逆鱗
懐かしい。気持ちになったな。って思います。
小さい頃、僕は夏休みなんかには爺さんの家によく行っていたことを覚えている。だが、段々と足が向かなくなり高校生にもなる頃にはもう行くことは無くなっていた。誰もが通る道であると思うが、どうしても忙しくなっていってそんな時間が取れなかったのだ。
しかし、大学生になって一転、暇を持て余すようになった僕は久しぶりに爺さんの家に足を運んだ。久しぶりに会った、ばあちゃんは僕の記憶にある姿よりずっと腰が曲がってしまったようだ。爺さんもすっかり小さくなってしまった。それでも、やっぱり孫は可愛いものらしく、ガキの頃と変わらない呼び方なんかは時の流れに置いてきた僕の心を呼び起こすには十分だった。
童心を取り戻すと、日々のデジタル社会から解放され、ばあちゃんの「暗くなる前に帰ってくるんだよ」という声を遠くに聞きながらその辺をブラつき始める。懐かしい山や森、田んぼなんかには、数こそ少なけれ子供たちが泥まみれになりながら遊んでいる。こんな田舎だと子供たちには警戒心なんか無く僕に声を掛けてくれる。
「兄ちゃん誰〜?」
「斎藤幹哉だ、久しぶりにここに来たんだよ」
「斎藤…? あ、斎じいの孫だろ、兄ちゃん? この前さ、斎じいが嬉しそうに言ってたからな」
爺さんは昔から僕が来ると嬉しそうにしていた。僕が20を越えてもやっぱり昔のままなんだろう。なんて感慨に耽っていると辺りが暗くなってきた。そういや、ばあちゃん帰ってこいって言ってたなと思い出すと、仲良くなったちびっ子共と明日遊ぶ約束をして帰らせ、僕自身も帰路に着いた。
家に戻るとばあちゃんがたくさん料理を作って待っていた。
「幹哉、今日はあんたの好きなもんようけ、作ったからね、好きなだけ食べんさい」
パタパタとちゃぶ台と台所を行き来するばあちゃんをよそ目に爺さんはビールの瓶と栓抜き、2つのコップを持って僕の隣に座る。
「今日は幹哉が来るってもんだから、婆さんな張り切っちまってな、ほれ、幹哉、ちったぁ飲めるか?」
そう言って爺さんは僕に並々とビールを注いだコップを差し出す。こう見えて僕は酒豪だ。サークルの飲み会で3軒目まで回って先輩を潰したこともあるくらいだ。爺さんは僕の飲みっぷりに手を叩いて笑っている。久々に食べたばあちゃんの料理はすごく懐かしくて美味しかった。
その日の夜は風どころか虫の音すら聞こえない静寂があったが、涼しくて心地よい温度にすぐに眠ることができた。夢で何か見たような気もしたが、夢なんてものは昔より曖昧な物なのだから、それだけ気持ちよく寝れたということだろう。
朝から僕は、昨日の子供達との約束の場所に集まっていた。どうやら、山と森の境目を獣道に沿って探検するらしい。この辺で出る動物など鹿くらいにたかがしれている為、危険では無い。昔は底無しの湖とかもあったが、僕の知らぬ間に干上がっていたらしい。昔、危険だったところは湖と同じようにほとんど無くなっているか、小さくなってしまった。
よくよく考えればおかしなものだが、この時はもっと簡単に捉えていた。時間の流れはそういうものだろうと。
近辺で1番大きい山の裾野で子供達に連れられて、かくれんぼをすることになった。鬼は元気な男の子、僕を引っ張ってきた武士がやるらしい。僕は隠れる子供たちにあんまり遠くに行かないことと危ない所に近づかないように言い聞かせ、隠れ場所を探す。丁度いいや、と大きい木の上に登り、その中でも太い枝の上にごろりと転がり少し仮眠を取ることにした。ここまで来て僕も疲れてしまった。小学生が無限の体力なのか、はたまた僕の体力が無いのか。それは分からないが力を抜くと心地よく眠りの世界に入っていく。
コツンコツンと僕の腰辺りに何かが当たるような感覚がある。それに反応して起きた僕は下を見やる。そこには一人の少女が立っている。こちらを見つめて、
「みぃつけたぁ!」
と元気よく声を上げる。その子をみた途端アレ?っと疑問が頭をよぎる。その子は万年筆のインキのような青黒い髪をなびかせ、静脈血より赤黒い双眸をコチラに向けていた。昨日今日の関わりとはいえ、あの子供達の中にこんな子は居ただろうか?それにこの少女は小学生というには少し大きい気がする。どちらかといえば中学生、だが言葉の節々に幼さを感じさせる。それに鬼は武士がやってたはずだ。こんなに早く見つかる訳が無い。例え増えた鬼だったとして、僕が乗っている枝は確実に僕の姿をすっぽり隠してしまってるんだぞ?
