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架空人生  作者: ひさまた病
前説
5/17

強く今を生きる

 私が受動の最たる生活を甘んじていると大抵、近い日に、何かが起きる。平和すぎる日常の中には、およそ日常に限り無く近い非日常があるものだ。最も、その個人が日常と比べて、こいつは非日常だろうと断定する酷く曖昧で儚いものであるのだが――例えば、不良に絡まれたり、告白されたり。

 私の場合は、もう一人の私が蘇る休日、救済日の事だった。最も、単なる休日の事なのだが――私は学園にこの『杉林瑞希』が居たという事実を刻み付けたいだけであるために、学園が休みの日は元の姿に戻るのだ。故に私、否、俺は本当の意味で、休息を得ていた。

 詰まるところ、学園で杉林瑞希を名乗っている女生徒は、男の姿に”戻って”、その学園がある街を徘徊していた。

 この場所まち徘徊うろつく理由は、商店街の中に在る本屋に、個人的に非常に興味のある本を見かけたからである。帰りは大体が琴巳か、もう一人の友人『小和瀬光こわせひかり』と一緒なので下手な行動まねはできない。故に、宝がすぐそこにあろうというのに放置する選択しか選べなかった。俺のポインタは、フリーズしたかのように固定されていた。

 だから休みのこの日に、わざわざ金が掛かる電車でがたんごとんと揺られ押されながら小一時間掛けてこの場所へ赴いたのである。

 ――駅を出ると晴れ渡る空が広がる。上がりつつある気温は、俺の額から汗を流させた。日差しは強く、薄手の上着を選んで正解、良いセンスだと自分を誉めてやりたかった。

 新鮮な空気が俺を迎える。汗を拭い去り、爽やかな空気を肺一杯に吸い込んだ。都心に近い県でありながらも、その中では割合に遠い街であるが、都会的であるその駅前はいつ見ても飽きなかった。

 タクシー、バスの停留所に、二車線の道路が円を描いて存在する。その中心には歴史の人物らしき銅像があって、俺はそれを遠目に眺めながら商店街へと向かう。大股で、出来る限り知り合いに会わぬよう顔を伏せながら。

 円形に作られる道路の駅前から逸れて真っ直ぐな道を進むと、やがて遠くの方で大きなアーケードが口を開けているのが見えた。その手前、駅から一、二分歩いた場所に百貨店が建っていて、人通りは平日休日問わず多かった。車の出入りも同じようで、俺は警備員に数分の足止めを受ける。が、別にそれが悪いどうというわけは無く、やはり「都会的だなぁ」のひと言に尽きるのであった。

 多くの人々――老若男女が通り過ぎる。広い歩道の中、自転車で通り過ぎる者も、男女の組で楽しげに腕を組んで過ぎ行く人も、女性二人組み、男性二人組み、などもざらである。


「なぁ、悪いけど帰りの電車代貸してくんね?」


 その中で不意に聞こえたその台詞。俺は思わず背筋を凍らせた。しかしどうやら、その言葉は俺に向けられたものではないらしい。つい先ほど通り過ぎた二人組みの男たちの会話だった。


「ま、仕方ねぇよなぁ。アイツ強かったし……しかも女の子だった」

「……そいつは真実で言っているのか?」

「格ゲーの女の子より太腿が綺麗だった……感謝致します」


 気がつくとそこは『一番街』と看板を掲げるアーケードが口を開けていた。その手前は道が左右で裂ける丁字路となっていて、今までの道と比べると人口密度は薄い。やはりその人を大量に吐き出す商店街こそが、一番の盛り上がりどころであるらしかった。

 俺は向かい来る人の波を華麗に避けては流し、流しては避け、そしてようやく商店街の中へと入り込む。日差しは途端に優しくなって、逆に湿度が上がった気がした。が、しかし気にするほどでもなく、俺は軽く胸元を仰いで、服と肌の間に空気を入れ込んだ。若干涼しくなったようだが、取ってあげるほど変わるはずもなく――気にならなくなる程度の人通りになったアーケード街で、その、歩き慣れた筈の商店街で、ゲームセンターを発見した。

