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架空人生  作者: ひさまた病
本編
16/17

体感型シミュレーションゲーム『戦場の人型兵器』

「空中反転状態から噴出ブーストを利用して方向転換、だとォッ!?」

 およそ考えられる人間ひと技術テクニックから限り無く離れた反応速度で、人型の機械兵器それは頭を地面に向けた体勢で宙に飛び上がったかと思うと、ふくらはぎ部分から爆発力をエネルギーとする噴出機動を行い、予想された着地地点から数十メートル離れた位置に加速する。

 一二○mm滑空砲をそれまで標的が居た空へと向けていた私は、三六○度に広がるフロントモニターに映し出されるロックオンの表示と警戒音に頭痛を促されながら、自動的に側転の回避行動を取るこの”機体”の着地動作を軽く操作してやりつつ、九時方向へと身体を向けて滑空砲を構えなおす。が、間髪置かずに放たれたレーザー兵器が右腕の肩当てのような追加装甲を掠めて過ぎた。装甲の表面は溶けて固まり、熱が伝わる、装甲を固定するアームはその柔軟性を奪われた。

「対弾だけどレーザーはからっきしなんだよねぇ、装甲これ

 溶けて固まる補助腕アームは、その可動を失ったが故に強化装甲の下に収める機関砲を封じ込める。相変わらず伸びるレーザーから逃げた私は、背面から地面に飛び込みそうになる体勢のまま強く大地を蹴り飛ばし、次いで噴出バースト。水平にジャンプすると平泳ぎのように宙を滑り――。

 半壊したビル群が目立つそこは旧市街地。しかしそこには人など住んでおらず、放置された街並みはそのまま廃れて寂れて自然の波に飲み込まれて浄化される。故にビルは崩れ、だがその中から空を見上げると、視界には必ずビルが入り込む。似た景色が続く街中は、地図マップを確認しなければ自身がどこに迷い込んだかすら分からなくなってしまう程に画一的であった。

 そして私が操るのは、人型の戦術兵器。全長は十五メートルあり、今は強化装甲を装備するために逆三角形に鍛え込まれている。両手で抱えるように装備する滑空砲には残り二発が残されており、予備弾倉は切れていた。

 接敵。画面が赤く明滅する。

「二時の方向!」

 私は叫び、高く跳躍。同時に私が居た場所に鋭くレーザーが突き刺さった。私は背にするビルを片足で蹴り飛ばして機体を前方へ突き飛ばし、空を仰ぐ敵機の頭上に移動する。そして間髪置かずに引き金を絞り――砲弾は敵機の脇を通り抜けてコンクリートで固められた地面をたたき砕く。故に巻き上がるその破片と砂煙は一瞬にして機体を包み、レーザー兵器の出力を大幅に減退させる。

 ビルは大きな穴を空け、さらに内部の中軸を破損したのか、ただでさえ崩壊しやすいそれは緩慢に、だが確実にその身を倒し始めていた。

「甘いってぇの」

 そのまま一二○mm滑空砲を全弾出し切り、その頭上高くまで硝煙と砂塵が舞い上がり始める頃、その煙の中から肉薄する機体を私のモニターは知らせていた。空間に固定物はなく、推進剤も心許なくなり始めた空中で、さらに私の機体は機動に特化したものではない。対弾性能ならば滑空砲を数十発受けても駆動に問題が無い程度なだけであり、さらに相手がレーザー兵装が主たるものであるのを知ってから、この強化装甲は無用の長物になってしまった。それ故に、その接敵は致命的に処理できない危機に違いなかったのだが――。

 滑空砲を敵機に向けて投げ捨て、流れるように腰から短刀を抜く。同時に腰の噴出口から蓄積していた熱を吐き出し、同時に推進剤を燃焼。さらにモニターに映る装甲を選択し、排除。次の瞬間勢い良く全身から吹き飛ぶ追加装甲は四散し、巻き上げたばかりの砂塵を見事吹き飛ばし敵機の姿を露にしてくれる。

 黒塗りの禍々しい悪魔が如き人型兵器。明かに私が搭乗する機体とは異質な素材と造りを持つソレは、外部スピーカーから空間が割れてしまうかのような甲高い笑いを響かせながら肉薄し、その初期武装と言うよりは最初からそのデザインで武器としても扱えるよう造られたらしい鋭い爪を突き出した。

