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架空人生  作者: ひさまた病
―日常―
10/17

馴れ合い

「私は霜月京子しもづききょうこ


 金髪が美しい部長はその切れ長の目で鋭く私達を見て、薄く微笑んでから自己紹介をした。大きな胸が特徴的な典型的美人という感じだが、どことなく男っぽい口調のせいでその印象はより強いものとなる。その傍らに立つのは、部長と同じ三年生で、副部長らしい。青みがかかる黒髪は腰ほどまで長く、そしてその毛先は綺麗に切りそろえられている。目元は優しく丸っこく、その表情には笑みが絶える事が無い様に、頬は釣りあがっていた。

 そして部長とは対称的に胸は小さく、だがその分背が高くて全体的にスタイルが良く見える。雑誌やテレビなんかでよく見るモデル体型という奴なのだろうが――なんでそんな美人さん方が、否、美人さんに限ってこんな事をやりはじめるのか疑問だった。最も、私個人としてはやはり美しい方がいいから特に文句はないのだが。


「私は御堂珠樹みどうたまきです。ふふ、まさかこんな同好会に新しい人が入ってきてくれるなんて、ね?」

「あぁ、正直私も驚いている」


 二人は仲良さげに肩を合わせて笑いあう。そうやって並ぶだけで絵になる二人を、私と――なぜかリンコも一緒に席に座って眺めていた。

 しかし細かい事を気にしないのが私のいいところである。なんだかんだで結局私と同じ部活に入りたかったリンコの心情など彼女の口からわざわざ窺うなんて野暮ったい事をせずとも私にはわかるのだ。彼女が、私が何も言わなくても一緒に部活を探してほしい事を察してくれたように。

 そして羨ましいのか――リンコはちらちらとこちらを伺っていた。が、私は面倒なのでそ知らぬふりをして、やがて始めるであろう彼女等の、これからの活動説明を待っていた。

 そうして始まる部活動説明。入学式の後日に体育館で行われる大々的な部活動説明には参加できない同好会故に、明確な活動内容は昨日初めて聞いたのだが、それでもまだ不鮮明なのは拭えなかった。

 話によると、所属している二年の三人は他の部活と兼業しているために、滅多に顔を出さないらしい。良くて一月に一度参加する程度らしい。最も、今回そのお陰で部活動として正式に認められた、という事があっても無くても、特にそれがどうということはないとの事だった。


「それで活動内容なのだけれど……そうね、あまり理解の得られない人達にとってはとても特殊に見えてしまうものなのよ」

「しかし大よその活動内容を聞いたうえで入部希望の意思を提示した彼女等だ」

「なら大丈夫かもしれないわね……覚悟は良い? 私は出来てる」


 そうして御堂が口にする活動内容は、先日霜月から聞いた話となんら変わらぬものだった。

 自分が考える最強の自分でも、最弱の自分でも、全く性格の違う、性別の違う、人種の違う、あるいは人間ではない――理想の――自分を思い描く。最初は設定を、そして次に物語を、さらにそれを主人公とした世界を、最後に、その自分を、本当の自分だと思い込んで生活する。それが過程で、かつ目標だというものだった。

 私は既にその自分が決定していて、実行すらしている。しかしリンコの方はどうなのだろうか。だが私が彼女にそういった心配をする場合、大抵が無駄になる。だから今回も同じようなものになるのだろう。


「でも杉林さんはなんだか、既に違う自分になりきっているようにも見えるけれど――」

「なぁっ!?」

「違ったらごめんなさい」

「へ、あ、はは、勿論私は生まれた時から女の子ですから……えへへ」

「いや、誰も性別まで否定はしていないが」

「え? あ、あぁ、で、ですよねー」


 動揺して首の動きがカクカクに、発言がボロボロになりつつある私の腕をリンコが小突く。「ちょっとぉ、しっかりしなさいよ」といった意味の言葉を投げられた気がしたが、今は先輩連中にどうフォローを入れればいいのか、そもそもフォローを入れるほうが良いのか、入れたら入れたで妙に食いつく気がして不自然ではないかと思案に思案を重ねるのに一杯一杯で、その台詞を理解するのは半ば不可能だった。

