Gを前に平穏など砂上の楼閣
その日は、実に平穏な日だった。
夏休みの真っ最中、課題もいつも通りの量。強いて言うならば、父が仕事に行っていなかったことだけが特筆すべきことだった。
夜。夕食が終わり、のんびりとスマホでライトラノベを読んでいた。
内容はありがちな異世界物で、けれど作者の文章力で腹がよじれそうになるほど笑える話。物語を書く者として、私もこの作者のような人になりたいと素直に言える。
読み終わりひとしきり笑うと、雷に怯えるチキンな愛犬を私はよちよちと猫なで声で甘やかし、そしてジャンガリアンハムスターの世話をした。その時だった。
『それ』の体長は5cmくらい。
脚はやけに多く、本体の輪郭がよく分からない。
世界の闇を一点に集めたような色。
足音は「カサカサ」と表現されることが多い。あれは絶対に嘘だ。『奴』は音もなく気配もなく、いつの間にかそこにいた。
声も出せず、私は身体にバネが仕込まれているかのように飛び上がって扉に駆け寄った。少し昔の地震で建付けの悪くなったドアを、突き破る勢いで開ける。
近ずいて来るかもしれない。飛ぶかもしれない。そんな恐怖が私を染め上げた。生理的嫌悪感が腹の奥から突き上げる。
私は必死だった。
隣の部屋にいる父親に助けを求める。片付けちゃんとしないからだ、と父は私を叱りつつも奴を駆除してくれた。ありがとうマイファザー。
殺G剤の空虚な科学的匂いをドアを全開にして逃がす。もう二度と『奴』とは会いたくない。
この日、私は部屋の物を減らすことを決心した。
この世に存在する全てのGは消え失せればいい。