 スリムな機体はそれ故に機動性が高い。そして私が想定した以上に与えたダメージは少ない。だから速度は――落ち始めていた。

 かれこれ数十分続く戦闘だ。そしてそれに用意された武装は、豪快に使えば数分と持たぬ量が初期装備として準備されているだけである。サブウェポンはこの旧市街地内に十数と用意された補給コンテナに存在し、随時そこから武装を変更、あるいは弾薬の補給をすることになる。だが空を飛ぶ、加速する為に使う推進剤は機体に搭載されたものだけだ。

 それぞれ機体によって、推進剤を使うか現代社会では説明の付かない未知のエネルギーを利用するかが異なるが、私が対峙する相手は考えうる限り貧弱な縮退炉しゅくたいろを利用していた。レーザーのエネルギーも、その銃器を手に接着した時点で供給される造りとなっており、照射は即ち機体エネルギーの消費を意味する。だがその代わりに弾切れの概念は限り無く薄れており、武装変更以外で敵機が補給コンテナを使用しないので、実質上コンテナは私の占領下にあった。

 故に無駄撃ちと消費エネルギーの高いレーザー兵器のみの使用に拘る敵は、それ故にここに来て上昇の勢いを低下させたのだ。

 さらに相手にその自覚はない。昂ぶる感情がそれを認識させない事と、機体自体がそう簡単に傷つかないからそれ故の安心感が重なる為なのだろう。

 私はさらに、解放された機関砲を空いた手に装備し――ふくらはぎから残された推進剤を全て燃焼。噴射口から吹き出る白い爆炎が機体を超加速させ、私に強い重力を負荷する。敵機の搭乗者の笑い声は途端に失せて、瞬間、対応し切れぬ相手はそのまま私の横を通り過ぎた。

 同時に振り向き、機関砲をその背に向ける――瞬間。

「っがぁ!」

 地面に限り無く近い宙で低空する私の横腹に、刹那的に肉薄した黒い影が一閃。およそ想像に難くない、巨岩を錐状にくり貫いて装備しているような対なる腕から放たれるその豪力は、一瞬にして機体を砕き――凄まじい衝撃の中、視界を赤く染まりあがらせる。モニターは赤く明滅し、割れんばかりの警報を掻き鳴らした後、無責任に、恐ろしく唐突に機能を停止し、沈黙。強い衝撃によって後頭部を打ち付けた私は朦朧とする意識の中、光の失われた狭く息苦しい空間の中、外側から装甲の粉砕音と衝撃を覚えながら、同時に恐怖に意識を奪われた。


未確認物体アンノウンに注意を促せないなんて、まだまだ三流だな」

「って言うかね、そもそもの任務はその未確認物体の殲滅なのよ。いくらプレイヤーキラーできるからって……」

 それから程なくして、私達は箱型のシミュレーション機の外に出て並ぶ客と交代。近くの自販機で一息つきながら、先の戦闘について議論を交わしていた。

 ――ここは学園の最寄り駅に程近い巨大ゲームセンター。最近出来たばかりのここには、最新鋭の筐体きょうたいが並び、さらには一般的なゲーセンでは考えられないような大きさのプライズコーナーが存在していた。五階建てのこの店は階層ごとにジャンル別のゲームコーナーを分けていて、私達はその三階部分『体感型シミュレーションゲーム』コーナーに居た。

 先ほどのゲームは、まるで本当にロボットに乗っているかと錯覚が出来るほど精巧な造りをしていた。モニターは全方位に広がり、二対の操縦幹と二つのペダル、その他操作パネルどのシミュレーション機でも共通しているが、選ぶ機体ごとに癖が異なり、まるで別物のようだった。

 さらに数多の既存作品がこのゲームに参戦しており、一プレイ千円と庶民には手が出しにくい値段となっておりながら、コアな人気を持って繁盛しているらしい。それは私としても好ましいことである。

 その上プレイ画面がプレイヤーのみならず、付近の壁一面を使う大画面に投影されているという事もあって野次馬も多く、数億円の開発費がかかるその筐体も全国各所に配備され、ネットワークを介した、いわゆる遠くのお友達とも対戦できる、という仕様があった。最も、データサーバに蓄積された戦闘記録から作り出されたゴーストとの対戦なのだが。