 しかしそんな危惧は徒労に過ぎず、彼女等はそんな明らかに不自然な口ぶりに疑問を抱かぬように説明を続ける。御堂が口にする次の説明は、聞くのは初めてだった。


「何がしたいか、と言われれば、自分の嫌な所を修正する……局所的に言えばね。でも私達は、自分を変える事を目的にしているの。例えば、内向的な人間から外交的に変質するように。あるいはその逆もありえるわ」

「誰かが求める自分ではなく、自分が求める自分に」

「そう。でもそれって凄く難しいことだし、実行できる環境も少ないわ。だから私達がそれに協力し、手伝いたいって考えたのよ。最も――それ自体を希望する人が居なくて、私達は困ってたんだけどね」

「――確かに、変身願望ってのは誰にもあるって言いますしね。女装男装とかも、その一種ですかね?」

「一概にそうだとは言い切れないけれど多くはそうなのかもしれないし、だけれど女装、あるいは男装をしている自分を同姓、異性に綺麗だと思われたいだけかもしれない。もっと深い訳があってそうする必要がある人もいれば、特に理由無くそうする人も居るわね」

「はは、じゃあお二人のどちらかが男だって可能性も?」

「簡単に否定できるわけでもない。逆に君たち二人のどちらか、あるいは両方が男性――という可能性もだが」

「……なるほど」

「だがどうあれ、私たちは君等ソレを否定しない。寧ろ手助けする立場にあると言う事を忘れないで欲しい。君たちにどんな事情があれども、ただ興味本位で入ったにしろ、だ」

「…………」


 ――随分深い所まで私を知られているような気がして、思わず背筋が凍る。額から流れるのは体温調整のための汗ではなく、単なる冷や汗だった。だが不思議と嫌な気分ではなく、まるで――母親の胎内で優しく包まれているような暖かさがそこにはあった。

 安心できた。身近な協力者とは違う、まるで組織で私の身柄の隠匿に励んでくれることを約束されたような安堵が胸の奥から指先まで、その脈拍によって広げられるようだった。

 だから私は妙な感覚を肌で感じつつも、その顔は緩やかに笑みを浮かべる。それをみて、霜月と御堂は喜ぶように顔を見合わせ、優しく笑っていた。

 傍らのリンコは何が不満なのか仏頂面だったが、多分自分以外にこの学園内で気を許すものが出来た事が少しばかり不満なのだろう。だがそれが出来なかったら出来なかったでまた面倒で大変な思いをするのが目に見えているのであからさまに不平を口に出来ない。そんな複雑な思念が渦巻いているのだ、と推測してみせる。

 そんな彼女を少しばかり嬉しく思いながら私は、そういえば物事を自分中心に考えすぎて、さらに多くを彼女に頼りすぎていたな、と思い返す。そうすると自然に申し訳なく思えてくるのが不思議だ。

 だから慰めとばかりに太腿を優しく二度叩いてやると、何故だか力いっぱい足を踏まれた。

 耳元では「セクハラだよ」と囁かれ、どうやら自分は完全に異性として見られているらしいという事が判明する。ならばこれまでの私に対する反応は全て男としての前提があってのものだったのだろうか。

 だったら――こちらも少々、複雑にならざるを得ない。


「あら、もうこんな時間……。なら今日は適当に、親交を深めるために談笑にしましょうか?」

「あぁ、それがいいな」


 御堂は立ち上がって背を向ける。軽い足取りで教室の奥へと向かうと、壁際には勉強机がいくつか並び、その上にはポットがあったり、コップがあったり等私物がならび、その一方でコピー用紙が山積みされていたり、画材や、一台のノートパソコンが綺麗に置かれたりなどされている。

 彼女はその中でコップを人数分手にとってお盆に載せて、ティーパックを入れてポットからお湯を注いだ。簡易なアフタヌーンティーでも始めようという魂胆が行動から丸見えだったが、談笑を目的とするならばそういった場を設けるのが一番手っ取り早いだろうと思えた。

