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第4話|基準は奪えない

揚水塔の改修から半日。

 街の空気は、目に見えて変わっていた。


 水が出る。火が消せる。暮らしが戻る。

 人はインフラが止まる恐怖を知っている。だから救った者を忘れない。


 相良蓮が水路沿いを歩いていると、八百屋の女主人が声を張った。


「昨日はありがとうね! 水が戻らなかったら野菜が全部ダメだったよ!」

「助かったよ兄ちゃん!」と子どもが走ってくる。


 ――だが、称賛は同時に“目立つ”ということでもある。


 市場の角で、黒外套が待っていた。

 技術ギルド監査ヴァイス。隣には、紙束を抱えた事務員が二人。さらにその奥に、武装した衛兵が見える。


 ガルドが眉を吊り上げた。


「おい、何のつもりだ」

「手続きだよ、水番隊長。街を守るためのね」


 ヴァイスは紙束の一枚を差し出した。

 上には、妙に整った文字でこう書かれている。


 《基幹魔導具改修に関する臨時条例》

 ・改修は技術ギルド登録者のみが実施可能

・非登録者が触れた場合、罰金および作業差し止め

・材料(魔力線/接点金具/核固定具)はギルド指定品のみ使用可


 蓮は息を吐いた。


(来た。合法で縛るやり方。現場でもよく見る)