 プレイヤーも傍観者も飽きぬゆえに、並ぶ客こそそう多くは無いが、決して筐体に空きが出る、なんてことはないし、これからも当分なさそうでもあった。

「このカードが、メモリーカードみたいなモノなんだっけ?」

「あぁ、うんそう。このカードに対戦結果が記録されて、搭乗者プレイヤーの成績が刻まれるわけですよ。それである程度のポイントを得るか、シナリオで一定距離進めば階級が上がるんですよ、先生。ちなみにミズキはさっきので、訓練兵から少尉に任官したんですけどね!」

 奇妙なハイテンションで語る流石琴巳に気圧されながらも、私はなるほどと理解する。異このゲームにおいては彼女のほうが専任であり詳しい事もあり、分からないことは彼女に聞くのが一番なのだ。

 私は手の中で弄ぶ、手のひら大の、キャッシュカードのようなソレを再び眺めた。表にはこのゲームのロゴが大きく描かれており、裏側にはバーコードと、シリアルナンバー。それと公式ホームページのアドレスと、私が決めたニックネームが刻まれている。これを作るのにも五百円もかかるのだから大したモノだ。

 しかし――。

「てか、私の機体はヘベレケセブンのであまりにも有名だけど、ミズキが乗ってたのは何? 他に並ぶ機体の性能と比べると、空を飛ぶって訳でもないし、速いけど特化してるって訳でもなかったし。確かに格好よかったし強かったけど、なんの作品?」

「え? あぁ、あれはPCのアドベンチャーゲームに出てくる奴。ちなみにさっきの未確認物体アンノウンも、ソレに出てくる敵だよ。確かにレーザー兵器も無いけど、他のロボット作品には勝るとも劣らないと思うけど……」

 実際作中では、先程の、一撃で機体に致命的な損傷を与える攻撃を与えるものや、無数の触手を突き刺し先端から強酸の液体を噴出するものなど無数の化けモノが何万と出現し、それを単機で掃討する描写があった。さすがにそれをきっちり再現すればゲームバランスが崩壊するだろうが、少なくとも弱いと判断するような機体ではないだろう。

 いつもながら耳に心地よい、声を大きく発さなければ相手に言葉が届かないBGMが鳴り響く中、もう一度プレイしてから帰ろうか、なんて会話をしているその最中。

「君が『ミチオ』さんで相違ないかね?」

「へあっ!?」

 見知らぬ声が、不快なその手が、肩に触れる。反射的に間抜けな声を上げて振り返り、先ほどの機体操縦さながらの後退をして距離を取ると、相手は呆気に取られたような顔で触れた手をそのままに立ち尽くす。それから何が可笑しいのかカラカラと笑い、目の端に涙を浮かべた。屈託の無いその笑いだったが、なにやら話を掛けられた直後という流れだけに不信感を抱かずには居られない。

 ”彼女”は――凛々しい眉が印象的な、長い黄色のハチマキを巻いて、九○年代アニメのアツい主人公のような格好して現れた。ズボンはジーンズ、カッターシャツはズボンから出して胸元は大胆に開けるゆえに見える胸の谷間に、視覚情報は混乱する。これがジャミングか、なんて呟いていると、彼女は腰に手をやり、口を、会話の契機を果敢に切り開く。

「失礼ながら拝見させて頂いたよ……そちらの大尉殿との戦闘。君はまだ今回で五度目の実戦だと言うに、あの身のこなし――あの機体であそこまでの機動を取れるなんて、まるで主人公の如しだ」

 気がつくと彼女の傍らに居た、小太りの――と表現すればたぶん多くの人間が肥満体型が痩せ型、痩せ型がガリガリになってしまうような体躯の男が腕を組んで頷いた。約二メートルの距離で酸っぱいような臭いが鼻をつくのは、彼が発汗しているためだろうか。

「あ、ありがとうございます……」

 しかし唐突ではあるものの、誉められて嬉しいのは確かだ。だから素直に、後頭部を掻きながら礼を述べると、彼女は言葉を続ける。

「次はあたしと対戦して頂けないかな」


 ――という事で、十数分の待機の後、再び私は筐体の中に入り込んでお札を投入。カードを差込み、登録された機体と、新たに追加された武装、それと獲得されたポイントからなる装甲の購入やカスタマイズ、強化など一連の作業を適当にこなしてみせる。琴巳も準備を終えたようで、やがて画面は黒く染まり……。