 大発見である。

 ずっとパチンコ屋と勘違いしていたが為に、騒がしいなぁと思って華麗にスルーしていたが、ジャラジャラ音を鳴らしていたのは比較的店内の手前にあるメダルコーナーであって、よく見ると奥の方には筐体きょうたいがずらりと並んでいた。見るからに種類は豊富そうである。

 クイズゲームからリズムゲーム、定番の格闘ゲームからクレーン、など等、俺の興味を鷲掴みするものばかりがあった。

 俺は腕時計を見る。気がつくと、俺の身体はゲームセンターの前に移動していた。


「十四時か……ここで一時間使ったとして……、十八時前には家に着く、な。よし、余裕」


 簡単な決意と興味を下に、俺はゲームセンターへ来店した。

 様々なゲームのBGMに、メダルゲームの筐体がコインを排出し、そして利用者が音を掻き鳴らす。それら全ての音が入り混じって頭が割れそうになる大音量が生み出されるこの空間――大好きだ。休みという事もあって利用者が多いのか、空気は紫煙で淀んでいるが、嫌いじゃない。五月蝿く子供たちがわーきゃーと騒ぎ走り回るが、今日は許せる。そんな心情にさせてくれるここは、ゲームセンター。

 俺は一先ず、一年前までは慣れ親しみプロ級を自負し始めた格闘ゲームの筐体へと向かう。しかしそこには見慣れたものは無く、どうやら今までやってきていたゲームの最新版が並んでいるらしかった。が、俺は構わない。全てに身を委ねるつもりで、横に長い椅子に腰を落とし、サイフを筐体に置く。

 どうやらこの背中合わせに並ぶ筐体の向こう側には同じく利用者プレイヤーが居るらしく、目の前の大きな液晶は、その戦闘画面を写していた――が。

 無情に百円玉を飲み込む筐体によって、それは中断される。

 そして恐らく、向こう側の画面には『乱入』を意味する英単語が羅列されていることだろう。そういった発音の良い音声が聞こえたが、俺には何を言っているのか分からなかった。

 俺は最新版でもおなじみの位置に居る中国娘を選び、決定ボタンを押す。向こうは既にキャラクターを選択し終えていたらしく、画面は素早く戦闘画面に移行した――。



「レディ・ゴー」

 本場の発音でそれは紡がれた。

 同時に俺は敵へと、コアリズムを使うインド人へと定位置から肉薄する。この間僅か一秒足らず。

 俺は様子見とばかりに小キックを浴びせる。中国娘から伸びる美脚は華麗に包帯が巻かれる敵へと襲い掛かるが、瞬間、インド人は眼前から消えた。

 

「なんだと!?」


 こいつは脳までいい天気になった俺の幻想か? 否、それはバグと言えるわけも無い、敵の持ち技の一つであった。いわゆる所の瞬間移動。コアリズムを極めし者は一瞬にして空間を移動でき、口から氷を吐ける鬼神と化すのだ。故に、一瞬不意を突かれた中国娘おれの背後に回りこむインド人は、容赦情けなく空気中の水分全てを凍りつかせんとばかりの吐息を浴びせた。

 全身が凍りつく。体力ゲージが三分の一にまで低下した。

 まずい。死ぬ。

 脳裏に負の言葉が染みこんだ。汗に濡れるジョイスティックが音を立てて激しく動く。中国娘は激しい身震いの内、すぐさま全身に纏わり付く氷を打ち破って、カウンター気味の上キックをお見舞いする。しかし気がつくと、インド人は地面に這い蹲っていて――。