色々と頭の中をグルグルしていたが、そのうち、いやいや、と何もおかしくはないと感じ始めた。たまたま高いところから見て見つけたのかもしれないし、この子だって僕が見落としてただけだろうと思い大人しく枝からヒョイと降りた。ドサッと足を強く踏ん張り着地したが、流石に2〜3階くらいの高さから降りると足にジ~ンと響く。
「おぉ」と少女は感嘆をこぼす。風にワンピースをはためかせ、目を細めるようにして微笑む彼女は僕の手を取り、「歩ける?ほら、一緒に行こう」とこちらの顔をのぞき込んだ。鼻先が触れそうなほどの近さで真っすぐ見つめられて僕は「あ、、、うん」となんとも腑抜けた返事しか出来なかった。
彼女の後をついて行くと少し霧がかってきた。この森で霧は真っ昼間に出ないと思っていたが、僕も知らないことがあるもんだと思っていると、かつての僕が知っている、あの底なし湖が眼前に広がっていた。なんだやっぱりあるじゃないかと思っていると、その近くには山にあったはずの巨大樹が生えている。アレは落雷で丸焦げになったと聞いていたがここに移したのだろうか。その奥には海岸沿いにあった巨岩が置かれている。その岩の影には洞窟があるようだった。全体像までは見えないがそれは昔、ばあちゃんに入ってはいけないと言われていた洞窟に似ているような気がした。僕を連れてきた少女はその洞窟の方へとズンズン進んでいく。
「ね、ねぇ、そっちの方は行かない方がいいんじゃないかな」
僕は少女に向けて声をかけるが、彼女は悪戯っぽく振り返って「大丈夫、大丈夫」と楽しそうに笑っている。よく考えれば、あの時言われた洞窟に似ているだけで、洞窟自体はこんな所に無かったはずだ。それなら問題は無いか。安直すぎる考えの元、少女の後を付いて洞窟に入っていく。洞窟は進めば進むほど広くなっていく。そして奥まで行くとかなり拓けて上から光が差し込む場所に出た。様々な置物などで飾られており、少女は楽しそうにいじりながらとある1つの箱を手に取った。
「あ、ここはね私の秘密基地なんだ〜。連れてきたのは君が初めて。君に渡したい物があって着いてきてもらったんだ。」
箱の埃を払いながらコチラに持ってくる。グググっと力を込めようやく開けられた箱。「うわぁっ」と素っ頓狂な声を上げてのけ反る彼女は箱からじゃらっとネックレスを1つ取り出した。
「おっ、あってた。これこれ〜。ほらぁ、首さげてくれないとかけられないじゃん!」
僕は彼女に言われるがまま首を下げてかけてもらった。ニコリと彼女は笑い「うんうん、やっぱり似合ってるね」と両手でカメラポーズを取って、ん~と片目をギュッと閉じている。僕が呆気にとられて何もできないでいると、彼女がそろそろ帰ろっかと言い出した。確かに、かくれんぼをしていたのだったな。彼女はあの子たちにはそれ見せないでねと、僕の服の襟からスッとネックレスを内側に滑り込ませた。
2人で、皆の元に行くと丁度終わりかけだった。武士が近づいてきて、
「兄ちゃん、かくれんぼ上手いな!!」
と言ってきた。おや?俺は見つかっていなかったか?ま、彼らには気づかなかったということだろう。そろそろ昼メシ時だと森を出て解散した。そういえば、あの子はどこに行ったんだろうか?子供達合流した後見かけなかったような気がする。
「ふぃ~、ばあちゃん、ただいま」
僕は汗でベッタリになったシャツを脱ぎながら、帰ってきたことを知らせる。台所から昼ご飯できとるよと返事が返ってきたので、ちゃぶ台のとこへ向かうと爺ちゃんが先に座って甲子園を見ていた。
「おぅ、帰ってきたか、アイス冷えとるしもらってこい」
と、背を向けたまま僕に話しかける。は~いと、途中までクシャクシャに仕掛けたシャツを肩にかけ、冷蔵庫へ向う。ばあちゃんにアイスがどこにあるか聞こうとすると僕の違和感に気付いたようだった。
「あれ?あんたソレ何つけとんの?」
そういえば、ネックレスをつけたまま家に帰ってきたのだったな。
「ああ、コレは貰ったんだよ」
そう言うと婆ちゃんは僕の方を向く。ジッと首元のそれを見つめてた、婆ちゃんは爺さんを呼んできた。爺さんもネックレスを見ると深く考え込んで、ウ~ンと言いながら「鳥居さんに電話掛けてくる」と言って台所から出て行った。婆ちゃんはしきりに「アンタ、それホンマに貰たんよね?」