「うおおっ、なんで貴方までこちらに!?」

 ――カードにはそれぞれ、他の搭乗者を相手のモニターに映すために画像を保存している。特に指定が無い限りは作品内で機体に搭乗するキャラクターの顔写真になるのだが、プレイヤーの顔を撮ってその代わりにすることも出来る。そして私のモニター前面には晴れ渡る空の下に広がる森の景色と――その手前に、先ほどの肥満体型の男の顔が映し出されていた。無論それだけではなく、琴巳が扱う機体の搭乗者キャラクターの顔もあるのだが、なによりも目を引くのは、その圧倒的なアップ画面なのだ。

 顔が近い。一番最初に思ったのはそれだった。

 初期装備の機関砲から近接戦闘長刀を持ち直そうとした際、反射的に口をついて出る言葉は、それ故に、男の反感を買う。その眉が歪み、口が開く。どうやら動画らしいそれは――画像を反映しているのではなく、カメラに映っているのをリアルタイムでデータ共有しているからだった。

「彼女相手に僅か戦闘数二○回、五回の君たちだけで勝てるとでも?」

 聞いただけでも腕が反射的に操縦桿を捻りそうになるその声は、その見てくれに反して格好よかった。冷静で、だがその奥底に熱を孕む声音は妙な説得力を持っていて、私はだから、返答できなかった。

 そしてモニターに映る彼の顔を選んでプロフィールを表示させると――階級は少佐。

 今日始めたばかりとは言え、私は一日この場所に張り付いていたのだ。朝、開店してから一戦も見逃しては居なかった。私と対戦した者も、野次馬として観戦した戦闘も。今まででゆうに五十を超えるその中で、私は大尉を超える階級を見たことは無かった。

 なぜか。それは、大尉までは容易にたどり着ける場所だからである。順調に、ある程度シナリオを進めるか、対戦を重ねるかすれば自然にそこまでは上がる。だがそれ以上は難しい、とされている。私自身分からないが、何か特殊な条件があるらしいのだ。

 ――さらに、大尉といってもその実力は様々なモノがある。

「リアルマネーで課金すれば、ゴリ押しで君たちに勝てるぐらいの武器は買えるが」

「そんな、武器に頼ってるようじゃ勝てません。単純にシナリオを進めるだけじゃ芸がない」

「あぁ、そんな雑魚は放っておこうと思っていたが、そう、君だ。初めての戦闘、そして次の戦闘で手も足も出ずに機体の自爆にまで追いやられた君は、シナリオで一度戦闘を経験するだけで任官し、初期装備以上の武器を与えられると聞いてもめげなかった。そしてそれ以降、三度目でコツを掴み、四度目で自分の中のイメージを試し、五度目で圧倒的なセンスを見せた。圧倒的だ、と僕は思ったのね。そして今、まだ初期装備を酷使している」

「一二○mm滑空砲は初期装備にしては十分すぎる攻撃力だし、三六mm機関砲は使い勝手がいい。長刀は損耗率が激しいが、その代わりの短刀が長く使える」

「あぁ、機体それはいいものだ――そして、彼女の期待は僕以上とだけ伝えておこう」

 男のその言葉を最後に、接敵の警戒音が鳴り響く。直後に脇を締めて狙撃する白い機体は、琴巳が乗り換えたものだった。

 赤い閃光が紫色の影に肉薄するが、敵機は深くもぐりこむように体勢を屈めていとも簡単、という風に頭上でやり過ごす。

 私は高鳴る鼓動を全身で感じながら、大地を蹴り飛ばして右方向に加速した。同時に琴巳は左側に飛び去り、男だけがその場に待機する。

 しかし、一定の距離を進むと敵機は男を正面にして低空する。マントをなびかせ、両の肩は大きく水平に伸びると、途中で空へと曲がる。胴は一度きゅっと締まりあがってから足を生やしていた。

