第1話 運命の「入室ボタン」
投げ銭アプリと芸能界を舞台にした物語です
フィクションです
世はまさに、投げ銭時代。
スマートフォンの画面の向こう側には、
華やかな芸能界への切符が転がっているという。
モデル、声優、アーティスト。
「ゼロQLIVE」というアプリは、
そんな夢見る若者たちの欲望を煮詰め、
キラキラしたエフェクトでデコレーションした
巨大な社交場だった。
小説家、三崎凛夏は、
手持ち無沙汰な夜にそのアイコンをタップした。
デビュー作こそそこそこ売れたものの、
その後は鳴かず飛ばず。
パソコンに向かっても指が進まない彼女にとって、
街中の看板やテレビCMで目にする「ゼロQLIVE」は、
自分とは無縁の眩しすぎる世界に思えていた。
「……まあ、執筆の資料。そう、これは現代風俗の調査よ」
自分に言い訳をしながら、
アカウント名は本名から「ミサキ」と登録。
トップ画面を開くと、
そこには無数のサムネイルが
洪水のように溢れていた。
派手なメイクのギャル、
ギターを抱えた青年、
着ぐるみを着た謎の人物。
その「新人」カテゴリーの端で、
ふと指が止まる。
『初見さん大歓迎! 楽しくお喋りしませんか?』
サムネイルに写っていたのは、
驚くほど爽やかなイケメンだった。
名前は「連」。
気取ったモデルポーズではなく、
どこか親しみやすさを感じさせる笑顔に、
凛夏は吸い寄せられるように
その「枠」へと足を踏み入れた。
「あ、ミサキさん! 初見さんだ、いらっしゃい!」
画面が切り替わった瞬間、
弾んだ声が耳に飛び込んできた。
配信者側にだけ表示される
『新規入室』の通知を見逃さなかった連(勝利)が、
カメラに向かって大きく手を振る。
(うわ、本当にイケメン。しかも声がいい……!)
凛夏はスマホを握る手に少し力が入った。
連は大手企業の管理職という本業を持ちながら、
「有名になりたい」という純粋(?)な
承認欲求をエンジンに
配信を始めた男だ。
画面の中の彼は、
後々の性格の悪さなど微塵も感じさせない、
理想のお兄さんそのものだった。
「みんな、ミサキさんに挨拶して! 貴重な初見さんだよ!」
連の呼びかけに
画面下のコメント欄が爆速で流れ始める。
『ミサキさんいらっしゃい!』
『連さんの沼へようこそ~w』
『ゆっくりしていってね!』
「あ、ありがとうございます……」
凛夏は緊張しながら
慣れない手つきで
『よろしくお願いします』
とコメントを打ち込んだ。
配信内は笑いが絶えなかった。
連のトークは軽妙で、
リスナーの弄りにも
完璧なノリツッコミで返していく。
凛夏はいつの間にか、
自分が「売れない小説家」であることを忘れ、
一人のリスナーとして画面にかじりついていた。
この場所なら、
退屈な日常が少しだけ
色鮮やかになるかもしれない。
そんな予感に胸を躍らせていた。
しかし、そんな楽しい空気の中に、
ふと「異物」のような違和感が混じる。
『連くん、今日のネクタイ変えた?
前のやつの方が好きかもーw』
コメントの主は「白百合ももか」。
この枠の最古参リスナーであり、
自身もライバーとして活動している。
「あ、ももか。バレた?
あれちょっと汚しちゃってさ。
っていうか、よく見てるなー」
連が苦笑いしながら返す。
そのやり取りは
配信者とリスナーというより、
もっとプライベートな
距離感の近さを感じさせた。
『だって連くんのことなら何でも知ってるもん。
あ、ミサキさん! 連くんはちょっと天然だけど、
良い人だから安心してね』
ももかは新規のミサキに対しても、
表向きは非常に親切だった。
歓迎のスタンプを送り、
アプリの使い道を丁寧に教えてくれる。
けれど、凛夏の作家としての嗅覚が、
わずかなチクりとした痛みを感じる。
(……なんか、この人。
親切なんだけど
「私がこの部屋の主です」って
オーラがすごいな……)
まるでお気に入りのペットを
自慢する飼い主のような、
あるいは長年連れ添った女房のような
絶対的な余裕。
(古参のリスナーさんって、みんなこうなのかしら)
凛夏は自分の中の小さな違和感を、
「気のせい」という箱に押し込めた。
「ミサキさん、また明日も来てくれるかな?」
最後に連から投げかけられた甘い声に、
凛夏の顔は思わず綻ぶ。
この時の彼女はまだ知る由もなかった。
この爽やかなイケメンに「ガチ恋」し、
そして絶望の淵に叩き落とされる日が来ることを。
「ゼロQLIVE」という狂乱の舞台。
三崎凛夏の、長くて険しいライバー人生の幕が
静かに上がった。
お読み下さりありがとうございます
次回もお楽しみに♡