 やがて彼女は準備を終えると、盆に更に市販の茶菓子を盛った皿を乗せ、こちらにやってくる。その足取りは頼もしく、不器用な人間がおっかなびっくりで物を運ぶのとは大違いであった。


「ただの紅茶で大丈夫だったかしら。ミルクティーの方が好き?」

「あ、いえ。おかまいなく。ありがとうございます」


 運んでくるのを伺い見て、リンコはそんなタイミングで立ち上がり、コップを受け取り自分と、私に配る。さらに霜月にも渡そうと盆へ手を伸ばすが、既に御堂が配り終えた後だった。最後に彼女は菓子を四人の中心に置き、自分のコップを席の前に落ち着かせると、ようやく腰を落とし、盆を机の脇に置いた。


「ごめんなさいね。ここではナマモノが置けないから」

「いえいえ、これだけでも十分美味しいですよ。やっぱり淹れる人が上手いからじゃないですかね~」

「うふふ、ありがと。でもそうやって女の子ばかりをたぶらかしてもダメよ?」

「……えっ?」

「貴方は女の子なんだから、ちゃんと男の子にも目を向けないと、ね?」

「あ、あぁ……あぁ! はは、分かってますよッ。でもホラ、入学してそうそうホイホイするのも印象がアレじゃないですか」


 正直、全部バレてて彼女らの手のひらで鼓舞しているものだと思った。

 しかしそれは勘違いだったのだが――どうにもこの短時間で私は、御堂珠樹に全てを見透かされているような気がして、奇妙な恐怖を覚え始めていた。最も恐怖といってもそんなシリアスなものではなく、子が欠点のテストを隠しているのが母親に知られているのではないか、と怯える程度のものである。

 だが、私は早くも、そんなにもここに馴染み始めているのだろうか。否、正確には彼女等に気を許し始めているのだろうか。

 確かにこの霜月、御堂は初対面にしては随分と親しみやすい二人だった。美人だと言うところを主張せずに、だが決して謙虚に出過ぎない、自分のいい所を嫌味にさせずにいいように出す、自分と言うものを良く知る人間であった。

 意識して彼女等を観察ると、髪を掻き揚げる仕草も色っぽく、毛先を指で巻くその所作も、頬を撫でるその行動も、軽く胸のタイを緩める動作も、その全てに目を惹く魅力があった。さらにそこに嫌味がないからこそ、人としての憧れと魅力が集中するのだろう。こんな人になってみたいと、こんな人に付いて行きたいとが重なるのだ。

 更に気を遣い、人に優しい。

 完璧だった。

 だから私は、この二人にならバレてしまっても大丈夫だと確信できた。

 後はそれが勘違いにならないことを祈るだけである。


「――へぇ、二人は同じ中学出身なのね?」

「はい。お二人もそうなんですか?」

「あぁ。まぁ腐れ縁ってヤツだな。いわゆる」


 私が適当に相槌を打って思考する間に話は進んで、不覚にもそんな話題に突入してしまっていた。しかしそう危惧する必要も無く、


「昔はバスケやってたり……頼れるヤツだったんですけど、今じゃこんなに頼りなくなっちゃって……」

「そうかしら? 私が見る限りでは、彼女は今でも随分頼りがいがあるように見えるけれど」

「確かに。私も、そこいらの女生徒とは大分違い、太い芯がその根底に見えるが」

「そりゃ今も根底は変わらないかもしれないですけど……」


 妙な方向へ会話は展開された。


「ちょっと三人とも! なんですか、その内ピンクになりそうな話の流れ! 私をその中心に置かないでくださいよッ!?」

「はは、いいじゃないか。同姓でも好いている人が居るのはいいことさ」

「す、好きじゃないですよっ!」

「まぁまぁ、今は素直になれないかもしれないけれど……ね?」

 

 彼女等はからかうように、だがどことなく羨ましく見るように笑って、賑わう。場はそうやって話を二転三転させて私を含める四人の顔をあかく火照らせて、時間の経過を忘れさせた。

 ――結局私達の談笑に一つ区切りが付いたのは、活動時間を大幅に遅れた一九時過ぎだった。

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