 黒を基調とするその機体は、先ほどの琴巳とは別の禍々しさがある。何か圧倒的な余裕を持っているようで、さらに武器を一つも持たぬことが気になった。

「琴巳、止まろう」

 ひと言の指示で、私と彼女は、敵機の両斜め後ろで停止する。これで三角の陣形が出来上がったわけだ。が――。

 メインモニターに彼女の顔が映し出される。その顔は限り無く無表情に近かったが、やがて口角が上がり――笑う。

 それにつられる様に三人は咆哮さけび、戦闘が始まった。


敵機そいつ防御障壁シールドを張る。戻って来い君達、飽和攻撃を開始する!」

 男は命令を下しながら機体の腰を落とし、機関砲で射撃する。同時に敵機の前面に赤みの掛かる半透明パネルが無数に出現し、弾丸の一つ一つをそれぞれで防いだ。一つのパネルは弾丸の一撃で破壊されるのだが、射撃よりも早く精製されるそのシールドはそれ故に弾丸を漏らさず、機体損傷を起こすことは無かった。

 微速前進。敵は徹甲弾の雨あられに押されながらも徐々に距離を狭める――というわけではなく、余裕を持ってジリジリと、相手に焦燥と恐怖だけを抱かせるかのような緩慢さで機体を動かしていた。故に防御以外の行動は前進以外とって居らず……だがそれ故に、私は理解する。

 敵機はシールドを張る。それはいくらなんでもこの射撃を全身に浴びてタダでは済まないからなのだろう。そしてシールド精製速度は恐らく○、一秒ごとに一枚。そうでなければ男による連射で機体は蜂の巣になっている。

「こちら指定位置に移動完了。全弾解放フルバーストにて飽和攻撃を開始する」

 やがて私と琴巳は扇状に戦場を展開し、攻撃を開始。琴巳はレーザー兵器による精密射撃を試みた――その瞬間。あろう事かそのパネルは突如シールドの役割を放棄するように倒れ、そして地面と水平になるように体勢を崩すと、そのまま直進――僅か数瞬、一度の瞬きも許さぬその刹那に肉薄したパネルはいとも簡単に、男の右腕、機関砲を支えるソレを切断してみせた。

 直後、男はその切断の瞬間に後退の機動をとって高速度でその場を離れる。後続のパネルは予測できた筈のその行動についていけないのか、単純にホーミング性能がないのか、無数のそれらは勢いよく大地に叩きつけられ凄まじい衝撃を巻き起こす。

 だがそのお陰で弾丸は敵機に命中する、と思われたが……。

「なっ、どーゆー事……ッ!?」

 琴巳が舌打ち愚痴を漏らす。それもそうだ。展開した全てのシールドを解放して攻撃に回したと思ったら、すぐさま新たなパネルが出現し、同時に弾丸から身を守っているのだ。

 いくらなんでも速すぎる。攻防一体型の武装なら色々と存在るが、これほどまでの性能はさすがに初めてだ。そして多分、このままを続ければそう長くはたない。

 そもそも、私の知る限りこんな機体は見たことも無いのだ。

 ――オリジナルか? 男の言葉から察するに、彼女は我々より遥か数段実力が上なのだ。未知の仕様を理解し手に入れていても然程おかしくは無い。

「『ミチオ』は散弾銃に切り替えろ。『大尉殿』はその間援護だ!」

 男は遥か後方から即座に飛びあがり接敵する中で冷静に命令を下す。だが私は彼の命令よりも先に散弾銃に切り替えていたために、言われると同時にその場から飛び出した。

 跳躍ユニットから噴射炎の尾を引かせて私は匍匐ほふく飛行に移行する。同時に私から注意を引くように、レーザーを拡散に切り替える琴巳は敵機の正面に移動。その頃男の機体は弧を描いて接敵した。

「『タミヤ』、フォックススリー!」

 その中でタミヤと名乗る男の機体の背から、無数のミサイルが煙を吐き出し迫る。彼女は面倒そうに溜息を吐くと、マントの下に潜む翼型の跳躍ユニットを起動。僅かに腰を落としたかと思うとすぐさま強く地面を蹴り飛ばし、さらに翼からマントを燃やし尽くす炎を吐き出して垂直跳躍の機動を取る。

 私はそれを追うように大地を蹴って軌道修正し、同じく空へと飛び上がる。その間彼女は手首の下に装備されている銃口からバルカン砲のように弾丸を吐き出し、自動修正して追尾するミサイルへと迎撃。