と聞いてくる。電話を終えた爺さんは俺の所に来て一旦飯食おうと言ってくれた。いつもの調子に戻り婆ちゃんも安心した様子だった。飯を食べた後、風呂に入り睡魔の赴くまま眠りに就いた。
夢を見た。顔は分からないが少女が僕を呼んでいる。近づいてきて手を引いてどこかに連れて行かれる。でも、それは不思議と悪い気はしなかった。何かをくぐり抜けた所で僕は目が覚めた。
下に降りていくと、爺さんが「今日はお前に客が来る」と言った。まぁ、昨日の話からしてそうだろうなって思った。恐らく、昨日爺さんが電話していた相手、鳥居さんが来るのだろうと予感していた。その予感は当たっていた。外で車が止まる音がして人が玄関に近づいてくる気配がする。そしてチャイムが鳴り、緊張と共に温和な声が家に入ってきた。
「すんませーん、鳥居ですー」
はーいと婆ちゃんが出て、その人を客間に通した。僕は爺さんに連れられて一緒に客間に入っていく。そこには60代前半くらいの初老の男性が待っていた。この人が鳥居さんか。と突っ立てると、爺さんに目配せされる。あのネックレスを出せと言っているのだ。いそいそとポケットから取り出し、机の上に置く。
「お前も座って聞いとき」
爺さんが静かに僕を見てしっかりと告げた。爺さんは鳥居さんの方へネックレスを差し出す。
「孫が貰ったゆうとるんやが、これはアレじゃないか?」
鳥居さんはネックレスをよく観察している。だが、観察すればするほど鳥居さんの顔は険しくなっていく。そして顔を上げてふぅと一息ついて、グッグッと眉間のシワを指で伸ばしながら僕に話しかける。
「これは、間違いないとは思うんですけど見たこと無いんですよね。コレ。50年ほど見てきましたがここまで強くてここまで入り組んでるのは初めてですわ」
爺さんがアーッと、額に手を当てている。置いてけぼりの僕は鳥居さんにおそるおそる、ネックレスの正体について聞いてみる。鳥居さんは、そうでしたか、コレから話すことは嘘みたいなホントの話ですよ?と前置きを置いて話し出す。
「君が貰ったというネックレスはね、簡単に言えば神様の一部なんだ。神様の自身の一部を渡すという行為はその人間を好いている。愛でるものだと思っている証なんだ。」
なるほど、では、さっきはなぜあんなに難しい顔をしていたのだろうか?別に悪いものではないように感じるが、違和感になぜかいやな汗がたらりと流れていく。
「コレ見てくれる? コレは君が貰ったものに類似するというかほぼ同じ物だ」
鳥居さんの差し出すスマホの写真を見る。確かにそこには形は同じ物がある。ただ色?が違うようだ。
「このネックレスについてる、この大きな鱗は龍神様の鱗なんだけどね、もう気づいてるとは思うんだけどね、他の鱗と違うでしょ?」
やはり間違えていなかったか。僕が写真で見せて貰った物は、青〜緑くらいの色の鱗だったが、僕のは白を基調にした五色に輝く螺鈿細工みたいに見える。そもそもこのネックレスを構成する物全てが湖、木、岩、洞窟の神様に関する物らしい。鳥居さんは今までと違う事例に対しての答えを持っているようだった。
「その鱗は逆鱗なんです。龍で1枚だけ持つ特別な鱗、その一部だと思うんです。他の部品も核となる部分の一部が使われているんです」
なるほど、それはえらいもんを渡されてしまったというわけだ。核となる物を渡されて僕に一体どうしろと?気に入られたの一言では説明がつかない。
「それを貰ったと言ってましたが、どんな方から貰ったんです?」
鳥居さんは黙り込んだ僕に質問を投げかける。それに対してあの少女を説明しようとした。したのだが、細かく説明しようとするとなぜか上手く説明できない。結局伝えられたのは中学生くらいの少女ということくらい。また鳥居さんは考え込んだが、しばらくした後、膝を叩いて顔を上げる。そして、僕に向かって優しく笑った。
「うん、着けてても問題なければ気にしなくていいよ。なんかあったら連絡寄越してね」
そう告げて、鳥居さんは帰っていった。それから大学が始まり、いつもの生活が戻ってきた。ただネックレスをしていない時、何かとてつもない視線を感じるような気がする。その度にあの少女の顔が頭をよぎる。鳥居さんに相談はしたが問題ない。そういう物だ言っていた。僕の首に誰かが手を回しているような気がした。
半分くらい実体験かも。




