人で勝手に興奮し、やがてその妙なテンションも絶頂を迎えるだろう。私は彼女を、否、この空間を傍目に見て冷めた視線を送ってみるも、青筋を浮かべる勢いで、だがその口調ゆえに大した恐怖も与える事も出来ずに喚く彼女は、いくらか捲くし立てた後、私を達川との前に突き出した。
「謝るっスよ。女の子の身体と心は傷つき易いんスから」
手を引かれ背を押され、私と彼は再び対面した。故に、私の胸は高鳴った。無論、恋のドキドキではなく本能から来る恐怖のバクバクだ。
相変わらず決して清潔とは言いがたい長めの髪は目に掛かり、間抜けに開かれたままの口は異性として判断するにマイナス評価に値する。が、悲しいかな、彼は同性なのだ。どちらかというと男に乱暴された、というよりは不良に絡まれたような悪寒が走っている。
だが彼自身も、今正に彼女に説き伏せられ、あの時の肘鉄が、裏拳がどれほどまで凶器となってしまったのか思い知り、そして悔やんでいるように見えて――この展開では誰もが無駄に気まずく過ごせるステキでバッドな時間が流れることは必須だった。
何よりも、当事者のみならずこの空間内に居る全ての人間を巻き込んでいる事が、全てにおいて間違いなのだ。
それに気付かぬは、この事態を引き起こした、今回の当事者ばかり。彼女に悪気は無いのだが、性格ゆえにそれが正しいと信じぬく確信犯。その為に、彼女を責め切れないのが、悲しいところだった。
純粋なのか確信的なのかその真実の程はまだ分からないが、私は前者だと信じたかった。
「……う、うぅ」
男――達川は困惑し何を口にしたか良いのか分からずただ唸った。私は何をどう待てばよいのかわからず、ただ立ち尽くす。彼女はただ腰に手を当て偉そうにその場を見守る。故に、時は俄かに停止したように全ては静止状態にあった。
――何も始まらず、継続するのはこの硬直だけ。故に終わらず、故に動けず。
その中で、仕方ない、という意味を孕んでいるであろう溜息が空気を震わせる。私は首筋にそれを感じ、顔を横に向けて、横目でちらりと背後を窺うと、どこか嬉しそうな笑みを浮かべる少女は、まるで自分を見てくれることを予想していたように、私へと視線を向けていた。
そして視線が交差する。彼女は爽やかに、首を傾げるように笑みを投げて、気がつくと伸びる手は肩を叩いていた。
私はそれで改めて振り返ると、彼女はダメだと言わんばかりに首を振る。しかし、私は彼女が何を言いたいのか分かるはずもなく、また分かりたくも無いから、曖昧な笑顔を返した。すると彼女は私の肩を引いて、入れ替わり立ち代る。
そして頼もしい背を見せ、誇らし気に胸を張って、
「手も足も出ないっスか?」
「……え、えぇ。まぁ」
達川は何か得体の知れぬ敗北感を感じたように肩を落とし、俯いた。
――そもそも、今回のことはあの場で全てが終わったはずなのだが、などと考えさらに彼女を説得するべく口を開こうとする暇も無く、そしてそうしようと決意した途端に、展開は進展を見せる。
そして私の肩に触れたその手は、今度は彼の、達川の肩をぽんぽんと二度ばかり、励ますように叩いて、彼女は嬉しそうににんまりと笑った。
「なら思い知ったっスよね、達川さん? 今回の事は――あー、杉林さん、どうするっスか?」
「もう全部許した」
「――全て水に流すので、後は常識の範囲内で行動してください」
「わ――わかりました……」
では。
彼女はそう言って、再び私の手を引いてその場を後にした。辺りに迷惑を掛けたという自覚が無いために何の謝罪も無く、そして全てが正しいと感じるが為にその顔にはどこか満ち足りたような表情が潜んでいた。
――最悪だ。なにもかも。もう取り返しのつかないことになってしまったような気がする。そして今回のことで、彼女の一般的な評価を著しく低下させてしまったような予感がした。
私のせいか? 否、彼女が勝手に勘違いして思い上がって興奮して行動に出ただけなのだ。だが――。
何か突っ掛かる。私がやったわけではないのに、事の中心には私が居るのだ。私が問題ではないのに、中心核が私でなければ今回のことは展開されないのだ。だからこそ、胸糞悪い。まるで全ての責任を強制的に背負わされた気分だ。
恐らくあの教室内で何が起こったのか、正確に説明できるものはそう多くは無いだろう。だからこそ、無駄な噂が広がってしまう。入室した際に、場違いすぎる勘違いを噂として口にした者が居るように。
……最悪だ。
私は大きく溜息を吐いた。教室を後にし、様々な生徒が注目する中を突っ切るその中で。
――私を純粋に慕い小動物のような可愛さを持つが――どこか、根本的な部分が黒そうな小和瀬光。
友人の中で一番気安く接することが出来るがつかみ所が無い流石琴巳。
私の正体を知りそして協力関係を結んだ旧友、粟田栗子。
そして今日、また新たに友人となった、”小鳩明子”。
この一週間で、そう多くは無いが、妙に凝縮されたような友人を手に入れた。これは大きな収穫といえるのだろうか?
だがそのせいで私は無駄な問題を抱えてしまう羽目になりそうだ。
が、やはり、私が私である限り、この状況に導いたのはどうであれ私自身なのだから、状況を変えるにも甘んじるにも、私が選択、決断しなければならないのだ。
頑張るしかない。やるしかない。決めるしかない。
私は彼女、小鳩に手を引かれながら、そう考えた。
頑張るぞと――腹を決めた矢先に、授業開始五分前を告げる予鈴が校舎内に鳴り響いた。
これでは昼食を摂る暇もない。時間がない。急ぐ余裕も存在しない。諦めるしか、ない。私はまた、大きく息を吐いた。
「ま、頑張って」
落胆するように肩を落とす私の耳元で、すれ違いに言葉が囁かれた。聞き覚えのあるそれは間違いなくリンコだろうと、私は振り向かぬままでも理解できた。
そんな声に、ささやかであるが少し励まされたような気がして、ふん、と一つ息をつく。
――そんな、新たに構成され安定してくれるであろう日常を願って、私は自身が在席するクラスへと、手を引かれながら向かっていった。