 そのまま地面と水平に加速したかと思うと、すぐさま降下し、息を吐く暇もなく残るミサイルの尻へと回り込む。一度の迎撃の爆発はそのほかのミサイルの自爆を誘導したが、それでもまだ一、二発は残っており――その全てを消し飛ばした彼女は、なんでもないように、密かに肉薄する私へと振り返る。

「君には特攻隊の資質がある!」

「フォックスフォー!」

 無線で声が機内こちらに届く。が私は構わず武器を接近戦闘用の長刀に持ち替えて加速。噴出炎が白く染まり、私の機体は瞬く間に敵機へ迫る。その間片手は塞がり、散弾銃をしまって長刀を取り出そうとタイムロスが起きていた。

 風を斬る音もその圧力も搭乗席にいる私には感じられない。四点ベルトを締める私の身体は席に完全に固定されている。だが両手に握る操縦桿は、引けば機体の腕を引かせ、捻れば手首を捻る。足元のペダルはそれに応じて加速して――だが武装変更や直立姿勢などは全て自律制御オートマチックである。しかし、物にぶつかればしっかりとした衝撃が機体を揺らすし、銃を撃てば反動がこの身を揺らす。

 だから――。

「ッ! な……にをォ、やっている! 真面目に……」

「戦ってますよ、真面目にィ!」

 肩からタックルをブチかますと、展開されていた赤いパネルは瞬く間に砕けて割れたガラスのように宙に舞って空気の中に溶けて消える。さらに私の機体は強化装甲だけを傷つけ、敵機の左腕にめり込んでいた。

 同時に私はようやく引き抜いた長刀を構え、振り上げようとする。だがソレよりも早く空いた右腕はそのまま私が搭乗するコクピット部分に当てられ――腕内に装備されているバルカン砲が弾丸を装填しなおしている音が静かに聞こえた。

 だから私は振り払うように右腕を振るうと、彼女はこれ幸いとばかりに後退。だが再び噴出バーストユニットを駆使して添い寄るように私は交代の速度と同じ速さで彼女を追った――が。

 一度深く降下する。私はそれに付いていこうと同様に速度を落として下がると、瞬間。

 接敵の表示が画面に映る。私は応じて回避の行動を入力しようとするが、ソレよりも早くこの背に強い打撃を受けたような衝撃が襲い、機体は地面に叩きつけられる。

「うあッ……!」

「この左腕は、タミヤのお返しということか?」

 丸まった前頭部に、対なる角のような後頭部のアンテナ。その頭部を掴んで地面に押し付け、さらにそのまま摩り下ろすように引きずられるのは私だった。

 身動きが取れない。握っているであろう長刀は、引きずられる磨耗の中で柄から上がへし折れて存在していなかった。

「畜生ッ! なんで、なんで障壁シールドが途絶えない!」

 琴巳の狼狽が響く。恐らく今まで、そしてこれからもずっと後方支援に徹しているのだろうが、射撃によるパネル撃破が追いつかず、故に支援の結果が出ずにイラついているのだろう。

 だが仮にこのシールドが無くとも、常識を逸する機動性がある。だから全ての弾丸も避けるだろうし、白兵戦では勝ち目も薄い。恐らく機体性能でも、技術面でも。

「ミチオ、そのままあと五秒待て」

 タミヤの声が耳に届く。モニターには顔が映らないのは、恐らく秘匿として回線を延ばして通信しているからなのだろう。

 だが――待ってるばかりで、やられっぱなしで平然と助けを待てるか? いくら実戦経験が乏しいからと言っても、それを言い訳にしたくは無い。ここまで攻めてきて、強いんじゃあないかと認められ始めたところでボロ負けして、そんなところで初心者としての立場を利用したくは無いのだ。

 状況に応じて立場を入れ替えるなんてことはしたくは無い。自分が強者を気取ったのならば、それを貫かねばならない。幾ら厳しく悲しく辛くとも、それを耐え忍び前進するのが、この杉林瑞希なのだ。

 だから――故に。

「いいや、五秒後に叩き込むだけでいい。私はアシストに徹する!」

 手の中で柄を逆手に持ち換えて、すかさず後頭部を掴む手首にそれを突き刺し、切り抜く。敵機はバランスを崩すと思われたが――思った通りに徐行し、やがて停止する。私は地面に押し付けるだけの形になったが、直後、

「フォックススリー!」

 超音速で肉薄するミサイルの爆発音と、警戒音とが重なり――。

 凄まじい衝撃が私の機体を地面に埋める。激しい硝煙が辺りを包み、視界の鮮明さを完全なゼロに変えていた。

 機体損傷――は五○パーセント。主に強化装甲と、後は跳躍ユニットがイカれてしまっているらしい。推進剤も漏れて焼かれ底をつく。

 私は装甲の排除パージと同時に、ただ頭の中に浮かんだ言葉を何も考えずに口にする。

「やった、のか……?」

 しかしマップには目の前に赤いマーカーが。

 ……目の、前に……?