 瞬間、インド人の瞳は眩く光り、背景が黒く染まる。これは、まさか……。


「コアファイヤー」


 開始十秒未満でノーダメージ、さらに下に方向キーを入れている状態で小難しいコマンドを入力すれば放つことが出来る超必殺技の『コアファイヤー』であった。その直前に全てを冷凍する吐息を放っていた事は関係するのかしないのか、俺の中国娘は炎の鎧をまとって背後へ吹き飛ばされ、消し炭にされて地面にへたり込んだ。

 体力ゲージはいつのまにか完全なゼロへと消費されていた。


 ――それから俺は、何度もインド人へと相対する。その為に何枚の硬化が消費されたことだろうか。今までに消費した硬化の枚数を覚えているのか、と問われれば迷わずノーと答えてやれるほど、俺はソレに対して自信を持っていた。

 しかし簡単に言えばボロ負けしたというわけで。俺の腕が鈍ったと言い訳したいが、自宅でのプレイを地道に続けていたからそれも口に出来ないだろう。

 俺は本来の目的を達成できなくなると判断して、ゲームを中断し、席を立つ。最後に俺をここまで――経済的にも――苦しめてくれた相手の顔を拝んで行こうと思うと、丁度向かい側の相手も、席を立ったところだった。

 自分に近い背の所為か、筐体から頭の先が見えていた。そして筐体の隙間から顔が覗く事が出来て――その顔は、どこかで見た事が有るものだった。どこかで、と言うのは正しくない。だってそれは昨日も一昨日も学園で見た友達の顔なのだから。


「……ん? おっと、リアルファイトならお断りですよ~?」


 いつもの調子で口を開く。だが、スポーツをやっているんだかいないんだか分からぬ、程ほどに鍛えられた肉体を持つ彼女でも、男相手には敵わないだろう。そもそも喧嘩なんてものが彼女に出来るのかすら定かではない。

 俺は彼女、流石琴巳を一瞥してから、そそくさと向こう側に回りこんだ。その足の速さ身の軽さたるは鼠小僧を越えたかもわからない。

 彼女は怯えたように、身構えた。俺はそんな琴巳に手を伸ばし、握手を求める。


「いい試合だった」


 それが俺の素直な感想だった。

 友人関係であったとしても、初対面であったとしても、心からの、嘘偽りない言葉である。この格闘ゲーム内では勝者が、勝者のみが正義であり、敗者は屑、ゴミ、チリアクタ以下の下衆に成り下がる。勝てば官軍……なんて言葉があるが、正にその通りなのだ。

 そして俺はフェアプレイヤー。現実で覆せるその真実を、力任せでねじり変えようとは思わない。

 彼女は俺の握手に恐る恐る応じ、そしてこのナイスガイたる俺が何もしないことが漸く理解できたのか、力強く握手を返す。


「なんか、君とは初めて会った気がしないなァ」


 と、要らぬひと言を付け加えて。

 このナイスガイを捕まえてあんな女顔時の、見ればショタに見えなくもない顔の『私』に似ているという意味の言葉を突きつけた。背筋に悪寒が走る。俺は彼女の手を握って上下にぶんぶん振ってから離して、「じゃ」と短い別れの挨拶の後――そそくさと、それこそ訓練された精鋭部隊の如く桃源郷を後にした。

 まぁ友人が割合に学園の近所に住んでいるらしいことも分かったし? 上には上が居ると言う事もわかったし、考えようによっては結果オーライだ。少し見方を変えれば世界はこんなにハッピー。


「見ると君は中学生か、辛うじて高校生らしいね」

「そういう君は女子高生」


 つーかなんで着いて来ているんだお前は? という突込みよりも早く言葉は滑り出る。

 ホットパンツに黒いニーソックス。更に上をシャツの重ね着で済ます格好は、この時期にしては薄着過ぎであったが、この割合に高い気温を考えると無理もないと思えた。が――そんな挑発的な格好で、見も知らぬ男に着いてくるその理解不能な思考には、吐き気を催した。

