第2話 憧れの君と、大人の余裕
山本勇次との出会いと危険な沼にハマってしまう凛夏
「ゼロQLIVE」の沼は
一度足を踏み入れると底なしだった。
三崎凛夏は、仕事(という名の空白の時間)以外、
ほぼ全ての時間をライバー・連の配信に捧げていた。
推し始めて二ヶ月。
相変わらず画面の中の連は爽やかで、
連にベッタリな白百合ももかの「正妻ムーブ」も
相変わらずだった。
「連くん、昨日言ってたあのお店、予約取れたよー!」
『ももか、仕事早いな! さすがだわ』
(……予約? 配信外でそんな話してるの?)
凛夏の胸に小さな棘が刺さる。
だが、それ以上に気になったのは、
初期にいたはずの常連リスナーが数名、
ひっそりと姿を消していることだった。
(あれ、あの人最近見ないな。
……まあ、飽きちゃったのかも。
連くんの配信はこんなに楽しいんだし
気にしないでおこう!)
ポジティブという名の現実逃避。
そんなある夜、
連が配信を休んでいる時間にアプリを開くと、
彼が別のライバーの配信を
「シェア」しているのが目に留まった。
『山本勇次さんがLIVE中!
連さんのシェアから遊びに行こう!』
(山本勇次……? モデルさんなんだ。
連くんの知り合いなら怖くないよね)
凛夏は、連の紹介という免罪符を手に
その門を叩いた。
入室した瞬間、凛夏は身構えた。
連の時のように
「ミサキさんいらっしゃい!」という爆音の歓迎を
予想していたからだ。
しかし、画面の中の男
山本勇次は淡々と話を続けていた。
(あれ? 無視……?
いや、入室通知は絶対出てるはずだけど)
勇次は落ち目とはいえ現役のモデル。
シュッとした顔立ちは流石だが、
どこか肩の力が抜けた、
大人の余裕が漂っている。
コメント欄に連の名前を見つけた凛夏は、
恐る恐る書き込んだ。
『連くんのシェアから来ました。はじめまして』
すると、勇次はふっと柔らかく微笑んだ。
「あ、ミサキさん。はじめまして。
来てくれてありがとうね」
「通知で入ったのは分かってたんだけどさ」と、
勇次は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「潜ってゆっくり見たい人もいるでしょ?
いきなり名前呼んで驚かせたくないから、
自分からコメントくれるまで待つようにしてるんだよね」
(……何このスマートな配慮。全人類に共有してほしい……!)
凛夏は感動した。
勇次の枠も連のところに負けず
劣らず笑いが絶えない。
だが、決定的な違いがあった。
(……ももかちゃんみたいな、
距離感バグってるリスナーが一人もいない。
みんな仲はいいけど、
ちゃんと『配信者とリスナー』の線引きがあるというか)
「ミサキさん、連くんのリスナーさん?
うちにもたまには遊びに来てよ。
あいつとは腐れ縁だからさ」
そんな勇次の気さくな誘いに、
凛夏の心はすっかり解きほぐされていた。
それからというもの、
凛夏は勇次の枠にも時折顔を出しつつ、
本命である連の配信を最優先する日々を送っていた。
そんなある日、
連の口から「オフ会」という
禁断の単語が飛び出した。
「いつも応援してくれるみんなに
直接お礼が言いたくて。
オフ会、やっちゃおうかな!」
(オフ会……! 生の連くんに会える……!)
正直、迷いはなかった。
小説家として「現代の集団心理の観察」という
立派な建前もあるし、
もしかしたら次作のネタが降ってくるかもしれない。
当日。
都内のレンタルスペースに現れた連は、
画面越しに見ていたよりも数倍輝いていた。
「あ、ミサキちゃんだよね?
来てくれて嬉しいよ。
いつもコメントありがとう」
目の前で自分を見つめる、
真っ直ぐな瞳。
画面越しではない、
少し低い生の声。
連は一人一人に丁寧に、
そして平等に優しく接していた。
その姿を見た瞬間、
凛夏の「観察者」としての理性は
粉々に砕け散った。
(……ダメだ。これ、ただのファンじゃいられない)
凛夏は自覚してしまった。
自分が、この爽やかな笑顔の裏にある(かもしれない)
何かを知りたがっていることに。
いわゆる「ガチ恋」の沼に、
頭の先まで沈み込んだ瞬間だった。
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次回もお楽しみに♡




