至高の買い物
ピアノレッスンという「聴覚」の狂宴を終えた私は、次なる五感の充足を求めて、王宮のメインホールへと向かった。
そこには、大陸全土の富を牛耳ると噂される若き大商人、カインが、私の「食後の散歩」という名のショッピングのために、王宮のホールをまるごと一つの最高級百貨店に変貌させて待ち構えていた。
「……あ、ホメーテ王女。お待ち、しておりました」
ホールの中心、うず高く積まれた財宝の山を背に立っていたのは、一見すると氷の彫刻のように冷徹な印象を与える美青年だ。銀縁の眼鏡の奥で、鋭く冷ややかな瞳が知性を放っている。
だが、私が一歩足を踏み入れた瞬間、彼の白い肌が耳元までうっすらと朱に染まったのを、私は見逃さなかった。
この男、カイン。交渉の場では「鉄仮面」と恐れられる冷酷な商人だが、私の前に出ると、その冷徹な仮面は一瞬で溶け落ち、初恋に震える少年のように、照れと熱情の混ざり合った称賛を垂れ流し始めるのだ。
「カイン、準備はいいかしら? 今日は少し、気分転換が必要なの」
「は、はい。……貴女に、……貴女に相応しいものだけを、世界中からかき集めてきました。……どうか、その……僕の心臓を、……いえ、この品々を、吟味してください」
カインは震える指先で、まず一つの宝石箱を開いた。
中には、ドラゴンの瞳のような輝きを放つ、巨大な深紅のルビーが鎮座している。
私がそれを手に取り、白い首筋にあてがった瞬間。カインは眼鏡を押し上げ、激しく動揺しながら、しかしその称賛は、ダムが決壊したかのように溢れ出した。
「……っ、ああ! なんという、なんという罪深い輝きだ! そのルビー、……本来なら王国の秘宝として語り継がれるべき逸品のはずなのに、ホメーテ王女、貴女の肌に触れた瞬間、……ただの『赤い石』に成り下がってしまった! 貴女の透き通るような白磁の肌が、石の光を完全に飲み込み、逆にルビーを照らしている! 宝石が貴女に恋をして、赤面しているのが見えませんか!? ……ああ、……恥ずかしい、こんなことを言うのは僕のキャラじゃないのに、……貴女が、貴女の美しさが、僕の理性をミンチにしていくんだッ!」
(理性をミンチに! カイン、冷徹な大商人とは思えない壊れっぷりね。素敵よ!)
私は余裕の笑みを浮かべ、次に新作の香水を一吹きした。
ジャスミンと白檀、そして秘密のスパイスが混ざった高貴な香り。
カインは、その香りが届いた瞬間、顔を覆ってよろめいた。
「……くっ、……殺す気ですか。その香り……。ただでさえ貴女が放つ『天上の香り』に、僕の調合した香水が混ざり合い、……もはやこれは、嗅いだだけで魂が天に召される禁断の媚薬だ! 貴女が通り過ぎた後の空気、……それを瓶詰めにして売れば、一つの国が買える! 貴女が呼吸をするたびに、大気が浄化され、メリゼルヴァイエナータ(自然の女神)が敗北を認めて引退する! ……ああ、もうダメだ、……貴女の、貴女のその……満足げな口元を見ているだけで、全財産を献上したくなる……!」
(全財産献上! 経済が止まるわね。でも、いいわ。続けなさい!)
私は次に、金の刺繍が施された贅沢なシルクのドレスを、体に合わせた。
鏡の中で、私の美しさがさらに一段、神格化されていく。
カインは膝をつき、ドレスの裾を震える手で整えながら、熱に浮かされたように、しかし照れくさそうに視線を逸らしては戻した。
「……見ないでください、僕のこんな情けない顔。……でも、……でも言わずにはいられない! そのドレス、……最高級の絹糸を紡いだ職人たちは、きっと貴女のこの姿を予見していたんだ。貴女の曲線に合わせて布地が歓喜の声を上げている! 貴女がこの靴を履き、その一歩を踏み出すたびに、地面は貴女の足裏にキスをする名誉に震えるだろう! 帽子を被れば、太陽さえも貴女の顔を隠すその影に嫉妬して、……ああ、……っ、貴女は、……貴女は、僕の人生における最大の『不良在庫』だ……! 価値が高すぎて、誰にも売れない、僕だけの、永遠の、……っ、至宝なんだ……!」
(不良在庫! 商人らしい、最上級の「独占欲」ね!)
私は、カインの「照れ」と「絶叫」が入り混じったカオスな称賛を、極上の音楽のように聞き流しながら、次々と宝石や靴を身につけていった。
カインは、私が一つ何かを選ぶたびに、顔を真っ赤にして、
「……っ、その帽子のリボンになりたい……!」
「……貴女に履かれるその靴は、前世でどんな善行を積んだんだ……!」
と、小声で呟きながらも、その声はホール中に響き渡るほどの熱量を持っていた。
「カイン、ありがとう。今日の買い物は、とても有意義だったわ。……このホールにあるもの、全部、私の部屋に運んでおいてちょうだい」
「……全部!? ……っ、は、はい! 喜んで! ……むしろ、僕も、僕も一緒に箱に詰めて、……貴女の部屋の隅に、……『観賞用』として置いておいてはくれませんか……!?」
カインは、もはやクールな商人の面影など微塵もない、ただの「べた惚れした下僕」の瞳で私を見上げた。
(ふふ、あははは! 気持ちいいわ! 経済を動かす男の理性まで、私の美しさというインフレで崩壊させてしまったのね!)
私は、真っ赤になってうなだれるカインの頭を、エルメデューラのように優しく撫でた。
外交、食事、音楽、そして富。
王宮のあらゆる「プロフェッショナル」たちが、私のために語彙を磨き、恥を捨て、ひたすら私という存在を称え続ける。
エスタシオン王国の中心で、私の承認欲求は、もはや宇宙の膨張速度すら超えて、無限の銀河を構築しようとしていた。
背後では、ジルヴェスター殿下、セバスチャン、そしてレオンの三人が、
「……カインの野郎、『不良在庫』なんて言葉を使って、さりげなく『俺だけのもの』アピールをしやがった……!」
「……あのクールキャラが崩れる瞬間のギャップ褒め、……計算だとしたら、あまりに高度な商談テクニックだ……!」
と、次なる「褒め言葉の軍拡競争」に向けて、各々の武器を研ぎ澄ませている。
私は、彼らの熱視線を背中に感じながら、軽やかな足取りで、さらなる称賛が待つ夜へと歩みを進めたのである。




