双子の片割れ
初めて書いたエッセイです。
思ったことをそのまま書き連ねました。
先日、本屋さんに行った。
本屋さんで私は、ずっと欲しかった本、初めて見て気になった本、あらすじを見て読みたくなった本、装丁が気に入った本、タイトルが気に入った本、最初の1ページを読んで読みたくなった本、それぞれ1冊ずつ、計6冊を手にした。
手持ち金に限りがあり、心苦しくもタイトルが気に入った本は断念することにした。
私は購入すると決めた5冊の本を腕に抱えてレジに向かった。
腕の中の本をそっとレジに置き、「お願いします」と店員さんに託す。もちろんカバーをお願いすることも忘れない。
笑顔で手早くバーコードを読み取らせる店員さんの手元をぼんやり眺める私は、既に目の前の本を読むことしか頭になかった。
帰ったら何から読もうか。家には読みかけの本がまだたくさんあるから、それを読んでからにしようか。それとも5冊とも読み始めてしまおうか。
店員さんが最後の一冊を手にし、バーコードを読み取らせようとした時、手を滑らせた。
あ、と思った時には、本は床に落ちてしまっていた。装丁が気に入った本だった。
慌てて本を拾い上げて謝る店員さんを前に、私はどこか上の空だった。
店員さんの手の中の本に傷は無いように見えた。
でも、店員さんは私に断って、その本が陳列されている棚へ行き、落としてしまった本と同じ装丁の本を手に戻ってきた。落としてしまった本は、レジの裏の机の上に静かに置かれていた。
お会計が終わり、カバーに包まれた5冊の本を手に、私は心にモヤモヤを抱えて車に戻った。
車を走らせ、家に帰る途中もモヤモヤ。
家に帰ってお風呂に入りながらモヤモヤ。
ご飯を食べながらモヤモヤ。
寝る前もモヤモヤ。
朝、目が覚めてからもモヤモヤ。
私の心は、ずっとモヤモヤしていた。
店員さんはすぐに謝ってくれた。私の目は気になる傷を見つけることはでき無かったけど、すぐに別の本に取り替えてくれた。最後まで申し訳なさそうに謝って、カバーをすごく丁寧につけてくれた。
それでも私の心はモヤモヤしていた。
何故、私はずっとモヤモヤしているのだろう。何で、あの本がずっと気になっているのだろう。
傷のない綺麗な本は、今、私の自宅の本棚に、他の本と共に並んでいる。
私が最後に見たあの本は、1冊だけポツンとレジの奥の机にいた。
考えて考えて、私は1つの答えに辿り着いた。
私はあの本が欲しかった。
私はいつも、買うと決めた本を腕に抱いてレジに向かっている時、心がポカポカ温かくなる。宝物が増えたと、幸せな気持ちでいっぱいになる。
お会計を終えていない商品は、まだお店の商品なのに。お会計を終えて私の宝物となるのに。私の心では買うと決めた瞬間から私の宝物になっている。
店員さんは何も悪くない。誰にだって手を滑らせることはある。私なんて、毎日手を滑らせて、何かしらを落としている。
だけど、私はあの本が欲しかった。
今、手元にある綺麗な本は私の宝物だ。でも、あの本だって、私の宝物になる筈だった。私の中では既に宝物になっていた。
装丁も、印字されている文字も、ストーリーも、出版社も、印刷会社も、著者も、編集者も、2冊の本は全く同じ。
違っているのは、1度床に落ちたかそうでないかだけ。大きな傷は分からなかったから、並べてもどちらがそれか分からない。細かい傷があれば、手にした時に分かるかもしれない。
床に落ちた本とそうでない本。2冊買って、私は2冊とも自宅の本棚に並べる。全く同じ内容の2冊の本。読む時はその日の気分で選ぶ。でも、読んでいる間もそうでない時も、2冊の本は離さない。2冊は近くに置いておく。2冊の本は、私にとって双子だから。
実際には何千、何万冊同じものが存在しているの分からない。でも、私にとって大切なものになったのはこの2冊だけ。だから、この2冊の本は双子の本。
今、私の手元にあるのは1冊。床に落ちていない本。
どうしてあの時、「2冊買います」と言えなかったのだろう。手持ちは限られてはいたが、クレジットカードだって持っていたのに。
もう1冊の本は、あの後どうなったのだろう。
今もまだ、ポツリとあの机にいるのだろうか。昨日の店員さんの本になったのだろうか。それとも……。
こんなことは滅多にあることじゃない。それでも、また同じようなことがあったら、その時は後悔しないように私は2冊買うと申し出たいと思う。申し出るだろうと思う。
私の手元にある宝物は、今、私の宝箱に並んでいる。私はまだこの本を読んでいない。いつ読むことになるかも、今はまだ分からない。
でも、私は一生この本を大切にする。これだけは確定している。
私の手元にない片割れは、今、どうしているのだろう。まだあの本屋さんの、あの机の上にいるのだろうか。店員さんの誰かの宝物になったのだろうか。
私には、手元にないあの本の行方を知る術がない。
だから、私は祈る。私にできることは、これしかない。
あの本が、素晴らしい読者に出会い、愛されていることを。
同じような経験をされた方も、中にはいるのではないでしょうか。