 ゲームセンターを出ると真っ直ぐ左を向いて、元の進行方向へと進む。人の流れはそう多くは無く、流石琴巳は隣に移動する。


「なんで着いて来るんだ?」

「この先の本屋に用があんの。君があんだけ足止めしたから、急がないとイケないのっ」

「だったら先に行ってくれ」


 俺はどうぞと肩をすくめながら先を促す。歩調を緩めて彼女の様子を見ると、何故だか急ぐと口にし大きく手を振っているのにも関わらず、彼女は依然として、俺の隣から離れようとしなかった。


「なんなんだ。ベタな言い回しかもしれねーが、俺が悪い男の人だったらお前なんて――ありとあらゆる意味で――イチコロだぞ?」

「ベタな言い回しかもしれないけど、そーゆー事考える人は注意して人の油断を狙うよりも、必死に言いくるめようとするんだよ。経験者は語る」

「……っ、経験者!?」

 

 俺は不意を突かれて思わず足を止めた。

 彼女は半歩進んだ先で立ち止まり、悪戯な笑顔を見せて、肩をすくめた。


「ま、ジョーダンに過ぎないケド?」


 長めの髪が目に掛かる。片目は隠れるほどの髪が覆いかぶさるのに、もう片方は真ん中の分け目から掻き揚げられるようになっているが為に、その端整な顔の半分が露になっていた。その為に目立つのだろうか、元々の美形のお陰で惹かれる者が多いのだろうか、俺にはわからない。知りたくもないし、然程興味が無かった。


「つかなんでよりにもよって俺?」

 

 俺は彼女の隣に急ぐと、間髪置ずに、嘆息交じりの質問を投げた。彼女はそう言われて改めてと俺の顔をまじまじと見始めて、思わず横っ面を向いてしまう。彼女はそんな行動に、わざとらしく、せせら笑いが混じる溜息を吐くと、


「あれ? もしかして”特別自分が選ばれた”なんて――」

「――思ってねぇよ」

「そう? ま、深い理由はないケド……強いてあげるなら、ストレイジファイターに対する愛が感じられてね」


 言い終えると同時に、否、果たしてそれが言い終えたのだかは分からぬが、兎も角、彼女の言葉がそこで途切れた。そして琴巳の足が止まる。俺もつられて立ち止まる。視界の端に、本の陳列が入り込んだ。どうやら目的地に到着したらしい。

 俺は腕時計に視線を落とすと、その針は『十六時』を指していた。

 やれやれ、どうやら休日もこの友人に振り回されたらしい――俺はやれやれと首を振ると、いつもの様子で楽しげに店内に入り込む彼女の後を追っていった。


 ――可愛らしい。俺も彼女の仕草を見習わねばならんだろう。が、アレは彼女の持ち味であるが為に、完全なコピーはいただけない。彼女の中の、自分でも使えるであろう、自分でも不自然ではなかろう仕草を取り上げ自分のものにしなければならない。

 それが、杉林瑞希に近づく最大の訓練であり、俺への試練であるのだから――。


 そんなこんなで、結局自宅に到着するのは二一時を回り、そして結局、目的の品物は消失していた。骨折り損のくたびれもうけを地で行く一日であり――さらに、いつ決められたかも分からない門限を破ったという事で、父にこっぴどく叱られた。

 然程厳しい家柄でもないのに……と言う愚痴もそこそこに、俺は早くも俺の命を、俺で居られる休日を、終わらせた。

 ――明日は学校である。

 本当にこんな中途半端な決意で良いものかと考える一方で、息抜きを挟まねば生きていけぬ性分であるがために、仕方が無いと自分に言い聞かせた。

 時は刻々とその身を削り――明日は今日になった。

 俺はそれも気付かぬ内に、眠りについていた。すやすやと。目が覚めるかも分からぬ明日を夢見て。

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