 はっと我に帰ったときには既に、煙を裂いて肉薄する敵機が私へと手を伸ばしていて――即座に後退。すぐさま武器を持ち替えようと焦りに任せてモニターを睨んでいると、突如赤い何かが目の前までに迫ってきて……。

 首が飛ぶ。

 途端にモニターは黒く染まり、モニターにはゲームオーバーの文字が映し出されていた。


 激しく高鳴る鼓動を押さえつけながら、私は既に十回目となる深呼吸を最後に筐体を後にした。

 その後の展開は息を呑むもので、解放された赤いパネルが一瞬にして残る二機を残骸へと変えていた。覚悟をする暇も、悲鳴を上げる隙も無い。彼女が本気を出せばこの通りなのだ。

 だが機体を破壊するには幾枚かのパネルを使用しなければならない。なにせ、機関砲の一撃で破壊される脆弱さを持っているのだ。持ち前の精製速度と使用の柔軟性が高いだけで、そこを突いてどうにか作戦を立てればまだ勝ち目はあったのだろうが……。

 しかしそれを今考えても仕方が無いことだ。

 その場での思考の柔軟性や思惟速度が足りなかった。また順応性に掛けていたことも敗因だろう。

 額から流れる汗を拭い、多分汗の臭いが充満してしまっているだろう筐体を心配していると、やがて他の連中も私の元へとやってきた。場所は再び、自販機の前である。

 薄暗い空間内は、自販機の前だからか明るく照らされ、その前にある丸いテーブルに肘を付きながら、お疲れ、と声を掛けた。

「いや、随分と目を付けてくれるので自分が優秀だと勘違いしちゃいました。あはは」

 私が軽く笑いながらそう告げると、彼女は横目で私を捉えながら、自販機に向かって返答する。

「それでいい。実際あたしは君を潰すつもりで行ったんだけど、まさかあそこまでガッツがあるとは思わなかった……私は特攻タイプだから、次はタミヤに、今度は『クリア』が揉んで貰えばいい」

 ガコンと音が鳴り彼女が屈む。それを見ながらタミヤは腕を組み鼻を鳴らす。それを嫌悪感を限界まで覚えた琴巳は、私の影に隠れるように彼を覗き身を守った。

「いや、ご遠慮させて頂きたい……」

 タンクトップにホットパンツという格好の彼女は、汗で衣服を肌に引っ付けるために色っぽく見えた。だからか、タミヤの視線も著しく嫌らしいものに見えてしまう。

「君たちはまだ弱い。また、縁があれば出会うこともあるだろうが――ここで失礼させてもらおう。さらばだ、君たち」

 彼女はそのひと言を最後にその場を後にする。携帯電話を取り出していたタミヤは恐らく私達と連絡先を交換しようとしていたのだろうが、彼女に首根っこを掴まれ引っ張られて、やがて姿を消した。

 そういえば名前を聞いていなかったな、なんて考えても見たが――。

「なんか、また会いそうな気がする」

 そんな嫌な予感が背筋を掠めた。

「肯定だ」

 それから少し間を置いて、私達もゲームセンターを後にした。その空間がいつもとは少しばかり違うどよめきに包まれていたが、疲労のせいか、あまり構っている余裕は無かった。

 外に出ると、冷房の効いた店内とは一転、生温い大気が私達を歓迎する。私達は自宅の方向の違いからその場で解散して、一つ息を吐き、帰路へと向かう。その中で、ふと無意識に操縦桿を捻ろうとする自分に気付いて苦笑した。

 ――この感覚が失せるのは、また当分先になりそうである。

 すっかり夕日に染まる中、私自身も影となりながら、雑踏へと溶け込んでいった。

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