 ガルドが吠えた。


「昨日の今日で条例だと? 誰が決めた!」

「領主府の承認を得た。署名もある」


 ヴァイスは淡々と続ける。


「お前がやったことを否定するつもりはない。だが、街の基幹に関わるなら“管理”が必要だ。

 無管理は事故を生む。……それが分からないほど、君は素人ではないだろう?」


 巧い言い方だった。

 安全を口実にしながら、安全を独占する。


 蓮は紙を受け取らず、視線だけで読む。


「つまり、材料を握る。施工資格を握る。監査権限を握る。

 で、俺を“無資格の危険人物”として潰す。そういうことだな」


 ヴァイスは笑わなかった。

 笑う必要がない。制度が味方だ。


「三日後の公開審査会は予定通り行う。

 だが、その日まで君は“改修行為”を禁ずる。

 違反すれば拘束もあり得る」


 ガルドが前に出ようとした瞬間、蓮が手で制した。


「隊長、落ち着け。ここは戦う場所じゃない」


 蓮は市場の中央に立ち、周囲の人々を見回した。

 八百屋、鍛冶屋、酒場の親父、商人、子ども。昨日の火事と今日の水で、“危険”を知った顔が揃っている。


 そして蓮は言った。


「ヴァイス。ひとつ確認。条例は“安全のため”なんだよな?」

「もちろんだ」

「なら、安全を証明する“手順”と“基準”を公開しても問題ないな」


 ヴァイスの目が僅かに細くなる。


「……公開?」

「俺のやり方を“俺だけの技術”にしない。

 誰でも再現できるように、設計図と手順書を作って街に配る」


 ざわ、と人々が動揺する。

 技術を公開するという発想が、この世界では異常だ。


 だが蓮は止めない。


「安全は独占できない。独占した瞬間、それは商品になる。

 商品になった安全は、買えない人を殺す」


 セラが群衆の中で息を呑んだ。

 ガルドが拳を握る。

 そして、鍛冶屋の親父が叫んだ。


「設計図だぁ? そんなもん、俺らが読めるのかよ!」

「読める形にする。絵にして、手順にする。危ない箇所は“触るな”って赤で囲む」


 赤――この世界に“危険表示”はない。

 蓮はその概念を、言葉で叩き込む。


「それと。材料の指定品? 笑わせるな。

 昨日使った接地棒はただの鉄棒だ。鍛冶屋でも作れる。

 過負荷保護は柔らかい金属片。これも作れる。

 遮断機構は木板とバネ。バネが作れる鍛冶屋なら誰でも作れる」


 鍛冶屋の親父が目を剥いた。


「……おい、バネってあれか!? 門の蝶番のやつより細い、あの!」

「そうだ。精密じゃなくていい。止まれば勝ちだ」


 ヴァイスが口を挟む。


「安全の担保はどうする。素人が真似して事故を起こしたら?」

「だから“基準”なんだろ。

 誰がやっても事故が起きにくい手順に落とす。

 そして検査手順も添える。検査してダメなら動かさない」


 ヴァイスは少し黙った。

 制度の言葉で返されるのは想定外だった。


 蓮はさらに踏み込む。


「条例には抜けがある。“改修行為”の禁止だ。

 じゃあ、改修じゃないことはできる」


「何を言っている?」

「教育だ。共有だ。配布だ。

 俺は設備に触らない。設計図と手順書を作って渡すだけ。

 あとは登録者がやれば条例違反じゃない」


 群衆がどよめく。

 ヴァイスの眉が動く。


「……登録者は材料が指定品でなければ動けない」

「指定品がなくても動ける構成にする。

 指定品でなければ“危ない”というなら、指定品が安全である根拠を示せ。

 安全の根拠が示せないなら、それは安全ではなく“利権”だ」


 言い切った瞬間、空気が切り替わった。

 人々の目が、ヴァイスに向く。


 利権。

 その単語を使わなくても、皆が理解した。


 ヴァイスは一拍置き、冷静に言った。


「……公開審査会で話そう。君の言う“基準”が本物なら、認められる可能性もある」


 可能性。

 餌だ。引き延ばしだ。

 その間に、材料と資格で締め上げる気だろう。


 だが蓮は、もう別の道を見ていた。


 蓮はガルドに視線を送る。


「隊長。水番隊には“登録者”がいるか?」

「……いる。設備担当に一人。だがギルドの顔色をうかがうタイプだ」

「じゃあ、俺が“怖くない形”にする。作業を分割して、危険が出ない工程にする。

 担当は責任を取らなくていい。基準通りにやったと言えるように」


 ガルドが息を吸って、頷いた。


「分かった。お前の手順書でやる」


 ヴァイスの視線が鋭くなる。

 制度で縛っても、運用側が動けば意味が薄れる。


 蓮は最後に、市場の人々へ向けて言った。


「三日後の公開審査会までに、俺は“基準書”を作る。

 水だけじゃない。照明、暖房、結界――街の魔導具全部に使える形にする。

 危険が見えるようにする。事故が減るようにする」


 八百屋の女主人が叫んだ。


「それ、うちにも欲しい! 魔導灯、たまに焦げ臭いんだよ!」

「うちの暖房も、夜中に唸る!」

「結界の端っこ、火花が出る!」


 不具合は、元からそこら中にあった。

 ただ、今までは“仕方ない”で終わっていた。


 蓮は頷いた。


「全部、同じだ。原因は“施工不良”だ。

 直せる。誰でも直せる形にしてやる」


 その瞬間、蓮の革袋の中で、紙が擦れる感触がした。

 昨夜、眠れないまま書き始めたメモ――設計図の下書き。

 この世界の文字に、いつの間にか自分が馴染んでいる。


(……やれる。ここで“基準”を生やせる)


 だが、背後でヴァイスが静かに言った。


「いいだろう。だが忠告する。

 基準は力になる。力は敵を呼ぶ。

 君が広げようとしているのは、安全ではなく――戦争かもしれない」


 蓮は振り返り、淡々と答えた。


「事故と戦うだけだ。

 戦争にするのは、独占したい奴らの方だ」


 ヴァイスは何も言わず、黒外套を翻して去った。

 残された市場には、熱が残る。


 ガルドが小声で言った。


「……お前、三日後までに本当に作れるのか。設計図と手順書」

「作る。

 なぜなら、基準がない世界は、また誰かを焼くからだ」


 蓮は空を見上げた。

 今日も街の灯りは、どこか不安定に瞬いている。


 だが――その不安定は、もう放置されない。


 三日後、公開審査会。

 その舞台で蓮が示すのは、奇跡ではない。


 再現可能な安全だ。

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